『陥陣営戦記 ~恋こそ至高!龍牙、乱世を穿つ~』 作:パスカルDX
第一話「虎牢関に響く、恋様至高!」
虎牢関。
天下の命運を左右するとまで言われた巨大な関所。
その城壁の上では、董卓軍の兵士たちが眼下を見下ろしていた。
見渡す限りの連合軍。
旗、旗、旗。
曹操、袁紹、公孫瓚、孫堅、劉備――。
諸侯の軍勢が大地を埋め尽くしている。
普通の兵士なら膝を震わせる光景だった。
しかし。
「……ふむ。」
一人だけ違う意味で真剣な男がいた。
銀色に近い黒髪を後ろで束ね、精悍な顔立ち。
巨大な大剣『龍眼斬』を背負った男。
高順。
真名――龍牙。
彼は腕を組みながら、難しい顔をしていた。
その横では紫髪の美女が呆れ顔で眺めている。
「なぁ龍牙。」
張遼――真名・霞。
「何でしょう。」
「何でそんな難しい顔しとるん?」
龍牙はゆっくり答えた。
「恋様は今日も可愛い。」
「それは知っとる。」
「昨日より可愛い。」
「それも知っとる。」
「明日はもっと可愛い。」
「未来まで保証すなや!」
霞が盛大にツッコミを入れる。
周囲の兵士たちもうんうんと頷いた。
「隊長、通常運転ですね。」
「安心しました。」
「戦が始まる前から恋様語録か……。」
龍牙は兵士たちへ向き直る。
「諸君。」
「「はっ!」」
「恋様の可愛さが至高。」
「「承知しております!!」」
「本日の任務。」
「「恋様を守る!!」」
「よろしい。」
兵士たちは一糸乱れぬ敬礼。
霞は頭を抱えた。
「何やこの軍隊。」
完全に洗脳されていた。
---
その頃。
虎牢関中央。
ぽけー……
赤い長髪。
頭にはぴょこんと二本の触覚。
天下無双の武人。
呂布。
真名――恋。
恋は城壁にもたれかかり、空を見ていた。
「……雲。」
ぽけー……
「……鳥。」
ぽけー……
「……お腹すいた。」
その隣で。
「恋様ぁぁぁぁぁ!!」
小柄な少女が走ってきた。
陳宮。
真名・音々音。
「ご飯は戦いが終わってからですぞ!」
「むぅ。」
「今から天下分け目の決戦なのですぞ!」
「むぅ……。」
「その顔はやめてくださいなのです!罪悪感が凄いのです!」
恋は首を傾げた。
「お腹……。」
「終わったら肉まん十個!」
「二十個。」
「十五!」
「二十。」
「ぐぬぬ……分かりましたなのです!」
交渉成立。
恋は満足そうだった。
---
その様子を遠くから見つめる龍牙。
「……。」
ぽろり。
涙が流れた。
霞が驚く。
「何で泣いとるん!?」
「恋様がお腹を空かせている。」
「そこ?」
「天下の宝が空腹とは。」
「いや戦前やし!」
龍牙は拳を握る。
「許せん。」
「何がや。」
「連合軍。」
「八つ当たりやん!」
「恋様の昼食を遅らせた。」
「責任転嫁にも程がある!」
龍牙は龍眼斬を背負い直した。
「全軍。」
「「はっ!」」
「恋様の昼飯のため。」
「「おおーーっ!!」」
「敵を蹴散らす。」
「「おおおおーーーっ!!」」
「チェストーーーー!!」
「「チェストーーーー!!!」」
霞は思わず叫ぶ。
「何で士気上がっとるんや!」
---
その頃。
音々音は額を押さえていた。
「あの人も困ったものなのです……。」
恋は首を傾げる。
「龍牙?」
「そうです!」
「いい人。」
「それは認めます!」
「強い。」
「それも認めます!」
「いっぱい守ってくれる。」
「それも認めます!」
「可愛いって言う。」
「毎日百回は言ってます!」
恋は少し嬉しそうに笑う。
「えへ。」
その笑顔を見た兵士たち。
「……。」
「……。」
「隊長呼んでこい。」
「早く!」
「恋様スマイルだ!」
数秒後。
龍牙到着。
「恋様ぁぁぁぁぁぁ!!」
猛ダッシュ。
「おお。」
恋が手を振る。
龍牙はその場で跪いた。
「本日も恋様の笑顔は天下第一!」
「うん。」
「世界遺産!」
「何やそれ。」
「国宝!」
「国ちゃうやろ!」
「神。」
「どんどん盛るな!」
霞のツッコミが止まらない。
龍牙は真剣だった。
「霞。」
「何や。」
「恋様が笑った。」
「笑ったな。」
「今日という日は祝日にすべき。」
「ならん。」
「全国民に知らせたい。」
「誰の全国や。」
「鐘を鳴らそう。」
「寺ちゃうねん。」
音々音はしゃがみ込んだ。
「頭痛がするのです……。」
恋だけは嬉しそうだった。
「龍牙。」
「はっ!」
「あとで。」
「はい!」
「なでる。」
龍牙の動きが止まる。
「…………。」
「…………。」
「…………。」
次の瞬間。
「恋様ぁぁぁぁぁぁぁ!!」
感極まって地面を転げ回った。
「恋様から頭を撫でていただけるだと!? 本日は人生最高の日だぁぁぁ!!」
兵士たちも大歓声。
「隊長おめでとうございます!」
「ついにご褒美!」
「赤飯だ!」
霞は空を仰ぐ。
「まだ戦始まってへんのやけど……。」
その時だった。
ゴォォォォン!!
虎牢関に戦開始を告げる鐘が鳴り響く。
連合軍が一斉に進軍を開始する。
龍牙は笑みを消し、龍眼斬を肩に担いだ。
「陥陣営。」
兵士たちの表情が一変する。
「恋様の前に敵を通すな。」
「「応っ!!」」
龍牙は恋へ一礼した。
「恋様。」
「うん。」
「勝利を捧げます。」
恋は静かに頷く。
「待ってる。」
その一言だけで十分だった。
龍牙は満面の笑みを浮かべる。
「恋様の可愛さが至高。」
そして巨大な剣を振り上げ――
「全軍突撃!!」
「チェストーーーーーーーッ!!」
陥陣営が轟音とともに戦場を駆ける。
「チェストーーーーーーッ!!」
龍牙の雄叫びが虎牢関の戦場に轟いた。
その声を合図に、陥陣営が一斉に駆け出す。
重装歩兵とは思えない速度だった。
「お、おい! 何だあいつら!」
「止まらんぞ!」
「剣がでかすぎるだろ!」
連合軍の兵士たちは思わず後ずさる。
先頭を走る龍牙は、身の丈ほどもある大剣『龍眼斬』を軽々と肩へ担ぎ、その顔には清々しい笑みさえ浮かべていた。
「諸君。」
陥陣営の兵士たちが返事をする。
「「はっ!」」
「恋様は今、我々を見ておられる。」
「「おおっ!」」
「恋様をがっかりさせる者はいるか!」
「「いません!」」
「恋様の可愛さは!」
「「至高です!!」」
「よろしい!」
「チェストーーーーッ!!」
「「チェストーーーーッ!!」」
敵兵たちは思った。
(何なんだ、この部隊……。)
(統率力がおかしい!)
(というか合言葉がおかしい!)
戦場なのに、妙な熱気だけは誰にも負けていなかった。
---
一方、城壁の上。
霞は腕を組みながら苦笑する。
「ほんま、ようあれだけ恋一筋になれるわ。」
音々音も頷いた。
「龍牙殿は恋様のことになると頭のねじが数本飛ぶのです。」
「数本やないやろ。」
「全部です。」
「やっぱ全部やんな。」
二人は同時にため息をついた。
その横では恋がぼんやり戦場を見ていた。
「……龍牙。」
「恋様?」
「楽しそう。」
「それは間違いないのです。」
「うん。」
恋は少しだけ微笑んだ。
その笑顔を見た兵士が叫ぶ。
「恋様がお笑いになったぞ!」
「龍牙隊長に知らせろ!」
「急げ!」
音々音が慌てて止める。
「止めるのです! 今伝えたら絶対調子に乗るのです!」
しかし遅かった。
戦場の真ん中。
「恋様が笑ったぁぁぁぁぁ!!」
誰が伝えたのか知らないが、龍牙の耳にはしっかり届いていた。
「力が百倍!」
「いや、単純!」
「龍眼斬よ!」
大剣を高々と掲げる。
「恋様の笑顔を受けよ!」
「受けるのは敵や!」
霞のツッコミは届かない。
ブォン!!
龍眼斬が横薙ぎに振るわれる。
「ぎゃああ!」
「吹っ飛んだ!」
「三人まとめて!?」
敵兵たちが面白いほど宙を舞う。
龍牙は首を傾げた。
「む?」
「どうしました隊長!」
「今ので百人くらい倒せたと思った。」
「期待値高すぎません!?」
「修行不足か。」
「違います!」
---
そこへ一人の敵将が馬を駆って現れた。
「董卓軍の将か!」
大槍を構える武将。
「俺が相手だ!」
龍牙は丁寧に一礼する。
「失礼。」
「む?」
「少々急いでいる。」
「何?」
「恋様のお昼ご飯が待っている。」
「は?」
「ゆえに。」
龍牙は剣を構えた。
「一撃。」
「何を言って――」
「チェストーーーーーー!!」
ドゴォォォォン!!
敵将ごと馬が地面を転がる。
「うそだろーーー!!」
周囲の兵士が絶叫した。
龍牙は剣を肩へ戻す。
「終わった。」
「早っ!」
「では失礼。」
「待てぇ!」
「恋様が待っている。」
「知らんわ!」
---
その頃。
恋は城壁で座り込んでいた。
「……。」
「恋様?」
「お腹。」
「まだです!」
「ぐぅ。」
可愛らしく鳴るお腹。
音々音は頭を抱える。
「お願いですからあと少し我慢してくださいなのです!」
恋はしゅんとする。
その姿を見た霞。
(あかん……。)
(可愛すぎる。)
(龍牙の気持ちがちょっと分かるわ。)
---
その瞬間だった。
「恋様ぁぁぁぁぁ!」
龍牙が城門を駆け上がってきた。
全身埃まみれ。
しかし笑顔だけは眩しい。
「敵前逃亡か!」
霞が叫ぶ。
「違います。」
「ほな何や!」
龍牙は懐から小さな包みを取り出した。
「恋様。」
「?」
「肉まんです。」
「おお。」
恋の目がきらりと輝く。
音々音が固まった。
「どこで買ったんですか!?」
「途中で屋台があった。」
「戦場ですよね!?」
「営業していた。」
「誰が営業するんですか!」
「美味そうだったので。」
「寄り道したんですか!」
龍牙は真顔だった。
「恋様が空腹だった。」
「だからって!」
恋は肉まんを一口。
もぐ。
もぐもぐ。
「……おいしい。」
その一言だった。
龍牙は天を仰ぐ。
「ありがとう世界。」
霞が呆れる。
「戦より恋優先やな。」
「当然。」
「即答や!」
龍牙は胸を張る。
「恋様の笑顔のためなら天下などいらぬ。」
「かっこええこと言うてるようで、だいぶ重い愛やで。」
恋は二つ目の肉まんを頬張りながら、小さく呟いた。
「龍牙。」
「はっ!」
「ありがとう。」
その一言だけで十分だった。
龍牙は顔を真っ赤にし、膝から崩れ落ちる。
「恋様から感謝のお言葉……。」
「隊長が燃え尽きた!」
「灰になってる!」
「誰か水を!」
霞は笑いながら肩をすくめた。
「ほんま、この人がおる限り呂布軍は退屈せぇへんな。」
恋も小さく笑う。
「うん。」
その笑顔を見た龍牙は、再び勢いよく立ち上がり、大剣を掲げた。
「よし! 午後の戦も恋様のために!」
「チェストーーーーーーッ!!」
こうして今日も、虎牢関には陥陣営の雄叫びと、仲間たちのツッコミが絶え間なく響き渡るのだった。
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