それは遥か彼方の雷鳴の夢   作:チョコラテ

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今回はちょっと難産だったぜ


第四章 骸の使者
第五章 僕は山程の人を護りたい
第六章 裏切られた?!



前程万里②

 

第四章 骸の使者

 

 ベルとアイズは走り回っていた。アイズがベルの手を引き、ベルはそれに着いて行く。アイズもあまり都市の事は詳しくなく、それでもベルの手を引いて都市を周った、周り過ぎてしまった…、ので今二人はこうなった。

 

「迷った…」

「うん…これは迷ったね。アイズちゃん」

 

 二人は迷ってしまった。それも迷い込んだのはまさかの都市最大の広さを誇る一角、東と南東のメインストリートに挟まれた第三区。

 

 ―――ダイダロス通り。

 

 オラリオに存在するもう一つの迷宮であり、度重なる区画整理で秩序が狂った、広域住宅街。

 都市の貧民層が住まうこの複雑怪奇な領域は、一度迷い込んだら最後、()()と出てこられないとまで言われている。

 

「ベル、私から離れないで…」

「う…うん、僕も…精霊に聞いてみるよ」

「ベル…精霊が見えるの?」

「微弱な精霊だけね、僕は精霊達と話が出来たり、力を貸してもらったり出来るだけ、契約みたいなのは出来ないみたいだから」

 

 ベルはそう言っておもむろに左手を前に出す、すると石畳の地面から無数の光が立ち昇り、やがてそれは天へと帰るように地上を漂った。

 その瞬間、ベルの中で一つの違和感が生まれた。

 

「(おかしい…、精霊の力が大き過ぎる…?僕の力で呼び出したにしろ、それにしても大き過ぎる)アイズちゃん、僕から離れ──」

「ベル、前?!」

 

 アイズはベルの目の前を指さす、そこに居るのは漆黒の外套を身に纏う()()だった。

 あり得ない、ベルはそう吐き捨てるように心の中で思う。ベルが精霊の力を行使すれば、その際は辺りの生命反応を感知する。つまり生命体であればその全てがベルの感知対象だ。それを掻い潜る何かがあったとしても、ここにはアイズも居る、二人がかりで、正面を取られた。

 その事実が、目の前の黒衣の人物の(いしつ)さを物語っていた。

 

「貴方…は、誰ですか?」

『その質問に答える前に、取り敢えずその精霊魔法(まほう)を解いてくれ、これは警告だ、従えないのなら力ずくで行かせてもらう』

「……はい、分かりました」

 

 逆らえばこちらが不利、ベルはそう判断した。そして確信した、目の前の生物を捉えられなかった理由が。

 あり得ない、だが実際にあり得ている、目の前のその人物は"()()()()()()()()()()()()()"。

 そう、ベルは断定した。

 

「貴方…その黒衣の内側に何があるんですか?」

『質問には一つしか答えられない。どうする?どっちを取る?』

 

 目の前の疑問を取るか、それとも何故自分達の前に顔を出したか、どちらを取るかベルは迷っていた。

 その時、あることに気づいた。隣に居る筈のアイズの声が一切聞こえなかった、そしてベルの中で最悪の未来が想像された時、ベルは声を荒げた。

 

「(マズい!!まさか狙いはアイズちゃん?!)アイズ!!…ちゃん…?どうしたの…?」

 

 ベルがアイズのほうに視線を向ける為に横を向くとそこには居らず、既にベルの後ろに姿を隠していた。

 ビクビクと震えながら、アイズはベルの背後でその金色(こんじき)の瞳には涙を浮かべていた。

 

「どう…したの?」

「幽霊…怖い…。ベル…助けて…」

 

 「アイズちゃんにもリヴェリアさん以外に怖い物があったんだ」と内心思う。

 すると目の前の黒衣の人物はベル達に対してやや申し訳なさそうに言う。

 

『済まない、私はまあ幽霊ではないが、それに近しい人物ではあるんだよ』

「やっぱり貴方は亡霊、と言うことですか?」

 

 フッ、それは言い得て妙だな。そう黒衣の人物はベルの言葉に笑いを浮かべる、無論浮かべる笑みも、上げる口角すら()()には無かった。

 ゆっくりとその人物は自身の外套のフードを脱ぎ去り、ベルとアイズに対してその隠された容貌を露わにする。

 

 アイズはもう怖すぎてベルの後ろで隠れている。目尻には涙を浮かべ、手の震えが背中越しにベルに届くぐらいには怯えていた。

 そう、そこに顔は無かったのだ。ある筈の双眼も、肌の色も、何もかもが()()()()のだ。

 ベルは確信した、目の前の()()が何を犯したのかを。そして先程より五月蝿かった精霊達の喚き声の正体を。

 

「貴方が、まさか()()なんですか?」

「ほう?察しが良いな。流石は男神(ゼウス)女神(ヘラ)の生き残りだ、肝が据わっているな」

「…そう…ですか、ありがとうございます(それを知ってるってことは少なくとも15年前からオラリオには居た筈。それに僕の事を知ってるって事自体おかしい。いずれ知られる、ここにとどまる限りは、だけどもう知られているのはおかしい、目の前のこいつは一体誰だ?まさか門を潜った時から着けられていた?それは無い、だったらアルフィアお義母さんが気づく筈、目の前の気配は大した事ない、アルフィアお義母さんやザルド叔父さんに届いてない、半分…か、それより少し上と言った所、だったらレベルは…まさか"4"?)」

 

 ベルの中での思考が一向に完結しない。疑問が多過ぎる、知りたい事が山積みだった、何故自身の事を知っている?あり得ない、だがあり得た、未知を既知に変えた、過程は要らない、ただそうなるからなった、今はそれで良い。

 思考は纏まった。依然として事態は好転していない、最悪は精霊の力を使ってアルフィアに合図を送るという手段があるベルにとってはここで少しでも情報が欲しいところではある、だが隣に居るアイズはその限りではなかった。

 

「(怯えてる、でも…どうしたら)アイズちゃん、僕の後ろに隠れてて。……質問は決まりました、貴方は闇派閥(イヴィルス)の方ですか?」

『フフ、それは違うと言っておこう。勘が外れたかな?()()()()()()()

「(やっぱり知ってる、じゃあ何処から見ていた?精霊達はコイツの存在には気付けない、気付くことが出来ない)」

 

 精霊は元来自然を司るもの、故に自然の理、この世界の(ことわり)から大きく逸脱した存在は感知出来ない、そしてベルの中では嫌な予感が消えなかった。

 ダイダロス通りに入ってから約三十分、目の前に黒衣の人物が現れてからは五分、目の前の存在はベル達を品定めするかの如く見ていた。無論目はないが。

 

「僕達に…何か用ですか?」

『ここでその精霊魔法(まほう)の行使は控えるべきだ、君のそれは特異過ぎる。イヴィルスの連中がそれを狙うには十分な理由過ぎる』

「なら安心ですね、こう見えても僕は精霊の力のお陰で()()()()の力は出せますから(まあ…時間制限はあるけど…)」

『成る程、時間制限付きの強化、それも君の精霊の力と言う奴か』

 

 ベルはおかしいと思った、心が読まれていた、目の前の人物はまさか人ではない?無論人でないのは確かだが、ベルの予想では()人間、だが違ったら?もともとこの世界の(ことわり)の外の存在だったら?その(ことわり)の上に立つ存在だったら?

 ベルの中で一つの推論が生まれる、超越存在(デウスデア)その可能性がある。

 その場合はマズい、僕自身は兎も角アイズちゃんがヤバい、ここでもし神威なんて放たれたら終わる。

 刺激せず、ベルは丁寧な口調に切り替える。

 

「僕達に…何を求めるんですか?」

『…いや、何もないが…、そうだな、だったら一つ質問に答えてくれ』

「それが終われば、行っていいですか?」

『あぁ、構わない。私はもとより君に警告をしに来ただけだからな』

 

 そう黒衣の神物(じんぶつ)はそう勿体ぶり、一呼吸置いてからベルとアイズの双眸を交互に見やり、そして言葉を紡ぐ。

 

『君達はもし、怪物(モンスター)にも生きる理由があったとして。もしモンスター達が人間と手を取り合いたいと言っていたら、君達はどうする?手を取り合うかい?』

 

 その問いにベルの中で冷たい感情が渦巻く、だがそれ以上にアイズの中の黒い何かが燃え上がった。

 アイズは黒衣の神物に食って掛かろうとするが、それをギリギリでベルが制止する。

 

「なんで?ベル、この人はおかしい、見た目の、それにモンスター達と手を取り合う?そんなのあり得ない!!!

 

 アイズが声を荒げる、その言葉にベルは心を痛めた、そしてベルの心の中にある答えを、黒衣の神物に言い放った。それは酷く冷たく、そして冷え切った緋色(スカーレット)の瞳で目の前の神物を見据えて、言い放つ。

 

「僕は…モンスター達に生きる理由があっても、それでも狩ります、でなきゃ多くの人が死ぬ、涙を流す、なら僕は、例え人殺しになろうともモンスターを狩り尽くす、それが僕の答えです」

『君は、モンスターの手を取らないと。だがもし、モンスター達の手を借りなければ果たせない偉業があったとしたら?その時はどうする?』

「なら逆に聞きます、もしそんな事態になった時、モンスター達と手を取り合わなければならなかったとして、そのモンスター達は納得するんですか?その口ぶりからしてそのモンスター達には理性があるような言い回しですけど、モンスター達を狩っている僕らに、何故手を貸す理由があるんですか?」

 

 ベルは問うた、それはある種英雄の如き輝きすら放っていた、誰よりも輝かしい英雄残光を見てきたベルは、あの二人ならどんな選択をするか、そう考えていた。そして答えはすぐに出た。

 ()()()()()、モンスターを狩り、モンスターも僕らを狩る、その一連に置いて僕らは対等、狩るか狩られるか、それがダンジョン内での摂理。

 そうベルはザルドに教えられていた。

 故にあり得ない、モンスター達は理由なく人々を襲う、意味など要らない、ただ喰らいたいから、飽くなき渇きを鎮めるために、本能のままに、モンスター達は人を喰らう。

 

『そうか、確かにそうだな。だがそれすらも飲み込んでモンスター達が人々と手を取りたいと言えば?その時はどうする?』

「それでも、モンスターに肉親を奪われた人達の思いは?それら全ての糾弾を受け入れる覚悟は?身命を賭してでもそんなモンスターを助けようとする人が居るとでも?それはただの阿呆だ、道化ですらない、ただの愚か者だ、愚者でしかない」

 

 ベルは強く、そして諭すように言う。そして黒衣の神物はその彼の放つ光に、気圧されていた。一時の同情に流されず、論理的に、齢7歳の少年にはあり得ないほどの思考、ある種の英雄としての在り方、人々の為の英雄、そう思わされていた。

 

「僕のファミリアの人達は黒竜に敗れて殺されました、お義母さん達もその事にずっと負い目を感じてる。僕は死ぬ程黒竜を恨んでる、そして僕はもうそんな人達を…僕の様な思いを、僕の大好きな人達と同じ様に苦しい思いをする人達を増やしたくない、そして、改めて問います」

 

 ベルは一拍置いて、黒衣の神物のそこには無い(まなこ)を睨見つけるようにして言った。

 

「証明出来ますか?そのモンスター達が手を取り合えると、モンスター達に大切な人々を納得させられるだけの言葉を。詭弁でも無く、一時の同情なんて軽いものでもでも無く、厳然たる事実を持って、本当に言えますか?一人も居ないと?僕らを恨む者が、僕らを嫌う人が居ないと。証明出来ますか?立証出来ますか?方策は?怪物(モンスター)達に血族を根絶やしにされた彼等に、世界全てを説き伏せるだけの理由を、誠意を、持っているんですか?」

『………』

「ベル…?」

 

 黒衣の神物は押し黙るしかなかった、それら全てが事実だったからであり、目の前の少年が語る言葉は酷く事実であり、崩しようのない正論だったからである。

 アイズは心配になった、先程の優しい少年はそこには居らず、その背中は何処か父親にも重なる所があったから。

 

「今、僕が求めているのは理想や妄想ではなく、極めて現実的な話です。誰かの同情や涙に漬け込んだ姑息な手段ではなく、モンスターに家族を奪われた人達を納得させられるだけの理論(おもい)を持っていますか?」

『それは…、』

「ある筈が無い、その黒衣の内側と同じく、貴方の言葉は()()()()、貴方には無い、身命を賭してでも救いたいと言う意志が、己が恨まれ、蔑まれてでも助けたいと言う意志が、僕には感じられない」  

 

 ベルは言い放った。反論の余地すら与えず、ただただ事実のみをぶつける。

 そしてベルは深く息を吸い、目の前の()()に対して冷たく言い放つ。

 

「貴方をさっきまで神様だと思っていた、だけど違った。貴方は僕が一番嫌いな存在だった。貴方は愚者だ、愚かな道化、そもそも貴方のように人の理を逸脱した輩の言葉を、一体誰が聞くんですか?貴方の言葉は、英雄に憧れるだけの子供の蒙昧な絵空事でしかない」

 ……。

『…ベル・クラネル…いや、次代の英雄候補よ、君は聡明だ、そして英雄に必要な輝きを有している。……犠牲すら厭わない覚悟を…。君が手を貸してくれれば…そう思わずにはいられないよ』

「あり得ない話ですね、それらは無意味な仮定でしかない」

 

 愚者はベルとアイズの前から姿を消した、恐らくは魔道具(マジック・アイテム)であろう、ベルはそう仮定する。そして今までのやりとりを精査し、そして頭の中で完結させる。

 

 一連のやり取りを聞いて、アイズは直感で理解してしまった、目の前の…自分より幼い少年の内に宿る焔は、何処までも熱く、そして絶やしてはいけない焔であると。

 

「ベル、大丈夫?」

「…うん、行こうアイズちゃん」

 

 そこにあったのは優しい笑み、先程まで自身に見せてくれた優しい笑顔。アイズは心の中で僅かに安堵する、自身と同じく黒い炎を身を焼かれるのではなく、ベルは何処までも白く優しい光を放っているのだと。

 

 今度はベルがアイズの手を引いた、迷子にならないように二人で強く手を握りな合い、二人は走り出した。

 

 

  ▲  ▽  ▲  ▽

 

 

第五章 僕は山程の人を護りたい

 

 

 都市の北東部、先程までのダイダロス通りの迷宮を抜け出し、ベル達はようやく求めていた都市の姿をした場所へと戻る。そこには橋が架かっており、ベルはアイズの手を引いてそちらに向かった。

 

「ここは…英雄橋…?」

「うん…じゃあここは北東部…って事?」

「うんと…じゃあまた迷った?」

「ううん、ここからなら私が案内出来るよ」

 

 アイズの言葉にベルは心底安心する。そしてその英雄橋を通り、そしてアイズがある一つの石像(シンボル)を前にして足をとめる。

 

「アイズちゃん…?」

「ベルは…英雄アルバートについて…どう思う?」

 

 その問いに、ベルは少し悩む。憧れであり、大好きな英雄譚に出てくる英雄、それが傭兵王アルバート・ヴァルトシュテインだからである。

 

「一番強い英雄、最も強く、あの黒竜の片目を奪った英雄。オラリオを護った、最強の冒険者」

 

 そう、ベルは語る。思い返すように、ベルはアイズに語る。その言葉を受け止め、アイズは言う。

 

「ベルは、黒竜をどう思ってるの?」

「僕は黒竜を倒したい、アイズちゃんは?」

「私は取り返したい、大切なお父さんとお母さんを。でもそれには途方もない努力が必要で…だから私は強くなりたい、黒竜を…私は恨んでる」

「そっか…そうだよね」

 

 アイズの言葉に、その内に宿る黒い業火に触れて、ベルは一瞬目を伏せて、でもアイズの目をしっかりと見据える。アイズはそんなベルに問う、ベルの思いを知りたかったから。

 

「ベルは…違うの…?」

「僕のファミリアは黒竜に殺された」

「うん、さっきも言ってたね」

「うん、それか理由で黒竜を討ちたいか?と言われたら、それはそうだ!そう答えるしかない」

 

 ベルは視線を上げて、目の前の大英雄アルバートを見据えて、自分の心の内側を吐露する。

 

「だけど…それだけじゃない。僕はもう…見たくないんだ、大切な人達が涙を流すのを、自分達を責めるのを、そして僕は…僕の同類を作りたくないんだ」

「それは…どういう……」

「お義母さんはいつも言ってる、"世界は滅ぶ、私達のせいで"って、そんな事を、たまに口にしてる。だから…そんな悲劇は…もう要らないって思うんだ」

「じゃあ…、どうするの?」

「僕は古代の英雄譚に出てくる英雄じゃない、だから世界中の人達を助けたいなんて大層な事は言えない。でも…両手で抱えられるだけの人を助けられれば良いなんて言える程、控えめな人間でもない」

 

 ベルは強く、決意をアイズに語る。いつかのあの日、自分がアルフィアに誓った覚悟と同じ事を。

 

「僕は…、山程の人を護りたい。助けられる人全員を助ける、喜劇の英雄に、アルゴノゥトの様に…僕はなりたい」

 

 その言葉に、アイズの中で何かが揺れ動いた。それはかつての記憶。在りし日の自分であり、今は遠き日の、母との一幕。

 

『アイズ、貴方はこの英雄譚が好き?』

『分かんない、でも…良いと思う!!』

『そう…いつか、貴方の前にも現れてくれると良いわね、貴方を護ってくれる、貴方だけの英雄が』

 

 アイズの瞳からは自然と涙が浮かんできた。そして思った、何故自分がこの少年に心を惹かれるのかを。

 

 そっか…私は重ねてたんだ、お父さんと。この子の風が、この子の何処までも綺麗な髪が…私の炎を鎮めてくれるから…。

 

 それはただ壊すことしかせず、自分自身すら死地に追いやる様な黒い炎、それを忘れさせてくれる存在。一緒にいる時だけは、ベルといるこの瞬間だけはアイズはただの少女で居られる、そんな存在。

 

「ベルは…居ると思う?その人だけの英雄が…」

「分かんない、でも…僕は英雄になりたい。でも世界を救う、そんなかっこいい英雄は、おとぎ話の様なそんな英雄は…()()()

「そうだよね…知ってたよ…英雄は……居ない…(私の前に…英雄は現れてくれなかった…だから私は…剣を…)」

 

 アイズの中に、再び黒い炎が燃え上がる。渦を巻いて螺旋する彼の如く、アイズの内側を燃え滾らせる。そんなアイズにベルはこう言う。

 

「だからこそ僕はなりたい、英雄に。だから、なっても良いかな?」

「…何…に?」

「君の()()に」

 

「なって…くれるの…?私の英雄に…」

 

 それは今までアイズが一番待っていた言葉。誰も言ってはくれなかった、父も母も、アイズを育ててくれたリヴェリア達ですらそれを口にすることはなかった。

 それが何故?今目の前の少年は、まだ半日にも満たない僅かな時間しか過ごして居ない彼が、それを言ってくれるのか?それがアイズには堪らなく不思議だった。

 

「僕は、ちっぽけで弱っちくて、まだ誰も護れない…けど、だからこそ成りたい、僕は君の英雄になりたい。"百"を救う英雄には…きっとなれない、だから僕は目の前の"一"を護れる英雄になりたい…から、かな…」

「なってくれるの?助けてくれるの?」

「うん、だからさ、なってくれるかな?僕の英雄譚の"お姫様"にさ!!」

 

 お姫様、アイズが憧れたかつての夢の一つ。草花の上に可愛らしく座り、草の王冠をかぶり、笑顔を浮かべる。そのどれもが今のアイズには無いモノ、もうそれらは捨ててしまったから。それを思い出させてくれる、優しい言葉。アイズの瞳からは自然と涙が零れ落ちていた。

 

 

 僕の言葉にアイズちゃんは花のような笑みを浮かべて笑ってくれた、それが嬉しくて、それを護りたいと思った。

 今までアルフィアとザルドの背中を追い、二人の後追いしかしなかったベルが、確かに抱いた初めての"大望"。

 

 憧憬は無い、大望は"護りたい"と言う思い。才能はある、故にベルは抱いた。誰かを護りたい、初めてアルフィアやザルドの考えに縋らずに抱いた誓いを、ベルは二度と忘れる事は無い。

 

 この日、ベルは初めて自分の意志で何かを決めた。ただ流されるだけだった、誰かの背中を追うだけだったベルの初めての意志。

 

『意志を委ねるな。神にだって、精霊にだって決めさせるな、これはお前の英雄譚(ものがたり)だ。良いな?ベル』

 

 思い出すのはいつかの祖父の言葉、あの日の僕は分からなかったけど、今なら分かる…気がする。

 この想いは消えない、どんなに時が経っても…、忘れるなんて不可能だろう。

 

 

  ▲  ▽  ▲  ▽

 

 

第六章 裏切られた?!

 

 

 アイズは一頻りベルの胸を借りて泣いた後、唐突に恥ずかしくなり若干気まずくなる。

 ベルはベルでさっき言った言葉を思い返して無性に気恥ずかしくなってしまった。

 何とも言えない空気が流れた、果てしなく長く、だからこそ静かな時間。

 

「終わったか?ベル」

「探したぞ、アイズ」

 

 橋の向こう側から、ゆっくりと現れたのは長い灰髪と黒のドレスを纏った女性と白いマントを身に纏う翡翠色の長髪と瞳を持つハイエルフだった。

 アルフィアとリヴェリアは二人に交互に視線を合わせ、そしてアルフィアはベルを、リヴェリアはアイズの手を引く。

 

「ベル、少し付き合え。これから行く所がある」

「うん、分かったよアルフィアお義母さん!!じゃあねアイズちゃん!!」

「ベル…、もう少しだけ一緒に居よ…?」

「アイズ、わがままを言うな。それに、またすぐに会える」

「いや、私も着いて行く、ねぇ?ベルも良いでしょ?」

「……」ウグッ?!

 

 そのアイズの縋るような言葉にベルの心は揺れ動く。だがオラリオに居る内はまた会える、なのでベルはアイズの手を優しく包み込むように握って言う。

 

「じゃあ、また会おう。約束だよ!!」

「……、うん。分かった、約束ね…」

 

 ベルの言葉に、アイズは僅かに涙を浮かべ、その真っ白な頬には先程の涙の跡が残っていた。

 アイズはベルの言葉を信じて、強くベルの手を握り返す、そしてお互いに満足して手を離す。

 そこでベルはアルフィアに聞く。

 

「アルフィアお義母さん、そう言えば何処に行くの?」

「あぁ病院だ、【ディアンケヒト・ファミリア】のな。お前の体調の事もそうだし、私自身のもな」

「……え…?」

 

 ベルは戦慄した、何故?それは当然ベルは大の()()()()なのだ。なんでもあの病院特有の消毒の匂いが嫌いらしく、山育ちのベルで嗅覚などの五感に優れているベルからすればあれは到底耐えられない物だった。

 なのでベルは助けを求めた、それは他でもなく今目の前に居る金髪の少女に…。だが結果は無情にも悲惨だった。

 

「ア…アイズちゃん?…助けて…」

「ビク?!……べ…ベル」

 

 アイズはベルの言葉に肩を震わす。アイズも病院は嫌い、なのでベルについていけば何かあるかも知れない、故に行きたくない。アイズはベルの方にゆっくりと視線を移し、そして言う。

 

「ベル、頑張って…!!」

「あ…アイズ…ちゃん」

 

 裏切られた?!まさかの反応にベルは絶句、そしてアイズは逃げるようにリヴェリアの手を引いて去った。そしてベルはアルフィアに手を引かれて渋々ディアンケヒト・ファミリアの本拠へも向かった。 

 

 

──────────────────────────

 

 

「ちっちゃい!」

「貴方に言われたくはありません!!」

 

 ベルは上着を脱いで上裸になっていた。その理由は単純、目の前の医者…の様な感じの服を着た少女…みたいな医者である彼女の名前はアミッド、アミッド・テアサナーレ。

 今オラリオでは一躍有名な回復術師であり、その称号は【銀の聖女】とも呼ばれる程だった。

 

 だが最近オラリオに来たベルにとってはそんな事は分かるはずもなく、目の前の少女はただの少女。

 糸の様に細い銀色のウェーブ掛かったロングヘアにその双眸は紫紺色、そしてその容姿はまさに聖女そのものだった。

 そしてアミッドはベルの胸に聴診器を当てて心音を確認、クルッと半回転して背中にもう一度聴診器を当てる。そして何も異常が無いことを確認するとベルに上着を着て良いと言う。そしてアミッドは自身の右側にある机の上のカルテにベルの症状を書く。

 そしてアミッドは新たに透明な袋に封をされた木製の舌圧子を袋の封を外して取り出す。

 

「ベルさん、次は"あ~"ってして下さい」

「あ~~~」

 

 アミッドはベルに口を大きく開けるよう要求する、そして喉の奥をライトで照らしながら確認。

 喉の奥にも何も異常が無いことを確認するとアミッドは右手にあるペンを走らせる。そして諸々の献身を終えるとアミッドは隣でやや眉を細めるアルフィアに話しかける。

 

「安心して下さいアルフィアさん。ベルさんの身体には特に異常は見当たりません、特に身体が弱いということもなく、健康そのものですよ」

「そうか、それは良かった…本当に」

 

 アルフィアの一抹の不安。それはベルに自身や(メーテリア)と同じ病気が発病しないかと言う事。無論精霊の加護を受けるベルにそんな病気が発現する訳がないとゼウスは言っていたがあいつは医療の神でもなければ医者でもない、そう言ってアルフィアは念の為ベルを今は危険なオラリオにまで連れてきて都市最高の回復術師に見せたのだ。

 そして何も異常はないとのこと、それを聞いたアルフィアは肩の荷が下りたかの如く安心した。

 

「ただ…、一つだけ少し変な所がありまして」

 

 その一言にアルフィアは少し怪訝な顔をする、それに対してアミッドは「大丈夫です、悪い影響ではありません」と付け加える。

 そして一瞬の緊張も解け、アミッドはゆっくりの口を開く。

 

「成長…ですかね?それが阻害されていると言うか…、"老化を抑える"っというか…、なんだか少しだけ幼すぎる気がしまして…」

「あぁ…それか。なに、簡単な話だ」

 

 アルフィアはゼウスに言われた事をそのままアミッドにも言う。

 曰く、精霊の加護を無数に受けるベルは、老化を抑えると言う神の恩恵(ファルナ)の力と同等の、言ってしまえば精霊式恩恵を刻まれているらしい。その効果はファルナを刻む事で軽減され、ランクが上がれば上がるほど弱まっていくらしい。

 それは決して悪い意味ではなくベル自身が精霊に依存しない形、寿命や何らかの代償を要する精霊の力が外れることでベルは安定して成長できるということなのだ。

 

「なら、何故ベルさんに神の恩恵(ファルナ)を刻まないのですか?今の話だと刻まない理由がないと思いますが…」

「そうなんだがな…、コイツは何故か精霊から愛されている。本来なら精霊というものは契約を介して他人に力を貸すモノ、だがベルは一度も契約などした事がない。そもそも私達が居るのだ、寿命を削る行為(そのような事)をさせるはずもなかろう」

「なら、何故?ベルさんには精霊の加護が幾つもあるって…」

 

 ベルの身体には精霊の加護がある、それはそう。アルフィアは言う、ここから先は憶測でしかない。神々…下界で最も多くの眷属達にファルナを刻み、最も多くの豪傑達の恩恵を見てきたゼウスですら分からない。下界が神時代などと呼ばれる様になった時代よりも前の、遥か昔のまだ古代と呼ばれる時代ですらベルの様な存在は居なかった。

 ゼウスの憶測だと、『ベルは精霊に愛される、つまり無条件にベルに精霊達(自分達)の加護を与えたがる。そしてベルはその無数の加護を受ける代わりに器…即ちベルの身体は次第に崩壊していく、それが代償…な筈なんだがな。コヤツにはそれが起こらんどころか逆に適応して更に強くなっておる』   

 そこから先は神ならざるアルフィアには分からなかった、ただゼウス自身がベルに恩恵を刻む必要な無いと言った。

 

「精霊の力に適応する事でベル自身の身体の強度が上がる、それは眷属(我々)で言う所の高次への昇華(ランクアップ)に等しい。ベルの場合は肉体…即ち素の力が鍛えられていく、つまり恩恵無しでも戦えるようになる…っとあの狒々爺は言っていたな」

「だから刻まない…と?ですがそんな力、本当にあり得るんでしょうか?」

「分からん、"ベル自身が下界の『未知』そのものみたいなもんだ"っとあの狒々爺は言っていた。子供達(我々)より聡い全知零能(あいつ等)が言うんだ、まあそういう事なんだろう」

 

 ゼウスはベルを本当の孫の様に愛している、そんな孫の今後に関わる重要な事をあいつが隠すことはあり得ない。そうアルフィアは付け加える、神々の中でも割と善神であり取り分け自身の眷属の事を何よりも愛しているゼウスがそんな真似をするはずもないとアルフィアは知っていた。

 そしてそんなゼウスの言葉を信じ、ベルには恩恵を刻まず、今は素の肉体を鍛えるっという段階で留まっているらしい。そしてそれはファルナを刻んだとしても消えることはなく、それまでに得たベルと精霊の繋がりはファルナの力でも消えることはなく、そのまま身体に残って行くものらしい、つまり肉体を限界まで鍛えた後にファルナを刻んで更に限界まで鍛える事でベル自身の肉体は単純に2倍の力を持つ事になる、らしい。そこら辺は適当なゼウス…かはたまた本当に分からないのか。

 

 

「無論ベルにはどちらにしろ恩恵はまだ刻まんがな」

「それは…?強くなるのでしたら恩恵があった方が…。それにそんなに強い繋がりだったら何かしらのスキルになるのでは…?」

「まぁ、恩恵に頼った戦い方になるのを避ける為だな、その為には無い状態で鍛えるのが一番手っ取り早い…だろ?ベル」

「…ヒイッ、は…はい」

 

 ベルは酷く怯えていた。その挙動にアミッドは鉄仮面を崩さず、心の中でやや苦笑。アルフィアはどうした?ッと言った表情をする。

 ベルの脳内で思い出されるのはあの故郷での恐ろしい日々、ゴブリンの巣穴に叩き落とされたり、渓谷の下に

ナイフ1本で叩き落とされたり、森で一ヶ月間生活しろなどと言われ森に叩き出された事、その地獄の鍛錬…恐らく限界を100回は超えたベル、アルフィアからしたら後300か400は超えてもらいたい所だと付け加えられた時のあの日の絶望と来たら…ベルは思い出して苦笑する。

 

「ありがとうございました、アミッドさん!!」

「いえ、次はいつにしますか?」……「え?」

「そうだな、次は1ヶ月後にしようか」……「え?」

 

 ベルは知らなかった、今回の検診は一回限りではなく、定期検診である事に。つまり今回はその最初、まあなんか長いなとは思っていたベル、だがそれがまさか次回の為の物だったとは思わず、ベルはそこでまた"騙された?!"と心の中で思う。

 アルフィアはベルの手を引いてその場を後にする、ベルはその姿が見えなくなるまでアミッドに手を振り続け、アミッドもベルとアルフィアが見えなくなるまで本拠の前に立ってお見送りをした。

 

 アルフィアとベルは帰路を辿っていた。だがそこである一つの疑問が浮かぶ。

 

「お義母さん、そう言えば叔父さんは?それに帰るって言ってもお家は?」

「あぁ、なんでも私達を泊めてくれる【ファミリア】があってな、そこに行くことになった」

「じゃあ叔父さんも?」

「あぁ、いや…あいつは今頃フレイヤの…、とにかくお前は気にしなくて良い。お前は喰われるからな」

 

 アルフィアはそう言って話を打ち切る。アルフィアの心の中ではやや葛藤というかなんというか、一抹の不安が新たに浮き上がってきた。

 ベルはメーテリアに似て愛されやすい、そんなベルを見たら恐らくあの痴女はベルを欲しがる、だがそんな事をアルフィアは許すはずも無く、というか神との恋愛なんてアルフィアからしてみれば以ての外だった。

 

「ベル、お前は神との恋愛はしたいか?」

「…僕はやっぱり人が良いかな?それにお祖父ちゃんが言ってた『金髪、長髪、エルフ』っていうのがすっごく良いらしいし…僕も観てみたいし、神様達ってエルフいないんでしょ?じゃあ良いかな…」

「そうか…(何故だ?神との恋愛をしたがらないのは良いこと…、だがな…取り敢えずあの狒々爺は帰ったらシバく。というかベルになんて言う教育をしてるんだあの糞爺は?!)居ると良いな…お前のいうそのエルフが…」

「うん…居たらきっとお祖父ちゃん喜ぶよ!!それにお祖父ちゃんは『エルフっていうのはな、お硬ければお硬いほど良い』みたいなことを言ってたよ…。なんかそう言うエルフ程"落とした時"?の…ギャップが凄いって…」

「そうか…、やはりあの狒々爺は三つ山の向こうまで飛ばすべきだな。…ベル、他にあの爺から教わった事は?というかいつ教わった?」

「あのね…、えっとお義母さんがこの前遠くの人に会いに行った時…にいっぱい教えてもらった!!」

「遠く…、あぁ…ヘラに会いに行った時か…。糞!失敗した、あの時にヘラも連れてくればよかったか?」

 

 そんな事をしたらお祖父ちゃん死んじゃう。とベルは言う。そしてアルフィアに問い詰められたベルはその時の出来事を一言一句抜け漏らし無しで話させられた。

 

 オラリオには可愛い女がいっぱい居る事。そしてベルはゼウスからハーレムを作る夢を託された事。沢山の英雄達がいて、いつかお前も成れると良いなと言われた事。歓楽街には行くな、お前は喰われると言われた事。アマゾネスだけは辞めておけと言われた事。お硬いエルフは積極的に落としにいけと言われた事…等々、それを聞いてアルフィアは瞠目、所々に大切な事などが入っていた為にアルフィアは真っ向からは否定できず、生粋のお祖父ちゃんっ子であるベルに対してやんわりと祖父の言葉を否定する様にアルフィアは言った。

 

「そうなんだ…やっぱりハーレムは合法じゃないんだ…」

「…?そんな事を言われたのか?いつ?何処で?」

「ほら、ヘルメス様が来たときあったじゃん。その時にヘルメス様とお祖父ちゃんに言われた」

「…、お前…その時は何を言われた?」

「あんまり言っちゃ駄目って言われて…それにアルフィアお義母さんには言うなって…」

「成る程、分かった。取り敢えずヘルメスの奴は天に送還するとして、狒々爺は取り敢えず三つ山の向こう行きだな」

 

 やめて!!お祖父ちゃんもヘルメス様も死んじゃう!!っとベルは声を荒げるが時すでに遅し。可愛い愛息子になんて教育をしてくれてんだとアルフィアはご立腹、そうしてアルフィアとベルは都市の北西部へと向かった。




ダイダロス通りでの一幕

ベル:「証明できますか?モンスターと手を取り合えると」
黒衣さん:「ムム……」
アイズ:「(なんか…ベル怖い)」
世界:「む?愛しのベル君がなんか英雄ムーブをかまそうとしてる!!これは手助けしなくては」それっぽい事をベルに口走らせる
精霊:「きゃー!!見て見て、うちのベルちゃんがカッコつけてるわ!!これは手を貸してあげないとね」身体ピカピカ

─────────────────────────
英雄橋での一幕
ベル:「なっても良いかな?君の英雄に」ニコッ(メーテリア似の満面の笑み)
アイズ:「ありがとう」涙ポロポロ
世界:「きゃー、うちのベルキュンが告白したー!!ヤバいヤバい、奴が来るぞ!?」あせあせ
精霊:「きゃー、ヤバいヤバい。奴が来るぞ?!」あせあせ
憧憬スキル:「呼んだ?」ニョキニョキ!!
世界&精霊:「「お前が来たらベル君偉いことになるわ?!」」

遠巻きに見てた組

アルフィア:「あの子が…自分で決めたんだ。私は何も言わん…が、もし嫁として紹介されたら…その時は"嫁の作法"を教えてやろう」ドーン!!
リヴェリア:「やめろ!!…グッ、アイズは確かに嫁…っとしてはあまり良くないな」ぐぬぬ
アルフィア:「その点ベルは優秀だな、料理は勿論家事全般をザルドから仕込ませた。今のあの子に死角はない」ドヤ顔
リヴェリア:「クッ…負けた…(というかどう育てたらアルフィアとザルドとゼウスとヘラからあんなに綺麗な子が生まれるんだ?)」困惑 

──────────────────────────

神々視点

何処かのアオハルさん:「アオハルね!」バッチコーン
何処かの塔に住む神様:「良いわねあの子」舌舐めずり
何処かの太陽神:「ベルキュン!!」

 結論:やべー神に見つかっちまったぜ



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