「フッ…!」
「ッぶな!」
高速で迫り来る驚異の斬撃。対峙する度に思う。純粋なパワーとは戦慄すべき危険だ。この連撃の一つ一つが致命に成り得る、そういう脅威を纏っている。
「シィッ…!」
「フンッ…」
隙を見て呪力を込めた拳をぶつける。脚に力を込め、体重を乗せ、腕を固定し、ただ殴る。しかしまるで効いている気がしない。圧倒的な肉体の前に貧弱な拳が阻まれる。
「チッ!」
すかさず繰り出されるのは上段からの振り下ろし。物凄い殺気を放った一撃にはここで決めきるという意思を感じる。しかし、まだ甘い。
「ッ!?」
「その程度なら逸らせる。覚えておきな」
呪力で腕を固め、振り下ろしの角度をズラす。迫る刃をスレスレで避け、お返しに蹴りを顔面へと叩き込む。その勢いのままに体ごと吹き飛ばせば、彼は余裕そうな顔で着地した。
「うん、良いね」
「フンッ…ま、こんなもんだな」
彼は変わった。正しく鬼人、天与の暴君。その手に暴と理を手にしてアチラ側へと渡った。常人の尺度では測れない、禪院甚爾はそんな存在に成ったのだ。直に俺にも手がつけられないような所へ行き着くのだろう。
「よし、飯でも行くか」
「奢りか?」
「勿論」
「……相変わらず、よく食うねえ」
食うとか、そういう次元じゃない。吸収だ。あり得ない量を、あり得ないスピードで吸い来んでいる。
俺の目の前には皿、皿、皿。何段にも積み上げられた色とりどりの皿が広がっていた。
「まぁな。人の金なら幾らでも食えるだろ」
「…それは良いけどさあ、もう少し遠慮ってものを覚えなさいよ」
ホント、どれだけ食う気だよ。金は、まあ払えるだろうが限度ってもんを知らねえのか…。
「やなこった。アンタに遠慮なんざ言われたくないね」
「ったく…」
前もあり得ない量食ってたがこれ程じゃあなかった。色々変わって食う量も増えたんだろうが…
「んなことより、良いのか?」
「うん?」
「アンタ、人の前に姿を見せなかったろ」
「それはもう今更でしょ」
確かに、俺は禪院家の人間の前に姿を見せたことはない。ずっと彼が一人になったタイミングで会いに来ていた。しかしそれにも理由はある。
「そりゃそうだけど、気になるだろ。教えろよ」
「うーん…ま、大した理由じゃないよ」
別に隠すことじゃないしな。
「俺という存在は呪師にも呪霊にもあまり気取られない方が良い。俺はあくまで縛りだからね。誰に肩入れする訳にもいかないんだ」
俺はあくまで中立。誰の味方でもないから、そう思われるような面倒事は避けないといけない。
「ん?あー、成る程な。なら俺は?」
「そりゃ君は特別さ。最初に言ったように、天与呪縛は俺のせいでもある。説明責任とか、その他諸々を果たしただけだよ」
天与呪縛はあくまでバグだ。縛りという概念を作った時に想定していなかったバグ。直すことも出来ないし、直そうとしたら今までの縛り全部が白紙に戻ってしまう。だから、俺が対応する必要があったんだ。
「それもそうか。確かにそりゃアンタが悪い」
「おい」
「フッ、まあそれはいい。それより続きだ。なんで今は見せてんだよ」
「それは単純。術師が居ないから」
「…ああ、そういう」
「そういうことよ」
俺の姿は術師とか呪力とは関係なく見えるものだ。その上で、術師は俺の呪力の流れなどから気付く可能性がある。しかし非術師は?当たり前だが、彼らからすれば只の人間にしか見えないだろう。
「でも良いのかよ。術師と鉢合わせる可能性もゼロじゃねえ」
「それね。そこはもう良いよ」
「はあ?」
「だってさあ、そこまでキチキチしても楽しくないじゃん。俺だって美味いもん食いたいの。分かる?」
俺は娯楽とかエンジョイする系の概念だ。というかそうしない理由が無い。美味い飯食いたいだろ普通。
「縛りのくせして味覚あんのかよ…」
「いやいや元人間だし、そりゃね」
「…あ?」
「うん?どうかした?」
え、今引っ掛かる部分あった?
「いや、お前人間だったのか?」
……
「は?もしかして気付いてなかったの!?」
「え、いやまあ」
「おいおいおい、ショックだよそれはぁ!君さあ、明らかこのナリから分かるだろ!」
「いやなんか、化け物が人間臭いことしてるなあとは…」
マジかよ…そんなか?俺そんな風に見られてたの?いやいや、俺何処からどう見ても人間でしょ。ちょっとショック…
「はぁ~……まあ良いや。もう人間でも無いし」
「まあ、生物ですら無いな」
「オイ」
「ククッ、そう怒んなよ」
「…ったく、悪ガキめ…」
結局その日の食事代は桁が二つぐらい多かった。高けぇところでバカスカ食いやがって…俺のバイト代も消し飛んだし……辛い。
◆◆◆
彼との日常は楽しかった。縛りとしても、信念としても絆されてしまう程に。だから一瞬だけは、彼との別れを忘れられた。
しかしどうしてもその日は来る。
それは、生憎の曇天。風が強く吹く日の出来事だった。
「甚爾クン」
「…ああ、おっさんか」
19xx年xx月xx日
禪院甚爾は禪院家を出ようとしていた。
辺りには禪院家の面々が倒れ伏している。躯倶留隊、灯、炳、雑兵がどれだけ群がろうが彼を止めることは叶わなかった。ある者は血反吐を吐き、ある者はあまりの衝撃に意識を飛ばしている。しかし、誰一人として命を失っていなかった。
「行くのかい?」
「そうだな」
「まぁ…いつか、こういう日が来るとは思ってたよ。当たり前の帰結だ」
彼と出会ってからかれこれ十年弱。こうなるのは最初から分かっていた。煩わしい苦しみから脱却出来るなら、誰だって彼と同じ選択をしただろう。
「へぇ、意外だな」
「何が?」
「アンタ、こういう荒事には反対だろ」
「これは、別に善いことでも悪いことでもない。当たり前の摂理で、気にすることでもないさ」
争いとは、痛ましい現象だ。人同士の内紛などより無益。しかし生存闘争は自然な行動でもある。生きる為に争うことは何も間違っていない。悲しいことだが、仕方ないこと。気にしてもどうしようもない。
「フッ、そーかよ」
「ああ、そうだろう」
風が吹いている。少し野暮ったい彼の髪が靡いて、その表情がよく見える。彼はもう、未来を向いていた。憎たらしいその顔で、先にある景色を見ていた。
「…」
「…」
俺はただ、彼を見つめていた。彼も分かっている筈だ。もう、俺が教えられることは無い。この家を出てしまえば、いよいよ彼と俺の縁は潰える。
「なあ甚爾君」
「あ?」
「…君に、呪いの言葉を吐いてもいいかい?」
「なんだ、言えよ」
言うべきじゃない。縛りという立場でそれは駄目だ。だが、彼との時間は確かに楽しかった。だから
「君は猿じゃない。人間だ。甚爾君」
「ハッ…そりゃ良いな…」
未だ、風は吹いている。彼の吐き捨てたような言葉が、風に呑まれて崩れ散る。
「世界は広い。色々見てきな」
「言われなくても─」
友人、だったのだと思う。下らないことで笑い合えたかけ替えの無い悪友。殴り合いも化かし合いも、面白くて可笑しくて仕方なかったけど、それでも、これで終わりだ。
「じゃあね」
「おう」
曇り空を突き抜けて、彼の往く方に日が差す。不敵な笑みを浮かべた彼は、その足で自身の道を往く。何者でもないその男の名は甚爾。天与の暴君だ。
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