『陥陣営戦記 ~恋こそ至高!龍牙、乱世を穿つ~』 作:パスカルDX
第十七話「新たな旅立ち」
「勝者の宴」
河北の戦が終わって三日。
鄴の城下町は、久しぶりの平和を取り戻していた。
市場には威勢のいい商人の声が響き、子どもたちは木剣を振り回して遊び、大人たちはようやく訪れた平穏に胸をなで下ろしている。
その光景を城の一室から眺めていた恋は、小さく呟いた。
「……平和。」
窓から吹き込む風が赤い髪を優しく揺らした。
その隣には、いつものように龍牙が控えている。
「恋様。」
「?」
「本日は実に良い天気です。」
恋はこくりと頷く。
「うん。」
「お散歩したい。」
龍牙の目が輝いた。
「承知いたしました。」
「では護衛を――」
そこへ勢いよく障子が開いた。
「ちょっと待ったぁ!」
霞だった。
「二人だけで行こうとしてへん?」
龍牙は真顔で答える。
「恋様のお散歩です。」
「当然、護衛は必要です。」
霞は呆れたように肩を落とす。
「うちも行く言うてるんや!」
「歓迎します。」
「歓迎されてもなぁ。」
その後ろから音々音も顔を出す。
「皆さん。」
「そろそろ宴の時間なのです。」
---
その日の夜。
袁紹軍では、公孫瓚軍との戦いに勝利したことを祝う盛大な宴が開かれていた。
広間には豪華な料理が並び、武将も兵士も分け隔てなく酒を酌み交わしている。
上座に座る袁紹は満足そうに笑った。
「皆さん、よく戦ってくださいましたわ!」
「この勝利は皆さんのおかげです!」
兵士たちから歓声が上がる。
「おおー!」
「万歳!」
恋は目の前の大きな肉料理を見つめていた。
「……おいしそう。」
龍牙はすぐに取り分ける。
「恋様。」
「どうぞ。」
「ありがとう。」
恋は幸せそうに頬張る。
「おいしい。」
龍牙は深く頷いた。
「恋様がお喜びになられております。」
「本日も可愛さが至高です。」
霞は酒を吹きそうになった。
「宴でも始まった!」
音々音は笑いながら首を振る。
「もう誰も止めないのです。」
周囲の兵士たちも大笑いだった。
「高順殿は本当に変わらないな!」
「安心する!」
---
宴も盛り上がった頃。
袁紹は静かに杯を置いた。
「呂布さん。」
恋は顔を上げる。
「?」
「今回の戦、本当に助かりましたわ。」
「張遼さん、高順さん、陳宮さんも見事な働きでした。」
四人は静かに頭を下げる。
袁紹は穏やかな笑みを浮かべた。
「このまま私のもとで客将として働いていただければ、とても心強いのですが……。」
広間が静まり返る。
恋は少し考え、小さく首を横に振った。
「……ごめん。」
「まだ。」
「旅したい。」
その一言に袁紹は驚いたものの、すぐに優しく微笑んだ。
「そうですか。」
「残念ですが、それが皆さんの望みなら引き止めはいたしません。」
龍牙は恋の横で静かに頷く。
「恋様が進まれる道。」
「私はどこまでもお供いたします。」
霞も笑った。
「うちもや。」
音々音も胸を張る。
「もちろん私もなのです。」
恋は三人を見回し、柔らかく微笑む。
「ありがとう。」
その笑顔に龍牙は胸を押さえる。
「恋様……。」
「やはり可愛さが至高。」
霞は額に手を当てた。
「もう病気やな。」
広間は再び笑いに包まれた。
---
宴が終わり、夜も更ける。
龍牙は城壁の上から満天の星空を見上げていた。
河北での戦いは終わった。
黒山賊との戦い。
公孫瓚との決戦。
どれも決して楽な戦ではなかった。
だが、恋は無事だった。
それだけで十分だった。
静かな足音が聞こえる。
恋だった。
「龍牙。」
「恋様。」
龍牙はすぐに一礼する。
恋は星空を見上げながら、小さく呟いた。
「明日。」
「出発。」
龍牙は力強く頷いた。
「はい。」
「どこまでもご一緒いたします。」
恋は微笑む。
「一緒。」
龍牙もまた、穏やかな笑みを浮かべた。
新たな旅路が、もうすぐ始まろうとしていた。
夜が明ける。
鄴の城を包んでいた朝靄は、昇る朝日に照らされてゆっくりと消えていった。
城門の前には四騎の馬が並んでいる。
恋。
霞。
音々音。
そして龍牙。
長かった河北での日々も、今日で終わりだった。
城門には袁紹軍の兵士たちが大勢集まり、四人を見送ろうとしている。
「呂布殿!」
「張遼殿!」
「高順殿!」
「陳宮殿!」
あちこちから感謝の声が飛ぶ。
龍牙は軽く会釈した。
恋は少し照れたように小さく手を振る。
「……ばいばい。」
その一言だけで、兵士たちは嬉しそうな笑顔になった。
「お元気で!」
「また会いましょう!」
---
やがて袁紹も城門まで姿を現した。
豪華な衣装を身にまとい、四人の前で立ち止まる。
「皆さん。」
「短い間でしたが、本当にありがとうございました。」
恋は静かに頷く。
「うん。」
袁紹は微笑みながら続けた。
「皆さんのおかげで河北に平和が戻りました。」
「この御恩は決して忘れませんわ。」
霞は照れくさそうに頭をかいた。
「大げさやなぁ。」
音々音は一歩前へ出る。
「お世話になったのはこちらなのです。」
龍牙も深く一礼した。
「貴軍には多くを学ばせていただきました。」
袁紹は満足そうに頷く。
「またいつの日か、お会いできることを願っております。」
恋は優しく微笑んだ。
「またね。」
---
別れを惜しみながらも、四人は馬へ跨る。
城門がゆっくりと開いた。
その先には、どこまでも続く街道。
恋は真っ先に馬を進める。
「行こう。」
龍牙はすぐ後ろにつく。
「はい、恋様。」
霞は二人を見て苦笑した。
「龍牙は相変わらず恋の後ろが指定席やな。」
「当然です。」
「即答や。」
音々音も笑う。
「迷いがないのです。」
---
街道を進み始めてしばらく。
恋は道端に咲く小さな花を見つけ、馬を止めた。
「きれい。」
そっとしゃがみ込み、花を眺める。
龍牙も隣に立った。
「恋様。」
「その花も美しいですが……。」
恋が首を傾げる。
「?」
龍牙は真剣な表情で言う。
「恋様の笑顔のほうが何倍も美しいです。」
霞は思わず馬上でずっこけそうになった。
「朝から始まった!」
音々音は苦笑する。
「龍牙殿は平常運転なのです。」
恋は少し照れながら笑う。
「えへ。」
その笑顔を見た龍牙は胸を押さえた。
「やはり……。」
「恋様の可愛さが至高。」
「もう分かったわ!」
霞が大笑いし、恋もつられて笑い声を漏らす。
穏やかな笑い声が街道に響いた。
---
昼過ぎ。
一行は小高い丘へたどり着いた。
丘の上から振り返ると、遠くに鄴の城が小さく見える。
恋はしばらくその景色を眺めていた。
「……ありがとう。」
誰に聞かせるでもない、小さな言葉。
龍牙は恋の横に並ぶ。
「恋様。」
「?」
「次はどちらへ向かわれますか。」
恋は空を見上げた。
青空の向こうには、まだ見ぬ乱世が広がっている。
「わからない。」
「でも。」
少しだけ微笑む。
「みんなと一緒。」
龍牙は力強く頷いた。
「はい。」
「恋様がお進みになる道こそ、私の進む道です。」
霞は馬を進めながら笑う。
「ほな、次はどんな騒ぎが待っとるんやろな。」
音々音は巻物を抱え直した。
「今度は平和な旅だと嬉しいのです。」
その言葉に龍牙が真顔で答える。
「恋様がおられる限り、どんな旅も最高です。」
霞は肩をすくめる。
「結局そこへ戻るんやな。」
恋は楽しそうにくすりと笑った。
四人は再び馬を走らせる。
乱世はまだ終わらない。
新たな出会い。
新たな強敵。
そして、新たな仲間が彼らを待っている。
龍牙は龍眼斬を肩に担ぎ、前を見据えながら大きく叫んだ。
「チェストォォォォォーーーッ!!」
その声は青空へ高く響き渡り、恋は嬉しそうに笑みを浮かべるのだった。
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