『陥陣営戦記 ~恋こそ至高!龍牙、乱世を穿つ~』 作:パスカルDX
第三話「ようこそ鄴! お金がないので働きます!」
春風が冀州の大地を優しく撫でていた。
旅を続ける恋たち四人は、冀州最大の都市――鄴の城門前へ辿り着いていた。
高い城壁。
賑やかな市場。
行き交う商人や旅人。
街全体から活気が溢れている。
「ほぇ~。」
霞が辺りを見渡しながら感心した。
「さすが袁紹の治める街やな。めっちゃ栄えとるわ。」
音々音も胸を張る。
「なのです! ここなら仕事も見つかるでしょうし、食料も補給できますぞ!」
その横では恋が屋台を見つめていた。
「……肉まん。」
「もう見つけたんかい!」
霞が即座に突っ込む。
恋の視線の先には、湯気を立てる肉まん屋があった。
ほかほかの湯気。
ふわりと漂う香り。
恋のお腹が可愛らしく鳴る。
「ぐぅ。」
龍牙の顔色が変わった。
「恋様がお腹を空かせておられる。」
「いや朝ご飯食べたやん。」
「それは二時間前です。」
「十分や!」
龍牙は真剣そのものだった。
「恋様の空腹は国家の危機。」
「国家もう無いねん。」
「世界の危機。」
「スケール広げんでええ!」
音々音は財布を取り出した。
そして固まる。
「……。」
「どないした?」
「お金が……。」
「うん。」
「ありません。」
沈黙。
風が吹く。
恋が首を傾げた。
「肉まん。」
音々音は涙目だった。
「買えませんなのですぅ!」
恋が少しだけしょんぼりする。
その様子を見た龍牙の瞳に炎が宿った。
「許せん。」
霞が嫌な予感しかしなかった。
「何が?」
「財布。」
「財布?」
「恋様を悲しませた。」
「財布は悪ない!」
龍牙は拳を握り締める。
「討つ。」
「討てへんわ!」
「では働きます。」
「最初からそうせぇ!」
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四人は街中を歩き回り、仕事を探し始めた。
「荷運び募集!」
「畑仕事!」
「店番!」
あちこちに求人の札が貼られている。
音々音は目を輝かせた。
「よりどりみどりなのです!」
霞が龍牙を見る。
「力仕事やったらあんた向きやろ?」
「恋様が許可してくださるなら。」
恋はこくりと頷いた。
「うん。」
「ありがとうございます。」
龍牙は深々と頭を下げた。
霞は苦笑する。
「そこまで律儀なんや。」
---
最初の仕事は荷運びだった。
商人が積み上げた荷物を見て龍牙は首を傾げる。
「これだけですか?」
「これだけって……。」
商人は苦笑する。
荷車いっぱいの荷物。
普通なら五、六人掛かりの量だった。
龍牙は黙って荷車を持ち上げた。
「では。」
そのまま肩に担ぐ。
「……。」
商人が固まる。
霞も固まる。
音々音も固まる。
恋だけが拍手した。
「すごい。」
龍牙は照れくさそうに笑う。
「恋様に褒められました。」
商人は震えながら言った。
「あ、あんた……人間か?」
「恋様の護衛です。」
「質問の答えになってない!」
---
ものの十分。
仕事終了。
商人は涙目だった。
「半日かかると思ったのに……。」
龍牙は受け取った報酬を恋へ差し出す。
「恋様。」
「?」
「本日の肉まん代です。」
恋は嬉しそうに受け取る。
「ありがとう。」
その笑顔を見て龍牙は静かに空を見上げた。
「今日も生きていて良かった。」
霞が笑う。
「毎回大げさやな。」
「恋様の笑顔に大げさはありません。」
「はいはい。」
---
その時だった。
街の大通りが急に騒がしくなる。
「道を空けろ!」
「袁家のお通りだ!」
豪華な馬車が近付いてくる。
金色の装飾。
豪奢な旗。
護衛の兵士までどこか誇らしげだ。
音々音が小声で言う。
「袁紹軍なのです。」
霞も頷く。
「この街のご主人様や。」
龍牙は恋の前へ自然と立った。
「恋様、お下がりください。」
「うん。」
恋は素直に龍牙の後ろへ隠れる。
その様子を見た霞が小さく笑う。
「恋、完全に安心しきっとるな。」
恋はぽつりと呟いた。
「龍牙、いるから。」
その一言だけで十分だった。
龍牙は感激のあまり拳を震わせる。
「恋様……。」
「また始まった。」
霞が額を押さえた、その時――。
豪華な馬車の中から、どこか尊大な少女の声が街中へ響いた。
「おーっほっほっほっほっほ!」
通行人が一斉に振り向く。
龍牙たちも思わず視線を向けた。
「この美しいわたくしのために道を空けなさい!」
馬車の扉がゆっくりと開く。
現れたのは、金色の縦ロールを揺らしながら高笑いする、一人の少女だった。
その姿を見た霞が思わず呟く。
「出た……。」
音々音も小さく頷く。
「袁紹なのです。」
龍牙は恋へ振り返る。
「恋様。」
「?」
「変わった髪型の方ですね。」
「ぶふっ!」
霞が思わず吹き出した。
そして、それが騒動の始まりになるとは、この時の龍牙はまだ知らなかった―。
春の陽射しが鄴の大通りを照らしていた。
袁紹の豪華な馬車がゆっくりと進む。
金色の装飾が眩しく輝き、その周囲を護衛兵たちが固めている。
そして、その中心で高らかに笑う少女。
「おーっほっほっほっほ! この河北一の美貌を持つわたくしが通るのですわ!」
街の人々は慣れた様子で道を空ける。
「袁紹様だ。」
「今日も元気だな。」
「相変わらず声が大きい。」
そんな中、龍牙だけが真顔だった。
「……。」
霞が横目で見る。
「何考えとるん?」
龍牙は静かに答えた。
「恋様のほうが可愛い。」
「比べるな!」
「恋様の可愛さが至高です。」
「いつものや!」
恋は首を傾げる。
「……?」
自分が話題になっているとは思っていない様子だった。
---
その時、一陣の風が吹いた。
ひらり。
恋の赤い髪が揺れる。
二本の触覚もぴょこんと揺れた。
龍牙は両手で顔を覆う。
「なんということでしょう……。」
「何や!」
「風に揺れる恋様……。」
「うん。」
「まるで天女。」
「盛るなぁ!」
「いや、女神。」
「もっと盛った!」
「尊い……。」
霞は肩を落とした。
「病気や、この人。」
音々音も苦笑する。
「重症なのです。」
---
その頃。
袁紹の馬車は龍牙たちのすぐ近くまで来ていた。
袁紹は腕を組み、誇らしげに周囲を見渡す。
「ふふん♪ やはり民はわたくしの美しさに見惚れていますわ!」
その護衛武将が小声で言う。
「袁紹様。」
「何ですの?」
「あそこの男だけ様子がおかしいです。」
「どれですの?」
袁紹が視線を向ける。
そこには――
恋を見つめて感動している龍牙。
「恋様……。」
「うん?」
「本日もお美しいです。」
「ありがとう。」
「その一言で十年戦えます。」
「短命やな!」
霞のツッコミが飛ぶ。
袁紹は眉をひそめた。
「あの男。」
「はい。」
「わたくしを見ていませんわね?」
「はい。」
「あり得ませんわ!」
---
袁紹は馬車を止めさせた。
「そこのあなた!」
龍牙は振り返る。
「私ですか?」
「そうですわ!」
「何でしょう。」
「わたくしを見て何も思いませんの?」
龍牙は少し考えた。
「……。」
霞が嫌な予感しかしない。
(頼むから余計なこと言わんといて……。)
龍牙は真剣な顔で答えた。
「立派な縦巻きです。」
「そこですの!?」
街中が静まり返る。
龍牙はさらに続ける。
「朝のお手入れが大変そうです。」
「そこでもありませんわ!」
「寝癖になりませんか?」
「心配する場所がおかしいですわ!」
霞は腹を抱えて笑い始めた。
「ぶはははは!」
音々音も肩を震わせる。
「龍牙殿、正直すぎるのです!」
---
袁紹はぷるぷる震えている。
「あなた!」
「はい。」
「わたくしより可愛い人がいるとでも?」
龍牙は即答した。
「おります。」
「誰ですの!」
龍牙は迷わず恋を指差した。
「恋様です。」
恋は肉まんを食べながら首を傾げた。
「……?」
「恋様の可愛さが至高です。」
「ぶふっ!」
霞はまた吹き出した。
「面と向かって言うた!」
音々音は青ざめる。
「終わったのです……。」
護衛兵たちも顔色を変える。
「無礼者!」
「袁紹様になんということを!」
「捕らえろ!」
---
兵士たちが龍牙を囲む。
龍牙は恋を後ろへ下がらせた。
「恋様。」
「うん。」
「少々失礼します。」
「いってらっしゃい。」
その一言で十分だった。
龍牙は龍眼斬をゆっくり抜く。
ズズン……
地面に突き立てるだけで石畳がひび割れる。
兵士たちの足が止まった。
「な……。」
「でかい……。」
龍牙はにこりと笑う。
「戦う気はありません。」
「なら剣をしまえ!」
「ですが。」
一歩踏み出す。
「恋様へ近付くなら。」
空気が変わる。
「容赦しません。」
兵士たちは思わず後退した。
その威圧感は、まさしく歴戦の武人。
霞が苦笑する。
「恋のことになると急に最強になるんやから。」
---
その空気を破ったのは恋だった。
「龍牙。」
「はい!」
「お腹すいた。」
「……。」
全員が固まる。
龍牙は剣をしまった。
「失礼しました。」
「切り替え早っ!」
霞が叫ぶ。
龍牙は財布を取り出す。
「恋様、肉まんを買いに参ります。」
「うん。」
袁紹は呆然としていた。
(わ、わたくしとのやり取りより肉まんですの!?)
---
数分後。
恋は幸せそうに肉まんを頬張っていた。
「もぐ……。」
「美味しいですか?」
「うん。」
「良かった。」
龍牙も満足そうだった。
その姿を見た袁紹はぽつりと呟く。
「何なのですの……あの四人。」
護衛武将も苦笑する。
「変わった旅人ですね。」
「変わっているどころではありませんわ。」
袁紹は最後にもう一度だけ龍牙を見る。
龍牙は恋の口元についた餡を布でそっと拭いていた。
「恋様、お口に付いております。」
「ありがとう。」
「いえ。」
霞はその様子を見て笑う。
「完全に世話焼きやな。」
音々音も頷いた。
「でも、恋様も嬉しそうなのです。」
恋は小さく微笑む。
「龍牙、やさしい。」
その一言に、龍牙は胸へ手を当てて天を仰いだ。
「本日も恋様の可愛さが至高。」
「また始まった!」
霞の豪快なツッコミが鄴の街に響き渡る。
通りすがりの人々は、その賑やかな四人組を微笑ましく眺めていた。
こうして恋たちの旅は、今日も騒がしく、それでいて温かな一日を刻んでいくのだった。
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