正義の味方が帝国を翔ける   作:椿リンカ

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ロッドバルト「正義の味方とはなんだと思いますか?例えば理性と公平性しかない合理的な機械なのか、愛と勇気に溢れた慈悲深きものなのか、それとも悪人を残らず倒す英雄なのか……正義の味方のイメージは、なぜこんなにも違うのでしょうかね?」


嵐の前の前奏曲

 

【side:ナイトレイド】

 

ナイトレイドは帝都へと戻るため、キョロクから移動していた。途中で奇襲されないように遠回りになるルートだ。

 

「やれやれ、またカッパーマンにやられたな」

「いつものことじゃないの。でも、ボリックを封じたものみたいだし、いいじゃない」

 

イエヤスとサヨが雑談をしながら、テントで食事の下ごしらえや荷物の整理をしていた。

タツミやマインたちは今日の夕食のために狩りに出ている。

 

・・・イェーガーズや羅刹四鬼と交戦し、負傷したアカメやラバックは治療をしているようだ。

 

「いてて・・・ナジェンダさん、痛いですよ」

「これぐらいは我慢しろ。とはいえ、今回は手酷くやられたな」

 

イェーガーズ所属のウェイブや、武器の貯蔵が十分なセリュー・ユビキタス、直属の部隊を抱えるスタイリッシュ

革命軍が危険視しているボルスやクロメ以外のイェーガーズの危険性をナジェンダは再認識した。

 

「・・・羅刹四鬼も危ないが、イェーガーズの戦力も相当だな」

 

「でも、俺たちが危なかったらカッパーマンさん助けてくれるっすよ」

「イエヤス、そうやって頼りにしないの!逆に敵が危なかったら敵を助けるんだからね?こっちの味方ってわけじゃないんだから」

 

「確かに我々の味方ではないな。あまり当てにはすべきではないだろう」

 

そんな会話を聞きながら、レオーネはボリック暗殺のことを思い出していた。

 

彼女は戦いの場にいつつも、ボリックやカッパーマンの会話がかろうじて聞こえていたからだ。

 

 

「・・・かわいそう、か」

 

 

 

 

 

 

【side:隠れ河童村】

 

コスミナとその家族が西の王国から隠れ河童村に隠れ移ってから、すでに数か月が経過した。

最初は戸惑っていたようだが、彼らもすっかり周囲に馴染んで生活することができるようになっていた。ひとえに、隠れ河童村に住んでいる者たちが積極的に彼らに関わり、コスミナの能力を前向きに受け止めることができたからだろう。

 

コスミナもこの生活に慣れたおかげか、精神的に余裕ができたようだ。

今では村の住人への差し入れにお菓子や、西の王国に普及している家庭料理を作るようになっていた。

 

「ランさん、クッキーを作ってみたので子供たちとどうぞ」

「ありがとうございます。いつもすみません」

 

テストの採点をしているランにコスミナが声をかけ、机の上に綺麗にラッピングされた袋を置いた。

 

「そういえばランさんもカッパーマンさんに救われて、この村にやってきたのですか?」

「・・・救われた、とは・・・違いますね」

 

ランは作業を止めて、当時を思い出すように彼女の質問に答える。

 

「帝国の中央部で教師をしておりました。恵まれた土地柄、子供たちも勉学に打ち込む余裕もありましたし、充実していましたね。あの時までは」

「・・・盗賊か何かに、子供たちが襲われたとか・・・ですか?」

 

「いえ、もっと酷いものですよ。子供専門の快楽殺人鬼が・・・私がいない時に襲ってきたそうです」

 

その言葉にコスミナは息を呑んだ。

ただの盗賊ではない、わざわざ子供を狙う快楽殺人鬼ともなれば・・・多少は想像がつくだろう。殺すだけではない、<もっとひどいこと>をしていると。

 

「カッパーマンさんが助けに入り、子供たちも一命はとりとめました。しかし彼の頭の皿の水で治せるのは“肉体の傷”だけです」

「・・・それ、は」

 

「・・・無事だった子供もいましたが、皆、心に傷を負いました。私のことすら怖がっていた子供もいましたから、その意味はわかるでしょう?」

「・・・っ」

 

コスミナは口元に手を当てて小さく呻いた。自分が大切にしていた教え子たちがそうなって、あまつさえ自分すらも怖がるような目になったのだ。

・・・その時のランのことを思えば、言葉が出ない。

 

「私が戻ってきた際に、まだその殺人鬼は河童にされていませんでした。その殺人鬼は・・・帝具使い、でしたから。カッパーマンさんも対処に時間が掛かってました」

「・・・」

 

「部屋にあった果物ナイフをとって、急いでその場に向かいました」

「!」

 

「ちょうど殺人鬼が、カッパーマンさんに負けたところで、私は」

「・・・殺したんですか?」

 

コスミナの言葉に、ランは沈黙したまま首を横に振った。

 

「いいえ、カッパーマンさんに止められました」

「・・・」

 

「その時の彼、なんて言ったと思います?」

 

ランが苦笑しながら、コスミナにこう言った。

 

「<私が幼い頃の彼を気が付くことなく、救えなかったのが原因だ><救いきれなかった人間がいるならば、それは私が悪い><助けを得られずに絶望した人間が、悪事に手を染めるのは、当たり前だからだ>」

 

「・・・」

 

「・・・結局、その殺人鬼も河童になりました。今もこの森にいます。私はその監視、いえ、元に戻った時に復讐しようとここにいるんですよ」

「・・・その・・・」

 

こういう状況で何を言えばいいのか、コスミナには分からないだろう。

 

「・・・すみません、暗い話になりましたね」

「いえっ、そんな!聞いたのは、こっちで・・・ランさんは、悪くないです」

 

「ありがとうございます。気を遣わなくていいんですよ?他の住民も、私が復讐のためにここにいることは知っていますから」

「そうなんですか?」

 

「えぇ。彼らもカッパーマンさんに救われたとはいえ、大事なものをなくした人間や、故郷から離れなければいけなかった人間もいますからね。暗殺し損ねて死にかけた、とか。帝国から追われている人間もいますし」

 

ランがコスミナにそう告げた後、子供たちの声が近づいてきた。

今日はどうやらダイダラとガイの二人と共に釣りをしてきたらしい。危険種まで狩ってきたらしく、ダイダラとガイが張り合うように危険種を担いでいた。

 

「ガイちゃんとダイダラちゃんたちが帰ってきましたね」

「やれやれ・・・子供たちと遊ぶのはいいんですが、危険種狩りまでするのは危ないんですけどね」

 

 

 

 

 

【side:帝国】

 

「なんたる無様を晒したんですか」

 

秘密警察イェーガーズと羅刹四鬼全員、オネスト大臣に厳しい言葉を掛けられた。それもそうだろう・・・ボリックを守るためにわざわざ自分の護衛や帝都の警備任務を外していたのだ。

それなのにまさか、ナイトレイドではなく<正義の味方>に河童にされて失敗するとは思わなかっただろう。

 

「羅刹四鬼は全員一度拷問室で頭を冷やしなさい。エスデス将軍・・・貴方にはしばらく西の王国軍を抑えていてもらいます。残りのイェーガーズは全員減給処分です」

 

その言葉に一同は安堵する。

羅刹四鬼からすれば、首をはねられてもおかしくない失態だったのに拷問程度で済んだのだ。

・・・なお、スズカは拷問室送りに興奮しているため安堵とは言い難い。

 

エスデスも戦闘自体は好ましく思っているので不満はない。

・・・ただ、本人も護衛任務失敗については相当にプライドが傷ついたらしく「もう二度と護衛はやらない」と大臣に言い返している。

イェーガーズのメンバーとしては、エスデスが不在になるという心配があるものの、減給程度で済んだことに安心したようだ。

・・・クロメについては、自分でカッパーマンを抑えきれなかったことを気に病んでいるけれども。

 

「・・・あの正義の味方、厄介ですよねぇ」

 

イェーガーズと羅刹四鬼の前で、大臣が呟いた。

 

「ですが、あの正義の味方の河童化には弱点があるそうです」

「弱点?そんなものがありましたか?」

 

Dr.スタイリッシュが小さく手を挙げて大臣に質問する。

 

「ええ・・・あの河童化は“愛を知れば元に戻る”なんて珍妙で胡散臭い解除方法らしいですね。ですが、一度戻れば、もう二度とは河童化させることができないでそうです」

「・・・どこでその情報を得た」

 

エスデスの言葉に、大臣はニヤリと笑みを浮かべて返した。

 

「いえいえ、河童化を解除したうえで、何度もカッパーマンと戦って実証した人間がいるんですよぉ。ご紹介しましょうか」

 

部屋の奥の扉が、ゆっくりと開いた。

 

「いやぁ、協力を取り付けたのが大変でしたが・・・さて、自己紹介をしてください」

 

奥から現れた人間の顔を見て、エスデスの顔が嫌悪に歪んだ。

 

 

「暗殺組織オールベルグ首領、メラルド・オールベルグ。不死の正義を、殺す者よ」

 

 

 

 

 

【side:???】

 

 

___少年の話をしよう

 

千年続いた大帝国、その血脈を継いだ唯一無二の皇族

皇帝としての地位についた、実際は大臣の傀儡人形

 

これは暗黙の了解として、宮殿でも帝都でも噂されていること

当然のごとく、少年もそういった言葉は耳に入っていた

 

だが少年にとっては、そんなことはどうでもよかった

 

帝国も皇帝の地位も大臣の傀儡であろうと、彼にとっては重要視すべきものではなかった

 

父が早逝し、母が殉死したことは嘆かわしいが、それよりも彼の心をとらえているものがあった。

 

 

それが、正義の味方だ

 

 

少年は両親が生きていた頃から、正義の味方に憧れていた。

 

帝国で活躍する正義の味方、彼のことに言及している記事はすべて集めている。

 

弱い者を助け、悪人ですらチャンスを与える

 

そう、絵に描くような素晴らしい正義の味方に彼は心の底から憧れ、心の底から妄信していた。

 

「・・・あぁ、でも、足りぬ」

 

自室のスクラップブックを眺めて、少年は呟く

 

 

正義の味方には、宿命の相手が必要だ

 

 

どうしようもなく悪人で、どうしようもなく救いがたく、正義の味方が最初に最後で殺すような、絶対悪

 

そんな絶対的な悪人を倒せば、正義の味方がもっともっと”完璧”になる

 

「正義の味方は英雄と同じなのに」

 

そう、少年にとっては正義の味方も英雄も同義なのだ

 

正義の味方は、悪を打倒してこそだ

 

「世界を危険に晒すような絶対悪が、必要なのに」

 

・・・そんな絶対的な悪人は、残念ながら存在しない。

 

 

少年は考えて考えて、ついに自分なりの答えを見つけた

 

 

 

「あぁ、そうだ。余がそうなればいい」

 

 

 

そう、いなければ、自分がなればいいのだ、と

 

 

「余を礎にして、カッパーマンが正義の味方として完成されたらいい」

 

 

少年の名は民にも呼ばれぬ

 

彼の少年は、”皇帝陛下”

 

 

________この千年帝国の、最後の皇帝になる少年であった

 

 

 

【side:???】

 

________男の話をしよう

 

生まれた時から恵まれ、武術の才能にも恵まれた

 

父親は悪逆非道とはいえ、その才覚たるや凄まじいものがある

 

男にとって父親は尊敬すべきもので、いつか超えるものだと思っていた

 

 

 

父の命令で旅をすることになった頃から、何度も何度も正義の味方に出会うことになった。

 

暴力沙汰を止められたこともあれば、危険種に襲われそうになったのを助けられたこともある

 

彼にとって正義の味方は、目指している父とは真逆の存在だ

 

理解できない存在として、最初は認識していた

 

だが、他の人間よりも数多いほどに正義の味方と敵としても助っ人としても関わっていくうちに、いつのまにか男の目指すものが変わってきた

 

 

 

 

「やっと帝都に戻ってきたぜ・・・さーてと、あいつらが集まるまで暇だな」

 

 

男は久々の帝都へと足を踏み入れる

 

帝都ではやはり、カッパーマンの噂や特集記事が出回っているようだ

 

 

「・・・・・・ったく、相変わらずだなここは。一人の正義の味方に頼りっきりじゃねーか」

 

 

父親を超えて、帝位も簒奪するのが、男の目標だった

 

 

だが、世界中をたった一人で飛び回る正義の味方に数えきれないほど関わって、彼の目標が変わった。

 

 

「さて、と。まずは親父に挨拶しとかねぇとな」

 

 

正義の味方の、隣に立てる人間になりたい

 

 

 

男の名前はシュラ

 

 

_________この帝国を牛耳るオネスト大臣の第一子である




ロッドバルト「さて次回はいよいよワイルドハント編・・・ではなく”オールベルグ編”が開始です。次回もお楽しみに」

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