『陥陣営戦記 ~恋こそ至高!龍牙、乱世を穿つ~』 作:パスカルDX
第四話「おーっほっほっほ! 天下無双を雇いますわ!」
鄴の街。
昼下がりの市場は、今日も多くの人々で賑わっていた。
恋は肉まんを両手に持ち、幸せそうに頬張っている。
「もぐ……。」
「恋様、お茶です。」
龍牙は湯呑みを差し出す。
「ありがとう。」
「熱いのでお気を付けください。」
「うん。」
そのやり取りを見ながら、霞は呆れ半分、笑い半分で肩をすくめた。
「ほんま、どこ行ってもその調子やな。」
「恋様のお世話は私の使命です。」
「はいはい。」
音々音も苦笑する。
「最近では恋様も自然に甘えるようになってきたのです。」
恋はこくりと頷いた。
「龍牙、いると安心。」
その一言で龍牙は固まった。
「……。」
「止まった。」
霞が笑う。
「恋様……。」
「?」
「ありがとうございます。」
深々と頭を下げる龍牙。
市場の人々は「また始まった」と苦笑していた。
---
その頃。
袁紹の屋敷では——
「おーっほっほっほっほ!」
豪奢な玉座に腰掛けた袁紹が優雅に紅茶を飲んでいた。
「今日も民はわたくしの美しさに酔いしれていましたわ!」
家臣たちは慣れたように拍手する。
「さすが袁紹様!」
「河北一の美女です!」
「当然ですわ!」
そこへ一人の兵士が飛び込んできた。
「ご報告です!」
「何ですの?」
「昨日、市場で騒ぎを起こした旅人ですが……。」
「ええ。」
「調べがつきました!」
袁紹は優雅にカップを置く。
「聞きましょう。」
兵士は息を整え、大きな声で告げた。
「赤い髪の少女は……。」
「ええ。」
「元・董卓軍最強の武将——呂布です!」
「……。」
部屋が静まり返る。
次の瞬間。
「えええええええぇぇぇっ!?」
袁紹が立ち上がった。
「呂布ですって!?」
「間違いありません!」
「天下無双の!?」
「はい!」
袁紹は額に手を当てる。
「ちょっと待ちなさい……。」
昨日のことを思い返す。
肉まんを食べていた少女。
ぽやぽやしていた少女。
龍牙に守られていた少女。
「……あれが?」
兵士が頷く。
「虎牢関で連合軍を苦しめた、あの呂布です。」
袁紹は真っ青になった。
「わたくし……。」
「はい。」
「喧嘩を売りましたわ……。」
「売りましたね。」
「しかも護衛の男に縦巻きとか言われましたわ!」
「言われました。」
「うわあああぁぁぁ!」
---
一方その頃。
恋たちは市場で昼食中だった。
恋は三個目の肉まんを食べている。
「もぐ。」
龍牙は嬉しそうだった。
「恋様、本日も素晴らしい食べっぷりです。」
「うん。」
霞は串焼きを食べながら笑う。
「龍牙、自分の飯食べたらどうや。」
「後で。」
「またかい。」
「恋様が先です。」
音々音がため息をつく。
「本当に恋様第一なのです。」
その時だった。
「た、大変です!」
昨日の袁紹軍の兵士が走ってきた。
「皆様!」
霞が眉をひそめる。
「また昨日の続きか?」
兵士は勢いよく頭を下げた。
「袁紹様がお呼びです!」
「……は?」
四人同時に首を傾げた。
---
兵士は何度も頭を下げる。
「昨日は大変失礼いたしました!」
「急にどうしたんや。」
「どうか屋敷へ!」
霞が恋を見る。
恋は肉まんを食べながら小さく頷いた。
「いく。」
「恋様がそう仰るなら。」
龍牙も迷いなく頷く。
---
袁紹の屋敷。
豪華な応接間。
恋たちが席に着くと——
勢いよく扉が開いた。
「お待ちしておりましたわ!」
袁紹である。
昨日とは打って変わって満面の笑み。
「ようこそお越しくださいました!」
霞が目を丸くする。
「誰や、この人。」
音々音も驚く。
「昨日と別人なのです。」
龍牙だけは真顔だった。
「縦巻きの方。」
「名前で呼びなさい!」
袁紹は思わず突っ込んだ。
部屋の空気が一瞬止まる。
恋が小さく首を傾げる。
「……仲良し?」
「違うわ!」
袁紹が即答した。
霞は腹を抱えて笑う。
「恋、それはちゃう!」
龍牙は真剣な顔のまま袁紹を見る。
「昨日は失礼しました。」
「え?」
「縦巻きと申し上げました。」
「そ、そこは謝るんですの?」
「今後は。」
龍牙は丁寧に一礼した。
「立派な縦巻きのお方、とお呼びします。」
「悪化しましたわぁぁぁっ!!」
応接間に袁紹の絶叫が響き渡り、霞と音々音は笑い転げる。
そんな中、恋だけは「?」という顔で肉まんをもぐもぐ食べていた。
そして袁紹は咳払いを一つすると、真剣な表情で恋へ向き直る。
「呂布さん。」
恋も肉まんを置き、静かに袁紹を見つめ返した。
「……?」
「お願いがありますの。」
袁紹はゆっくりと頭を下げる。
「どうか、この袁家の客将になっていただけませんこと?」
恋、霞、音々音、そして龍牙は、思わず顔を見合わせた。
応接間は静まり返っていた。
河北の名門・袁家の当主である袁紹が、深々と頭を下げている。
「どうか、この袁家の客将になっていただけませんこと?」
恋はしばらく袁紹を見つめる。
「……?」
その意味を理解していないようで、小さく首を傾げた。
龍牙はすっと恋の横へ進み出る。
「恋様。」
「うん?」
「簡単に申し上げます。」
「うん。」
「働いてほしい、ということです。」
恋は少し考えてから答えた。
「……お仕事?」
「はい。」
「お肉、食べられる?」
その一言で場の空気が止まった。
霞は吹き出す。
「そこなんや!」
音々音も慌てて説明する。
「お給金が出るということなのです!」
「きゅうり?」
「お給金です!」
「お金。」
「あ、なるほど。」
恋は納得したように頷いた。
「じゃあ、お肉買える。」
「はい!」
「肉まんも。」
「もちろんです!」
恋は龍牙を見上げる。
「龍牙。」
「はい、恋様。」
「肉まん。」
「たくさん召し上がれます。」
「……やる。」
「即決や!」
霞が笑い転げる。
---
袁紹は満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございますわ!」
「恋様、おめでとうございます。」
龍牙も深く一礼する。
「恋様が再び武人として認められたこと、この龍牙、心より嬉しく思います。」
恋は少し照れたように笑う。
「えへ。」
その笑顔を見た龍牙は目を潤ませた。
「恋様の笑顔……。」
霞がすかさず言う。
「はいはい、至高やろ?」
「その通りです。」
「聞く前に答えた!」
---
袁紹は龍牙へ向き直る。
「もちろん、あなた方も歓迎しますわ。」
「私たちもですか?」
音々音が驚く。
「当然ですわ!」
袁紹は胸を張った。
「呂布さん一人では心配ですもの。」
龍牙は真剣な表情で答える。
「恋様は私がお守りします。」
「え、ええ……。」
「昼夜問わず。」
「そこまで?」
「恋様がくしゃみをすれば毛布を。」
「うん。」
「恋様がお腹を空かせれば食事を。」
「うん。」
「恋様がお眠りなら枕を。」
「うん。」
霞は呆れ顔だ。
「執事どころやないな。」
音々音も苦笑する。
「完全に専属世話係なのです。」
---
その時、使用人がお盆を持ってやって来た。
「お茶をお持ちしました。」
豪華な茶器。
焼き菓子。
そして湯気の立つ肉まん。
恋の目がきらりと輝く。
「肉まん。」
龍牙も嬉しそうだった。
「恋様、お熱いのでお気を付けください。」
「うん。」
恋が肉まんを持ち上げる。
だが、中身が熱かった。
「……あち。」
「恋様!」
龍牙は一瞬で恋の前へ。
「ふー……ふー……。」
肉まんを冷まして差し出す。
「どうぞ。」
「ありがとう。」
もぐ。
「おいしい。」
「良かった。」
霞は笑いを堪えきれない。
「赤ちゃん扱いやん!」
「違います。」
「ほな何や。」
「恋様は恋様です。」
「答えになっとらん!」
---
袁紹はその光景をぽかんと眺めていた。
「……。」
家臣も小声で話す。
「呂布殿って、もっと怖い方かと思っていました。」
「私もです。」
「護衛の方のほうが個性的ですね。」
「間違いありません。」
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袁紹は咳払いをした。
「では、本日より皆さんは袁家の客将ですわ!」
「よろしくお願いしますなのです!」
音々音が元気よく頭を下げる。
霞も笑顔で応じた。
「世話になるで。」
恋も小さく頷く。
「よろしく。」
最後に龍牙が一歩前へ出た。
「高順、真名・龍牙。」
袁紹は頷く。
「よろしくお願いしますわ。」
龍牙は真剣な顔で答えた。
「恋様を泣かせる者がいれば。」
「え?」
「誰であろうと。」
龍眼斬の柄に手を添える。
「チェストーーー!!!」
「何で今やねん!」
霞の見事なツッコミが炸裂した。
龍牙は首を傾げる。
「気合いです。」
「応接間で出す気合いやない!」
音々音も額を押さえる。
「先が思いやられるのです……。」
---
その日の夕方。
袁家の屋敷に用意された客室。
恋はふかふかの布団へ飛び込んだ。
「やわらかい。」
「お気に召しましたか?」
「うん。」
龍牙は嬉しそうに頷く。
「恋様が快適なら何よりです。」
霞は窓から夕焼けを眺めながら笑った。
「これでしばらく雨風しのげるな。」
音々音も満足そうだった。
「お金の心配もしばらくありません!」
恋は眠そうに目をこする。
「すぅ……。」
龍牙はそっと毛布を掛けた。
「おやすみなさいませ、恋様。」
恋は半分眠りながら呟く。
「……龍牙。」
「はい。」
「明日も、一緒。」
その短い言葉だけで十分だった。
龍牙は静かに微笑む。
「もちろんです。」
「恋様の可愛さが至高。」
霞は苦笑しながら部屋の灯りを落とす。
「その台詞だけは、一生変わらへんのやろな。」
静かな夜が、四人を優しく包み込んでいく。
こうして恋たちは、新たな居場所となる袁家での生活を始めるのだった。
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