俺を助けたのは金髪ドリル!? 俺の命の恩人は誰だ!? 作:パスカルDX
第一話「天から落ちてきた俺を救ったのは金髪ドリル」
視界いっぱいに青空が広がっていた。
――いや、違う。
広がっているのではない。
俺が、落ちている。
「うわあああああああああっ!!」
身体が宙を舞う。
風が耳元で悲鳴のような音を立て、服を激しくはためかせる。
訳が分からない。
さっきまで学校帰りだったはずだ。
信号を渡って、コンビニで肉まんでも買おうかと考えていた。
それだけだった。
なのに次の瞬間には空の上。
地面がどんどん近づいてくる。
「ちょっ……待て待て待てぇぇぇぇ!」
叫んだところで止まるはずもない。
眼下には深い山。
木々が針山のように見える。
(死ぬ……)
そう思った瞬間だった。
眩い光が視界を包み込む。
金色。
まるで陽光そのものが形を持ったような輝き。
その中で、一瞬だけ誰かの姿が見えた。
長い金髪。
くるくると巻かれた特徴的な髪。
小柄な少女だった。
「え……?」
何かを言われた気がする。
けれど風の音で聞こえない。
次の瞬間、俺の意識は暗闇へ沈んでいった。
◇
温かい。
身体中が痛いはずなのに、不思議と温もりだけを感じる。
「……う……」
瞼を開けようとする。
ぼやけた視界。
薬草の香り。
木造の天井。
「目を覚ましたみたいっす!」
元気いっぱいの女の子の声が聞こえた。
「本当ですか!」
今度は柔らかい声。
さらに落ち着いた女性の声も続く。
「無事で何よりです。」
俺はゆっくり身体を起こそうとした。
「いててて……」
「まだ動いちゃ駄目っす!」
慌てて肩を押さえられる。
目の前には女の子がいた。
金色の髪。
それも普通ではない。
左右で大きく巻かれた見事な縦ロール。
(ドリル……?)
思わずそんな言葉が浮かぶ。
「大丈夫っすか?」
「あ……ああ。」
ようやく焦点が合う。
少女は人懐っこい笑顔を浮かべていた。
「ここは?」
「山のふもとの屋敷っす!」
「俺は……」
そこまで言って頭が痛む。
ズキリ、と鈍い痛み。
「うっ……!」
「無理しないでください。」
今度は別の少女が近付いてくる。
その子も金髪。
しかも同じように美しいドリルヘア。
(また金髪ドリル!?)
優しそうな微笑みを浮かべ、俺に水を差し出してくれる。
「ありがとうございます……。」
「どういたしまして。」
その横では、少し背の低い少女が腕を組んで俺を見下ろしていた。
その少女も。
やっぱり金髪ドリル。
(三人!?)
思わず二度見する。
夢じゃないよな。
こんな偶然あるか?
すると最後に、部屋の入口から一人の少女が姿を現した。
金色の髪。
堂々とした雰囲気。
そして当然のように。
ドリル。
(四人目ぇぇぇ!?)
頭の中で思わず叫ぶ。
何なんだこの集団。
流行ってるのか?
この世界では金髪ドリルが正装なのか?
小柄な少女は俺を見ると、小さく息を吐いた。
「死んでいなかったようね。」
「え?」
「運が良かったわ。」
それだけ言って部屋の隅へ。
どこか偉そうだ。
でも妙な威厳がある。
俺は四人を見回した。
全員美少女。
全員金髪。
全員ドリル。
(待て……。)
頭の奥で何かが引っ掛かる。
金髪。
ドリル。
そうだ。
俺は落ちる直前――。
「そうだ!」
勢いよく立ち上がる。
「いてっ!」
また激痛。
「だから無理っす!」
少女が慌てて支えてくれる。
「思い出したんだ!」
「何をです?」
優しそうな少女が尋ねる。
「俺……空から落ちたんだ。」
「……。」
四人が顔を見合わせる。
「その時!」
俺は拳を握った。
「助けてくれた女の子がいた!」
一瞬だけ。
部屋の空気が止まる。
「金髪で!」
四人が黙る。
「ドリルの髪型で!」
さらに沈黙。
「だから……。」
俺は四人を順番に見た。
「助けてくれたのは……誰なんだ?」
誰も答えない。
数秒の沈黙。
やがて元気な少女が笑った。
「気のせいじゃないっす?」
「え?」
「落ちた衝撃で夢でも見たんすよ!」
「でも……。」
絶対に見た。
あれは夢じゃない。
あの温もりも。
あの金色の光も。
忘れるはずがない。
すると、小柄な少女が静かに口を開く。
「誰であれ、生きているのだから問題ないでしょう。」
「……。」
「恩人がいるなら、いつか会えるわ。」
その言葉は不思議と胸に響いた。
俺は静かに頷く。
「そうだな。」
必ず探そう。
俺の命を救ってくれた人を。
そして必ず恩返しをする。
その時、一番奥で静かに立っていた金髪ドリルの少女が、小さく微笑んだ。
誰にも気づかれないほど、ほんのわずかに。
翌朝。
小鳥のさえずりで、俺はゆっくりと目を覚ました。
木造の天井。窓から差し込む柔らかな朝日。どこか懐かしいようで、それでいて見たこともない景色だった。
昨日の出来事は夢ではなかったらしい。
身体を起こしてみると、まだあちこちが痛むものの、昨日よりはずっと楽になっている。
「……生きてる。」
あれほど高い場所から落ちたというのに、骨の一本も折れていない。
奇跡と言っていい。
いや――。
「やっぱり、あの子が助けてくれたんだ。」
頭に浮かぶのは、意識を失う寸前に見た金色の髪。
くるくると巻かれた、美しい金髪のドリル。
顔までは思い出せない。
だが、その姿だけは不思議なくらい鮮明だった。
「お、起きたっすね!」
勢いよく障子が開き、昨日の元気な少女が飛び込んできた。
今日も眩しいほどの金髪ドリルだ。
「身体はどうっすか?」
「だいぶ良くなったよ。」
「それなら安心っす!」
満面の笑み。
ころころと表情が変わる、本当に元気な子だ。
「朝ご飯っす! 皆で食べるっすよ!」
「ありがとう。」
少女に案内され、屋敷の広間へ向かう。
広間には昨日会った三人も揃っていた。
小柄で堂々とした少女。
優しい雰囲気をまとった少女。
そして、上品な立ち居振る舞いをする少女。
……もちろん全員金髪ドリルである。
(やっぱり見慣れないな……。)
俺が席に着くと、小柄な少女が口を開いた。
「身体の具合は?」
「おかげさまで。」
「そう。」
それだけ言って食事を始める。
無駄のない所作。
年齢は俺よりずっと下に見えるのに、不思議と人を従わせるような威圧感があった。
「いっぱい食べてください。」
優しい少女が椀を差し出す。
「ありがとうございます。」
「遠慮しなくていいですよ。」
どこか母性的な雰囲気さえ感じる。
一方で元気な少女は、
「今日は鍛錬日和っす!」
と朝から元気いっぱい。
「怪我人の前で鍛錬の話はどうなの。」
小柄な少女が呆れたように言う。
「えへへ……。」
頭をかく少女。
見ているだけで笑みがこぼれる。
その時。
「おかわりですわ。」
最後の少女が上品な口調で茶碗を差し出した。
仕草一つ一つがどこかお嬢様らしい。
人形のように整った顔立ち。
しかし、その瞳は妙に鋭い。
俺を値踏みするようでもあり、観察しているようでもあった。
「……。」
ふと目が合う。
すると少女は何事もなかったように視線を逸らした。
(あれ……?)
どこかで見たような気がする。
だが思い出せない。
食事を終えたあと、俺は屋敷の外へ出た。
澄んだ空気。
青々とした山々。
遠くには川が流れている。
「綺麗だな……。」
思わず息を呑む。
現代では見られない自然だった。
その景色を眺めていると、背後から声が聞こえた。
「散歩ですの?」
振り返ると、お嬢様らしい少女が立っていた。
「ええ。少し歩こうかと。」
「無理は禁物ですわ。」
「はい。」
二人で並んで歩く。
しばらく沈黙が続いた。
やがて俺は思い切って尋ねる。
「あの……。」
「何ですの?」
「俺を助けてくれた人って、本当に知らないんですか?」
一瞬だけ。
少女の足が止まる。
「……。」
しかし次の瞬間には笑みを浮かべた。
「さあ、誰でしょう。」
「え?」
「山では色々なことがありますもの。」
それだけ言って歩き出す。
どこか誤魔化されたような気がした。
(やっぱり何か知ってる……。)
そう思った時だった。
「おーい!」
元気な少女が走ってくる。
「探したっす!」
「どうしたの?」
「皆が呼んでるっす!」
「何かあった?」
「偉い人が帰ってきたっす!」
偉い人?
首を傾げながら屋敷へ戻る。
広間では、小柄な少女が椅子に腰掛けていた。
周囲の空気が、昨日とはまるで違う。
屋敷の者たちは皆、自然とその少女を中心に動いている。
ただの少女ではない。
それだけはすぐに分かった。
俺が広間へ入ると、少女は静かにこちらを見た。
「身体も動くようね。」
「はい。」
「なら聞きましょう。」
静かな声。
それなのに不思議と逆らえない。
「あなた、名前は?」
そういえば、まだ名乗っていなかった。
「北郷一刀です。」
「ほう。」
少女は興味深そうに目を細める。
「聞いたことのない姓ね。」
「えっと……遠い国の出身なので。」
異世界から来ました、とはさすがに言えない。
案の定、少女は深く追及しなかった。
「これからどうするつもり?」
その問いに、俺は迷わず答えた。
「俺は――命の恩人を探します。」
広間が静まり返る。
「恩返しをしたいんです。」
俺は四人を順番に見つめた。
「俺を助けてくれた金髪ドリルの女の子を、必ず見つけます。」
その言葉を聞いた瞬間。
四人の少女たちは、それぞれ違う表情を浮かべた。
驚く者。
苦笑する者。
呆れる者。
そして――。
ほんの一瞬だけ、嬉しそうに目を細めた者がいた。
しかし、その小さな変化に、一刀はまだ気付いていなかった。
広間を包んでいた静寂は、しばらく誰も口を開かなかったことで、より一層重たいものになっていた。
俺は四人の少女を見回した。
全員が金色の髪。
全員が特徴的な縦ロール。
俺の記憶に残る恩人と、見た目だけなら誰もが一致している。
だが、誰一人として「私が助けた」とは言わない。
小柄な少女が腕を組み、小さく息を吐く。
「命を救われた恩を返したい……。面白い考えね。」
「笑われるかもしれません。でも、俺は本気です。」
俺は真っ直ぐ少女を見つめ返した。
「もしあの人がいなかったら、俺は今ここにいません。」
「……。」
「だから恩返しをしたいんです。」
その言葉に、少女はしばらく黙り込む。
やがて口元に、ほんの僅かな笑みを浮かべた。
「そう。」
それだけだった。
だが、その短い一言には、どこか試すような響きがあった。
すると、元気いっぱいの少女が勢いよく立ち上がる。
「だったら、まずは身体を鍛えるっす!」
「え?」
「恩返しするにも力が必要っす! 弱いままじゃ守れるものも守れないっす!」
言われてみれば、その通りだ。
俺は今、丸腰で何の力もない。
この世界がどんな場所なのかも分からない。
「よーし! さっそく修行っす!」
「ちょ、ちょっと待って!」
俺の腕を掴み、そのまま庭へ引っ張っていく。
「無茶は駄目です。」
優しい少女が慌てて止める。
「まだ怪我人なんですから。」
「そうだったっす!」
頭をぽんと叩く元気娘。
見ていた皆が思わず苦笑する。
俺もつられて笑ってしまった。
こんなふうに笑ったのは、いつ以来だろう。
◇
昼過ぎ。
身体を動かせる程度まで回復した俺は、屋敷の庭を散歩していた。
広い庭園には手入れの行き届いた木々が並び、小川のせせらぎが耳に心地よい。
遠くでは兵士らしき人たちが訓練をしている。
剣を振るう音。
槍を打ち込む音。
ここが平和なだけの場所ではないことを感じさせた。
「やっぱり、この世界は……。」
三国志なのだろうか。
そんな考えが頭をよぎる。
だが確信は持てない。
その時だった。
「何を見ていますの?」
声を掛けられ振り返る。
そこには、お嬢様らしい少女が立っていた。
「兵士さんたちです。」
「ふふ。」
少女は小さく笑う。
「興味がありますの?」
「少し。」
「でしたら、いつか見学させてもらうとよろしいですわ。」
「ありがとうございます。」
そう答えると、少女は俺の顔をじっと見つめた。
「……どうしました?」
「いえ。」
微笑む。
「あなた、本当に変わった殿方ですの。」
「そうですか?」
「普通でしたら、自分の置かれた状況を心配しますでしょう?」
「確かに。」
「ですが、あなたは恩人のことばかり。」
「それしか覚えてないんです。」
少女の瞳が、一瞬だけ揺れた。
「俺、顔も名前も思い出せない。でも……。」
胸に手を当てる。
「あの人が命を救ってくれたことだけは、絶対に忘れられない。」
「……。」
少女は何も言わなかった。
ただ、小さく目を伏せるだけだった。
◇
夕暮れ。
空が茜色に染まり始めた頃。
屋敷を出発する支度が始まっていた。
「出発?」
俺が尋ねると、小柄な少女が答える。
「ここは長居する場所ではないわ。」
「じゃあ皆さんは……。」
「私たちにはやるべきことがある。」
その言葉には強い意志が宿っていた。
どこかの名家なのだろうか。
いや、それ以上の何かを感じる。
「あなたはどうする?」
突然の問い。
俺は迷わなかった。
「行きます。」
「……。」
「恩人を探すなら、このまま一人でいるより皆さんといた方が見つかる気がするんです。」
元気な少女が笑う。
「歓迎っす!」
優しい少女も頷いた。
「一緒に行きましょう。」
お嬢様らしい少女は扇子で口元を隠しながら、小さく笑う。
「面白い方ですこと。」
最後に、小柄な少女が立ち上がった。
「いいでしょう。」
その一言で決まった。
「しばらく私たちのもとへ来なさい。」
「ありがとうございます!」
俺は深々と頭を下げる。
ようやく、この世界で進むべき道が見えた気がした。
恩人を探すため。
恩返しをするため。
俺はこの四人と共に歩いていく。
まだ知らない。
彼女たちが乱世を駆ける大勢力「魏」の中心人物であることも。
そして――。
俺の命を救った少女が、この四人の中にいることも。
その秘密は、まだ誰にも明かされないまま。
夕日に照らされた四つの金髪ドリルが風に揺れ、俺はその後ろ姿を追いかけるように歩き出した。
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