ヒンメルにだけ弟子がいないのはちょっと悲しいよね   作:ザワザワする人

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人か魔物か

北側諸国に入ってから、フリーレン達は妙な噂を聞くようになった。

 

街道沿いの村で。

宿場町の酒場で。

荷馬車の御者から。

 

最近、この辺りで魔物を倒して回っている剣士がいる。

 

背丈は小さい。子供のようにも見える。けれど剣の腕は確かで、魔物の群れを一人で斬り伏せるという。

 

礼を言われると困った顔をする。

報酬を渡そうとすると、受け取っていいのか分からないように黙る。

名前を聞かれても、少し迷ってからしか答えない。

 

そして、いつの間にかいなくなる。

 

「なんか、すごい奴がいるみたいだな」

 

街道を歩きながら、シュタルクが言った。

 

北側諸国の空気は冷たい。

けれど、まだ雪は降っていなかった。道端の草は乾き、遠くの山肌にだけ薄く白いものが見える。

 

フェルンは少し考えるように目を伏せた。

 

「不自然です。それほど腕の立つ剣士なら、もっと名前が知られていてもいいはずです」

 

「目立つのが嫌いなんじゃねえの?」

 

「それにしては、助けた村が多すぎます」

 

フリーレンは黙っていた。

 

噂だけなら、珍しい話ではない。

旅の剣士が魔物を倒し、礼を受け取らず去ることもある。

 

けれど、どこか引っかかる。

 

噂に出てくる剣士は、魔物を倒している。

村人を助け、荷馬車を守り、逃げ遅れた子供を連れ戻したこともあるらしい。

 

それだけ聞けば、ただの善良な旅人だ。

 

でも、助けられた人間たちは、決まって最後に同じようなことを言った。

 

礼を言うと、困った顔をする。

怪我人を心配する言葉はかけるのに、助かったことを喜ぶ様子はない。

報酬を断る時も、欲がないというより、受け取る理由が分からないように見える。

 

そして何より、魔物を倒した後の剣士は、しばらくその死骸を見ているという。

 

怖がっているわけでも、勝ち誇っているわけでもない。

ただ、確かめているように。

 

自分が今、何をしたのか。

それが正しいことだったのか。

誰かに教わった答えと、目の前の結果を照らし合わせているように。

 

「フリーレン様?」

 

フェルンが振り返った。

 

「何か気になりますか」

 

フリーレンは少しだけ目を細めた。

 

「うん。変だね」

 

「噂の剣士がですか」

 

シュタルクが眉を寄せる。

 

「そうか?ただの良いやつだと思うけどな」

 

フリーレンは前を向いた。

 

「会えば分かるかもね」

 

しばらく進むと、街道の先に壊れた荷車が見えた。

 

車輪が外れ、荷物が道端に散らばっている。周囲には魔物の死骸がいくつも転がっていた。何も残さず、黒く塵となり消えていく。

 

商人らしき男が、荷車のそばで腰を抜かしていた。

 

その隣に、ひとりの少年が立っている。

 

背丈はフリーレンとそう変わらない。

少し大きめの旅装。腰には剣。頬には浅い傷があり、袖口には恐らく拭った自分の血がついていた。

 

見た目だけなら、幼い旅人にしか見えない。

 

商人が震える声で言う。

 

「助かったよ。本当に、ありがとう。あんたが来てくれなかったら、俺は……」

 

少年は少し困ったように商人を見た。

 

「あ……」

 

返事が遅れた。

 

言葉を探すように、目が少し泳ぐ。

 

「怪我が、少なくてよかったです」

 

商人は泣きそうな顔で頷いた。

 

「礼をしたい。金なら少しはある」

 

少年は慌てたように首を振る。

 

「いえ。えっと……たぶん、いりません」

 

「たぶん?」

 

少年は少しだけ口を閉じた。

 

それから、言い直す。

 

「いりません」

 

断り方も、どこかぎこちない。

 

シュタルクが小声で言った。

 

「あいつかな。噂の剣士」

 

フェルンは少年を見る。

 

「魔力があります。ですが、異常なものではありません。かなり上手く抑えていますね」

 

「強そうか?」

 

「少なくとも、ただの旅人ではありません」

 

少年はこちらに気づいた。

 

まずフェルンを見る。

次にシュタルクを見る。

 

最後に、フリーレンを見る。

 

その瞬間、少年の表情がほんの少し変わった。

 

驚きではない。

喜びでもない。

 

少年はゆっくりと頭を下げる。

 

「あなたが、フリーレン様ですか」

 

フリーレンは答えなかった。

 

杖を構えた。

 

フェルンが息を呑む。

 

「フリーレン様?」

 

魔法が走った。

 

街道の土が爆ぜる。砕けた石と砂埃が舞い、商人が悲鳴を上げて転がるように後ずさった。

 

シュタルクが叫ぶ。

 

「おい、フリーレン!? 何やってんだよ!」

 

少年は、攻撃の範囲から外れていた。

 

大きく跳んだわけではない。

ほんの一歩、横にずれただけだった。

 

けれどその一歩は、あまりにも正確だった。

 

フリーレンは冷たい目で少年を見る。

 

 

 

「上手いね。人間のふり」

 

 

 

空気が凍った。

 

フェルンが即座に杖を構える。

シュタルクも斧に手をかけたが、まだ状況を飲み込めていない。

 

「人間のふりって……」

 

少年は否定しなかった。

 

唇を小さく結ぶ。

それから、少し困ったように言った。

 

「……分かるんですね」

 

「分かるよ」

 

フリーレンの魔力が、街道に静かに広がる。

 

「魔族だから」

 

フェルンの目が鋭くなる。

 

「魔族……?」

 

シュタルクは少年を見る。

 

「嘘だろ。こいつ、今人を助けてたんだぞ」

 

「だから何?」

 

フリーレンは淡々としていた。

 

「魔族は言葉で人を騙す。行動でも騙す。人間にそう見えるように振る舞うんだよ」

 

少年は何も言い返さなかった。

 

「ま、魔族……!!??」

 

商人の叫び声が、辺りに響いた。

 

少年は、商人の方へ視線を向ける。

そして、自分の立ち位置を少し変えた。

 

商人を背にしない位置へ。

フリーレンの攻撃に巻き込まない位置へ。

 

フリーレンの目が細まる。

 

「人を盾にしないんだ」

 

少年は少しだけ眉を下げた。

 

「そんなことをしたら、叱られます」

 

「誰に?」

 

少年は迷った。

 

言っていいのか分からないというように、一度だけ口を閉じる。

 

それでも答えた。

 

「ヒンメル師匠に」

 

風が止まったようだった。

 

シュタルクが固まる。

フェルンの杖先が、少年の胸元へさらに正確に向く。

 

フリーレンの殺意は消えない。

 

むしろ、濃くなった。

 

「魔族が、ヒンメルの名前を使うんだ」

 

少年の肩が小さく震えた。

 

「使っては、駄目でしたか」

 

「言葉遊びをするんだね。魔族らしい」

 

少年は慌てて首を振った。

 

「違います」

 

けれど、すぐに言葉が追いつかなくなる。

 

「違う、つもりです。……うまく言えません」

 

フリーレンは二発目を撃った。

 

手加減はない。

 

子供のように見えるから。

怯えているようだから。

人を助けていたから。

 

そんな理由で止まる相手ではない。

 

フリーレンにとって、目の前にいるのは魔族だった。

 

地面が裂ける。

少年は剣を抜かずに避けた。魔法の余波が頬をかすめ、白い肌に赤い線を引く。

 

シュタルクが歯を食いしばる。

 

「避けるだけかよ……!」

 

フェルンは冷たく問う。

 

「反撃しないのですか」

 

少年は少し遅れて答えた。

 

「ここで剣を抜いたら、商人さんが怖がります」

 

「すでに十分怖がっています」

 

少年は商人の方を見た。

 

声は小さかった。

 

「……ごめんなさい」

 

フェルンの眉がわずかに寄る。

 

「謝れば済むと思っているのですか」

 

少年は、すぐには返せなかった。

 

少しだけ視線を落とす。

 

「済むとは、思っていません。でも、謝らないよりはいいと教わりました」

 

「誰にですか」

 

少年はまた口を閉じた。

 

フリーレンの杖先が、静かに光る。

 

少年は小さな声で言う。

 

「ヒンメル師匠に」

 

「またヒンメルの名前を出す」

 

フリーレンの声は低かった。

 

少年はびくりとした。

けれど、逃げなかった。

 

フリーレンは三発目を放った。

 

一撃目より速く、二撃目より鋭い。

そして、その攻撃魔法は黒い。

小柄な体を的確に捉え、丸ごと覆い隠す、殺すための魔法だった。

 

少年は後ろへ下がらない。

 

後ろには、腰を抜かした商人がいる。

横へ大きく動けば、壊れた荷車の陰にいる馬を巻き込む。

 

だから少年は、剣を抜かなかった。

 

両手を前へ出す。

 

薄い六角形の光の連なりが、彼の前に重なった。

 

フェルンが目を見開く。

 

「防御魔法……?」

 

フリーレンの攻撃魔法が障壁にぶつかる。

 

乾いた衝撃音が街道に響く。

防御魔法は一瞬で軋み、ひび割れ、砕ける。

 

完全には防げない。

余波が少年の肩を裂き、血が地面に落ちた。

 

それでも、直撃は避けた。

 

少年は膝をつきかけて、どうにか踏みとどまる。

息が乱れていた。痛みに顔を歪めている。

 

けれど、剣は抜いていない。

 

フェルンは困惑を隠せないまま言った。

 

「今のは、人類の防御魔法です」

 

シュタルクが眉を寄せる。

 

「魔族も使うんじゃないのか?」

 

「普通は使いません。あれは、人間が魔族の魔法に対抗するために磨いてきたものです」

 

フリーレンは少年を見ていた。

 

冷たい目のまま。

 

「君、変だね」

 

少年は肩を押さえながら顔を上げる。

 

「魔族なのに、人間の防御魔法を使うんだ」

 

少年は息を整える。

 

「ヒンメル師匠が、覚えなさいって」

 

「ヒンメルは魔法使いじゃないよ」

 

「知り合いに頼んでくれました。剣だけだと、守れない時があるからって」

 

フリーレンの杖先に、また魔力が集まる。

 

「それで私が止まると思った?」

 

少年は首を振った。

 

言葉は出てこなかった。

 

「じゃあ、次で終わりだね」

 

四発目。

 

今度は避けられない。

 

少年にも、それは分かった。

 

唇が震える。

けれど命乞いは出てこない。

 

代わりに、必死で何かを思い出すように目を伏せた。

 

「ヒンメル師匠が……」

 

フリーレンの目が冷たくなる。

 

「またその名前を使うんだ」

 

少年は首を振る。

 

「違います。えっと……違う、つもりです」

 

息を詰める。

 

「フリーレン様が、本気で怒って話を聞いてくれない時は……」

 

「何」

 

「花の話をしなさいって」

 

フリーレンの杖先の光が、ほんの僅かに揺れた。

 

フェルンが瞬きする。

シュタルクもぽかんとした。

 

少年は、言っていいのか分からないまま続ける。

 

「蒼月草……ですよね。師匠も好きでした」

 

沈黙。

 

街道に、風だけが通った。

 

フリーレンは無表情のまま少年を見ている。

 

けれど、四発目は撃たれなかった。

 

フリーレンはゆっくりと目を細めた。

 

「ヒンメル」

 

その声には、怒りとも呆れともつかない響きがあった。

 

「本当に余計なことばかり教えてるね」

 

少年は困ったように俯いた。

 

言いかけて、口を閉じる。

 

謝ろうとしたのだと、シュタルクには分かった。

 

フリーレンは杖を下ろさない。

 

「でも、少しだけ分かった」

 

少年が顔を上げる。

 

「何が、ですか」

 

「君がヒンメルと会っていたのは、たぶん本当だってこと」

 

フェルンの杖先はまだ少年を狙っている。

シュタルクも斧から手を離さない。

 

フリーレンも、まだ殺意を消していない。

 

ただ、次の魔法だけが止まっていた。

 

「勘違いしないで。信用したわけじゃない」

 

少年は小さく頷いた。

 

「君が魔族なのも変わらない」

 

また、頷く。

 

フリーレンは少し間を置いて尋ねた。

 

「名前は」

 

少年は少し息を整えてから答えた。

 

「ルーエ、です」

 

「優しい名前だね。魔族にしては」

 

「母さんが、そう呼びました」

 

フリーレンは目を細めた。

 

「ヒンメルとは、いつ別れたの」

 

ルーエは少し考える。

 

「……何年か前です」

 

「何年?」

 

「分かりません。季節は、何度か変わりました」

 

フェルンがわずかに眉を動かした。

少なくとも、正常な人間の時間感覚ではない。

 

「その間、何をしていたのですか」

 

フェルンが問う。

 

ルーエは、少しだけ答えに迷った。

 

「人を助けていました」

 

シュタルクが眉を寄せる。

 

「ずっと?」

 

ルーエは頷く。

 

「何年もか?」

 

「たぶん」

 

「たぶんって……」

 

ルーエは傷を押さえる手に、少しだけ力を込めた。

 

「ヒンメル師匠が、そうしなさいって言いました」

 

フリーレンは黙って続きを待つ。

 

ルーエは肩の傷を押さえたまま、ぽつりぽつりと続けた。

 

「師匠は、僕に言いました。自分が教えたことが、本当に僕のものになったのか、確かめておいでって」

 

「それで?」

 

「困っている人を助けなさいって。理由は、後で考えればいいって」

 

ルーエは少し目を伏せる。

 

「だから、北側諸国を歩いていました。魔物がいたら倒して、困っている人がいたら助けて、それから次へ行きました」

 

「町には行かなかったのですか」

 

フェルンの声はまだ冷たい。

 

ルーエは困ったように首を振った。

 

「長くいると、変に思われます」

 

「変に?」

 

「怪我の治り方とか。あと、僕は……うまく話せないので」

 

ルーエは商人の方をちらりと見る。

 

「助けた人に、何を返せばいいのか分からなくなります。だから、助けたら、すぐ次へ行きました」

 

シュタルクは何も言わなかった。

 

フェルンも杖を向けたまま、黙っている。

 

ルーエは続けた。

 

「でも、だんだん分からなくなりました」

 

「何が」

 

フリーレンが問う。

 

「僕が、人を助けているのか。ヒンメル師匠に言われたことをしているだけなのか」

 

ルーエの声は小さい。

 

「それで、師匠が言ったことを思い出しました」

 

「何を?」

 

「自分が何者か分からなくなったら、勇者の剣のところへ行けって」

 

フリーレンの目が少しだけ細くなった。

 

「勇者の剣」

 

ルーエは頷く。

 

「だから、勇者の剣の里へ行く途中でした。でも、途中で困っている人がいました。魔物もいました。だから、倒しました」

 

シュタルクが小さく呟く。

 

「途中って数じゃねえだろ……」

 

ルーエは困ったように首を傾げる。

 

「多かったです」

 

「そういう意味じゃねえよ」

 

フリーレンはルーエを見る。

 

「ヒンメルに会いたいの?」

 

ルーエはすぐに頷いた。

 

迷いのない動きだった。

 

「ヒンメル師匠に、返していないものがあります」

 

シュタルクが少しだけ表情を変える。

 

フェルンはフリーレンを見る。

 

フリーレンは黙っていた。

 

ルーエは続ける。

 

「フリーレン様に会えば、師匠に会えるかもしれないと思いました」

 

「……そう」

 

フリーレンの声は、いつもと同じだった。

 

けれど、ほんの少しだけ間があった。

 

ルーエは気づかない。

 

「師匠は、遠いところにいるんですか」

 

フリーレンは答える。

 

「うん。遠いね」

 

「どのくらいですか」

 

「かなり」

 

「そうですか」

 

ルーエはそれを、そのまま受け取った。

 

「僕、歩くのは得意です」

 

シュタルクが何か言いかけた。

 

けれど、フリーレンが一瞬だけ視線を向ける。

 

シュタルクは口を閉じた。

 

フリーレンはルーエへ向き直る。

 

「ルーエ」

 

ルーエは顔を上げる。

 

「私は君を信用しない」

 

ルーエは、少し遅れて頷いた。

 

「人を食べようとしたら殺す。人を騙そうとしても殺す。ヒンメルの名前を使って私たちに近づいたと分かっても殺す」

 

ルーエは何も言わなかった。

 

ただ、フリーレンの杖先を見ていた。

 

フリーレンは続ける。

 

「ヒンメルがどうして君を殺さなかったのか、少し気になるだけ。見極めるまでは保留だからね」

 

ルーエは一瞬、何を言われたのか分からないように瞬いた。

 

「……行っても、いいんですか」

 

「私に聞かないで。勝手にすれば」

 

ルーエは小さく頷いた。

 

フェルンは杖を下ろさない。

 

「私はあなたを警戒します」

 

ルーエはフェルンを見る。

 

すぐに返事はしなかった。

 

フェルンの杖先を見る。

自分の傷を見る。

それから、静かに言う。

 

「それでいいと思います」

 

「あなたに許可を求めていません」

 

ルーエは口を開きかけて、閉じた。

 

謝ろうとしたのだろう。

 

シュタルクは頭を掻いた。

 

「なんか、調子狂うな……」

 

ルーエは少し不安そうにシュタルクを見る。

 

「調子を、悪くしましたか」

 

「そういう意味じゃねえよ」

 

ルーエはまた口を開きかけた。

 

シュタルクが先に言う。

 

「謝んなよ」

 

ルーエは黙った。

 

シュタルクは小さく息を吐く。

 

「……そういうとこだよ」

 

フリーレンはもう歩き出していた。

 

「行くよ」

 

フェルンは警戒を解かないまま続く。

シュタルクは商人に近くの村までの道を教えてから、慌てて後を追った。

 

ルーエは少し遅れて歩き出す。

 

その後ろにつこうとした時、フリーレンが振り返らずに言った。

 

「そこじゃない」

 

ルーエの足が止まる。

 

「シュタルクの隣」

 

シュタルクが目を丸くする。

 

「俺?」

 

「何かあったら止めてね。シュタルク」

 

「無茶言うなよ……」

 

フェルンは静かに頷いた。

 

「妥当です。近接戦闘なら、シュタルク様の方が即応できます」

 

「フェルンまで……」

 

シュタルクは嫌そうな顔をしながらも、斧の柄を握り直した。

 

「じゃあ、隣来いよ」

 

ルーエは少し戸惑った。

 

けれど、言われた通りにシュタルクの隣へ移動する。

 

並んでみると、ルーエの背はやはり低い。

シュタルクの肩よりずっと下に頭がある。けれど腰の剣と足運びには、子供らしさとは別の鋭さがあった。

 

シュタルクは横目で見た。

 

「急に斬りかかってきたりしないよな」

 

ルーエは少し考えた。

 

「しない、と思います」

 

「そこは言い切れよ」

 

ルーエはまた少し考える。

 

「言い切った方がよかったですか」

 

「いや、そういう問題じゃなくて……」

 

シュタルクは困ったように頭を掻いた。

 

その後ろを、フェルンとフリーレンが歩く。

 

フェルンの杖は下りていない。

視線は、ルーエの背中から外れない。

 

「シュタルク様」

 

「何だよ」

 

「危険だと判断したら、すぐに離れてください」

 

「隣に行かせたのお前らだろ……」

 

「それとこれとは別です」

 

「理不尽だなあ」

 

ルーエはその会話を聞いて、少し不安そうにシュタルクを見上げた。

 

「離れた方がいいですか」

 

「いや、今は隣にいろ。俺が怒られる」

 

ルーエはしばらく考えた。

 

「怒られるのは、嫌ですか」

 

「嫌に決まってるだろ」

 

「そうですか」

 

少し間を置いて、ルーエは言った。

 

「僕も、ヒンメル師匠に悲しそうな顔をされるのは嫌でした」

 

シュタルクは返す言葉を探して、結局見つけられなかった。

 

後ろで、フリーレンが小さく目を細める。

 

フェルンはそれに気づいたが、何も言わなかった。

 

 

 

 

その日の夕方、一行は小さな町に着いた。

 

北側諸国の入口にある宿場町で、石造りの建物が多く、通りには旅人や商人の姿があった。山へ向かう者たちが荷を整え、帰ってきた者たちが酒場で大きな声を上げている。

 

シュタルクは通りの一角で足を止めた。

 

甘い匂いがした。

 

焼き菓子と、煮詰めた果実と、たっぷりのクリームの匂い。

 

店先の看板には、大きな文字でこう書かれていた。

 

**ジャンボベリースペシャル**

 

シュタルクの目が、少しだけ丸くなる。

 

フェルンが気づいた。

 

「シュタルク様?」

 

「いや……」

 

シュタルクは看板を見上げたまま、曖昧に笑う。

 

「ちょっと、懐かしい名前だなって」

 

フリーレンは首を傾げる。

 

「知ってるの?」

 

「昔、師匠がさ」

 

そこでシュタルクは言葉を切った。

 

照れくさそうに、少しだけ目を逸らす。

 

「いや、別に大した話じゃねえよ」

 

フェルンはじっと見ている。

 

「気になります」

 

「気にしなくていいって」

 

「気になります」

 

「圧がすごいな……」

 

フリーレンは店の看板を見て、いつもの調子で言った。

 

「じゃあ、食べようか。ジャンボベリースペシャル」

 

「軽いな」

 

シュタルクが苦笑する。

 

その隣で、ルーエは看板を見上げていた。

 

「ジャンボ……ベリー……スペシャル」

 

一語ずつ、確認するように読む。

 

シュタルクが振り返る。

 

「美味しそうだろ?」

 

ルーエは少し考えた。

 

「そうですね……」

 

言葉はそこで止まった。

 

美味しそう、という感覚が自分のものなのか。

そう言うべき場面だからそう言ったのか。

 

まだ、分からない。

 

フリーレンは店の扉へ向かいながら言った。

 

「ルーエ」

 

ルーエは顔を上げる。

 

「君も来れば」

 

ルーエは一瞬、戸惑った。

 

「僕も、ですか」

 

「監視対象を外に置いておく方が面倒だから」

 

シュタルクは小さく息を吐く。

 

「言い方なぁ」

 

フェルンはまだルーエを警戒していた。

けれど、店に入る時だけは杖を少し下げた。

 

甘い匂いが、扉の向こうから流れてくる。

 

その匂いに、シュタルクは少しだけ遠い目をした。

 

幼い日の記憶。

アイゼンの大きな背中。

そして、自分には大きすぎた甘い皿。

 

ルーエは、その横顔を不思議そうに見ていた。

 

人間が何かを懐かしむ時の顔を、まだよく知らないまま。




ある程度、好評だったら続いちゃうぞ
アンチは泣いちゃうぞ
ちなみにルーエの存在が原作の価値観というか、原作の在り方を色々ぶち壊すのは作者も分かってます。でも書きたいから書くんだ。
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