それは遥か彼方の雷鳴の夢   作:チョコラテ

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・プロローグ 夢を見た
・第一章 オラリオ出陣
・第二章 混ぜるな危険
・第三章 アイズとベルの冒険譚



第一巻 暗黒期
前程万里①


 

プロローグ 夢を見た

 

 夢を見た、ここではない何処か。遥か彼方静寂の夢、それはとっても寂しくて、悲しい夢。

 一人でいる自分、誰も居ない、静寂の立ち込める部屋で自分だけが音を鳴らしていた。

 やがて涙は枯れ果て、そして僕は覚悟を決めていた。

 

 

 夢を見た、それは誰か分からない。まるでギリシャ彫刻の様な彫りの深く、整った容姿の男性、僕はそれに導かれる様に雄牛を倒した。

 雷を纏い、まるで雷光の如くその雄牛と戦い、そして勝った夢。それはまだ遠き日の夢だ。

 

 

 夢を見た、皆が倒れていく、分からない、僕はそれらを知らない、誰も知らない。ただ知っている人が二人、アルフィアお義母さんとザルド叔父さん、膝を着いて、血を吐いていた。その更に先には片腕を失った誰かが居た、涙を流して敗走する誰かが居た。

 分からない、これはきっと僕の記憶じゃない、星々に刻まれた在りし日の敗北の記憶、それに対抗するように、ベルは星々の祈りと共にこの世に生を受けた。

 

 

 夢を見た。それは楽しい日々だった、沢山の精霊が僕の周りを漂い、走り出せば僕の周りを旋回し、沢山の精霊達と遊んだ。そしてその中に、僕と同じように精霊を纏わせた女性が居た、よく見れば僕も今の小さな身体ではなく、ガッチリとしており、でもやっぱり着痩せして弱そうに見えなくもなかった。

 その女性は金髪金眼の女性、まるで風の妖精の様に僕の手を引いて走り出した。

 僕もそれにつられるように後をついていき、気付けば僕は笑みを零しており、彼女も笑みを浮かべていた。

 

 

  ▲  ▽  ▲  ▽

 

 

第一章 オラリオ出陣

 

 

 静寂が立ち込めるそこは、鮮やか過ぎる程に綺麗で、差し込む夕日はまるで黄昏(終わり)を告げるような、そんな儚さすら感じさせる。

 

 その黄昏の灯りに肌を照らされる少年、原っぱの上に寝っ転がりながら天を見上げる。

 処女雪の様な儚さを感じる白髪と、緋色(スカーレット)の双眸は焔のように鮮やかだった。日に照らされる白い肌は女性よりも白く、とても綺麗だった。

 

 

「ベル、帰るぞ。そろそろ日も暮れる」

「うん!今行くよ、アルフィアお義母さん!!」

 

 灰色の長髪、黒のドレスを身に纏う魔女の様な妙齢の女性、その言葉に少年は立ち上がりその女性の元に駆け寄っていく。

 

「ベル、今日の鍛錬はキツかったか?」

「う〜ん…でも()()()()()()に落とされた時の方がキツかったかな」

 

 ベルはそう思い返して少し青ざめた顔をする。そんなベルの白い髪を優しく撫でながらアルフィアはベルを抱き上げる。そしてゆっくりとアルフィアはベルと共に自分達の暮らしている家へと向かう。

 

 

 そして……、

 

「―――【福音(ゴスペル)】」

「グフゥゥゥゥゥゥウ!?」

 

 アルフィアの拳骨が炸裂した、対象は無論ベルの祖父であるゼウスだった。

 音すらも置き去りにした一撃は"ただ殴った"という事実だけを残した。ゼウスはその一撃に沈み、畑のほうに頭から突っ込んでおり、何故かその隣には巻き添えを喰らった大男が刺されていた。

 

「く…糞爺…ぶっ殺す…ぞ…!!」

「アホ…儂が一体何をしたというのじゃ…」

 

 そりゃ当然アルフィアとベルの入浴を覗こうとしたからだろうが…、ザルドはそう言い残して気絶する。無論ザルド程の男であればこの程度何ともないが、今回も相手が悪かった。

 相手はあのアルフィア、後衛魔道士でありながら()()魔道士とかいうよく分からんアルフィアだけの固有名詞を作るぐらいにはアルフィアは前衛…こと素手の殴り合いには長けていた。

 そんなアルフィアがベルに被害がいかないように配慮したにしろほぼ全力で殴ったのだ…いや、ここはよく生きていたと褒め称える場面であろう。

 

 

「アルフィア…お義母さん…、お祖父ちゃん死んじゃうよ?それになんでザルド叔父さんが巻き込まれてるの?」

「フン、あの狒々爺はそう簡単には死なん。そしてザルドに関しては知らん、近くに居たからだ」

 

 理不尽!!ベルは心の中でそう泣き叫ぶ。そしてゆっくりとベルはアルフィアと共に湯船に浸かり、そして身体をしっかりと拭いて浴場を後にした。

 

 すると先程まであったザルドとゼウスがぶち抜いた大穴は元通り塞がっており、ゼウスは身体をポキポキと鳴らし、ザルドは厨房にていつも通り夜ご飯の準備をしている。

 ベルはそのままソファーの方へと赴き、アルフィアもそれに続いて行き、ゼウスはそんな二人の目の前のソファーに腰を掛けて座る。

 

 そしてアルフィアはベルの身体をヒョイッと持ち上げ、自身の膝の上へと座らせる。ゆっくりの机の上にある櫛を手に取り髪を梳いていく。

 ベルは気持ち良さそうにアルフィアに髪を梳かれながら目の前の祖父が読もうとしている英雄譚を今か今かと楽しそうに待っていた。

 

 ―――"迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)"

 

 それはベルが大好きな三つの英雄譚の内の一つだった。その中でも最も大好きなのが"迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)"の最後に出てくる『傭兵王ヴァルトシュテイン』と隻眼の黒竜との戦いだった。

 

 傭兵王ヴァルトシュタインは風の精霊アリアと共に協力して終焉を振り撒く黒竜に挑み、そして片目を奪った。その強さは未だ人類最強と呼ぶに相応しく、あのアルフィアですら自身より強いと言わざる負えなかった。

 ベルはそのお話がとても大好きだった、だけど一つ悲しい部分があるとすれば、それはヴァルトシュタインは風の精霊アリアとの間に生まれた子供を置いて行ってしまった事。

 

 ゼウスは語る様にその話を読む、気付けばベルの瞳からは涙が零れ落ちる、そしてゆっくりと涙を拭いてそのお話を聞く。ベルはこのお話が大好きだった、そして自分もいつか必ず英雄に成ると心に誓っていた。

 それは大好きな義母や叔父が笑っていられるように、自分達を責めないように、そしてベル自身が憧れていたからだった。

 

 

 憧憬は無い、大望もない、ただ才能だけはあった。アルフィアから仕込まれた使徒空拳、ザルドから仕込まれた長剣や大剣の扱い方、ベルはアルフィアとザルドに稽古をつけられてから三年が経っていた、そしてその三年でベルは目まぐるしい成長を遂げた。

 最初は才能がないと思っていたアルフィア達も、ベルのその飛躍とも取れる程の成長を前に目を見開いていた。

 最初はゴブリン一匹にすら勝てなかった少年が、一週間後には何十匹のゴブリンを圧倒していた。

 昨日より今日、今日より明日へと成長を遂げるベルを見てアルフィア達も徹底的にベルへ洗礼を与えた。それは只人やベルと同い年の年齢の子供達が受ければ泣き叫びながら逃げ出すようなものばかりだった。

 

 ゴブリンの谷に突き落とされ、森で一ヶ月間生き延びろと言われ、森に出たミノタウロスを狩れと言われ、そしてベルはその尽くの洗礼を打ち破り今日まで己に課した誓い(ゲッシュ)を破ることはなかった。

 不撓不屈の精神、それこそがベルが持つかつての古代の英雄達に至る切符だった。どんな絶望にも屈せず、打開策を見いだし、そして冒険に対して臆する事なく挑み続ける。

 

 ベルは泣いていた、世界を救った英雄なのに、なんで皆誰も彼も幸せにはなれず、その人達が望んだ世界になってもその人達()()が居ないの?

 

「ベル、英雄とはそう言うものなんだよ。だからお前に…」

「じゃあ、僕は悲劇の英雄にはならない!!喜劇の英雄になる!アルゴノゥトのように喜劇を…皆が笑い合える様な世界を作って…僕もそれを見る!!!」

 

 そうか、お前はそれを選ぶか。そうアルフィアは呟き、ゼウスは豪胆に笑う。そして厨房からはいい匂いが漂い、ベルのお腹がぐぅ~となる。

 それに応えるかのようにザルドの声が響き、食事の時間を知らせる。

 

 ベルは待ってましたと言わんばかりに食卓に料理の乗った皿を並べ、そして席につき皆で卓を囲む。

 そして家族全員で頂きますをして、ベルはご飯を勢いよく食べ進める、その食いっぷりにザルドは頬を緩ませ、もっと食えと言う。

 アルフィアはそんなベルの頬についたソースを手拭いで優しく拭き取る、それがこの家での他愛もない毎日だった。

 

 

「ベル、お前は私とザルドと共にこれから一ヶ月間の間オラリオに付いて来てもらう、良いな?」

「うん!!でもお祖父ちゃんは…」

「儂のことは気にするなベル!!なぁに出禁なんて物は打ち破る為にあるんじゃよ」

「ううん、お祖父ちゃんは反省して。そもそも女神の神殿浴場を覗いたっていう罪がありながらよく見逃してくれたよね」

 

 ベルは若干軽蔑の様な視線をゼウスに向ける、だかゼウスは若干心にダメージを負いながらと何のこれしき。鋼の様なメンタルを有するゼウスにとってはこの程度恐るるに無かれ、ゼウスは依然として豪胆に笑いながらオラリオの女性達を褒め称え、そしてハーレムを作るようにベルに言う。

 その言葉にアルフィアは眉間にシワを寄せ、既にベルは隣でそんなアルフィアの顔を見て頬を引き攣りビクビクしていた、そしてザルドは何かを察して席を立ちベルを抱える。

 これにはれっきとした意味があり、まずはベルに被害がいかないようにする為、もう一つはアルフィアはベルに被害がいかないように配慮する、つまりベルを抱えていれば実質的にザルドも被害を被らなくて済むと言う判断だった。

 

 

 その予想通りアルフィアはベルの方へと被害が及ばぬ様に配慮し、ゼウスは無事に畑に刺さり特大の大根の様になってしまった。

 そしてザルドはベルを再び席につかせ、自身も席につき何事もなかったかのように卓を囲む。

 ここで最もしてはいけない行為とは?それは先程の話を蒸し返す事だった、アルフィアにとってそれが最も煩わしい事だからである、そしてベルとザルドはアルフィアを刺激しないように大人しくご飯を食べ進める。

 

 

 この家での実質的な頂点は言わずもがなアルフィア、その次にベル、そしてザルドは家事全般やベルとの剣術稽古等の役割がある為アルフィアに許されている。だがゼウスだけは違った、ゼウスが居るのはひとえに居なくなればベルが悲しむというだけである。その為ゼウスがこの一家の中で最も立場が低く、そしてアルフィアが最も立場が上だった。

 

 そんなアルフィアの手綱を握れるとすれば、それはベルだけである。満面の笑みもしくはすっごく怒った時のベルはアルフィアの中では(メーテリア)にも勝るとも劣らない物だったからである。

 

「アルフィアお義母さん、そう言えばオラリオへは何をしに行くの?」

 

 ベルの素朴な質問がアルフィアに投げかけられる、ベルはアルフィア達がオラリオに行く理由が分からなかった。

 単純に自分達を追い出したオラリオに、今更何をしに行くのかベルにとってはとても不思議だった。

 

「あぁ、なんでも私達、男神(ゼウス)女神(ヘラ)のファミリアが消えてからというもの、オラリオでは闇派閥(イヴィルス)共が暴れているらしくてな、まあその責任の一端は私達にもあるのでな、その救援…まあそんな所だ」

 

 あまり気にするな、お前に被害が及ぶことは決してあり得ない。アルフィアはそう言ってベルの頭を撫でる。

 すると先程アルフィアの福音拳骨(ゴスペルパンチ)で間穴からベル達の居るリビングまで入ってくる好々爺が一人、アルフィアは静かに舌打ちをし、そんなアルフィアを宥めるようにベルは頑張る。

 

「狒々爺め、ベルの教育の癌にしかならない奴め。やはり魔法で三つ山の先までぶっ飛ばすべきだったな」

「やめて?!お祖父ちゃんが死んじゃう!!」

 

 アルフィアの言葉にベルはすぐさまそれをやめる様にアルフィアが全力で握った右拳を何とか抑える。

 ゼウスもゼウスで自身の送還の危機を感じ取りすぐさま土下座をかます、それはもう美しく洗練された土下座だった。

 それに対してザルドは"我関せず"の態度を貫きながらご飯を食べ続ける。

 

 

 

 

  ▲  ▽  ▲   ▽

 

 

第二章 混ぜるな危険

 

 

「ベル、起きろ。もうすぐオラリオだぞ!!」

「う……うん…あれが…?すっごく大きいね!!」

 

 ベルの視線の先あるのはおおよそ50M(メドル)はある四方を囲い込む市壁だった。

 四方を囲む市壁の東西南北にある門には沢山の憲兵とスーツ姿の職員達が沢山居た。

 

 

 ―――迷宮都市オラリオ。

 

 

 そこは約束の地とも言われている。『ダンジョン』と呼称される大穴を塞ぐ為の都市、それが始まりだった。

 それはいつしか『大穴(ダンジョン)を塞ぐ』と言う目的から『未知(ダンジョン)の解明』へと変わっていった。そしてそれらの目的に惹かれ、名誉を求め、力を求め富や名声を求める為に各国や数多の人間(ヒューマン)亜人(デミ・ヒューマン)などが大穴に集まっていった。

 

 ここは迷宮(ダンジョン)都市オラリオ、富も名声も女も何もかもが手に入る、そんな夢のある都市それがオラリオだった。

 

 

「ベル、離れるなよ?もうここはあまり安全ではないのだからな」

「うん、分かったよ。アルフィアお義母さん」

 

 ベルはアルフィアの左手をギュッと掴み、アルフィアはそんなベルの手を引くように都市の中央へと歩みを進める。

 すると目の前から翡翠色の長髪と瞳を持つ妖精(エルフ)の女性が現れた、ベルはそれを見て一目で確信した、妖精王族(ハイエルフ)だと。

 

「ほう?まさかこんな所で貴様に会うとはな、クソババア」

「くッ、【静寂】のアルフィア…何故貴様が此処に?!と言うか私はババアではない!!!」

 

 そこ重要なんだ、とベルは内心思う。だがそこで突然脳内ゼウスが現れ、「女との会話は、時に戦闘よりも高度な駆け引きが必要なんじゃ」とベルにお告げを言い渡し、ベルはハッとした顔をなりすぐさま「何を言ってるの?」と我に返る。ベルの脳内現実逃避も終わりを告げ、とうとう現実と向き合うことになる。

 

 その女性はアルフィアお義母さんの顔を見るなりいきなり苦悶の表情を浮かべ、アルフィアはそんな彼女を小馬鹿にするように嘲り笑う。

 

「フン、ババアな事には変わりなかろう?エルフだからと誤魔化しているみたいだが、しっかり生き遅れているではないか。まあ癇癪持ちのババアなど誰も選ぶ筈もないがな」

「ほう?良かろう。貴様にも年長者への"敬意"と言うものを叩き込んでやる」

「敬意…?尊敬できる所など何処にある?貴様が都市最強の魔道士と呼ばれているのは私が居ないからだ。魔法の行使速度、並行詠唱の練度、レベル、何をとってもお前は私に勝っていない。あぁ、そう言えばあったな、お前が私に勝っているものが――」

 

 年齢と持っている魔法の量か、まああるだけで使わせなければどうということはない。アルフィアはそう言い放つ、すると目の前の女性は顔を真っ赤にさせながらアルフィアを睨見つける。

 

「リ…リヴェリア、辞めよう…」

「とめるなアイズ!!女にはな、やらなければならない時があるのだ!!」

 

 金髪金眼、絹のように整った金髪に、その顔はまさに人形の如く美しい。アイズと呼ばれていた少女は真横で今にも殴りかかりそうな翡翠色のハイエルフたるリヴェリアを宥めようとするが時すでに遅し。

 アルフィアとリヴェリアはヒートアップし、アルフィアの隣に居たベルは既に怯えて何も出来なかった。

 

「うう…お義母さん…やめて……ぁ…」

「リヴェリア…やめよう………ぁ…」

 

 そんな時、ベルとアイズの視線が絡まる。アイズはすぐにベルの手を引いてその場を退散する。アルフィアとリヴェリアはそんな二人には気づくこともなくお互いを見合っていた。

 ベルは突然アイズに手を引かれたことにビックリして目を瞠目させる、アイズは謎の使命感によりベルをあの二人から遠ざける様に逃げた。

 

 

  ▲  ▽  ▲  ▽

 

 

第三章 アイズとベルの冒険譚

 

 

 お買い物…そんなの必要ない。私は強くなりたい!!ならなきゃいけない。

 

 アイズはリヴェリアに連れられてオラリオの東区の城門付近まで来ていた。

 今日はなんでも見回りも兼ねた物であり、アイズにとっては早くダンジョンに行きたいと心の中で思っていた。

 

 すると当然リヴェリアが歩みをとめる、するとその視線の先には灰髪の女性と白髪の…兎の様な少年が一緒に歩いていた。

 可愛い、アイズは最初にそう思った。だがそんな思いもつかの間、すぐさまリヴェリアと灰髪の女性アルフィアの恐ろしい罵り合い(ずっとアルフィアのターン)が始まり、アイズは怖い気持ちをギュッと抑えてリヴェリアを宥める。だがその程度で収まる程二人の因縁は生易しい物では無く、アイズの抵抗も虚しく敗れる。

 すると向こうの方も白髪の少年ベルがアルフィアを何とか宥めようと必死に画策し、そして無残に敗れていた。

 

 そして気付けばアイズはベルの手を取って逃げていた。ここにいては危ないと思いも、アイズは必死になってベルの手を引いて逃げた。

 あそこに居ては多分死ぬ!!そうアイズの今までにダンジョンで培った本能がそう告げていた。

 

 

「ここまで逃げれば……大丈夫…」

「ありがとう…えっと…君の名前は…?」

 

 アイズは若干息を切らしていたが、ベルは何ともないかのようにアイズに問う。

 ベルにとってこんな逃走劇など日常茶飯時、逆に追っ手がミノタウロスじゃないだけありがたいと言った所。

 

「えっと…私はアイズ、アイズ・ヴァレンシュタイン」

「そっか、僕はベル、ベル・クラネルだよ」

 

 ベルはアイズに握られた手を優しく解こうとするが、アイズがそれを否定してより強くてを握る。

 

「行こう…、あそこに戻ると…危ない…」

「うん…それは確かにそう…」

 

 アイズはやや顔を青ざめさせながら言う。小さな、それも自分より年下の子の手を引いて逃げ惑ったなんで知られたらリヴェリアに、何を言われるか分かったものではないからである。

 ベルはそんなアイズの悲壮感漂う顔を見て若干苦笑いを浮かべながらアイズに手を引かれる様に後を着いて行く。

 

「アイズちゃんは冒険者なの?」

「うん、ベルは違うの?」

「僕は冒険者じゃないよ、いつかはなりたいと思うけど…それにはアルフィアお義母さんの厳しい特訓を乗り越えないと……あぁ…」

「ベルも大変なんだね…、何がキツかったの?」

「うんとね…まずは」

 

 ベルはそこからアイズに手を引かれながら話始めた。アルフィアにダンジョンの知識を頭に直接(叩き込まれ)、アルフィアに神の恩恵(ファルナ)なしでゴブリンの谷に落とされたり、都市外とはいえミノタウロスを単独で狩ってこいと言われ、証拠に魔石を持ってくるように言われてしまい、ベルは何度もミノタウロスの魔石を砕いてしまったせいで結局5匹も狩る羽目になった事。

 

 一番きつかったのは、ベルはお気に入りの泉があり、いつもそこで遊んだり、たまにその泉を綺麗にしたりしていたのだが、ある日アルフィアに「泳ぎの訓練をする」と言われ胴体に重い巨岩を括り付けられて泳ぎの練習をさせられて、泳ぐ事が出来なくなってしまったことなどなど。

 

「そっか……私も分かる…リヴェリアを"おばさん"って言っちゃって…そしたら、両手両足にアダマンタイトを括り付けられて泳ぎの練習をさせられて……私も泳ぐのが怖くなっちゃった…」

「そうなんだ……、分かるよ。僕も最初の頃一度だけアルフィアお義母さんの事を"叔母さん"って言っちゃって…、その時は死ぬかと思った」

 

 

 アイズとベルはそこからお互いの話を沢山した、お互いに怖くて、でも優しい"お義母さん"に育てられた事。案外二人の共通点は多く、だからか二人はすぐに打ち解けていった。

 そしてアイズは一つの屋台の前で足をとめる、そこからは何かを揚げる音が聞こえており、いい匂いもしていた。

 

「ベル、じゃが丸君を…食べよう」

「う…うん?えっと…でも僕お金持ってないよ?」

「大丈夫、私が買ってあげるから!!」

「えっと…でも(お祖父ちゃんが言ってた、女の人にお金を出させちゃ駄目だって!!ここは何とか)大丈夫だよ、僕は全然お腹は」ぐぅ〜〜。「あ…?」

 

 刹那、ベルがアイズに向かって言おうとした時、ベルのお腹が"ぐぅ~"っと可愛い音を鳴らしてしまった。それを聞いてアイズはすぐさまじゃが丸君を購入し、ベルは恥ずかしすぎてそれらを静止して見てる事しか出来なかった。

 

「はい、ベル…。食べさせてあげる」

「だ…大丈夫だよ…、僕は自分で…食べられ「駄目!!」…うん…」

 

 アイズは目をキラキラさせてベルに"あーん"をする。ベルはとっても恥ずかしい思いをし、アイズの中では"可愛い兎に餌付けした"という幸福感に満ちていた。

 だがベルは聞き逃さなかった、先程アイズが頼んだじゃが丸君の味は『小豆クリーム味クリーム増々』という甘党の中の甘党が頼みそうな物だった、それはベルにとっては拷問に近しく、甘い物嫌いのベルは必死に抵抗するが、そこでまたしても脳内から(祖父)からのお告げが届く。

 

『ベルよ、(おなご)の好意は黙って受け取るのが真の男であり、そこで女に恥をかかせるなど漢にあらずじゃ』

「(う…分かったよお祖父ちゃん!!僕、男になる!!)あ…あ~ん(お祖父ちゃん…食べさせれるのは果たして漢と呼べるのかな?)」

「うん…、美味しい?」

「うん…とっても…美味しいよ…」ゴクッ!!

 

 まるで苦い物を呑み込むかのようにベルはじゃが丸君を食べる、そしてアイズもそれを見て涎を垂らしかけていた。そこでベルは何を思ったのかアイズの持っていたもう一つのじゃが丸君を取り、アイズにあ~んをした。

 

「ほら…、僕もやったんだから…アイズちゃんも……やって……///」

「……うん…、あ~ん」

 

 まさか飼っている兎にあ~んをされるとは思っておらずアイズは若干戸惑いながらも一口、そしてベルの狙い通りアイズはそこからベルの持っていたじゃが丸君を一瞬で食べ終え、それでも足りないような顔をしたアイズに先程自分が食べたじゃが丸君も食べていいと言った。

 

「でも…これはベルの為に……ぅぅ…」

「大丈夫!!僕も美味しかったし、それにアイズちゃんが買ったものでしょ、アイズちゃんが食べないと!!」

 

 ベルは食い気味にそう言う、そんな甘い誘惑(じゃが丸君)に抵抗できず、アイズはパクリとベルの食べたじゃが丸君に口を付けた。

 ベルは心の中で「計画通り」と悪い顔をし、じゃが丸君を頬張るアイズを見て微笑み、そして重大なことに気づく。

 アイズが口を付けたのはベルが先刻齧った場所、それはまさしく祖父の言っていた"間接キス"に相違なかった、だが幸い、ベルの脳内はまだまだ甘ちゃん、アイズもおこちゃまである為そこで何か気まずい空気が流れる事はなく、ベルは脳内で「お祖父ちゃん、僕間接キス?ってやつをやったよ…僕はされた側だけど」と思うのであった。

 

 

「ア…アイズちゃん…これからは何処に行くの?」

「うんとね…、何処に行こう…?」

「じゃあ帰る…?もう四時だよ?」

「それは…嫌…、もう少しベルと居たい」

「それは…嬉しいけど、でもリヴェリアさんだってきっと怒ってるよ?」

「ウグッ…、ベル…何処でそんな言葉を覚えたの?」

「アイズちゃん、僕を馬鹿にしてるでしょ」

 

 プクーッと頬を膨らませるベル、怒っているのだが全然そうは見えず、アイズはそんなベルを「やっぱり兎さんみたい、兎人(ヒュームバニー)さんなのかな?」と勝手にアイズはうさ耳の生えたベルを想像し僅かに頬を緩ませていた。

 

「アイズちゃん、何か変な事考えてたでしょ?」

「う!?…ち…違うよ、それより行こう!!ベル、着いて来て」

「ちょ…アイズちゃん、待ってよ!!」

 

 アイズが駆け出し、ベルはその後を着いて行く。不思議と辛くはなく楽しいものだった。

 二人は笑みを零し、普段なら滅多に笑わず、リヴェリア達以外の前ではあまり感情を表に出さないアイズが満面の笑みを浮かべ、ベルもアイズの笑顔につられて笑みを浮かべる。

 アイズはベルの手を引き、ベルはそれに着いて行く。まるで風のようにアイズはベルを連れ回し、風のいたずらの様にベルの髪は撫でられた。

 

 

 楽しい時間、笑みを浮かべさせてくれる相手。アイズは自然とベルに心を開いていき、ベルもアイズに心を開いていった。





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