『陥陣営戦記 ~恋こそ至高!龍牙、乱世を穿つ~』 作:パスカルDX
第十八話「軍師の決意、濮陽の邂逅」
河北を後にして数日。
恋たちは街道を南へと進み、冀州を抜けて兗州との境へ差しかかっていた。
春の風は穏やかで、街道の両脇には青々とした草原が広がっている。
旅は戦場とは違い、どこかゆったりとした空気が流れていた。
恋は馬の上で景色を眺めながら、小さく呟く。
「……きれい。」
そのすぐ後ろを歩く龍牙は、柔らかな笑みを浮かべる。
「恋様。」
「はい?」
「この景色も見事ですが……。」
恋は首を傾げた。
「?」
「恋様のお姿のほうが、はるかに美しいです。」
霞はすぐさま額を押さえた。
「始まったで。」
音々音も肩を震わせる。
「旅になっても変わらないのです。」
恋は少し照れたように笑う。
「えへ。」
その笑顔を見た龍牙は胸に手を当てた。
「恋様の可愛さが至高です。」
「はいはい。」
霞は苦笑しながら馬を進めた。
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その夜。
一行は川辺で野営をしていた。
焚き火が静かに揺れ、鍋からは湯気が立ち上る。
恋は鍋をじっと見つめている。
「まだ?」
龍牙は木の匙で具を混ぜながら答えた。
「あと少しです。」
「楽しみ。」
恋は素直に頷く。
その様子を見ながら、音々音は少し離れた場所で一人、地図を広げていた。
焚き火の明かりが地図を照らす。
視線は自然と恋へ向かった。
(恋様……。)
音々音は静かに目を閉じる。
黒山賊との戦い。
公孫瓚との決戦。
どちらを振り返っても、恋は圧倒的な武で仲間を守り続けた。
だが、それだけではない。
恋の周りには自然と人が集まる。
龍牙は絶対の忠誠を誓い、霞は命を預け、兵士たちも心から慕っていた。
(武だけではありません。)
(人を惹きつける何かがあります。)
音々音は拳を握る。
(天下を治める者とは、力だけではなれません。)
(人の心を集める器が必要なのです。)
恋には、それがあった。
戦では誰よりも強く。
普段は誰よりも優しい。
誰かを見下すこともなく、弱き者には自然と手を差し伸べる。
音々音は小さく呟く。
「恋様こそ……。」
誰にも聞こえないほど小さな声。
「天下統一を成し遂げるに最もふさわしいお方なのです。」
その決意は、以前よりもずっと強くなっていた。
---
「音々音。」
突然、霞が声を掛ける。
「何考えとったん?」
音々音は慌てて笑顔を作る。
「少し今後のことを。」
「難しい顔しとったで。」
音々音は焚き火の向こうに座る恋を見る。
恋は龍牙がよそった鍋を嬉しそうに食べていた。
「おいしい。」
龍牙は満足そうに頷く。
「恋様がお喜びなら何よりです。」
「恋様の笑顔が見られて幸せです。」
霞はため息をつく。
「龍牙は通常運転やな。」
思わず全員が笑った。
音々音も微笑みながら思う。
(この空気こそ、恋様の魅力。)
(いつか……。)
(この方を天下人に。)
---
翌朝。
旅を再開した一行は、やがて大きな城下町へたどり着いた。
高い城壁。
多くの商人。
行き交う荷馬車。
活気に満ちた街だった。
音々音が地図を確認する。
「ここは濮陽です。」
霞は周囲を見回す。
「曹操の領地やな。」
龍牙は恋の馬の横に立つ。
「恋様。」
「人が多いので、お側を離れないでください。」
恋は素直に頷く。
「うん。」
その時だった。
「おや?」
落ち着いた男の声が聞こえた。
一人の壮年の男が四人へ近付いてくる。
上質な衣をまとい、穏やかな笑みを浮かべた人物だった。
「旅のお方ですかな?」
音々音が一歩前へ出る。
「そうですが。」
男は深々と一礼する。
「私は張邈と申します。」
「この濮陽で領民の世話をしております。」
龍牙は男を静かに観察する。
武人というよりは、知略に長けた人物という印象だった。
張邈は恋を見て、どこか感心したように微笑む。
「皆さん、なかなか只者ではありませんな。」
「もしよろしければ、この街で少しお話でもいかがでしょうか。」
恋たちは顔を見合わせる。
新たな土地での、新たな出会い。
それが、やがて乱世を大きく動かす新たな縁となることを、この時はまだ誰も知らなかった。
濮陽の城下町は昼を迎え、いっそう活気づいていた。
通りには露店が並び、焼きたての饅頭や串焼きの香ばしい匂いが漂う。
旅人や商人が絶え間なく行き交い、河北とはまた違う賑わいを見せていた。
張邈は穏やかな笑みを浮かべながら恋たちを案内する。
「こちらへどうぞ。」
「静かに話せる場所があります。」
霞は小声で音々音に話しかけた。
「信用してええんか?」
音々音は張邈の後ろ姿を見つめながら答える。
「今のところ敵意は感じません。」
龍牙も恋のすぐ隣を歩いている。
周囲へ絶えず視線を巡らせ、少しの異変も見逃さない。
恋は露店を見つめながら、小さく呟いた。
「……おまんじゅう。」
龍牙は即座に反応した。
「恋様。」
「少々お待ちください。」
霞が呆れ顔になる。
「今ちゃうやろ!」
龍牙は真顔で答えた。
「恋様の空腹は最優先事項です。」
「優先順位おかしいわ!」
張邈も思わず笑みを漏らした。
「皆さん、仲がよろしいのですな。」
音々音は少し誇らしげに頷く。
「はい。」
「私たちの自慢なのです。」
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やがて一行は、張邈が用意した屋敷の一室へ通された。
質素ながらも手入れの行き届いた部屋で、机には温かい茶が用意されている。
張邈は席に着くと、四人へ穏やかな視線を向けた。
「改めまして。」
「私は張邈。」
「この濮陽で曹操殿に協力しております。」
音々音は静かに頷く。
「曹操軍の方でしたか。」
「ええ。」
張邈は茶を一口飲む。
「皆さんは旅のお方だと伺いました。」
「ですが、その立ち居振る舞い。」
「そして武人としての雰囲気。」
「普通の旅人ではありませんな。」
霞は苦笑した。
「隠しきれへんか。」
龍牙は静かに答える。
「私たちは、ただ主君と共に旅をしているだけです。」
張邈の目が恋へ向く。
「その方が皆さんの主君ですかな。」
恋は静かに頷いた。
「うん。」
張邈は優しく微笑んだ。
「良い目をしておられる。」
「争いを望む者の目ではありません。」
その言葉に、音々音は小さく息をのむ。
(この人も……。)
(恋様の器に気付いている。)
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しばらく談笑が続いた後、張邈は少し真剣な表情になる。
「実は最近、この辺りも落ち着きません。」
「曹操殿が勢力を広げておられますからな。」
霞は腕を組む。
「乱世やしな。」
張邈は頷く。
「ええ。」
「だからこそ、多くの英雄が必要なのです。」
その言葉に、音々音は恋を見つめた。
(英雄……。)
(違います。)
(恋様は英雄では終わらない。)
(天下を治める王になれる方。)
その思いは、さらに強く胸へ刻まれていく。
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話が終わる頃には、すっかり日も傾いていた。
張邈は四人を玄関まで見送る。
「皆さん。」
「濮陽にいる間は、どうかご自由にお過ごしください。」
「困ったことがあれば、私を頼っていただいて構いません。」
龍牙は一礼する。
「感謝いたします。」
恋も小さく頭を下げた。
「ありがとう。」
張邈は柔らかな笑みで四人を送り出した。
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夕暮れの城下町。
恋たちは宿へ向かって歩いていた。
恋は手に買った饅頭を持ち、とても満足そうな表情を浮かべている。
「おいしい。」
龍牙はその様子を見て、自然と笑みをこぼした。
「恋様がお喜びなら、それだけで幸せです。」
そして、いつものように胸を張って宣言する。
「恋様の可愛さが至高!」
霞は思わず吹き出した。
「今日も締めはそれやな!」
音々音も笑いながら頷く。
「龍牙殿は、もう誰にも止められないのです。」
恋は少し照れながら「えへ」と笑う。
その笑顔を見た龍牙は心の底から満足そうに頷いた。
一方、宿へ向かう音々音だけは、夕焼けに染まる空を静かに見上げていた。
(恋様……。)
(あなたこそ、この乱世を終わらせるお方。)
(私はそのためなら、どんな知略でも尽くしましょう。)
軍師・陳宮の決意は、誰にも気付かれぬまま、さらに強固なものとなっていく。
そして濮陽の地での新たな出会いは、やがて曹操軍との運命の交錯へとつながっていくのだった。
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