カッパーマンも原作キャラも出てこない話です
俺は【(株)レイク・オブ・スワン】に今年の4月から入社した新人である。
名前は・・・まぁ、ネットに書き込むから仮にAとしてくれ。
就活地獄で精神的に病んでいた俺に声を掛けてくれたロッドバルト社長は、天使にも神にも思えた。・・・実際は悪魔であるが。
悪魔が経営していることで分かるが、うちの会社は表立って人間社会で活動しているわけではない。
だが、福利厚生はしっかりしてるし有給休暇以外にも夏季休暇や育児休暇も完備しているし、夏と冬になると「同人活動休暇」が発生する。
ボーナスも民間企業と思えないぐらいに出るおかげで、初めてボーナスで家族に温泉旅行をプレゼントできた。
「社長、本当にボーナスとか給料とか払いがいいですよね!そんなに儲けるんですか・・・その、”異世界転生”とか”トリップ”とか」
「えぇ、儲けますよ~。中には一族郎党の命と財産を引き換えにチート能力を得るお客様もいらっしゃいますし」
・・・なんとも、こう、この会社は人間の欲望のおかげで儲けているのだな。
働く側としてはとてもいいことだし、その分俺たちの給料になるんだから仕事も頑張れるわけだが。
「そういえば社長、会社で作ったチートスーツを私用で使ってるって聞いたことあるんですけど」
「えぇ、そうですよ」
「それっていいんですか・・・」
「満場一致で”ダサイ”と没になりましたからね」
いったいどんなスーツを作ったんだか・・・
数日後、そう思っていた俺はそのスーツを映像で見る機会を得た。
昼の休憩時間に、社長のところにお菓子を持って行った時に社長が映像で見ていたので、教えてもらったのだ。
・・・河童である
ゆるキャラのような頭部の被り物に、少し安っぽそうな緑色のスーツ
ださい、圧倒的にダサい
地方自治体が一生懸命考えたけれど、予算の都合で手を抜かれたゆるキャラ、いや、ゆるヒーローみたいな感じだ。
「・・・ほんとにダサいですね。なんでモチーフに河童を使っちゃったんですか」
「深夜テンションの成れの果てです」
映像では河童のスーツを着た人間が素早く動きながら盗賊たちを河童にしていく姿が映しだされていた。
確かに動きにも無駄がないし、攻撃も全部防いでいる。
・・・それなのに河童なのである。
しかも被り物のゆるキャラ風味の顔が、本当に間が抜けているのだから溜まったものではない
「というか、普通の死にかけの一般人にチートスーツ与えて正義の味方をやれって・・・なんでそんなことを?」
「娯楽です」
一言で済ましやがったよ!
「あとはですね、異世界転生やトリップでチートを与えるのが好きなんですよ」
「・・・仕事とは別に?」
「仕事とは別に、です」
随分と変わった趣味を持っているものだ。他人にチート能力を与えるのが楽しいものなのだろうか?
・・・俺なら、自分が欲しいぐらいだ。
「人間というのは、自分の容量以上の力・・・いわゆるチートをいきなり与えられるとどうなると思います?」
社長からいきなり質問され、返答に困った。
「んなこといきなり言われても・・・うーん。そりゃあ、その能力を試したくはなりますよ。だって出来なかったことができるようになるなら、使わないと」
「そうですよね。ですがね、自分で扱えない力を得て、それを使い続けた人間は総じてどうなるか分かりますか?」
「また質問ですか・・・」
うーん・・・自分で扱えない力を使い続けるとどうなるか、か。
チートが更にチートになるってわけでもないなぁ
ジブリ映画で言えば「天空の城ラピュタ」のムスカとか
「・・・自滅ですかね」
「おおむねその通りです」
社長はそう言いながら、映像を切り替えた。
河童を着用した人間から、何かの特殊な力を使っている少年や少女が映っている。画面を9分割ぐらいにしているようだが・・・
この間、お客様として扱った人間だと、俺は思い出した。
「大多数のお客様は、チート能力を持って好きな作品と同じ世界に行くと、こうしてチートを多く使って無双したりするんですよ」
「・・・まぁ、そのためにお金を払ってますし。当然じゃないっすか」
「でも彼らは、キャラクターをキャラクターとして認識しちゃってるんですよねぇ」
「・・・??どういうことっすか」
社長の言葉がちょっとわからなくなった。
好きな漫画やアニメの作品の世界に行くんだから、キャラクターはキャラクターなんじゃないだろうか?
「・・・その世界の人間は本当に生きているわけです。決して漫画やアニメで描写された部分だけが彼らではありません」
「はぁ・・・そうなんですか?」
「でもまぁ、それが分からないまま、自分が”主人公”と思って、そしてついつい追加契約で私と個人的に契約しちゃうお客様が多いんですよ~」
「うわぁ・・・」
・・・悪魔である社長と個人契約をする、つまりは魂をとられるってわけだ。
いい人ではあるが、基本的に社長はゲスい
「まぁ、あのカッパーマンさんもきっと力に酔いしれるかなぁ・・・と、期待しているわけです」
「性格悪いっすね」
「でも、1000年以上保ってるんですよねぇ。チート性能に酔いしれず、キャラをキャラとして認識していない・・・まぁ、希少な人間なわけです」
「ふーん・・・」
「まぁ、彼が正義の味方を辞めるまでは観察を続けるつもりです」
「・・・もしもやめたら?」
「・・・さぁ?」
・・・・・・やっぱ社長も随分と悪魔っぽいなー
臨時ボーナスまで出してくれるいい社長だけど、俺もあんまり高望みしないように謙虚に生きよう