『陥陣営戦記 ~恋こそ至高!龍牙、乱世を穿つ~』   作:パスカルDX

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第二十一話「覇王、徐州へ」

第二十一話「覇王、徐州へ」

 

 

 

 

濮陽の朝は、どこか慌ただしかった。

 

城門が開くよりも早く、軍馬のいななきが町中へ響き渡る。

 

重い鎧を身にまとった兵士たちが整列し、荷車には兵糧や武具が積み込まれていく。

 

町人たちは道の端へ寄り、不安そうな表情でその様子を見守っていた。

 

「また戦が始まるのか……。」

 

「今度はどこへ向かうんだ?」

 

そんな囁きが、あちこちから聞こえてくる。

 

宿の二階からその光景を眺めていた音々音は、静かに地図を広げた。

 

「……始まったのです。」

 

霞が湯飲みを持ったまま近付く。

 

「曹操軍やな?」

 

音々音は頷いた。

 

「はい。」

 

「どうやら徐州へ向かうようです。」

 

「徐州か。」

 

霞は腕を組む。

 

「陶謙が治めとる土地やな。」

 

音々音は地図の徐州を指でなぞる。

 

「交通の要所でもあり、豊かな土地でもあります。」

 

「昔から多くの勢力が狙う場所なのです。」

 

その話を聞いていた恋は、静かに首を傾げた。

 

「戦……。」

 

龍牙は恋の隣に立ち、穏やかな声で答える。

 

「はい、恋様。」

 

「また乱世が動き始めています。」

 

恋は窓の外を見つめ、小さく呟いた。

 

「いっぱい……戦う。」

 

その横顔を見た龍牙は静かに頷いた。

 

「恋様。」

 

「どうかご安心ください。」

 

「どのような乱世であっても、私は恋様をお守りいたします。」

 

霞は苦笑する。

 

「そこは絶対変わらへんな。」

 

龍牙は真剣な顔で答えた。

 

「当然です。」

 

「恋様の安全が最優先です。」

 

「恋様の可愛さも至高です。」

 

霞は思わず額を押さえた。

 

「最後の一言はいらん!」

 

恋は少し照れながら「えへ」と笑う。

 

その笑顔を見た龍牙は、満足そうに胸へ手を当てた。

 

「本日も世界は平和です。」

 

「まだ戦始まっとるやろ!」

 

部屋には笑い声が広がった。

 

しかし、その笑いとは対照的に、濮陽の町には緊張が漂っていた。

 

やがて張邈が宿を訪れる。

 

「皆さん、おはようございます。」

 

恋たちは席を立ち、一礼した。

 

張邈は窓の外を見ながら静かに口を開く。

 

「曹操軍が徐州へ向かいました。」

 

音々音が頷く。

 

「情報は本当だったのですね。」

 

「ええ。」

 

張邈の表情は穏やかだったが、その瞳には憂いが宿っていた。

 

「徐州は陶謙殿が守る土地。」

 

「両者が激突すれば、大きな戦になるでしょう。」

 

恋は静かに尋ねる。

 

「戦うの?」

 

張邈は少し考えてから答えた。

 

「それは私にも分かりません。」

 

「ですが、大軍が動けば、多くの民が不安になります。」

 

その言葉に恋は黙り込む。

 

戦場では何度も勝利を収めてきた。

 

だが、そのたびに傷付く人々を見てきた。

 

龍牙はそんな恋の様子に気付き、そっと声を掛ける。

 

「恋様。」

 

恋は顔を上げる。

 

「私たちは旅人です。」

 

「ですが、困っている人がいれば、手を差し伸べることはできます。」

 

恋はゆっくり頷いた。

 

「うん。」

 

張邈は四人を見渡した。

 

「皆さんは、しばらく濮陽へ滞在されますか?」

 

音々音が答える。

 

「今はまだ決めておりません。」

 

「状況を見てから判断します。」

 

張邈は満足そうに頷いた。

 

「それが良いでしょう。」

 

「乱世は一日で姿を変えますから。」

 

窓の外では、曹操軍最後尾の部隊が濮陽を発っていく。

 

軍旗が風にはためき、兵士たちの足音が徐々に遠ざかっていった。

 

徐州。

 

陶謙が守る豊かな土地。

 

その地で新たな戦火が上がろうとしている。

 

恋たちはまだ、その戦へ加わることはなかった。

 

しかし乱世の風は、確実に彼らのもとへ近づいていた。

 

そして音々音は地図を見つめながら、静かに胸の内で誓う。

 

(恋様……。)

 

(乱世がどれほど荒れようとも。)

 

(私は必ず、あなたの進む道を支えます。)

 

静かな決意だけが、誰にも気付かれることなく心に刻まれていくのだった。

 

 

曹操軍が濮陽を発ってから、数日が過ぎた。

 

街からは大軍の姿が消えたものの、静けさは平穏を意味してはいなかった。

 

商人たちは街道の様子を窺いながら荷を運び、旅人は徐州方面の情勢を口々に語る。

 

「曹操軍はもう国境を越えたらしい。」

 

「陶謙殿も各城へ兵を集めているそうだ。」

 

「大きな戦になるぞ……。」

 

そんな噂が市場を巡り、町全体を重苦しい空気が包んでいた。

 

宿の一室では、音々音が各地から届く情報を書き留めていた。

 

竹簡を広げながら、小さく息をつく。

 

「徐州も迎え撃つ準備を整えているようです。」

 

霞は腕を組んだ。

 

「陶謙も簡単には引かへんやろ。」

 

「長く徐州を治めてきた人物や。」

 

音々音は静かに頷く。

 

「ええ。」

 

「民からの信頼も厚いと聞いています。」

 

恋は窓の外を見つめたまま、小さく呟いた。

 

「みんな……守りたい。」

 

その言葉に龍牙は穏やかな笑みを浮かべる。

 

「恋様らしいお考えです。」

 

「ですが、今は焦る必要はありません。」

 

「私たちは状況を見極めましょう。」

 

恋は静かに頷いた。

 

「うん。」

 

その返事だけで、龍牙の表情は自然と和らぐ。

 

「恋様が今日もお元気で何よりです。」

 

霞は苦笑する。

 

「龍牙、毎回そこへ着地するんやな。」

 

龍牙は真面目な顔で答えた。

 

「当然です。」

 

「恋様の笑顔こそ、私が剣を振るう理由。」

 

少し間を置き、胸を張る。

 

「そして恋様の可愛さが至高です。」

 

「また言うた!」

 

霞の鋭い突っ込みに、恋は思わず笑みをこぼした。

 

音々音も筆を止め、小さく笑う。

 

張り詰めた空気が、少しだけ柔らかくなった。

 

---

 

その日の午後、張邈が再び宿を訪れた。

 

「皆さん、お時間をいただけますかな。」

 

四人は応接間へ集まる。

 

張邈の表情は穏やかだったが、その瞳には深い憂いが宿っていた。

 

「徐州から新たな報せが届きました。」

 

音々音は姿勢を正す。

 

「戦は始まったのですか。」

 

張邈は首を横に振る。

 

「まだ本格的な決戦には至っておりません。」

 

「しかし、曹操軍と陶謙軍は互いに睨み合い、各地で小競り合いが続いております。」

 

部屋は静まり返った。

 

乱世では珍しい話ではない。

 

だが、小さな戦が積み重なれば、やがて大きな流血へと繋がる。

 

張邈は続ける。

 

「両軍とも本隊を温存しております。」

 

「決戦の時機を探っているのでしょう。」

 

音々音は地図へ視線を落とした。

 

「慎重な動き……。」

 

「双方とも相手の出方を見ているのですね。」

 

張邈は頷く。

 

「その通りです。」

 

「一歩間違えれば、兗州にも影響が及ぶでしょう。」

 

龍牙は静かに問い掛ける。

 

「張邈殿。」

 

「濮陽は安全なのですか。」

 

「現状では。」

 

張邈はそう答えた。

 

「ですが、乱世に絶対という言葉はありません。」

 

「だからこそ、私は民を守る備えを進めています。」

 

恋は張邈を真っ直ぐ見つめる。

 

「……優しい。」

 

その一言に、張邈は少し照れたように笑った。

 

「ありがたいお言葉です。」

 

「為政者とは、本来そうあるべきなのでしょう。」

 

---

 

その夜。

 

宿の屋上には涼しい風が吹いていた。

 

恋は星空を見上げている。

 

その隣には龍牙。

 

少し離れた場所には霞と音々音。

 

誰もすぐには口を開かなかった。

 

やがて恋がぽつりと呟く。

 

「早く……終わればいい。」

 

「戦。」

 

龍牙は静かに頷く。

 

「はい。」

 

「きっと終わります。」

 

「その日が来るまで、私は恋様と共に歩み続けます。」

 

恋は微笑み、小さく「ありがとう」と返した。

 

霞は二人を見て笑う。

 

「ほんま、お似合いの主従や。」

 

音々音も静かに頷いた。

 

「恋様には、笑っていてほしい。」

 

その願いは四人共通のものだった。

 

一方その頃――。

 

遠く徐州では、曹操軍の軍旗が夜風にはためき、陶謙軍もまた城門を固く閉ざして戦支度を整えていた。

 

覇王と名君。

 

二人の決断が、乱世の流れを大きく変えようとしている。

 

そして濮陽では、その運命をまだ知らぬ恋たちが、静かに新しい朝を待っていた。

 

乱世の風は、確実に彼らのもとへ吹き始めていたのである。

 

 

 




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