吾輩は猫である、ただしゴジラが来たせいで飼い主に置いてかれて死にそうです 作:よよよーよ・だーだだ
「どけ」
ジャックが低く言ったが、モモコは動かなかった。
正確には、立っているというより、崩れた案内板と割れたガラスの間に身を置いて出口を塞いでいた。
外はすぐそこだ。濡れた灰色の空。壊れた車。焦げた街。犬の匂い。雨の名残。広すぎる世界。少し前のわたしなら外など絶対に選ばなかったろうが、今は外の方がましだ。
ジャックがもう一度言った。
「どけと言っている」
そう言うジャックのことを、モモコは見ていなかった。
モモコはわたしだけを見ていた。
「……あんたたちのせいだよ」
静かな声だったが、どういうわけか怒っていることだけは感じ取れた。
わたしは応じた。
「何がだ」
背後で爬虫類の鳴き声がした。人間の黒い道具が火を吐く音もする。入口近くの爬虫類たちは今はGフォースの人間に気を取られているが、長くはもたない。
ここで雑談をしている暇などない。猫は暇な時にだけ長く話すべきである。危険な時は短く噛むか、短く逃げるか、短く無視するべきだ。
だが、モモコは話すつもりだった。モモコは言った。
「あんたたちが来てからだ。あんたたちが餌場を荒らした。鈴を鳴らして人間を呼び込んだ。地下だの卵だの、わけのわからない話を持ち込んだ」
「人間が来たのはわたしたちのせいではない。それに卵はもとから地下にあったのだ」
「黙りな」
モモコの声が、鋭くなった。
「あんたたちが来るまでは、ここには順番があった。餌場があって見張りがあった。誰がどこで眠るかも、誰がいつ食べるかも、ちゃんと決まっていた」
「だから何だ」
ジャックが言った。
「決まってたらあのトカゲどもが待ってくれるのかよ」
「野良は黙っておいで」
「野良だから言ってる。逃げる時に優雅に王様ごっこしてる奴から死ぬんだ」
モモコの毛が膨らんだ。それは女王の威厳というより、追い詰められて怒り狂った猫の膨らみだった。
「王様ごっこ?」
モモコは低く笑った。
「あんたたちにはわからないよ。外で泥水を飲んで、ゴミを漁って、犬から逃げるだけの猫にはね」
「わかるさ」
ジャックの声は冷たかった。
「飯がなくなりゃ王国じゃねえ。寝床が崩れりゃ家じゃねえ。足元から化け物が出てくりゃ、そこはもう縄張りでも何でもねえんだ」
モモコは初めてジャックを見た。そして、またわたしを見た。
「あんたも、そう思ってるのかい」
「わたしか」
「そうだよ、鈴つき」
「鈴つきと呼ぶな」
モモコは一歩近づいて、ガラスの破片が彼女の足元で小さく鳴った。
ちり、と。わたしの鈴に似た音だった。
「この場所を見た時、あんたは思ったはずだよ。ここは自分にふさわしいって。屋根も、餌も、水もある。そして人間がいない。だったら、誰かが治めるべきだって」
「…………。」
わたしは黙った。そんなわたしを見て、モモコは笑った。
「ほらね」
違う、と言いたかったが、違わなかった。
わたしは確かにそう思った。この大きな巣箱は、わたしの新しい家にふさわしいと思った。わたしが治めるべきだとさえ思った。
その考えは、今思えば、モモコと同じ匂いがした。美しくて、甘くて、そして腐りかけた匂いだ。
わたしは言った。
「おまえは間違っていた」
「……なんだと?」
わたしの言葉で、モモコの目が細くなる。かまうことなくわたしは続けた。
「この場所は、おまえのものではなかった」
「私のものだよ」
「違う」
わたしは一歩、前に出た。
足が震えていた。疲れのせいである。恐怖ではない。たぶん。
「あの朝以来、この場所は人間のものではなくなった。猫のものでもない、下にいた化け物の巣だったんだ。おまえはその上で餌を食べ、寝床を奪い合い、順番を決めていただけだ」
「黙れ」
「それが壊れたのは、わたしのせいではない」
「黙れ」
「おまえの王国は、最初から足元で――」
「黙れえ!!」
その先を言う前に、モモコが跳んだ。
長い毛が白く広がり、爪が光った。青い目が、怒りだけになった。彼女は美しいまま、わたしに襲いかかってきた。
ジャックが横から飛び出そうとして、わたしも身を低くした。逃げるか、受けるか、噛むか、そのどれかを選ぼうとした。
その瞬間、床が鳴ったことにわたしは気づいた。
それは足音ではなかった。爬虫類の爪でも、人間の黒い道具でもない。下から、ショッピングモールそのものが呻いたかのようだった。低い音に続いて、床が持ち上がった。
わたしへの殺意に燃えるモモコは、足元の異変に気づいていない様子だった。
「鈴つきめ、殺してやる……」
モモコの爪はわたしの鼻先をかすめ、床を滑るように着地したモモコは再度飛びかかろうとした。
しかしそれは叶わなかった。
床が割れたからだ。
わたしたちよりショッピングモールの内側、モモコの足元に黒い亀裂が走った。
一瞬だけ、時間が遅くなったように見えた。
モモコの白い体が空中に浮き、青い目が見開かれる。モモコの目が初めてわたしではなく足元を見て、地割れの下へと落ちてゆく。
やがて地中から、何かが突き上げてきた。巨大な鼻先。濡れた鱗。割れたコンクリートを押しのける太い首。無数に生え揃った長い牙。
地下の生ぬるい匂いをまとった、とてつもない巨体。
爬虫類のでかいの。
わたしの頭に浮かんだ表現は、それだった。
子供の爬虫類のように通路を走る大きさではないし、人間を襲う大きさでもない。建物を割って出てくる大きさだった。
爬虫類のでかいのが床を突き破り首を振るうその一撃で、天井の一部が落ちた。白い粉。鉄の棒。割れた照明。看板……何もかもが降ってきた。
ジャックがわたしの首根っこを噛むように引いた。
「走れ!」
言われて我に返り、わたしは走りながら振り返ってしまった。
モモコは、まだそこにいた。
いや、そこにいるように見えた。割れた床の縁と落ちてくる天井、舞い上がる灰の中でモモコの白い長毛が一瞬だけ見えた。
モモコは何かを言ったが、声は聞こえなかった。爬虫類のでかいのが吠えたからだ。
「――――――――――――ッ……!!」
それは、猫の耳に入れるには大きすぎる声だった。空気が殴られて床が震え、わたしの体の芯まで揺れる。
そして次の瞬間、天井が落ちた。
モモコがいた場所に壊れた天井の瓦礫と案内板と灰色の粉が積もり、モモコの白い毛は見えなくなった。
わたしは足を止めかけたが、ジャックが怒鳴った。
「止まるな!」
「でも、モモコが……」
「止まったら次はおまえだ!」
その通りだ。正しいことを言う猫は、やはり優しくない。
わたしは歯を食いしばった。猫に歯を食いしばるという表現が合っているのかは知らないが、たぶんそういう顔をしていた。
モモコは嫌いだった。彼女の統治も、順番も、高いところから見下ろす目も、取り巻きのカストルとポルクスも、全部嫌いだった。
それでも、あの白い毛が瓦礫に消える瞬間は胸の奥が少し冷たくなった。
高いところにいた猫が、最後に下から来たものに呑まれて落ちていった。それだけのことなのに、なぜかわたしは怒りたくなった。誰に対してかは、わからなかった。
爬虫類のでかいのが、もう一度吠えた。
それに応えるように、子供の爬虫類たちが通路のあちこちで鳴いた。返事をしているのか、親の迫力に歓喜しているのか、わたしにはわからない。Gフォースの人間たちが叫び、黒い道具が火を吐く。だが、爬虫類のでかいのはそれを気にしていないようだった。
爪が床を砕く。尾が柱を叩く。天井がまた落ちる。
モモコの王国であったこのショッピングモールは、もう箱ですらなかった。檻でも、家でも、王国でもない。潰れていく残骸だ。
ジャックが叫んだ。
「外だ!」
出口はすぐそこだ。割れた自動扉の隙間と濡れた空気、そして灰色の光。
わたしたちは、そこへ飛び込んだ。
かくしてわたしたちは外へ出た。
外である。天井がないし、壁もない。地面は濡れていて、空気は焦げくさく、遠くでは何かがまだ燃えている。
外という場所は何度来ても落ち着かない。家の床というものがどれほど偉大であったか、外に出るたびに思い知らされる。
しかし今は、その外がありがたかった。
背後では、ショッピングモールの中で爬虫類のでかいのが吠えている。天井は落ち、壁は割れ、さっきまでわたしたち猫が王国だの餌場だのと言っていた場所は、もはや猫がいるべき場所ではなくなっていた。猫がいるべき場所でないものはこの世にたくさんあると知った。水たまりの真ん中、飢えた野良犬の前、人間の膝の上に乗りたい気分ではない時の人間の膝、そしてあのショッピングモールである。
ジャックが言った。
「止まるな」
「止まっていない」
「振り返ろうとしただろ」
「首が過去を少し確認しただけだ」
「前を見ろ、ばかめ」
言われたとおり、わたしは前を見た。
そして、前にもろくでもないものがあった。
ショッピングモールの前の広い道に、車のようなものが何匹も並んでいた。いや、何台も、というのが人間の言い方なのだろうが、わたしには何匹もいるように見えた。
車に似ているが、普通の車ではない。普通の車は、もう少し間抜けな顔をしている。さとみが時々乗る白い車など、走る箱そのものだった。雨の日に人間を濡らさず運ぶだけの、鈍くさい箱である。
目の前のそれは、車というより鉄の亀であった。
低くて、重くて、腹の底まで鉄でできている。丸い足ではなく、黒い帯のようなものを左右に巻きつけ、それで地面を噛むように進んでいる。
頭らしきところからは長い筒が一本、にゅっと突き出していた。長い鼻のようにも見えるし角のようにも見えるが、少なくとも可愛くはない。
その上や周りに、Gフォースの人間たちがいた。頭に硬い殻をかぶり、黒い道具を抱え、忙しそうに叫んでいる。人間はいつも忙しそうだ。忙しそうにするわりに、肝心なことはたいてい間に合わない。
「なんだ、あれは」
わたしがジャックに訊くと、ジャックは即答した。
「知らねえ」
なんだ知らないのか、野良のくせに。それを言うと、ジャックは「野良は人間の鉄くず図鑑じゃねえ」と答えた。
「役に立たない野良だな」
「じゃあおまえは知ってんのか」
「知らない」
「だったら黙ってろ」
たいへん失礼である。
だが、それがGフォースの乗り物だということだけはわかった。なぜならGフォースの人間が乗っているからである。猫の論理は簡潔で美しい。猫が乗っていれば猫のもの、人間が乗っていれば人間のもの、わたしが乗っていればわたしのものである。
つまり、あの低い鉄の亀は、人間たちが爬虫類のでかいのと戦うために連れてきた、大きな爪か牙なのだろう。
その長い筒が、ショッピングモールの方を向いた瞬間。
どん。
轟音と共に、空気が腹の底から震えた。
わたしの耳は勝手に伏せた。尻尾も勝手に太くなった。これは臆病ではない。猫の体が、勝手に世界の無礼さへ抗議しているだけである。
振り返ると鉄の亀の細長い筒から、爆音と共に火が噴き出ていた。ショッピングモールの壁に火と煙が咲き、続けて別の鉄の亀も吠えた。
どん。
どん。
どん。
わたしは負けじと怒鳴った。
「うるさい!」
「人間に言え!」
「聞く耳があると思うか」
「たしかにないな」
ジャックは走り出し、わたしも走った。
鉄の亀の群れの端を、わたしたちは低く抜けた。Gフォースの人間が一人、こちらを見た気がしたが、その人間はすぐにショッピングモールの方へ向き直った。人間はようやく正しい優先順位を覚えたようだ。猫を捕まえる余裕も、撫でる余裕も、追い出す余裕もないらしい。
道の向こうに、コンクリートの階段があった。
人間が道路の上を渡るために作った高い道、歩道橋である。上がって、渡って、また下りる。最初から下を歩けばよいものを、わざわざ高くしている。人間の巣作りはどこまでも回りくどい。
そして、その階段の下には暗い隙間があった。雨は少し入るし風も入る、古い靴と油と埃の匂いがして上等な猫のいるべき場所ではない。
けれど、あの潰れかけのショッピングモールよりはましだ。今の基準はたいへん低い。
「ここだ」
ジャックがそこへ滑り込み、わたしも続く。
その中には猫たちがいた。
「おや。主役たちが、まだ退場していなかった」
呼びかけられて振り向くと、そこにはソーセキがいた。灰をかぶり、埃をつけ、丸っこい体を薄く見せながら階段の奥に座っている。
「作家、生きていたのか」
「失礼だね。作家は締切には間に合わなければならないものだよ」
「シメキリとは何だ」
「今の場合は、ショッピングモールの天井が崩れ落ちてくるまでの時間かな」
「おまえはもう少し実用的な言葉遣いを覚えろ。意味不明だ」
そばには三毛と、三毛にくっついた子猫がいた。首輪の跡のある灰色の猫や年寄りの猫もいた。濡れて震えている猫、何も見ていないような目でショッピングモールを見ている猫、ただ自分の前足を舐め続けている猫。
カストルとポルクスもいた。黒い二匹は、もう偉そうではなかった。右耳の先が白い方も、左前足の先だけが白い方も同じように耳を伏せ、同じように尻尾を体に巻きつけている。
カストルとポルクスはわたしに訊ねた。
「モモコはどうした」
「モモコはどこだ」
わたしは答えなかった。
答える代わりに、わたしは目を伏せた。ソーセキも察し、目を伏せた。
「……そうか」
それだけで、カストルとポルクスは黙った。二匹はショッピングモールの方を見たが、向かって走り出したりはしなかった。戻ったところでもう戻れる場所ではないと彼らにもわかったのだろう。
階段の下からは、あのショッピングモールが見えた。
さっきまで、あそこには餌があった。水があった。寝床があった。順番があり、見張りがあり、裁判があり、モモコが高いところからわたしたちを見下ろしていた。
今は、炎に包まれて煙を吐く大きな残骸だった。箱でもないし家でもない、もちろん王国でもない。ただの、壊れた残骸だ。
ふと煙の向こうから、妙な匂いがした。
来たときは雨に降られていたから気づかなかったけれど、水の匂いである。けれど雨の水ではない。水飲み皿に満ちていた、あのありがたい透明な水でもない。もっと広く、冷たく、少し塩からい匂いがする。
「なんだ、この水くさい匂いは」
「海だね」
ソーセキが言った。
「海」
「大きな水だよ」
「飲めるのか」
「飲まない方がいい」
「役に立たない水だな」
「人間はそこから、いろいろなものが来ると思っている」
「いろいろとは何だ」
「…………。」
ソーセキは答えなかった。
その時、空が鳴った。
とっさにわたしたちは身を低くした。雨かと思ったのだ。空は水を落とすし、時々光って怒鳴る。たいへん気分屋である。
だが、今の音は雨ではなかった。
空に、鉄の鳥がいた。
鳥と呼ぶには大きすぎる。羽ばたかない。鳴き方も可愛くない。腹の下に何かを抱え、まっすぐショッピングモールへ向かってくる。何羽もいた。人間はついに、鳥まで鉄で作るようになったらしい。
「何だ、あれは」
わたしのつぶやきにジャックが答えた。
「空のGフォースだろ」
「人間は空まで自分のものだと思っているのか」
「思ってんだろうな」
「厚かましい生き物だ」
ソーセキが小さく言った。
「あれが火を落とすんだ」
「火を落とす?」
訊き返した時には、もう遅かった。
鉄の鳥の腹から、小さなものが離れた。まっすぐ、ショッピングモールへ落ちてゆく。
次の瞬間、世界が白くなった。
音はそのあと来た。
どん、では足りない。
ばあん、でも足りない。
人間が足の小指をぶつけた時の悲鳴を、何千倍にもして、しかも地面の下から響かせたような音だった。
ショッピングモールが爆ぜた。
屋根が持ち上がり、窓が一斉に砕け、壁が外へ膨らみ、火と煙が吹き出した。熱い風が階段の下まで来て、わたしのひげを揺らした。子猫が鳴き、三毛がその首を押さえ込むように抱えた。カストルかポルクスがひどく情けない声を出したが、それを笑う余裕はわたしにもなかった。
続いて二つ目が落ちた。三つ目も。人間はしつこい。皿に餌を入れる時は時々忘れるくせに、こういうろくでもないことだけは念入りにやる。
ショッピングモールは、火の中で形を失っていった。ペット用品店。レストラン。地下駐車場。モモコがいた高い場所。どれもこれも、火と煙と音の中に混ざっていく。
ショッピングモールからは、爆音に交じって爬虫類たちの声が聞こえた。
細く、濡れて、金属を引っかくような悲鳴。わたしはあいつらが嫌いだ。あいつらはわたしたち猫を食べようとしたし、人間にも噛みつくような見境のない奴らだ。好きになれるわけがない。
けれど、それでもその声がひとつずつ途切れていくのを耳にするのは、あまり気分のよいものではなかった。嫌いなものが死ぬことと、それを見て気分がよいことはどうやら別らしい。外へ出てからというもの、わたしは知りたくもないことばかり覚えている。
やがて、鉄の鳥たちは遠ざかり、空はまた灰色になった。
あとには、火と煙と、ショッピングモールだったものが残った。
Gフォースの人間たちが叫んでいる。地面を噛む鉄の亀たちは、まだ長い筒をショッピングモールへ向けていた。終わったと思ったのかもしれない。
わたしも少しだけそう思ったが、しかしジャックの毛は逆立っていた。
「まだだ」
「何がだ」
「終わってねえ」
瓦礫が動いた。
最初は崩れた壁が落ちただけだと思ったが、違った。煙の中で、何かがゆっくりと起き上がっている。
そして地下から瓦礫を突き崩しながら、太い首が出てきた。濡れた鱗。焼け焦げた皮。地下の生ぬるい匂い。
爬虫類のでかいの。奴は死んでいなかった。
「あいつ、しぶといな」
「おまえもな」
「わたしをあれと一緒にするな」
爬虫類のでかいのは、瓦礫の上で首を動かした。
子供の爬虫類たちの声は、もう聞こえなかった。かわりに、焼けた匂いと、潰れた卵の匂いと、動かなくなった小さいものたちの匂いがした。
爬虫類のでかいのの匂いが変わった。
怒りである。
猫の怒りは、尻尾と耳と喉に出る。犬の怒りは、歯と涎に出る。人間の怒りは、声が大きくなり、手の動きが無駄に増える。
この爬虫類のでかいのの怒りは、地面に表れた。足元の水たまりが震え、割れたガラスが細かく鳴り、階段下の埃がぱらぱら落ちた。
爬虫類のでかいのが吠えた。
それだけで、何匹かの猫が耳を伏せて床に腹をつけた。わたしもつけた。これは屈服ではない。耳と腹を守る高度な判断である。
Gフォースの鉄の亀たちが、一斉に火を吐いた。
どん。
どん。
どん。
爬虫類のでかいのの体に煙が咲く。鉄の亀の傍らで、黒い道具を持った人間たちも火を放つ。人間の大きな爪も、小さな爪も、全部そちらへ向いている。
だが、爬虫類のでかいのの怒りは、それで止まらなかった。
最初の鉄の亀は爪で叩き潰された。明らかに鉄でできているくせに、潰れる時は案外あっけなかった。
次の鉄の亀は、尾で横から払われた。ひっくり返り、腹を見せ、火を噴いた。中から人間の声がした。短くてすぐに消える声だった。
わたしは目を逸らした。人間は愚図である。爪は丸く、耳は鈍く、鼻は飾りである。
だが、血は出る。怖ければ逃げて仲間を呼ぶ。倒れればもう起きないこともある。そういうことを、わたしはあまり知りたくない。
怒り狂った爬虫類のでかいのは、低い鉄の亀を次々に壊していった。長い筒が折れる。黒い帯の足が千切れる。Gフォースの人間たちが散っていく。
あのでかいのの基準では、サイズがモノを言うらしい。大きいものが小さいものを潰す。雑な決まりである。
わたしの鈴が、地面の震えに合わせて小さく鳴った。
ちり……ちり……
あれほど迷惑だった鈴の音が、今はひどく小さかった。世界が大きすぎる時、鈴などは何の役にも立たない。
その時、海の匂いが強くなった。
風向きが変わったのだと思ったが、違った。
水そのものが動いている。
遠くの灰色の水面が盛り上がり、防潮堤の向こう、港のような場所で細い鉄の塔がゆっくり揺れる。
やがて海から黒いものが這い上がってきた。最初は岩だと思い、次に山だと思った。しかし岩は歩かないし、山も歩かない。少なくとも、わたしの知るかぎりでは。
それは、海から上がってきた。
ごつごつした皮。
背中に並ぶ、岩の牙のような大きな背鰭。
太い足。
長い尾。
街を見下ろす頭。
一歩、陸へ上がると同時に地面が鳴った。
爬虫類のでかいのが、一番大きいものではなくなった。いや、奴も大きい、なにしろ建物を割って出てくるほどで、Gフォースの鉄の亀を捻り潰す大きさだ。
だが、海から来たそれは、もっと違う。
大きいというより、重い。重いというより、そこにいることを世界が許してしまっている。
爬虫類のでかいのは、怒っていた。子を失って、火と煙の中で叫んでいた。
他方で、海から来たそいつは、怒っているのかどうかもわからない。
ただ、いるだけで、他の音が少し小さくなり、燃え盛る炎の明るさがつまらなく見えた。さっきまで王国を潰したものさえ、王国の外にいる何かに見える。
わたしは王というものが好きではない。ついさっき、王国を持った猫が王国ごと潰されるところを見たからだ。
それでも、海から来たそれを見た時、胸の奥に言葉が落ちてきた。
一言で言うなら、怪獣の王だ。
高いところに座って命令する王ではない。餌場の順番を決める王でもなければ、取り巻きに声を張らせる王でもない。ただそこに立つだけで、世界の方が勝手に一歩退く。
隣で、ソーセキがかすれた声を出した。
「ゴジラだ……!」
好きなキャラクター
-
サリー
-
ジャック
-
モモコ
-
ソーセキ
-
カストルとポルクス
-
さとみ
-
Gフォース隊員