『陥陣営戦記 ~恋こそ至高!龍牙、乱世を穿つ~』 作:パスカルDX
第十九話「濮陽に響く覇王の足音」
朝日が濮陽の城壁を黄金色に染める。
城門が開くと同時に、商人たちは荷車を引き、市場には活気ある声が響き始めた。
旅人たちも次々と街へ入り、道には人の流れが絶えない。
宿の一室では、恋が窓から外を眺めていた。
「……にぎやか。」
その言葉に、身支度を整えていた霞が笑う。
「河北とはまた違う賑わいやな。」
音々音は机に広げた地図を指でなぞる。
「ここは曹操殿の勢力圏です。」
「人も物も集まる場所なのです。」
龍牙は恋の鎧を整えながら頷いた。
「恋様。」
「今日も人通りが多いでしょう。」
「決して私から離れないでください。」
恋は素直に頷く。
「うん。」
霞は腕を組んで苦笑した。
「恋より龍牙が迷子になりそうやけどな。」
「そのようなことはありません。」
龍牙は真顔で答える。
「私は恋様の気配なら百歩離れても分かります。」
霞は思わず笑い出した。
「そこまでなん!?」
恋も小さく「えへ」と笑う。
龍牙はその笑顔を見て静かに胸へ手を当てた。
「本日も……。」
霞が先に口を開く。
「はいはい。」
「恋の可愛さが至高、やろ?」
龍牙は真剣な表情で頷く。
「その通りです。」
音々音は肩を震わせながら笑った。
「もう霞殿まで覚えてしまったのです。」
宿の主人まで吹き出し、部屋は朝から笑い声に包まれた。
---
一行は濮陽の町を歩き始める。
市場には各地の品々が並び、武器屋には新しい槍や剣が飾られていた。
恋は露店で売られている焼き菓子に目を留める。
「……いい匂い。」
龍牙はすぐに財布を取り出した。
「恋様、お一つどうぞ。」
「ありがとう。」
恋は嬉しそうに受け取る。
頬いっぱいに焼き菓子を頬張る姿を見た龍牙は、幸せそうに微笑んだ。
「恋様がおいしそうに召し上がる姿は、まさに至福。」
霞が呆れながら肩をすくめる。
「龍牙の幸せは分かりやすいわ。」
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その頃、町の大通りが急にざわつき始めた。
「道を開けろ!」
「軍だ!」
人々が慌てて左右へ避けていく。
立派な鎧を身に着けた騎兵たちが整然と進み、その後ろには曹操軍の旗がはためいていた。
音々音が目を細める。
「曹操軍……。」
霞も表情を引き締める。
「巡察やろか。」
恋は静かに隊列を見つめる。
龍牙は自然と恋の半歩前へ出た。
「恋様。」
「何かあれば、私が対応いたします。」
恋は首を横に振る。
「だいじょうぶ。」
その時、隊列の中にいた一人の将が、ふと恋たちの方へ視線を向けた。
鋭い眼差し。
歴戦の武人であることが一目で分かる。
将は恋の姿を見て、一瞬だけ歩みを止めた。
「……。」
だが何も言わず、再び前を向いて隊列とともに去っていく。
その場には、不思議な緊張感だけが残った。
音々音は静かに息を吐く。
「気付かれた……のでしょうか。」
龍牙は将が去った方向を見据えながら答えた。
「分かりません。」
「ですが、ただ者ではありませんでした。」
恋は焼き菓子を食べ終え、小さく呟く。
「強い人。」
その一言に、霞も頷く。
「うん。」
「この町には、まだまだ強い奴がおるみたいやな。」
濮陽の空には、ゆっくりと風が吹き始める。
新たな出会いは、もうすぐそこまで迫っていた――。
夕暮れの濮陽。
昼間の賑わいが少しずつ落ち着き始め、街には夕餉の支度をする香りが漂っていた。
宿へ戻った恋たちは、旅の疲れを癒やしながら静かな時間を過ごしていた。
恋は窓際に座り、夕焼けに染まる空をぼんやりと眺めている。
龍牙はその隣で、龍眼斬の手入れをしていた。
刃を丁寧に磨きながらも、視線は時折恋へ向く。
恋が欠伸をすると、龍牙は思わず微笑んだ。
「恋様。」
「眠くなられましたか。」
「うん。」
「少し。」
龍牙は静かに頷く。
「でしたら夕食までお休みください。」
「分かった。」
恋は素直に横になり、ほどなく穏やかな寝息を立て始めた。
その寝顔を見つめる龍牙は、思わず呟く。
「恋様……。」
「寝顔も可愛さが至高です。」
ちょうど部屋へ戻ってきた霞が、その言葉を聞いて苦笑した。
「寝とる時まで言うんやな。」
龍牙は真剣な顔で答える。
「当然です。」
霞は肩をすくめるしかなかった。
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一方その頃。
宿の中庭では、音々音が一人で考え事をしていた。
そこへ穏やかな足音が近付く。
「陳宮殿。」
張邈だった。
音々音は軽く一礼する。
「張邈殿。」
張邈は庭石へ腰を下ろし、静かに夜空を見上げた。
「今宵は良い月ですな。」
音々音も同じように空を見上げる。
「はい。」
しばらく沈黙が続いた。
やがて張邈が静かに口を開く。
「陳宮殿は……。」
「天下とは何だと思われますか。」
突然の問いだった。
しかし音々音は驚くことなく、ゆっくりと答える。
「民が安心して暮らせる世です。」
張邈は小さく頷く。
「なるほど。」
「では、その世を築ける者とは。」
音々音は少しだけ考えた。
「力だけでは足りません。」
「知恵だけでも足りません。」
「人が自然と集まる器が必要です。」
張邈は穏やかな笑みを浮かべる。
「同感です。」
「武だけで天下は治まりません。」
「人望なくして乱世は終わりません。」
音々音の視線は自然と宿の二階へ向かった。
そこには恋が休んでいる部屋がある。
「私は……。」
静かな声だった。
「その器を持つ方を知っています。」
張邈は何も言わず耳を傾ける。
音々音は決意を込めて続けた。
「恋様です。」
「恋様こそ、この乱世を終わらせるに相応しいお方なのです。」
その瞳には一切の迷いがなかった。
張邈は少し驚いたように目を細める。
「呂布殿を……。」
「天下人に。」
音々音は力強く頷く。
「恋様は武では誰にも負けません。」
「ですが私が信じているのは、それだけではありません。」
「恋様は誰よりも優しく。」
「誰よりも真っ直ぐです。」
「だから皆が集まるのです。」
張邈は静かに息を吐いた。
「なるほど……。」
「陳宮殿は、心から呂布殿を信じておられる。」
音々音は微笑む。
「はい。」
「私は軍師です。」
「恋様が天下を取るためなら、この知恵のすべてを使います。」
張邈はしばらく黙っていたが、やがて穏やかに笑った。
「乱世には様々な英雄が現れます。」
「ですが、英雄を支える者もまた歴史を動かす。」
「陳宮殿。」
「あなたの覚悟、しかと聞かせていただきました。」
音々音も一礼する。
「ありがとうございます。」
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その頃、部屋では恋が目を覚ました。
「……。」
目をこすると、すぐ隣で龍牙が椅子に座ったまま眠っている。
龍眼斬を抱えたまま、恋を守るような姿勢だった。
恋は小さく笑う。
「龍牙。」
そっと肩をつつく。
龍牙はすぐに目を開いた。
「恋様!」
「お目覚めですか!」
恋は頷く。
「うん。」
「おなかすいた。」
龍牙は満面の笑みになる。
「承知いたしました。」
「すぐに夕食をご用意いたします。」
恋はくすりと笑った。
「ありがとう。」
龍牙は深く頭を下げる。
「恋様のお役に立てることが、私の喜びです。」
そして自然に、いつもの言葉が口をついた。
「恋様の可愛さが至高です。」
ちょうど部屋へ戻ってきた霞が吹き出した。
「やっぱり締めはそれなんやな!」
笑い声が宿いっぱいに響く。
その穏やかな夜の裏側では、音々音の胸に宿った「恋を天下人にする」という決意が、静かに、しかし確かに燃え始めていた。
そして濮陽の地では、覇王と呼ばれる一人の英雄との運命の歯車が、ゆっくりと動き始めようとしていた。
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