デロ甘マザーAI vs 人の可能性を信じたい神 vs またしても何も知らない前世記憶持ち 作:デュアン
翌朝、教室に入った瞬間小さなどよめきが広がるのを感じた。
それもその筈──
「転入生?」
生徒達の視線が教壇に集まる。教師の隣には一人の少女が立っていた。
銀河を閉じ込めた様な銀色の長髪。穏やかに微笑む紅い瞳──昨日出会った少女、オルディナがそこにいたからだ。
彼女は静かに一礼する。
「本日より皆さんと共に学ばせていただきます。オルディナ・ライト=ナディクレーンと申します。よろしくお願いいたします」
シュグラームでは転校自体が珍しい。ほぼ無いと言ってもいい。
何しろ住居も学校もマザーが最適なものを決めているので途中で変えるなどありえないからだ。
だが、これもまたマザーの決定。それを理解している教師は淡々と告げる。
「皆さん、仲良くしてあげてくださいね」
たったそれだけで紹介は終わる。誰も理由を聞かない。必要ならマザーが説明するし、不要なら聞く必要もない。
ただ、僕だけは少し気になっていた。
昼休み。オルディナは自然と僕とレティスの席にやってきた。
「ご一緒してもよろしいでしょうか?」
「いいよ!」
「どうぞ」
レティスも静かに頷く。
三人で机を囲む。今日の昼食は国民食だ。
レティスは三号、辛みと苦みを主体とした通好みの代物。彼女はこれを選ぶことが多い。好きなのか、ときいたことがあるが、実際の所そこまで好きでもないらしい。ではなぜ食べているのか、については教えてくれなかった。
オルディナと僕は五号。甘みを主体とした物で一番人気。
栄養は完璧、健康にも最適解。けれどもどこか、味気がない。まあ口にはしないけど。
「そういえば、オルディナはどうしてここに来たの?」
私が訊くと、レティスは少し不思議そうな顔をする。彼女からしてみればそんな疑問を抱きようもなかったからだろう。
だが、オルディナは予想していた様で表情を変える事なく言う。
「マザーがそうしろと仰ったので」
「理由とか気にならないの?」
「なりません」
そこまでだった。マザーが言うのだから疑問を持つ必要はない──確かにそうだ。
けれどもそれは……僕がいつも言っている、夢で見たから、と一体、何が違うのだろう……?
放課後、レティスはいつものように個別課程へと向かう。
「今日も訓練?」
「情報解析」
「難しそうだね」
「そうでもない」
淡々と答え、彼女は歩いていく。
その背中を見送っているつ、ふいにオルディナが呟く。
「レティスウェルトさんは努力家ですね」
「うん……そうだね」
彼女の将来演算は軍人らしい。陸軍所属の将校。僕なんかは想像もできない様な世界に、彼女は身を置こうとしている。
「貴女も個別課程が始まれば忙しくなりますよ」
「始まれば、ね」
僕は苦笑した。
「まだ決まらないんだ。珍しいよね、マザーでも困る事とかあるんだ」
「そうらしいですね」
「そういえば、オルディナは個別課程ないの?」
「今日は休みなんです」
らしい。
さて、二人で昨日の様にラーム亭の扉を開く。
「来たか」
ラームは顔を上げる。その視線は僕ではなく、オルディナに向いていた。
「今日も一緒なのか」
「駄目だった?」
「いいや。ラーム亭は誰でも歓迎だ」
そう答え鍋へと向き直る。しかしその横顔は明らかに昨日よりも警戒している様に見えた。
一体オルディナの何が彼にそうさせるのだろう。私には分からなかった。
一方のオルディナは料理を待つ間店内を眺めており、ふと、一枚の古びた写真立ての前で視線を止める。
「これは?」
彼女の問いに、ラームは少しだけ視線を向ける。
「昔、一緒に飯を食った連中だ」
写真には十数人の異星人が並んでいた。その誰しもが、教科書でしか見たことのない種族ばかり。
シュグラーム星内核部へは異星人は滅多に入ってこない。かつてあった拉致事件を警戒しているからだ。だからこそ、政治家以外のシュグラーム人と異星人が並んでいるその光景は新鮮だった。
「皆さん、お元気なのですか?」
彼は一瞥もせずに笑う。
「さあな。もうずっと昔の写真だからな」
「会っていないのですか?」
その問いに彼は答えなかった。ただ少し、彼の表情に陰りが見えた気がした。オルディナもそれに気づいたのだろう、それ以上何か問うことはなかった。
──────
オルディナは昨日の様に、店の前でリヴィスと別れる。
彼女の背中を見送るオルディナに、ラームは静かに声をかけた。
「お前さん」
「何でしょう?」
「……あんまり、過保護になるなよ」
彼女は表情を変えない。ただ、一瞬固まった。
「……意味が分かりません」
「そうか」
ラームは踵を返し、扉にかかる看板を『閉店』に裏返す。
「そのうち分かるさ」
そう言って彼は店の中に入っていった。
それを見つめ、オルディナは呟く。
「……導く事の、何がいけないというのですか」
そうして、彼女は本体との同期を開始した。
一方その頃、天井都市の一角。
誰も近寄る事のないその廃区画にて、一人の男が古い通信機を起動していた。
「……こちら監視員102、義体の稼働を確認した」
ノイズ混じりの声が返ってくる。
『義体、だと? それは本当か』
「確かです。僅かですが中央塔との交信がターゲットとの間でなされているのを確認しました。ヒューズムのそれとは全く異なっています」
『しかし、義体とは……数百年、全く見られなかった行動だぞ』
交信先の男はしばし考え込んだ後、言う。
『お前はそのまま義体の監視を続けろ。その行動、そして目的を探れ』
「了解いたしました」
『マザーが直々に動く様な"何か"が起きている……想定外だが、好都合だ』
暗闇の中、誰かが静かに笑った。
「……計画を実行する」
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