『陥陣営戦記 ~恋こそ至高!龍牙、乱世を穿つ~』 作:パスカルDX
第二話「恋様一行、行き当たりばったりの旅」
虎牢関の戦いから、しばらくの時が流れた。
天下を震わせた董卓軍は瓦解し、洛陽は炎に包まれた。
仕える主を失った武将たちは、それぞれの道を選んで散っていった。
しかし、その中でただ一つだけ変わらないものがあった。
「恋様、本日の天気は快晴です。」
朝日を浴びながら、龍牙は真剣な顔で報告する。
その視線の先には、小さな丘の上に座る赤髪の少女――恋がいた。
恋は草原を眺めながら、小さく頷く。
「……いい天気。」
「はい! 恋様がお出掛けになるには最高の日和です!」
「いや、毎日それ言うとるやん。」
後ろから霞が呆れた声を上げる。
旅が始まって半月。
四人は行く当てもなく、街から街へと歩いていた。
龍牙は相変わらず恋を「恋様」と呼び、旅の世話を一手に引き受けている。
荷物持ち、薪拾い、水汲み、野営地の設営。
何でも率先して行うその姿に、霞は何度も感心していた。
「ほんま、戦場では暑苦しいけど、旅やと頼りになるなぁ。」
「恋様のためです。」
「はいはい。」
即答だった。
音々音も苦笑する。
「龍牙殿はぶれないのです。」
「ぶれません。」
「そこだけは断言するんやな。」
龍牙は胸を張った。
「恋様の可愛さは世界の真理です。」
「朝から始まった。」
霞は額を押さえた。
「まだ朝飯も食べてへんのに胃もたれするわ。」
恋だけは、そんなやり取りを見ながら小さく笑っている。
それだけで龍牙は幸せそうだった。
「恋様がお笑いになった……。」
「また始まった。」
「本日の旅は成功です。」
「まだ出発してへん!」
---
旅の途中、一行は小さな村へ立ち寄った。
市場では野菜や果物が並び、子どもたちが元気よく走り回っている。
「平和やなぁ。」
霞が伸びをする。
「今日はここで食料を調達するのです!」
音々音が財布を握りしめる。
恋は屋台を見つめていた。
「……肉。」
龍牙も視線を向ける。
「恋様、肉串がお好きですか?」
「うん。」
「承知しました。」
そう言うや否や、龍牙は一直線に屋台へ向かった。
「おじさん。」
「へい、いらっしゃい!」
「肉串を全部ください。」
店主は固まった。
「……全部?」
「はい。」
「百本あるぞ?」
「足りますか?」
「何が!?」
「恋様のおやつですが。」
「おやつ!?」
店主だけでなく、周囲の客まで驚愕する。
霞が全力で駆け寄った。
「待たんかい!」
龍牙が振り返る。
「何でしょう。」
「全部買う気やったやろ!」
「恋様がお腹を空かせては大変です。」
「百本やぞ!」
「少ないですか?」
「多いわ!」
恋がてくてく歩いてくる。
「龍牙。」
「はい!」
「十本でいい。」
「……。」
龍牙は真剣に考え込んだ。
「本当に十本で?」
「うん。」
「無理はなさらないでください。」
「大丈夫。」
「では十本。」
店主は安堵のため息をついた。
「助かった……。」
---
肉串を受け取った恋は、一口食べる。
もぐ。
もぐもぐ。
「おいしい。」
その一言で龍牙は天を仰いだ。
「恋様のお口に合った!」
「大げさやなぁ。」
霞が笑う。
「この人、恋が『美味しい』って言うだけで一週間は幸せやろ。」
「もっとです。」
「まだ伸びるんか。」
---
その時だった。
「きゃーっ!」
市場に悲鳴が響いた。
数人のごろつきが露店を荒らし始めたのである。
「金を出せ!」
「食い物全部置いてけ!」
村人たちは逃げ惑う。
音々音が顔色を変えた。
「盗賊なのです!」
霞は飛龍偃月刀を構える。
「ほな、ちょっと懲らしめたろか。」
しかし、その前に。
龍牙が恋へ一礼した。
「恋様。」
「うん?」
「少々、お時間を。」
恋は肉串をもぐもぐしながら頷く。
「いってらっしゃい。」
その瞬間。
龍牙の目が鋭く変わった。
巨大な龍眼斬を抜き放つ。
「盗賊ども。」
ごろつきたちが振り向く。
「あぁ?」
「この村で暴れるとは。」
龍牙はゆっくり剣を肩へ担いだ。
「恋様のお食事を邪魔するとは万死に値する。」
「は?」
「覚悟。」
そして――。
「チェストーーーーーーッ!!」
龍牙の咆哮が、静かな村中に響き渡った。
「チェストーーーーーーッ!!」
龍牙の裂帛の気合と共に、巨大な大剣『龍眼斬』が唸りを上げた。
「な、何だこいつは!」
盗賊たちは慌てて武器を構える。
だが、龍牙は止まらない。
大剣とは思えない速度で踏み込み、その一撃を盗賊たちの目の前へ叩きつけた。
ドォォォン!!
土煙が巻き上がり、大地が揺れる。
「うわぁぁぁ!」
「地面が割れたぁ!」
盗賊たちは尻もちをつき、武器を取り落とした。
龍牙は剣を肩に担ぎ直し、静かに言う。
「まだ振っていない。」
「え?」
「今のは地面へ挨拶しただけだ。」
「十分怖ぇよ!」
盗賊たちは一斉に後ずさる。
---
少し離れた場所では、恋が肉串をもぐもぐ食べていた。
「……おいしい。」
「恋様、飲み物もどうぞ。」
龍牙は戦場へ向かう前に用意していた水筒を差し出す。
「ありがとう。」
恋は嬉しそうに受け取る。
「龍牙。」
「はい!」
「いい子。」
その一言で龍牙は天を仰いだ。
「恋様に褒められた……!」
「おい、戦えや!」
霞が思わず叫ぶ。
「敵まだ目の前やぞ!」
「失礼しました。」
龍牙は一瞬で真顔に戻る。
「戦闘再開。」
「切り替え早っ!」
---
盗賊の頭目が怒鳴った。
「びびるな! 一人で何ができる!」
「全員で囲め!」
十数人の盗賊が一斉に飛びかかる。
音々音が慌てる。
「龍牙殿!」
しかし霞は腕を組んでいた。
「まあ見とき。」
「え?」
「一瞬や。」
その予想通りだった。
龍牙は静かに息を吸う。
「恋様。」
恋が首を傾げる。
「?」
「勝利を捧げます。」
「うん。」
それだけで十分だった。
龍牙の目に闘志が宿る。
「陥陣営剣術――」
盗賊たちは武器を振り下ろす。
「終わりだ!」
「秘奥。」
龍牙は地を蹴った。
「龍牙・旋風斬!」
「チェストーーーーーーッ!!」
ゴォォォォォ!!
巨大な剣が円を描く。
その衝撃だけで盗賊たちは全員まとめて吹き飛んだ。
「ぎゃあああ!」
「空が見えるぅ!」
「母ちゃーーん!」
十数人がきれいな放物線を描き、畑へ突っ込んでいく。
村人たちは静まり返った。
「……。」
「……。」
「終わった?」
「終わりました。」
龍牙は剣を鞘へ収める。
「恋様。」
「うん?」
「村の平和は守られました。」
恋はぱちぱちと拍手した。
「すごい。」
その笑顔に、龍牙は胸へ手を当てる。
「これ以上の褒美はありません。」
---
村人たちは四人を囲み、歓声を上げた。
「助かった!」
「ありがとうございます!」
「英雄様だ!」
龍牙は首を横に振る。
「英雄ではありません。」
「え?」
「私は恋様の護衛です。」
「そこだけは譲らへんなぁ。」
霞が苦笑する。
「ほんま筋金入りや。」
音々音も肩をすくめた。
「龍牙殿は恋様第一なのです。」
---
その日の夕方。
村人たちは盛大な宴を開いてくれた。
大きな鍋。
焼いた魚。
野菜。
そして大量の肉。
恋の目が輝く。
「いっぱい。」
龍牙も嬉しそうだった。
「恋様、こちらのお肉は焼きたてです。」
「ありがとう。」
「こちらは柔らかい部位です。」
「ありがとう。」
「こちらのお野菜も栄養があります。」
「ありがとう。」
霞が笑う。
「完全にお母ちゃんやん。」
「違います。」
「ほな何や。」
「恋様専属世話係です。」
「名前変わっただけや。」
---
宴も終わり、夜。
四人は焚き火を囲んでいた。
炎が静かに揺れる。
恋は眠そうに欠伸をする。
「ふぁ……。」
音々音が毛布を掛けた。
「風邪を引きますぞ。」
「うん。」
恋はそのまま龍牙の隣へ移動すると、こてん、と肩にもたれかかった。
「……。」
龍牙の思考が停止する。
「……恋様。」
恋は半分眠っている。
「すぅ……。」
霞がニヤリと笑った。
「寝とるな。」
音々音も小声になる。
「動いたら起きてしまいますぞ。」
龍牙は微動だにしなかった。
「私は石になります。」
「そこまでか。」
「恋様がお休みになるなら。」
「重症やなぁ。」
それから一時間。
二時間。
三時間。
龍牙は本当に一歩も動かなかった。
腕は痺れ、足も限界だった。
それでも表情は幸せそのもの。
霞は呆れながら笑う。
「龍牙。」
「はい。」
「大丈夫か?」
「恋様が温かいです。」
「質問の答えになっとらん。」
音々音も苦笑した。
「でも……。」
「?」
「恋様も安心して眠っておられます。」
恋の寝顔は穏やかだった。
龍牙はそっと微笑む。
「恋様の可愛さが至高。」
霞は焚き火を見つめながら、小さく笑った。
「まあ……。」
「こんな旅も悪うないか。」
こうして、主を失った四人の旅は始まったばかりだった。
笑って、食べて、時には戦いながら。
彼らはまだ、自分たちの新しい居場所を知らない。
だが、それでいい。
恋の笑顔があり、霞の笑い声があり、音々音の元気な叱責があり、そして龍牙の「恋様至高」が響く限り、この旅はきっと退屈とは無縁なのだから。
感想、評価、お気に入りよろしくお願い致します!