史上最強の刑事ユキムラ   作:富山 狸吉

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PROTOCOL FILE.03:姉と許嫁の修羅場

 桜庭財閥の広大な邸宅にある、幸村専用の私室。

 其処は、4歳児の部屋とは、到底思えない、世界各国の戦術書や、警察白書が、整然と並ぶ空間だが、1歩、其処に足を踏み入れると、その厳格な空気は、一瞬で、ピンク色の甘い空間へと、変貌を遂げる。

 

「ほら、幸村! お姉ちゃん特製の無農薬有機野菜と、最高級和牛のペーストですよ! あーん、して!」

そう言って、当時9歳の美少女でありながら、既に、高校生レベルの数学や、経済学を修めている天才な姉、桜庭愛魅は、キラキラと、目を輝かせながら、スプーンを幸村の口元に、突き出していた。

 

 彼女の弟に対する溺愛ぶりは、幸村が、幼稚園に通い始めてから、更に、加速していた。

「姉さん、もう4歳になったんだから、スプーンくらい、自分で持てるよ。それにこれ、ただのペーストじゃなくて、ミシュラン3つ星のシェフが、作ったやつだよね?」

「ダメです! 幸村の手を煩わせるなんて、お姉ちゃんが、許しません! 幼稚園という過酷な戦場で、悪い害虫に揉まれて、疲れた幸村の心と身体を癒やすのは、世界で唯一、この愛魅お姉ちゃんだけの特権なのですから!」

愛魅は、幸村をふかふかのベッドへ押し込むと、その小さな身体をぎゅっと抱きしめ、頬をこれでもかとすり寄せた。

 

 幸村は、前世が、35歳の警察官である為、9歳の少女に、ここまで全力で甘えられ、なおかつ、世話をされるのは、精神的に、非常に気恥ずかしい。

 しかし、愛魅の抱擁から、放たれる最高級のシャンプーの香りと、純粋なまでの弟への愛情に、どうしても、無下に突っぱねる事ができなかった。

 

「幸村、幼稚園で、変な女の子に騙されてない? 大丈夫? もし、幸村を誘惑する様な不届き者がいたら、お姉ちゃんが、桜庭財閥の資金力を使って、その子の実家の企業を明日にでも買収して、社会的に抹殺してあげるからね?」

「あはは……。そんな物騒な事しなくて大丈夫だから……?」

幸村は、引きつった笑いを浮かべるしかなかった。

 

 愛魅のブラコンは、単なるポーズではない。

 本気で、弟の周囲の人間関係を監視し、コントロールしようとするだけの頭脳と、行動力を持っているのだ。

 

 幸村は、前世で、童貞のまま死んだ反動か、こんなにも、美しい姉に、無条件で愛される環境に幸福を感じつつも、未来の「最強の刑事」を目指す身として、時折、この甘すぎる籠から抜け出す方法を模索せねばと、贅沢な危機感を募らせる日々であった。

 

 ※※※

 

 自宅での「姉からの過剰な溺愛」から解放され、白桜幼稚園に登園すると、其処には、また別の「至福の時間」が、幸村を待っていた。

 入園初日に、ガキ大将から助けて以来、警察庁長官の令嬢であり、幸村の許嫁となった野上冴子は、常に、幸村の隣をキープする様になっていた。

 

 彼女は、元々、大人びていて、周囲を見下ろす様な、所謂、「クーデレ」な性格の少女である。

 他の園児達が、泥遊びや鬼ごっこで騒ぐ中、冴子は、幸村と2人きりで、砂場の隅に座り、静かに言葉を交わすのが、日課となっていた。

 

「ねえ、幸村。今日の戦術論の続きだけど……、お父様の書斎にあった特殊部隊の突入経路について、どう思う?」

「そうだね、冴子ちゃん。フロントからの強行突破より、やっぱりバックドアからの隠密制圧の方が、人質の生存率は、格段に上がると思うよ?」

4歳児2人が、砂場で繰り広げる会話としては、異常極まりない内容だったが、2人の雰囲気は、どこからどう見ても、甘いオーラを放つ「お似合いのカップル」そのものだった。

 

 冴子は、幸村が、前世の経験から、時折見せる大人びた仕草や、自分を子供扱いせずに、1人の対等な人間として、扱ってくれる紳士的な態度に、完全にノックアウトされていた。

 

「……幸村」

ふと、冴子が、自分の小さな手を、幸村の手に、そっと重ねてきた。

 

 彼女の白い頬が、ほんのりと、桜色に染まっている。

 

「な、何かな? 冴子ちゃん」

「別に。ただ、こうしていると、お父様が言っていた『許嫁』っていうのも、悪くないなって、思っただけ。私は将来、貴方に相応しい強い女性になるわ。だから……他の女の子と、お喋りしちゃ、ダメだからね?」

上目遣いで、少しだけ、独占欲をのぞかせる冴子。

 

 その破壊力は、凄まじかった。

 前世で、女性免疫のなかった幸村の心臓は、4歳児の肉体でありながら、早鐘の様に脈打つ。

 

「うん、約束するよ。俺も、冴子ちゃんを、守れるくらい強くなる」

幸村が、優しく微笑み返すと、冴子は、嬉しそうに目を細め、更に、距離を詰めて、幸村の肩に頭を預けてきた。

 

 幼稚園の先生達が「まあ、あの子達ったら、もう、おませさんね?」と、温かい目で見守る中、2人の小さな許嫁同士の絆は、誰にも踏み込めない程、甘く、深く育まれていったのである。

 

 ※※※

 

 幼稚園生活が始まって、1週間。

 最初の休日、桜庭家の広大なリビングに、1つの小さな、しかし、強烈な嵐が、吹き荒れ様としていた。

 幸村と、仲良くなった冴子が、野上家の運転手が、運転する高級車に乗って、桜庭の屋敷へ、遊びにやって来たのだ。

 

「初めまして、幸村の姉の愛魅です。わざわざ、我が家へようこそ、野上さん」

「初めまして、野上冴子です。お招きいただきありがとうございます、愛魅お姉様」

リビングのソファを挟み、9歳の愛魅と4歳の冴子が対峙した。

 

一見すると、お嬢様同士の品格ある挨拶に見える。

 しかし、その場に、同席していた幸村は、背筋に冷たい汗が、流れるのを感じていた。

 2人の視線が、交錯した瞬間、バチバチと、目に見えない火花が散り、部屋の気圧が、急激に下がった様な錯覚さえ覚えたからだ。

 

「ええ、冴子ちゃん。幸村から、聞いていたわ。幼稚園で『お友達』ができたって。でもね、幸村は、とってもデリケートで、将来は、桜庭財閥を背負う大事な身体なの。余り、変な子が近くにいると、お姉ちゃん、心配になっちゃう」

愛魅が、極上の笑みを浮かべながら、先制攻撃を仕掛けた。

 

 「ただの友達」である事を、強調し、外敵を排除しようとする姉の威厳である。

 しかし、4歳の冴子も、警察庁長官の娘だ。

 1歩も引かなかった。

 彼女は、幸村の腕を、ぎゅっと抱きしめ、愛魅を、真っ直ぐに見据えた。

 

「『お友達』ではありません、愛魅お姉様。私は、お父様方から認められた、幸村の『許嫁』です。将来、幸村の妻になるのは、私です。お姉様こそ、いつまでも、幸村を子供扱いして、ベタベタと甘やかすのは、教育に良くないと、思います」

「な……ッ!?」

愛魅の額に、青筋が浮かんだ。

 

「許嫁!? そんなの親同士が、勝手に決めた口約束よ! 幸村の全てを知っていて、1番愛しているのは、この私、お姉ちゃんなんだから! その汚い手を幸村から、離しなさい、この泥棒猫!」

「泥棒猫ではありません! 幸村を独占しようとする、お姉様こそ、ただの過保護なブラコンです!」

「2人共、落ち着いて……!」

幸村の制止も虚しく、天才姉と、クーデレ許嫁による、幸村を巡る壮絶な口論が勃発してしまった。

 

 リビングは、一瞬にして、世界の終わりかと、思われる程の凄まじい修羅場と、化したのである。

 

 ※※※

 

「あらあら。随分と、賑やかね、楽しそうだわ?」

その時、リビングの重厚な扉が、開き、1人の女性が、優雅に姿を現した。

 

 彼女こそが、桜庭昌幸の妻であり、幸村と愛魅の母親である桜庭静巴だった。

 

 彼女は、元々、日本が誇る名家出身の淑女であり、その醸し出す圧倒的な気品と、全てを見透かす様な優しい笑顔には、誰も逆らう事ができない。

 

「お、お母様……!」

「静巴伯母様……!」

それまで、猛獣の様に、睨み合っていた愛魅と冴子が、一瞬にして、借りてきた猫の様に、直立不動になった。

 

 静巴は、トントン、と上品にヒールを鳴らしながら、2人の前に、歩み寄ると、その美しい手を、それぞれの頭に優しく置いた。

 

「愛魅、お姉さんでしょう? お客様を、困らせてはいけません。それに、冴子ちゃん、いらっしゃい。歳三さんから、お話は聞いているわ。とても、可愛らしい許嫁さんね。……でもね、2人共、そんなに怖い顔をして、幸村を奪い合っては、幸村が困ってしまいますよ?」

静巴が、クスリと微笑むと、愛魅も冴子も、顔を真っ赤にして、うつむいた。

 

 幸村を愛するが余り、自分達が、醜い争いをして、肝心の幸村に嫌われてしまっては、元も子もない。

 静巴の言葉は、2人の天才児の核心を、正確に突いていた。

 

「2人共、幸村の事が、大好きなのは、同じでしょう? ならば、争うのではなく、2人で、協力して幸村を支えてあげるのが、本当に『幸村を愛する女性』の姿ではないかしら?」

母の、聖母の如き導き。

 

 その言葉を聞いた瞬間、愛魅と冴子の脳内に、新たな回路が繋がった。

 

(……そうか。争う必要なんてない。私が、お姉ちゃんとして、幸村を内側から支え、この子が、将来の妻として、外側から支えれば、幸村の周りは、完璧に美少女だけで、固められる……!)

(……このお姉様を、敵に回すのは、得策じゃない。むしろ、味方につければ、将来、幸村を狙う、他の泥棒猫達を、桜庭財閥の力で、完璧に排除できる……!)

2人は、顔を見合わせ、フッと不敵な笑みを浮かべた。

 

 そして、ガシリと互いの手を、握り締めた。

 

「冴子ちゃん、これから、よろしくね。幸村を、最高の男にする為に、私達で協力しましょう?」

「はい、愛魅お姉様。幸村の未来の妻として、お姉様と共に、彼をプロデュースします」

「……え、ええ?」

一瞬にして「幸村を愛する最強の義理の姉妹同盟」を結託させた、2人の姿に、幸村は戦慄した。

 

 前世の刑事の勘が、自分の将来のプライベートが、この2人によって、完全に支配・管理される事を予感していた。

 だが、2人が仲良く笑顔で、自分を挟んで座る姿を見て、不思議と悪い気はしない。

 

 最強の刑事への道は、同時に、規格外の美女達に囲まれる薔薇色の茨の道でもある事を、幸村は、4歳にして、深く実感するのであった。

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