デロ甘マザーAI vs 人の可能性を信じたい神 vs またしても何も知らない前世記憶持ち 作:デュアン
ダークライ要素はありません。
──水面から湯気が立っていた。白く柔らかな霧が視界を包み、頬に触れる空気は心地よく暖かい。私は肩までその乳白色の水に浸かる。
軽い。体も、そして心も。思わず大きく息を吐いてしまう程には。
周りには岩が並び、逆さの──
上には青い、青い空が浮かび、白い雲と鳥の群れが頭上を駆けていく。
こんな景色を僕は知らない。こんな匂いも、音も、温もりも。
けれど、どうしてだろう。
初めて見る筈なのに、僕はここを知っている。それだけではない。ここへ来たかった。ずっと、ずっと前から──
「……また、か」
──そこで目が覚める。
僕は見慣れた天井を暫く見つめ、ゆっくりと体を起こす。
カーテンを開けば、そこにはいつもの景色が広がっていた。
巨大な岩盤の裏側に無数の摩天楼がぶら下がっている。上を向けば地面があり、下を向けば小さな太陽と、その先にはうっすらとまた都市が見える。
森は天盤から垂れ下がる様にして生え、鳥は僕達の足元を飛ぶ。煙も湯気も、全て上の字面に向け上っていく。
『シュグラーム』──僕達が暮らす星の名前。
天盤に都市がぶら下がっている訳でもなければ、青空が続いている訳でもない。見下げれば世界の裏側が見える、それが僕にとって当たり前の景色だった。
夢の中の世界は、今日もどこにもありはしない。
──────
───
─
「リヴィスリールさん」
午前の授業が終わり、僕は担任教師に呼び止められた。
教卓の上には四角い光のスクリーンが浮かんでおり、教師とはまた違う、
「将来進路に向けて、確認したい事があります」
教師の言葉に僕は苦笑する。
この話をされるのは、これで三度目だった。
「貴女の将来は現在も演算中です」
「うん」
「ですが、本人の希望は一応記録できます」
教師は淡々と続ける。希望があるなら教えてください、と。
僕は迷うことなく言った。
「宇宙へ行ける仕事がいいな」
その言葉に、彼女の指が止まる。いつも言っているのに、やはり同じ反応をする。
「理由を聞いても?」
「行きたい場所があるから」
「それは……以前も言っていた、"オンセン"ですか?」
僕は頷く。
夢で見たあの場所──国の名も、星の名も知らない。ただ、あの湯溜まりがそんな名前である事だけは何故か知っていた。
教師は困った様な顔をして聞き返す。
「それは、どのような場所なのでしょうか?」
「お湯に入る場所」
「治療施設? それとも研究施設ですか?」
「違う……気持ちよくなるための、場所」
「危ない物ではないでしょうね?」
その言葉に僕はまた笑う。彼女は温泉の事を
だが、仕方がない。何しろこのシュグラームには温泉という概念はない。それどころか、お湯に浸かるという文化すらない。
厚さ200km程度の岩盤によって形成された空洞惑星シュグラーム。その特性上、水は非常に貴重であった。
《リヴィスリール・ディア=モンディスティート──将来演算:不可》
卓上のスクリーンが短く鳴る。これまでの二回と同じ結果。
「マザーですらまだ答えを導けていない様ですね。では、引き続き演算結果をお待ちください」
《こういった事も無い訳ではありません。気を落とさないように》
彼女とマザーがそう言うと、僕は軽く頭を下げて教室を出た。
廊下には昼休みを楽しむ生徒達の声が響いている。その中の誰も、将来には悩んでいない。
当然だ。この星の人間は悩む、という行為自体から解放されたのだから。
シュグラームでは、生まれた時から『マザー』が人生を導いてくれる。
どんな仕事が向いているのか。どこで暮らせば幸福なのか。何を学ぶべきか。今日の夜、何を食べるべきか。右足と左足、どちらを先に出すべきか。
全てを演算してくれる。
それは押し付けではない。人類が最も幸せになれる未来を教えてくれるのだ。
だから、皆安心してそれに従う。その結果、この星は銀河でも有数の豊かで、幸福な文明となった。
──ただ一人、僕だけを除いて。
「終わった?」
振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。
氷の様に淡い水色の美しい長髪に、夢で見た空をはめ込んだ様な蒼い瞳、そして硝子の様に透明な肌……比喩ではない。シュグラーム人はこの宇宙でも珍しいケイ素生命体であり、身体は硝子、血は金属、髪はシリコンで出来ている。
その美しさから、他の星では『硝子細工』なんて呼ばれているらしい。
そんな豆知識は兎も角、僕は彼女と会話を交わす。
「うん」
「まだ決まらない?」
僕が頷くと、彼女は少しだけ考え込む。
「珍しい。マザーがそんなに考えるなんて」
「そうみたい」
少女──レティスは私の幼馴染だ。
感情を表に出すことが少なく、笑った顔も殆ど見たことがない。
それでも、いつも私の隣にいるし、それを邪魔に思ったこともない。
「今日もオンセン? で、却下?」
「却下」
「そう」
それだけ言って歩き始める。
僕はそれを追いかけながら彼女に訊く。
「レティスは興味ない?」
「ある」
「え、意外」
こんなに近くに同士がいたのか。
だが、その思惑はすぐに打ち砕かれる。
「どうしてそんな場所に行きたいのか、に」
「えー……夢で見るから」
「夢は現実じゃない。お湯に浸かる必要もない」
彼女の言葉に僕は一瞬口をつぐむ。
シュグラーム人は老廃物が極端に少ない。無い、といっても過言ではない。だからこそ、水に浸かる文化が生まれなかった。
軽く調べた所、風呂、という文化が他の星にある事は分かった。お湯を溜めてそこに浸かり、一日で出た老廃物を落とすのだ。その行為自体にはあまり興味を惹かれなかった。
風呂ではなく、温泉が良い。その理由は、僕にも分からない。
だた──
「──でも、忘れられないんだ」
レティスは沈黙した。
そして暫く歩いてから、小さく言う。
「私は夢を見ない」
その一言は、僕にとっては少しだけ寂しく思えた。
──────
帰宅途中、僕はいつもの店に立ち寄る。
街はずれにある小さな食堂──ラーム亭。
「こんにちは」
そう言いながら扉を開くと、香ばしい匂いが漂ってくる。
ああ、やっぱりここは良い。
「よく来たな」
奥からエプロン姿の男が顔を出す。
ラーム。この辺りでは少し変わりもので有名な店主だ。
彼はこの小さな食堂を経営しており、シュグラームでは見たことのない料理ばかり出す。材料も調理法も聞いたことがないものばかり。
昔、何故知っているのか訊いてみたことがある。だが彼は「長生きしてるからな」と笑うだけだった。
「今日は何にする?」
「スープ。シュツルンのやつ」
僕が言うと、彼は裏に戻り、数分も経たないうちに戻ってきて目の前に器を置く。
陶器の器に入った乳白色の液体。表面には緑色の細かな石が散らされている。
シュツルン風スープ。シュツルンという星の伝統料理をシュグラーム人が食べられる様にアレンジしたらしい。
そんなスープから白い湯気が立ち上るさまを僕は見つめる。
「好きなのか、湯気」
「うん」
彼の言葉に、僕は思わず頬を緩める。
「夢に出てくる場所も、こんな風に湯気でいっぱいだから」
彼は少しだけ目を細めた。
「その夢、また見たのか」
「うん。毎日見てるよ」
「飽きないのか」
「全然。いただきまーす」
器を両手で包み口に運ぶ。
暖かい──夢の中ほどではないけれど。
「……ねえ」
「なんだ?」
「宇宙には、そんな場所ってあると思う?」
ラームは少し考えてから言った。
「ある」
「本当? なら行ってみたい。どうすれば行ける?」
「それはマザーに訊かないとな」
「毎日訊いてます」
「そうか」
彼は優しく笑う。けれど一瞬だけ、どこか寂しそうにも見えた。
「……夢っていうのはな、叶うから見るものじゃない」
僕は首を傾げる。
「じゃあ、何なの?」
「歩き出す理由になるもの。少なくとも俺は、そう思っている」
その言葉の意味は、僕にはまだよく分からなかった。
──────
シュグラーム首都、ナディクレーン。
天盤にまるで針山の如く構造物がぶら下がるその巨大都市の中央には、中央統合演算塔という塔がひと際大きく垂れ下がる。
その中では、無数の光が脈打っている。この星の全ての情報が集まり、世界中の未来が演算されているのだ。
マザーブレイン。
かつてシュグラーム人が創り上げた母なる脳。
創り上げられて数百年経とうとしている今もなお、彼女は人類を見つめ、庇護し続けている。
そんな彼女の中の一人の少女の情報が更新される。
《対象個体:リヴィスリール・ディア=モンディスティート》
《将来演算:継続中》
《宇宙渡航申請:1623回》
《申請結果:不可》
膨大な演算が走る。
毎秒、遍く人類の未来が決定されていく。分岐する未来の中、最適解を見つけ割り当てていく。
《対象個体:カイエスリーグ・エメラルダ=ナディクレーン》
《将来演算:確定》
《対象個体:レティスウェルト・サフィア=ファルティーヌ》
《将来演算:確定》
《対象個体:・・・・・・》
だが、一つだけどうしても結果が出ない。
リヴィスリール。彼女の未来だけ、分岐があまりにも多すぎるのだ。どれが最適解なのかを算出できない。
マザーは感情を持たない。だから彼女を、ある一つのカテゴリに押し込めた。
淡々と、機械的に……少なくともこの時は。
《対象個体:リヴィスリールを重要観察対象に指定》
──────
夢の続きを見ようと思って眠っても、その願いが叶う事は少ない。僕はこれまで、散々そのことを思い知らされている。
今回見た夢は温泉ではなかった。煌々と輝く太陽、どこまでも続く青い空と白い雲、そして風に揺れる木々。
ただ、それだけ。肝心の温泉には入れず仕舞い。
「……惜しかったな」
思わずそう呟き、カーテンを開ける。そこに広がるのはいつもの景色で、陽光も上ではなく下から僕を照り付ける。
夢とは違うのに、それでもなお僕はあちらの方が「本物」であるかの様な不思議な感覚を覚えていた。
《リヴィスリール。出発時刻まで残り3分ですよ》
「はいはい、分かってるよマザー」
脳内に響いてくるその声に、僕は適当に返す。
僕らは体内に『ヒューズム』というナノマシンを取り込んでいる。物理端末を持ち歩かずともネットワークに接続できる優れもの。指をくっつけて離せば空中にスクリーンが現れるのだ。
そのシステムを通じて、マザーはこうして僕らに語り掛けてくる。分からないことも、訊けばすぐに教えてくれる。
シュグラーム人はそれに安心し、マザーに全てを委ねてしまう。それが一番楽で、実際最も幸福に生きられるから。けれど。
「ねえマザー、宇宙に行きたいな」
《不可》
「はあ……」
僕にとっては、どうなのだろうか。
さて、制服に着替える。家を出る直前、机の上に置いてある小瓶が目に入る。中には乾燥させた草が入っていた。
「これは香草という物だ。料理にも使えるし、湯に浮かべてもいい。多少は温泉気分が味わえるだろう」
そう言って昨日、ラームがくれた物だった。
温泉気分。その言葉だけで少しだけ胸が高鳴っていた。実際昨日寝る前に桶に湯を溜め、香草を浮かべてみた。
甘い、それでいてどこか苦みも感じる不思議な香りが湯に浸かる私を包み込む……まあ、本当に"多少"だった。夢で見た温泉には程遠い。やっぱり実際に行かなければこの欲望は収まらないのだろう。
「行ってきます」
誰もいない家へそう告げる。
《行ってらっしゃい》
マザーだけが、そう答えた。
「おはよう! レティス」
「おはよう」
学校までの短い道のりを歩いていると、いつもの場所でレティスが待っていた。
短いやり取り。だがそれだけで充分だ。僕らは二人並んで歩き始める。
「今日も見たの?」
「うん。でも温泉は出てこなかった。青空だけ」
「青空?」
レティスは少しだけ首を傾げる。
「空はある」
「そうじゃなくてさ」
僕は上を指さした。
「何もない空」
「……?」
「岩も街もないんだ。どこまでも青い、青い空」
レティスは暫く考え込んでいたが、やがて静かに言う。
「想像できない」
「僕も」
僕は笑う。彼女は相変わらず無表情だった。
学校に着くと、授業はいつも通り始まった。
今私達は共通課程を学ぶ時期だ。シュグラームに住む人々が、最低限知っておくべき事項を学んでいる。今の技術力であれば脳内に直接インプットすることも容易いが、それでは社会性が養われないとしてこのような古い形態を続けていた。
けれど、授業では誰も質問しない。分からない事があればすぐにマザーに訊き、即座に返してくれるから。教師というのは、学校における生徒とマザーの仲介役でしかなかった。
そうして一日の授業が終わると、レティスは個別課程があるといって別れていく。
将来演算が終了している者は、こうして個別課程を受けなければならない。というか、僕くらいの年代なら本来全員がある筈だった。僕だけだ、受けていないのは。
「またラーム亭?」
「うん。今度レティスも来てよ」
「……考えておく。行ってらっしゃい」
少しだけ間をおいて言ったその言葉に、僕は手を振って応える。
個別課程がないから、僕はこうしてラーム亭に立ち寄れる。それだけが唯一の得だった。
道中、中央広場を抜けようとした時だった。
広場の真ん中で一人の少女が立ち止まっている。
動画で見る様な、銀河を梳いた様な銀色の長い髪に、白いワンピース。年齢は僕と同じくらいだろうか。ただ、その姿には少し違和感があった。
少女は広場を見回しながら、人の流れを静かに眺めている。迷子、という訳ではなさそうだ。しかし、まるでこの光景を初めて見るかのような、そんな目だった。
僕は少し気になって近づく。
「あの……大丈夫?」
少女はゆっくりとこちらを向いた。
透き通るような紅の瞳が、僕を真っ直ぐ見つめ柔らかく微笑む。
「はい。ありがとうございます」
「こんな所で何してるの? 道に迷ったとか?」
「いいえ、ただ少し……見ていただけです」
「何を?」
「皆さんを」
不思議な答えだった。僕は思わず周囲を見回す。
歩く人々。空を走るオートモービル。暇そうな巡回兵。いつものシュグラームだ。
「何か面白い?」
「ええ」
少女は静かに頷き、穏やかな声で言う。
「皆さん、とても穏やかな顔をしています。そしてそれはとても素敵な事です」
「そうかな……そうかも」
確かに、平和なのは良い事だ。けれどこれまで、そんな事気にしたこともなかった。
僕の中で、彼女への興味が膨らんでいく。
「君、この辺の子じゃないの?」
「そうですね……」
一瞬だけ言葉を選ぶように間を置いてから、彼女は微笑む。
「今日、この街に来ました」
「観光とか?」
「そのようなものです」
変わった言い方をする子だ。けれど……不思議と、嫌な感じはしない。寧ろどこか、安心するみたいな、包み込むみたいな、そんな感じ。
「僕はリヴィス」
「存じています。リヴィスリール・ディア=モンディスティートさん」
「え? なんで僕の名前を……」
思わず聞き返す。彼女は一拍置いてから、小さく微笑む。
「マザーは何でも知っていますから」
「ああ、まあ、確かに」
マザーに訊けばすぐか。マザーは全てを知っているんだから。
納得した僕に、少女は丁寧に一礼する。
「私はオルディナです。よろしくお願いします、リヴィスリールさん」
その言葉と笑顔は、初めて会った筈なのにどこか懐かしかった。まるでずっと前から知っている誰かと話しているかのような安心感があった。
だからなのだろう。僕は大した警戒心も抱くことなく、彼女に返した。
「よろしく、オルディナ」
「リヴィスリールさんは、この街がお好きですか?」
歩いている途中、ふいに彼女が尋ねる。
「うん、好きだよ。生まれ育った場所だし、困る事だって……殆どない。皆親切だし、何よりご飯が美味しい」
「では、不満はありませんか?」
「うーん……あるよ」
僕は少し考えて、言った。
「宇宙に行けない事」
「オンセン、ですか」
オルディナは驚く様子もなく言う。
普通、不満があると言えば驚かれる。何しろこの星では、不満など発生する余地がないのだから。
「それもマザー?」
「はい」
マザーはどうも僕の個人情報をこの子に垂れ流しているらしい。まあ別にいいけど、知られて困るような話でもないし。
「どうしてそこまで行きたいのですか?」
「分からない。夢だからね」
「夢は現実ではありませんよ」
僕は苦笑した。レティスと同じ事を言っている。
「でも、夢は歩き出す理由にはなるらしいよ。あんまり意味は分からないけど」
「それは、どなたから?」
「ラーム。ラーム亭っていう食堂のおじさん」
刹那、一瞬だけ。ほんの一瞬だけ、彼女の表情が揺れた気がした。
けれどもそれはすぐに穏やかな笑みに戻る。
「不思議な考えをお持ちの方なのですね」
「うん。実際結構変わってるよ。僕は好きだけどね」
そう話しているうちにラーム亭に着いた。
そういえば、オルディナも自然と着いてきている。まあいいか、布教だね。
「こんにちは」
「おう──」
ラームは鍋をかき混ぜながら振り返り、そして──その茶色の瞳にオルディナの姿を捉えたその瞬間だけ、その手が止まった。
「──連れか?」
「え? う、うん。さっき知り合ったんだ。オルディナっていうんだよ」
「そうか」
彼はそれ以上何も聞かなかった。
オルディナもまた、静かに一礼する。
「初めまして、ラームさん」
「ああ」
二人の間に奇妙な沈黙が流れる。
初対面の筈なのに、いや、だからなのだろうか? まるで互いを値踏みしている様な空気だった。
だが、それも束の間。彼はいつもの調子に戻る。
「今日もスープか?」
「うん。あー、でも今おじさんが作ってたやつも気になるな」
「ならシュツルン風スープとスカイティア風煎り鉱石だな」
「では私も、リヴィスリールさんと同じものを」
オルディナがそういうと、彼は厨房に戻っていった。
「……リヴィスリールさんは、ここによく来られるのですか?」
「うん。ほぼ毎日来てるよ」
「……国民食は、お嫌いですか?」
何故か悲しそうに、彼女は訊いてくる。
僕はそれに困惑しつつ、なんとか答える。
「べ、別に嫌いって訳じゃないよ」
「では、何故食べていただけないのですか」
「いやだって……」
飽きるし。そう言おうとして口をつぐむ。
シュグラーム国民食。マザーが考えたシュグラーム人の為の食事キットであり、五種類存在する。味は違うが、栄養価はどれも同じだ。
まずくはない。寧ろとても美味しい。美味しいのだが……何というか、味気がない。このことをレティスに言ったら困惑していたので、きっと僕が異常なのだろう。
そして恐らく、目の前の彼女は国民食が大好きなのだ。その眼前でネガティブな事を言うのは憚られた。
「ひ、昼も食べてるからね。折角なら夜は別の物を食べようと思って」
「……そうですか」
取り敢えずは納得してもらえたようだ。
ほっと一息ついた所で、料理が運ばれてくる。
いつもの乳白色のスープと、細かく砕かれた青と赤の鉱石の煎り物。オルディナは前者を口にし、小さく目を細める。
「……美味しいですね」
「それはよかった」
ラームは得意げに言う。
それに少しの満足感を覚えつつ、僕は後者を口に入れた。
「今日はありがとうございました」
食事を終え、店を出た所でオルディナは深く頭を下げる。
それに僕は恐縮する。僕がやった事といえば彼女をこの店に連れてきただけだ。
「また、お会いできますか?」
「僕はいつでもいいよ。どうせまだ個別課程も無いし」
「ふふ……すぐに貴女の将来演算も終わりますよ」
「それならいいんだけどね……」
彼女は微笑む。その笑みを見ていると、不思議と心が落ち着いた。
そうして僕は帰路につく。オルディナはその姿が見えなくなるまで静かに僕を見守っていた。
──────
───
─
小さな少女の姿が消える。
その瞬間、オルディナの顔から一切の感情が消えた。
「……対象個体:リヴィスリール・ディア=モンディスティート」
静かな声。それは先ほどまでの穏やかな少女の声ではなく、どこか機械的で、冷静な響きを帯びている。
「第一次接触、完了」
彼女の視界の奥に無数のウィンドウが展開される。
心拍。歩幅。視線。会話内容。表情変化。リヴィスの一挙手一投足が数値となって流れていく。
《精神状態:安定》
《警戒度:低》
《接触継続を推奨》
オルディナは静かに目を閉じる。
《リヴィスリールは『オルディナ』に対し安心感を形成中》
「状態良好。同期開始」
次の瞬間、彼女の意識は都市中枢にそびえる中央統合演算塔の最深部へと接続された。
巨大な演算装置の中枢──数えきれない光と情報の奔流が駆け巡るその中心で、一つの人格データが同期を完了する。
《義体名:オルディナ》
無機質な音声が響き渡る。
オルディナ。それは、この星の全てを見守る管理者が、一人の少女に接触するために作り上げた義体──
《マザーブレイン人格:正常動作中》
マザーAIって名付けられるならちゃんと母親らしく甘やかしてほしいなってディストピア物見たらいつも思ってます。
この話が面白いなと思った方は高評価低評価チャンネル登録ブックマーク手洗いうがいお願いします。