『陥陣営戦記 ~恋こそ至高!龍牙、乱世を穿つ~』 作:パスカルDX
第十三話「黒山の狼の罠!」
河北の戦場には、再び朝日が昇っていた。
昨日の激戦で草原は踏み荒らされ、ところどころに折れた槍や壊れた盾が転がっている。
しかし、両軍に戦を止める気配はない。
袁紹軍は陣を整え、公孫瓚軍もまた黒山賊を加えた新たな布陣を完成させていた。
朝霧の向こうには、黒い旗が幾つも揺れている。
その旗を眺めながら、張燕は馬上で笑みを浮かべていた。
「昨日は様子見だったが……。」
部下が近寄る。
「頭領。」
「高順は思った以上に堅いですね。」
「ああ。」
張燕は細い目をさらに細めた。
「正面からじゃ崩れねぇ。」
「じゃあ今日はどうするんです?」
張燕は地面へ小枝で簡単な地図を描いた。
「呂布。」
一本線を引く。
「高順。」
さらに線を重ねる。
「張遼。」
そして三本を丸で囲んだ。
「この三人は固まり過ぎてる。」
部下たちは頷く。
「なら?」
張燕は不敵に笑う。
「恋なんて呼ばれてる呂布を直接狙うのは面倒だ。」
「張遼も周りが見えてる。」
「だから……。」
枝で一つだけ印を付ける。
「陳宮。」
「軍師を揺さぶる。」
部下たちの目が光る。
「なるほど!」
「混乱させるんですね!」
張燕は肩をすくめた。
「戦は力だけじゃねぇ。」
「頭も使うもんだ。」
---
その頃、袁紹軍の陣営では。
恋は朝食の肉まんを幸せそうに頬張っていた。
「もぐ……。」
龍牙は腕を組み、満足そうに頷く。
「恋様。」
「?」
「本日も食欲旺盛。」
「うん。」
「健康そのものです。」
霞は呆れ顔だ。
「また始まった。」
音々音は湯飲みを持ちながら笑う。
「毎朝恒例なのです。」
恋は肉まんを食べ終えると、小さく手を合わせた。
「ごちそうさま。」
龍牙はすぐに水筒を差し出す。
「お飲み物です。」
「ありがとう。」
そのやり取りを見ていた兵士たちが笑う。
「高順殿は今日も通常運転だ。」
「あれを見ると安心するな。」
「戦なのを忘れそうだ。」
霞が苦笑する。
「ほんまや。」
---
そこへ音々音が地図を持って駆け寄ってきた。
「みんな!」
「敵の動きがおかしいのです!」
霞の表情が引き締まる。
「どういうことや?」
「黒山賊だけが頻繁に場所を変えているのです。」
龍牙も地図を覗き込む。
「……。」
「何かを探している?」
音々音は首を横に振る。
「違います。」
「狙っているのです。」
「誰を?」
音々音は静かに答えた。
「私を。」
場の空気が変わる。
霞は眉をひそめた。
「軍師潰しか。」
「その可能性が高いのです。」
龍牙は静かに龍眼斬へ手を添えた。
「ならば。」
「音々音殿も守ります。」
恋も頷く。
「うん。」
「みんな守る。」
---
一方、公孫瓚軍。
張燕は黒山賊たちへ命令を下していた。
「いいか。」
「呂布も張遼も無視しろ。」
「高順も相手にするな。」
部下が驚く。
「え?」
「じゃあ誰を?」
張燕は笑う。
「陳宮だけを狙え。」
「軍師が動けば、呂布たちは必ず動く。」
「そこが狙いだ。」
黒山賊たちは一斉に頷いた。
「おう!」
---
法螺貝が鳴る。
ブオオオォーーッ!
三日目の戦いが始まった。
袁紹軍と公孫瓚軍が再び激突する。
恋は方天画戟を構え、静かに前へ出る。
龍牙はその半歩前へ。
「恋様。」
「?」
「本日も。」
龍眼斬を構える。
「私が道を切り開きます。」
恋は微笑んだ。
「一緒。」
「はい。」
その時だった。
戦場の右翼で黒山賊が一斉に動き出す。
だが、その進路は恋でも霞でも龍牙でもない。
一直線に、本陣近くで指揮を執る音々音へ向かっていた。
「来た!」
音々音が叫ぶ。
「狙いは私なのです!」
龍牙の目が鋭く光る。
「張燕……。」
黒山の狼は、ついに牙を剥いた。
戦場の空気が一変した。
「黒山賊だ!」
「本陣へ向かっているぞ!」
兵士たちの叫びが響く。
黒い旗を掲げた黒山賊たちは、正面の激突には目もくれず、一直線に袁紹軍本陣を目指して駆けていた。
その先には、全軍へ指示を飛ばす音々音の姿がある。
「やっぱり私を狙ってきたのです!」
音々音は慌てることなく周囲へ命令を飛ばした。
「伝令隊は後退!」
「弓隊は迎撃準備!」
「槍隊は私の前へ!」
「はっ!」
兵士たちは素早く動き始める。
しかし、黒山賊は森や起伏を巧みに利用し、次々と包囲をすり抜けてきた。
「速い!」
「止められない!」
黒山賊特有の機動力だった。
---
その光景を見た霞は飛龍偃月刀を振るいながら叫ぶ。
「龍牙!」
「音々音んとこや!」
龍牙は敵兵を弾き飛ばしながら振り返る。
「恋様。」
恋は静かに頷いた。
「行って。」
「でも。」
龍牙は迷う。
恋から離れることだけは避けたかった。
恋は一歩近づき、小さく笑う。
「大丈夫。」
「霞がいる。」
霞は胸を叩いた。
「任せとき!」
「恋はうちが守る!」
龍牙は二人の顔を見比べ、ゆっくりと頭を下げた。
「……承知しました。」
「恋様。」
「必ず戻ります。」
恋は優しく頷く。
「待ってる。」
その一言で龍牙の迷いは消えた。
---
「陥陣営!」
龍牙は龍眼斬を高く掲げる。
「続け!」
直属の兵たちが一斉に集まった。
「おおっ!」
楔形の陣形を組み、一気に黒山賊へ突撃する。
龍牙は先頭に立ち、大きく息を吸い込んだ。
「チェストォォォォォーーーッ!!」
雄叫びが戦場へ響き渡る。
「高順だ!」
「来たぞ!」
黒山賊たちは散開しながら応戦する。
しかし陥陣営は止まらない。
盾兵が前を固め、槍兵が左右を守り、龍牙の龍眼斬が道を切り開く。
「突破する!」
「音々音殿を守れ!」
龍牙の声に兵たちも士気を高めた。
---
本陣では音々音が懸命に指揮を続けていた。
「右翼を下げて!」
「補給隊を逃がすのです!」
そこへ黒山賊が迫る。
「軍師を捕らえろ!」
「逃がすな!」
音々音は短剣を抜く。
「簡単にはやられないのです!」
その瞬間だった。
ズドォン!
黒山賊の前へ巨大な剣が叩き込まれる。
土煙が舞い上がり、黒山賊たちは思わず足を止めた。
「何だ!?」
煙の中から現れたのは龍牙だった。
「音々音殿。」
「遅くなりました。」
音々音はほっと息をつく。
「龍牙殿!」
龍牙は龍眼斬を肩へ担ぐ。
「ここから先へは。」
静かに一歩踏み出す。
「誰一人通しません。」
---
黒山賊たちの前へ、張燕が馬を進める。
「やっぱり来たか、高順。」
龍牙は無言で剣を構えた。
張燕は肩をすくめる。
「相変わらず真面目だな。」
「……。」
「呂布のそばを離れた。」
「それでいいのか?」
龍牙は静かに答えた。
「恋様は仲間を信じておられます。」
「だから私も信じます。」
張燕は一瞬だけ目を細めた。
「……なるほど。」
「少しは成長したか。」
龍牙は龍眼斬を構え直す。
「張燕。」
「今日はここで退いてもらう。」
張燕は不敵に笑う。
「面白ぇ。」
「なら遊ぼうぜ。」
二人の武器がぶつかる。
激しい金属音が響き渡る。
---
一方、恋の前には公孫瓚が立ちはだかっていた。
白馬の上から槍を構える公孫瓚。
恋は静かに方天画戟を握る。
霞が恋の隣へ並んだ。
「恋、一人やない。」
恋は小さく笑う。
「うん。」
「霞、一緒。」
「もちろんや!」
戦場は二つに分かれた。
龍牙と張燕。
恋と公孫瓚。
それぞれの戦いが同時に幕を開ける。
夕日が傾き始める中、誰も一歩も譲らない激戦が続いていた。
龍牙は龍眼斬を握り締め、再び腹の底から叫ぶ。
「チェストォォォォォーーーーッ!!」
その雄叫びは陥陣営の兵たちを奮い立たせ、袁紹軍の士気をさらに高めていく。
こうして河北の戦いは、ついに大将同士、そして宿敵同士が激突する新たな局面へ突入するのだった。
感想、評価、お気に入りよろしくお願い致します!