『陥陣営戦記 ~恋こそ至高!龍牙、乱世を穿つ~』   作:パスカルDX

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第十一話「黒山の狼、戦場に嗤う」

第十一話「黒山の狼、戦場に嗤う」

 

 

 

 

河北の大地に夜が訪れた。

 

昼間まで激しい激突を繰り広げていた戦場は、不気味なほど静まり返っている。

 

袁紹軍も公孫瓚軍も、それぞれ陣へ戻り、翌日の戦いへ備えていた。

 

焚き火があちらこちらで揺れ、兵士たちは武具の手入れや食事を済ませながら束の間の休息を楽しんでいる。

 

客将用の陣でも、穏やかな時間が流れていた。

 

恋は焚き火の前に座り、串焼きをもぐもぐと頬張っている。

 

「……おいしい。」

 

その様子を、龍牙は満足そうに眺めていた。

 

「恋様。」

 

「?」

 

「本日もよく召し上がっておられます。」

 

恋はこくりと頷く。

 

「いっぱい動いた。」

 

「はい。」

 

「たくさん食べて、たくさん休まれることが大切です。」

 

霞は魚を焼きながら笑う。

 

「もう完全に保護者やん。」

 

音々音も苦笑した。

 

「龍牙殿は戦場でも普段通りなのです。」

 

龍牙は真顔で答える。

 

「恋様のお世話に休日はありません。」

 

「誰も聞いてへん!」

 

霞の鋭いツッコミで周囲の兵士たちから笑いが起こる。

 

戦の緊張を忘れさせる、いつものやり取りだった。

 

 

---

 

その頃。

 

数里離れた公孫瓚軍の陣営。

 

昼間の戦いについて、武将たちが軍議を開いていた。

 

「正面突破は難しい。」

 

「呂布一人で前線を押し返される。」

 

「高順の大剣も厄介だ。」

 

口々に意見が飛び交う。

 

公孫瓚は腕を組み、静かに地図を見つめていた。

 

「……。」

 

そこへ、一人の伝令が息を切らして飛び込んできた。

 

「将軍!」

 

「どうした。」

 

「援軍です!」

 

「援軍?」

 

「黒山から援軍が到着しました!」

 

その言葉に、幕舎の空気が変わる。

 

「黒山だと?」

 

「まさか……。」

 

公孫瓚はゆっくり顔を上げた。

 

「通せ。」

 

やがて幕舎の入口が開く。

 

現れた男は、黒い外套を羽織り、獣のような鋭い目をしていた。

 

口元には余裕の笑み。

 

まるで戦場を遊び場とでも思っているような雰囲気を漂わせている。

 

「久しぶりだな、公孫瓚。」

 

公孫瓚は苦笑する。

 

「張燕か。」

 

「困ってるって聞いてな。」

 

張燕は肩をすくめた。

 

「手伝いに来てやった。」

 

 

---

 

副官たちは警戒した表情を浮かべる。

 

「黒山賊を信用するのですか?」

 

公孫瓚は静かに答えた。

 

「今は敵を倒すのが先だ。」

 

張燕は地図へ近付き、指で袁紹軍中央を叩く。

 

「呂布。」

 

そして少し横へ。

 

「張遼。」

 

さらに中央。

 

「高順。」

 

ニヤリと笑う。

 

「あいつらが揃ってる限り、正面から勝つのは面倒だ。」

 

公孫瓚も頷く。

 

「昨日、実際に戦って分かった。」

 

「特に高順。」

 

張燕は楽しそうに笑う。

 

「あいつは単純だ。」

 

「単純?」

 

「ああ。」

 

椅子へ腰掛ける。

 

「呂布が絡めば、必ず動く。」

 

公孫瓚は思い返す。

 

確かに昨日も、高順は終始呂布を気に掛けていた。

 

「恋様。」

 

「恋様。」

 

戦場でも何度もそう呼んでいた姿を思い出し、思わず苦笑する。

 

「……確かに。」

 

張燕はさらに笑みを深めた。

 

「そこを突けば崩せる。」

 

 

---

 

一方その頃。

 

袁紹軍の陣営では。

 

龍牙が夜の見回りを終えて戻ってきた。

 

恋は焚き火の前で少しうとうとしている。

 

「恋様。」

 

「……ん。」

 

「冷えます。」

 

龍牙は自分の羽織をそっと恋の肩へ掛けた。

 

「暖かくしてください。」

 

恋は目を開け、小さく笑う。

 

「ありがとう。」

 

その笑顔を見た龍牙は静かに胸へ手を当てる。

 

「恋様。」

 

「?」

 

「今宵も可愛さが至高です。」

 

霞は焼き魚をひっくり返しながら笑った。

 

「一日何回言うねん。」

 

「数えていません。」

 

音々音が真顔で言う。

 

「今日は二十七回目です。」

 

「数えとったんかい!」

 

兵士たちの笑い声が夜空へ響く。

 

しかし、その笑いとは対照的に。

 

遠く離れた公孫瓚軍の陣営では、張燕が静かに不敵な笑みを浮かべていた。

 

「呂布。」

 

「張遼。」

 

「高順。」

 

「明日は面白くなりそうだ。」

 

黒山の狼が動き出したことで、河北の戦いは新たな局面を迎えようとしていた。

 

夜明け前。

 

東の空がわずかに白み始める頃、袁紹軍の陣営は静かに目を覚まし始めていた。

 

兵士たちは焚き火の始末をし、鎧を身につけ、今日も始まる戦いへ備える。

 

どの顔にも昨日以上の緊張が浮かんでいた。

 

公孫瓚軍も決して侮れる相手ではない。

 

一日目は互角だったとはいえ、今日も同じように戦える保証はどこにもなかった。

 

しかし――。

 

恋たちの天幕だけは、いつも通りだった。

 

「……。」

 

恋はまだ眠そうに目をこすっている。

 

龍牙はすでに身支度を終え、朝食を並べていた。

 

「起床のお時間です。」

 

「……うん。」

 

「朝食をご用意しました。」

 

「ありがとう。」

 

恋は小さく笑い、席へ座る。

 

湯気の立つ汁物と焼き魚、それに大きな肉まん。

 

龍牙は満足そうに頷いた。

 

「栄養も十分です。」

 

霞が苦笑する。

 

「毎朝ようそこまで世話焼けるな。」

 

「当然です。」

 

「即答かい。」

 

音々音も肩を震わせる。

 

「龍牙殿は恋様限定で家事能力が高いのです。」

 

「恋の分だけやろ?」

 

「はい。」

 

「隠さんのかい!」

 

天幕の中は朝から笑いに包まれた。

 

 

---

 

その頃、公孫瓚軍。

 

軍議の席には、公孫瓚と張燕が並んでいた。

 

張燕は地図の上に木片を並べる。

 

「正面から呂布にぶつかるな。」

 

副将が眉をひそめる。

 

「ではどうする?」

 

「呂布を孤立させる。」

 

「孤立?」

 

張燕は木片を動かした。

 

「高順は必ず呂布を守る。」

 

「そうだな。」

 

「なら、その高順を誘い出せ。」

 

公孫瓚は腕を組む。

 

「囮か。」

 

「そういうことだ。」

 

張燕は楽しそうに笑う。

 

「昨日見て確信した。」

 

「高順は強い。」

 

「だが。」

 

「真っ直ぐすぎる。」

 

副将たちは頷く。

 

「なるほど。」

 

張燕は続ける。

 

「張遼は周りが見えている。」

 

「陳宮も頭が回る。」

 

「だが高順は違う。」

 

「呂布第一。」

 

「そこを突く。」

 

公孫瓚は静かに息を吐いた。

 

「……成功すれば戦況は変わる。」

 

「成功させるさ。」

 

張燕の口元がゆっくり吊り上がる。

 

 

---

 

同じ頃。

 

袁紹軍本陣では、袁紹が家臣たちと軍議を開いていた。

 

「敵の動きは?」

 

伝令が頭を下げる。

 

「昨夜から陣が騒がしくなっています。」

 

「増援でしょうか。」

 

「その可能性があります。」

 

音々音も地図を見ながら口を開く。

 

「兵の配置も変わっています。」

 

霞は難しい顔になる。

 

「昨日とは違う戦い方してきそうや。」

 

袁紹も頷いた。

 

「油断は禁物ですわ。」

 

恋は静かに話を聞いていた。

 

龍牙はその隣で立っている。

 

「恋様。」

 

「?」

 

「何かお飲みになりますか。」

 

霞がすかさず突っ込む。

 

「軍議中や!」

 

「喉が渇く頃かと。」

 

「気ぃ遣う場所が違う!」

 

恋は小さく笑う。

 

「あとで。」

 

「承知しました。」

 

音々音が小声で呟く。

 

「軍議でも平常運転なのです。」

 

 

---

 

軍議を終え、各部隊は持ち場へ向かう。

 

平原には再び両軍の旗が並び始めていた。

 

公孫瓚軍。

 

そして、その右翼には見慣れない黒い旗。

 

霞が目を細める。

 

「……あれ。」

 

音々音も気付く。

 

「黒い旗?」

 

龍牙も視線を向けた。

 

「恋様。」

 

「?」

 

「あの旗は。」

 

恋はじっと見つめる。

 

その時、一人の兵士が駆け込んできた。

 

「報告!」

 

「何や!」

 

「敵軍に増援です!」

 

「誰なのです!」

 

兵士は息を整えて叫んだ。

 

「黒山賊です!」

 

霞の顔色が変わる。

 

「まさか!」

 

「頭領・張燕が公孫瓚軍へ加わっています!」

 

その報告に、その場の空気が一気に張り詰めた。

 

龍牙は静かに龍眼斬の柄を握る。

 

「……張燕。」

 

黒山で取り逃がした相手。

 

恋を危険にさらそうとした男。

 

忘れるはずがなかった。

 

恋は龍牙を見上げる。

 

「龍牙。」

 

「はい。」

 

「怒ってる?」

 

龍牙は少しだけ表情を緩めた。

 

「ご安心ください。」

 

「?」

 

「恋様を守ることが私の役目です。」

 

恋はこくりと頷いた。

 

「うん。」

 

「一緒。」

 

その一言だけで龍牙は穏やかな笑みを浮かべる。

 

「はい。」

 

「共に参りましょう。」

 

遠く敵陣では、張燕がこちらを見ながら薄く笑っていた。

 

「見つけたぞ。」

 

「呂布。」

 

「張遼。」

 

「高順。」

 

「今日は昨日みたいにはいかねぇ。」

 

黒山の狼が牙を剥く。

 

河北の戦いは、新たな局面へと突入しようとしていた。

 

 

 

 

朝日が昇り切ると同時に、広大な平原は再び戦場へと姿を変えた。

 

袁紹軍と公孫瓚軍。

 

昨日よりもさらに鋭い殺気をまとった両軍が向かい合う。

 

その中でもひときわ目を引くのは、公孫瓚軍の右翼に翻る黒い旗だった。

 

黒山賊。

 

その旗を見た袁紹軍の兵たちはざわめく。

 

「黒山賊だ……。」

 

「どうしてここに!」

 

「頭領の張燕が来たらしい!」

 

動揺が広がる中、霞は飛龍偃月刀を肩に担ぎながら鼻を鳴らした。

 

「逃げたと思ったら、公孫瓚んとこへ転がり込んどったんか。」

 

音々音は周囲の兵へ指示を飛ばす。

 

「慌ててはいけないのです!」

 

「陣形を維持してください!」

 

兵士たちは深呼吸し、槍を握り直した。

 

 

---

 

敵陣では、公孫瓚が白馬の上から張燕を見た。

 

「本当にやるんだな。」

 

張燕は肩を回しながら笑う。

 

「ああ。」

 

「呂布は俺が足止めする……なんて言うと思ったか?」

 

公孫瓚は眉をひそめる。

 

「違うのか?」

 

「違う。」

 

張燕は獲物を狙う狼のような目をした。

 

「俺が狙うのは高順だ。」

 

「……。」

 

「あいつを動かせば、呂布も張遼も動く。」

 

「そこが崩れりゃ勝機はある。」

 

公孫瓚は静かに頷く。

 

「好きにやれ。」

 

張燕は不敵に笑った。

 

「任せろ。」

 

 

---

 

「前進!」

 

公孫瓚軍が一斉に動き出す。

 

それに呼応して袁紹軍も進軍を開始した。

 

「おおーーっ!」

 

戦場が一気に動く。

 

恋は方天画戟を構え、龍牙は龍眼斬を肩へ担ぐ。

 

「恋様。」

 

「?」

 

「本日も必ずお守りします。」

 

恋は微笑んだ。

 

「うん。」

 

「一緒。」

 

龍牙は深く頷く。

 

「はい。」

 

霞が笑う。

 

「そのやり取り聞くと安心するわ。」

 

音々音も苦笑した。

 

「いつも通りなのです。」

 

 

---

 

その時だった。

 

敵軍右翼から黒い集団が飛び出してくる。

 

「黒山賊だ!」

 

「来るぞ!」

 

張燕は馬を駆りながら高笑いした。

 

「高順!」

 

龍牙が視線を向ける。

 

「張燕。」

 

「また会ったな。」

 

「逃げた借りを返しに来た。」

 

龍牙は龍眼斬をゆっくり構える。

 

「今度は逃がさん。」

 

張燕は笑みを浮かべたまま槍を向ける。

 

「そう怖い顔するな。」

 

「今日は遊ぼうぜ。」

 

「遊びではない。」

 

「俺にとっちゃ遊びだ。」

 

 

---

 

二人の間に緊張が走る。

 

だが、その瞬間。

 

張燕は突然馬首を返し、恋のいる方向とは逆へ駆け出した。

 

「追えるか?」

 

挑発するような笑み。

 

龍牙は一歩踏み出す。

 

しかし、その肩にそっと手が置かれた。

 

恋だった。

 

「龍牙。」

 

「……。」

 

「行かない。」

 

龍牙は恋を見る。

 

恋は首を横に振った。

 

「罠。」

 

その一言で、龍牙は張燕の狙いを悟る。

 

(私を恋様から引き離す気か。)

 

張燕は遠くから舌打ちした。

 

「ちっ。」

 

「思ったより冷静だな。」

 

霞が笑う。

 

「残念やったな。」

 

音々音も胸を撫で下ろした。

 

「恋様のおかげなのです。」

 

龍牙は静かに息を吐く。

 

「ありがとうございます、恋様。」

 

恋はこくりと頷いた。

 

「うん。」

 

 

---

 

張燕は肩をすくめる。

 

「なら予定変更だ。」

 

指を鳴らすと、黒山賊たちが左右へ散開した。

 

「あちこち荒らせ!」

 

「袁紹軍をかき回せ!」

 

「おおっ!」

 

黒山賊は正面から戦うのではなく、兵糧隊や伝令を狙って駆け回る。

 

霞が顔をしかめた。

 

「やっぱり汚い手ぇ使うな。」

 

音々音は素早く命令を飛ばす。

 

「伝令を守るのです!」

 

「補給部隊を下げてください!」

 

戦場は一気に混乱し始めた。

 

 

---

 

龍牙は恋の前に立つ。

 

「恋様。」

 

「?」

 

「少々騒がしくなります。」

 

恋は静かに方天画戟を握った。

 

「うん。」

 

「みんな守る。」

 

龍牙は力強く頷く。

 

「はい。」

 

龍眼斬を構える。

 

「恋様の道を塞ぐ者は。」

 

大きく息を吸い込む。

 

そして、戦場全体へ響き渡るほどの声で叫んだ。

 

「チェストォォォォォーーーッ!!」

 

その雄叫びに袁紹軍の兵士たちは歓声を上げる。

 

「高順殿だ!」

 

「押し返せ!」

 

「続けぇ!」

 

士気を取り戻した袁紹軍は再び前へ出る。

 

張燕はその様子を見ながら、不敵に笑った。

 

「やっぱり面白ぇな、高順。」

 

公孫瓚もまた、遠くから龍牙と恋を見つめていた。

 

「呂布……高順……。」

 

この二人を崩さない限り、この戦を制することはできない。

 

河北の戦いは、さらに激しさを増していくのだった。

 

 

 




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