史上最強の刑事ユキムラ   作:富山 狸吉

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PROTOCOL FILE.02:幼稚園での出逢い

 桜庭財閥の広大な屋敷の一室で、3歳になったばかりの桜庭幸村は、大人用の重厚なデスクに向かっていた。

 彼の前には、大学の法学部で使われる様な分厚い六法全書や、世界各国の地政学リスクを纏めた専門書が、並んでいる。

 

「……信じられん。本当に、これを全て理解しているのか、幸村坊ちゃまは?」

教壇に立つ、国内外の大学で、教鞭を執ってきた超1流の老教授は、眼鏡を押し上げて、驚愕の声を漏らした。

 

 幸村は、小さな指で、ページをめくりながら、前世「平良悠助」としての知識を、フル回転させていた。

 ノンキャリアとはいえ、かつて、警察組織で、警部まで上り詰めた男だ。

 

 日本の法律や刑法、実務的な捜査知識の土台は、既に脳内にある。

 其処に、桜庭家の財力が、もたらす最高峰の教育が加わった事で、彼の知識は、凄まじい速度で、アップデートされていった。

 

「教授、この判例における警察の捜査権の限界についてですが、現行の解釈よりも、国際法における機密保持の観点を混ぜて考えるべきでは?」

「な、なるほど……。まさにその通りだ。3歳児の口から、『機密保持』などという言葉が出るとは……!」

幸村が、これほどの英才教育を、自ら望んだ理由は、明快だった。

 

 この『名探偵コナン』の世界で、未来の悲劇を防ぐ為には、ただの優秀な警察官では、足りない。

 法を遵守しつつも、法の裏をかく犯罪者達を圧倒できる「個の力」と、警察組織を動かせる「圧倒的な知力」が、必要不可欠なのだ。

 

 座学が終わると、今度は、道場へと場所を移す。

 其処では、世界的な近接格闘術の達人や、元米国特殊部隊のインストラクターが、幸村を待っていた。

 

「幸村、格闘の本質は、筋肉の量ではない。体重移動と、相手の解剖学的な弱点を突く技術だ!」

「はい、先生!」

3歳の身体は、まだ小さく、筋力も未発達だ。

 

 だからこそ、幸村は、力に頼らない技術、後に習得する、クラヴ・マガの基礎となる、効率的な身体操作や、関節の連動、急所への最短アプローチを、徹底的に、身体に叩き込んだ。

 

 毎日、泥の様に、眠るまで自分を追い込む弟の姿を見て、5歳年上の姉・愛魅は、いつも涙ぐんでいた。

「幸村ちゃん、そんなに頑張らなくても、お姉ちゃんが、大きくなったら、悪い奴らを、全員経済的に、破滅させてあげるのに……! はい、特製のプロテインジュースよ!」

「あはは、ありがとう姉さん。でも、俺は、自分の手で、守りたいものがあるんだ」

愛魅の過剰なブラコンぶりに、苦笑しつつも、幸村は、彼女の淹れてくれたジュースを飲み干した。

 神童、あるいは怪物。

 周囲から、そう評価されながら、幸村は、着実に、未来の死線を、踏み越える為の牙を、研ぎ澄ませていった。

 

 ※※※

 

 英才教育が始まってから、数ヶ月が経ち、幸村は、幼稚園児になっていた。

 肉体も、同年代より、1回り大きく、引き締まり、立ち居振る舞いには、大財閥の御曹司としての気品と、武道を修めた者、特有の静かな威圧感が、同居し始めていた。

 

 そんな彼も、社会性を身につけるという名目で、米花町にある名門「白桜幼稚園」に、入園する事になった。

 

「幸村、幼稚園なんて、行かなくていいじゃない! 悪い虫がついたら、どうするの!? お姉ちゃんが、自宅で、マンツーマンで、世界の帝王学を教えてあげるわ!」

「姉さん、もう制服着ちゃったから。それに、同世代の友達を作るのも、大事な経験だからさ?」

玄関先で、泣き叫んで引き留め様とする愛魅を、なんとか宥め、幸村は、父親の用意した高級送迎車に乗り込んだ。

 

 車窓から流れる米花町の景色を見つめながら、幸村の心は、高鳴っていた。

 

(遂に、幼稚園か……。原作の開始までは、まだまだ時間があるけど、この街のどこかに、あの工藤新一や、毛利蘭、それに、警察学校組の人達も、生きているんだよな?)

そんな感傷に浸りながら、到着した白桜幼稚園は、政財界の大物の子供達が集まる、格式高い場所だった。

 

 紺色の真新しい制服に、身を包んだ子供達が、親に連れられて、門をくぐっていく。

 入園式が始まり、園長の話を静かに聞く子供達の中で、幸村の観察眼は、冴え渡っていた。

 

 前世の刑事としての本能が、周囲の人間を、無意識にプロファイリングしてしまうのだ。

 

(あそこの子は、どこかの企業の御曹司だな、甘やかされて育っていそうだ。あっちの子は……お、なかなか体幹が、しっかりしているな?)

そんな中、幸村は、ある1人の少女に目を留めた。

 

 その少女は、4歳児とは、思えない程、凛とした佇まいをしていた。

 美しい黒髪を、端正に切り揃え、背筋をピンと伸ばして、座っている。

 しかし、その瞳の奥には、周囲の子供達を、何処か突き放した様な、大人びた強い意志が、宿っていた。

 

(……綺麗な女の子だな。何処かで、見覚えがある様な気がするけど……、気のせいか?)

幸村のオタクとしての記憶が、一瞬、揺らいだが、具体的な名前までは、思い出せなかった。

 

 入園式が終わり、自由時間になると、子供達は、一斉に園庭へと飛び出していった。

 幸村は、騒がしい輪から、少し離れ、桜の木の下で、静かに状況を眺める事にした。

 

 しかし、彼の平穏な幼稚園生活の初日は、驚く程、早く、劇的な事件によって、破られる事になる。

 

 ※※※

 

 事件は、園庭の隅にある砂場で、起きた。

数人の男児を引き連れた、体格の大きなガキ大将らしき少年が、1人の少女を、取り囲んで、大声を上げていた。

「おい! お前、新入りの癖に、生意気なんだよ! 挨拶もしないで、1人で砂場を使ってんじゃねぇ!」

ガキ大将は、先程、幸村が目を留めた、あの凛とした黒髪の少女が作った砂の城を、乱暴に蹴り崩した。

 

 少女の肩が、ピクリと震えた。

 しかし、彼女は、泣き出すどころか、鋭い眼光で、ガキ大将を睨みつけた。

 

「……乱暴な事は、辞めなさい。お父様が言っていました、力は、人を守る為に、使うものだと。貴方の様な、品性の欠片もない行為は、絶対に許されません」

「あんだとぅ!? 生意気な女だな! ぶってやる!」

ガキ大将が、小さな拳を振り上げた。

 

 周囲の子供達が、怯えて目を背ける中、少女は、1歩も引かずに、毅然と立ち尽くしていた。

 だが、その拳が、彼女の顔に届く事はなかった。

 

「そこまでにしときな、お坊ちゃん?」

静かだが、よく通る声。

 

 ガキ大将の腕を、小さな、しかし、鉄の様に固い手が、ガシリと掴んでいた。

 幸村だった。

 

「な、なんだお前! 離せ!」

「男が、女の子に手を上げるなんて、格好悪いぞ。桜庭家の名にかけて、俺の目の前で、そんな不作法は許さない」

幸村は、前世の逮捕術と、これまで培った身体操作を使い、最小限の力で、ガキ大将の腕を、捻り上げた。

 

 痛みに顔を歪めたガキ大将は、幸村の底知れない眼光に、恐怖を感じたのか、「お、覚えてろ!」と、捨て台詞を残して、仲間と共に、脱兎の如く、逃げ去って行った。

 

「ふぅ……、怪我は、なかったかい?」

幸村は、振り返り、少女に優しく微笑みかけながら、手を差し伸べた。

 

 少女は、驚いた様に、目を見開いていたが、直ぐに、姿勢を正し、少し頬を赤らめながら、その手を取った。

 

「あ、ありがとう。私は、大丈夫よ。私は、野上冴子。貴方は?」

「俺は、桜庭幸村。よろしく、冴子ちゃん?」

その名前を聞いた瞬間、幸村の脳内に、激震が走った。

 

(野上冴子!? シティハンターの、『警視庁の妖艶な女狐』こと、野上冴子か!?)

前世のオタク知識が、完璧に繋がった。

 

 名探偵コナンと、シティハンターの世界が融合した、この世界で、まさか幼稚園の初日に、未来の主要キャラクターと、遭遇するとは。

 まだ、大人の色気こそないが、その勝気な瞳と芯の強さは、間違いなく、あの「野上冴子」の幼少期の姿だった。

 

 2人は、砂場に座り直し、お互いの事を、話し始めた。

 幸村の大人びた、しかし、包容力のある態度に、冴子も、次第に心を許し、2人は、初日目にして、深い信頼関係を築き始めていた。

 

 ※※※

 

 楽しい時間は、あっという間に過ぎ、お迎えの時間がやってきた。

 幼稚園の正門前には、高級外車が、ズラリと並び、それぞれの親達が、子供達を待っている。

 

「幸村、あそこに、私のお父様がいるわ?」

冴子が、指差した先には、警察官特有の鋭いオーラを放つ、仕立ての良いスーツを着た、厳格そうな男性が立っていた。

 

 彼こそが、現在の警察庁長官であり、後の野上5人姉妹の父親である野上歳三だった。

 

「冴子、怪我は、なかったか?」

「はい、お父様。それに、素敵な実力のある、お友達ができたの」

冴子が、嬉しそうに、幸村を紹介しようとした、その時、後ろから「ハハハ、歳三! 相変わらず、カタブツな顔をしてるな!」

と言う豪快な笑い声が、響いた。

 

 振り返ると、其処には、数人の黒服のボディーガードを、引き連れた、幸村の父親である、桜庭昌幸の姿があった。

 

「昌幸!? お前、どうして、ここに……あ、そうか、お前の息子も今年から、此処だったな!」

野上歳三の厳格な顔が、一瞬にして、旧友に会った少年のそれへと変わった。

 

 2人は、力強く握手を交わした。

 実は、桜庭昌幸と、野上歳三は、幼稚園からの同級生であり、お互いに、日本を動かす立場になった今でも、何でも話し合える親友同士だったのだ。

 

「幸村、コイツが、私の大親友の野上歳三だ」

「初めまして、野上様。桜庭幸村です。お噂はかねがね」

幸村が、完璧な礼儀作法を披露すると、歳三は、感心した様に、目を細めた。

 

「ほう……素晴らしい教育だ。昌幸、これが例の息子か。……よし、約束通りだな?」

「約束?」と、幸村と冴子が、同時に首を傾げた。

 

 すると、昌幸が、ニヤリと笑って、2人の肩を叩いた。

 

「ああ。実は、お前達が、生まれる前から、俺と、歳三の間で、決めていたんだ。お互いに、男と女の子供が、生まれたら、将来、家同士を繋ぐ『許嫁(いいなずけ)』にしよう、とな?」

「「えっ!?」」

幸村と冴子の声が、重なった。

 

 幸村は、内心で天地が、ひっくり返る程の衝撃を受けていた。

 

 前世では、35歳まで、童貞だったオタク刑事が、転生した途端、大財閥の御曹司になり、更に、未来の超美人刑事、野上冴子が、「許嫁」になったのだ。

 

 冴子は、顔を真っ赤にしながらも、先程、自分を助けてくれた幸村の横顔を、チラリと盗み見、満更でもなさそうに、唇を噛んでいた。

 

「ふぅん、まあ、貴方なら、お父様の親友の息子だし……悪くはないわね。でも、私より弱かったら、承知しないんだから!」

「はは、望むところだよ、冴子ちゃん」

夕日に照らされる門前で、2人の天才児の運命は、完全に結びついた。

 

 未来の最強刑事コンビ、その伝説の幕開けとなる、甘くも、激しい幼少期の歯車が、此処に、力強く回り始めたのである。

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