業火の中で生まれる正義の味方
小さなころから正義の味方に憧れた。かっこいいからというのももちろんあったが、何よりも誰かのために傷ついてでも戦うその姿に憧れた。
だから俺は消防士になって、市民を守るために働くことにした。
もちろん、辛いことや理不尽なこともあるけれども、それでも誰かのために働くことが、誰かのために何かができると実感できることが自分にとって最高の幸福だった。
だから、今も後悔はない
燃え盛る家屋の中で瓦礫に押しつぶされて血反吐を吐きながら、そう思った。
今までのことが走馬灯のように駆け巡り、そして体の外も中も焦がすような熱さと痛みが容赦なく襲い掛かる。喉も焼けるようで、息も苦しい
この規模じゃあきっと俺の救出も出来ないだろうから、同僚たちも焦っているだろう。だが、残っていた市民を救出することはできた。
自分の命を救うことも消防士には必要だったが、まだまだ俺にも足りないものがあったのだろう
あぁ、みんなに迷惑をかけてしまうな・・・
意識が遠のきかけたとき、足音が業火に混じって聞こえてくる。
死ぬ間際の幻聴なのか、それともまだ救出対象がいたのだろうか
「おやおや、もったいないですね」
男の声が鮮明に聞こえてくる。ゆっくりと見上げると、銀髪で黒い翼をもった男が立っていた。角の生えた姿からするにコスプレなのか、衣装なのか、こんな業火に包まれた状況で平然と近づいて話しかけてくる。
「通りがかったのも何かの縁、どうです?ちょっと私とお話しませんか?」
男がにやりと笑う
こんな業火の中で話も何も、こちらは声すら出ないほど焼けてしまっている
「あぁ、大丈夫です。心の声みたいなものも聞こえますので。それで貴方はもう死にかけ、死に体、まさに死亡寸前ですが人助けが好きなのでしょう?ならばもっと人助けしてみませんか?舞台はこことは別の世界、ダークファンタジーといったところでしょうか?詳しい話が聞きたいのであれば是非とも私の手を御取りなさい」
手も取れないのを分かってて言っているのだろう
大体利き腕なんて瓦礫が落ちてきたから、千切れてしまっているんだ
「大丈夫ですよ、当社が持ちうるチート仕様のハイパースーツを着れば問題がありません。まぁ、多少呪われてはいるのですが、愛の力で解ける類のものですし、あ、状況が理解できませんか?なら簡潔に聞きましょう。このまま死ぬか、私と来るか、どうです?」
死ぬか、生きるか
「正確に言えば死んでから私と共にという形になるのですが、このまま死ぬより別の形で生き直す形で・・・」
あぁ、考えがまとまらない
熱い
痛い
苦しい
どんどん苦しくなってくる
熱い痛い息ができない熱い
「そのまま死にたいですか?」
・・・いやだ、死にたくない、死にたくない、死にたくない。死にたくない死にたくない死にたくない
「・・・それでは、お話しましょうか」
目の前が、途端に真っ暗になった
***
目が覚めると、ホテルのスウィートルームのような場所で眠っていた。
身体を動かそうにも、なぜか動けないまま、じっと天井を見上げる。ここがどこかは分からないが、病院の雰囲気とは何か違うような気がする。
「お目覚めですか?」
あの時の仮装姿の男が急に視界に入ってくる。
まるで押し倒されているような絵面で非常に不愉快極まりないが、仕方ないだろう。
「・・・おまえ、は」
声を出してみるが、喉が焼けるように痛くて言葉もあまりうまく出ない
「私、株式会社レイクオブスワンの社長ロッドバルトと申します。異世界を旅行または移動させることを仕事としています。今回は私の独断であなたと個人契約を結びに参りました。まぁ、とりあえず私の話を一方的に聞いてください。貴方にはぜひとも、とある世界で不老不死の正義の味方として活動してほしいのです。目的が気になるでしょうが、ただの興味本位で意味がありませんのであしからず。貴方はそれができるだけの器量があると判断したのでお声かけしました」
・・・一気に捲し立てられても、意味が分からない。
異世界?不老不死?正義の味方?
・・・理解できないというか、理解がおいつかない
まるで漫画のような話をされても困る。
「簡単な話です。不老不死の正義の味方として生き返るか、それともこのまま業火に焼かれて死ぬか。どちらかです」
・・・実にシンプルな聞き方だ
ようは取引条件ってわけか。生かしてやる代わりに俺に正義の味方とやらをしろ。断るならそのまま殺すと
「・・・とりあえず、はなしを、きく」
俺の言葉に、男はにっこりと笑う
「それでは丁寧に説明してあげますよ」
それから時が過ぎ・・・
帝国歴2010年
セリュー・ユビキタスは己の無力さを痛感しながら血塗れの父の傍で泣いていた。
「へっ、脅かしやがって・・・」
凶賊の一人が血まみれのナイフを片手ににやにやと笑う
「帝都警備隊の隊長でも娘を人質にしときゃああっさり殺せるんだな」
男たちの下衆な笑いが聞こえながら、セリューは息も絶え絶えな父の傍にいることしかできなかった。
「そこまでにしなさい」
途端に響く、誰かの声
凶賊たちは誰だと騒ぐ中、突然空から舞い降りる一人の・・・いや、人ではない者がいた。
「大丈夫かい?御嬢さん。この水を御父さんに飲ませなさい。すぐに元に戻るから」
「えっ、あ・・・」
セリューは男に渡された、皿の水を父に飲ませる
すると、あれだけ酷かった傷口がどんどん癒され、父親の呼吸も整ってきたのが子供の目から見ても分かる
「パパ・・・!」
「セリュー・・・心配、かけたな・・・」
親子の姿を確認した彼は凶賊たちに振り向いた
「さて、ここからは私のターンだ」
そこにいたのは、一匹の河童だった
簡単なキャラ紹介
沢谷(さわたに)成(しげる)
職業消防士で40代。アウトドアが趣味で、連休はよくキャンプに出掛けている
人当たりもよく、ムードメイカーだが時折空気が読めない、世間ずれしたところもある。
昔は病弱だったが、良い医者に掛かったか何かで現在は健康体。