デロ甘マザーAI vs 人の可能性を信じたい神 vs またしても何も知らない前世記憶持ち 作:デュアン
昼休みが終わる頃だった。教師は教卓に手を置き、生徒たちを見回す。
「明日は休日です。個別課程のある方は予定通り出席してください」
教室中から小さく返事が返る。
シュグラームでは休日だからといって特別なことは少ない。どこへ行くべきか、何をするべきかも、必要ならマザーが教えてくれるからだ。
僕は頬杖をつきながら窓の外を眺めていた。太陽がゆっくりと天井世界の中心で輝いている。
「……宇宙が見たいな」
ふと、呟いた。
どうやらそれは隣のレティスにも聞かれていたようで。
「宇宙?」
「え、ああ、うん。僕まだ見たことないなーって」
勿論画面越しでは幾らでも見ているが、生で見たことは一度もない。
だってマザーが許可してくれないんだもん。僕は脳内で悪態をつく。
「……展望デッキなら見れるかも」
「え、本当?」
「抽選だけど」
と、そこで前の席に座っていたオルディナが振り返る。
「ご興味がおありなのですか?」
「ある、すごくある!」
僕は勢いよく頷く。
「宇宙には行けなくても、見るくらいなら許されるかなーって。ね、マザー、いいでしょ?」
僕の問いに、少しだけ間を置いて答えが返ってくる。
《許可します》
「やった! 許可でたよ!」
《ただし、一般見学区域への立ち入りのみです》
「分かってるよ!」
僕だってそこまで分別が無い訳ではない。
その時、オルディナが言った。
「実は特別入場券があるのです。抽選に頼らずとも入れますよ」
「え、本当? けどそんなもの、私の為に使ってもいいの?」
「いいのですよ。どうせ私一人では行かない場所ですから」
「ありがとうオルディナー!」
僕が彼女に抱き着いていると、不意にレティスが言う。
「私も行く。休日だし」
「え? 珍しいね」
「たまには」
その短い返事だけで、僕は少しうれしくなった。
翌日。
僕らは空中を走るオートモービルを乗り継ぎ、外核部に繋がるエレベーターを上がる。
透明なチューブの外では天井から垂れ下がる森や都市群が広がっており、やがてそれは岩盤で覆い隠される。そこからは早かった。厚さ200kmはある岩盤を僅か数分で踏破するのだから。
けれども、実際に乗っている間は一切それを感じなかった。エレベーターに搭載されている慣性制御装置が僕らにかかる重力を消していたからだ。
そんな技術的な話は置いておき、すぐに退屈な景色は終わる。
「わあ……!」
思わず声が漏れた。
そこは惑星表面の巨大クレーターに築かれた港湾施設だった。
幾本もの発着レーン。そこに並ぶ大小様々な宇宙船。銀色の艦体を持つ物、翼の様な構造を持つ物、球体に近い物……多種多様な代物が並んでいる。
「すごい……全部違う!」
僕は展望デッキの手すりに駆け寄る。
「建造国家が違いますからね。ミルキーリア宇宙連合の加盟国だけでも五千を超えます」
「そんなに」
「はい」
ミルキーリア宇宙連合。シュグラームも加盟する宇宙国家共同体である。イリミナ超銀河団とライヴェロ超銀河団の一部を支配領域とし、加盟国総人口は1京人を超える……だっけ。
まあそんな事はどうでもいい。僕は目を輝かせながら一隻ずつ眺めていく。
「あれは?」
「シュグラームの戦艦です」
「あっちは?」
「スカイティア神国の貨物船ですね」
「かっこいい……」
そう呟く僕の後ろで、くすりとレティスが笑う。
「子供みたい」
「仕方ないですよ」
「そ、そうだよ。生で見るのは初めてなんだから!」
展望デッキにはほかにも大勢の見学客がいた。
そこでは異星人の姿も珍しくない。どうやらこの星の中で、ここだけはシュグラーム人と異星人が交わる事が出来るらしい。もっと早く知っていればよかった。マザーも酷いや、こんなに楽しい場所を今まで隠していたなんて。
翼を持つ旅行者、猫の様な耳や尻尾を持つ商人、ふわふわと浮かび動く丸い石……石? あれも人なんだ……
「本当に宇宙って広いんだね」
僕が呟くと、オルディナは静かに頷いた。
「シュグラームは豊かな星ですが、それでも宇宙全体から見れば一つの国家に過ぎません」
「やっぱり、もっと色んな星に行ってみたいな」
「将来演算が終われば可能性はあります」
「そうだといいな……」
そう笑った時だった。
視界の隅で、一人の男がふらふらと歩いているのが見えた。痩せ細った体、ボロボロの外套、何日も眠っていない様な青白い顔──異様だった。少なくともシュグラームではあのようなボロボロの人間は見たことがない。
彼は周囲を見回しながら、ぶつぶつと何かを呟いている。
「……聞こえる……まだ、まだ足りない……!」
近くの警備員が男に近付く。
「失礼ですが、入国許可証を確認させてください」
男は反応しない。ただ
もう一人の警備員も近づく。
「どうされましたか?」
──その瞬間だった。
「!? 待て!!」
男が突然走り出す。
警備員が慌てて制止するが男は止まらず、人混みを掻き分ける様に逃げていく。
展望デッキが一気に騒然とする。密入国者を示す警報が鳴り響き、見学客が悲鳴を上げながら逃げ惑う。
「リヴィス!」
レティスが僕の腕を掴む。
そして──その声と同時に、男がこちらを振り向いた。
目が合う。濁った瞳、その奥に宿る狂気に満ちた光。
そして次の瞬間、その表情が凍り付く。彼は震えながら、ゆっくりと僕を指さした。
「……いた」
掠れた声。
「やっと……見つけた……!!」
その一言に、僕の背筋を冷たいものが走る。
それは歓喜とも絶望ともつかない、壊れた感情が入り混じった様な声だった。周囲の人々は男から距離を取り、警備員達が銃を構えながら包囲していく。
「動くな!!」
「両手を上げ、ゆっくりと膝をつけ!」
だが男には何も聞こえていないようで、その視線は何故か僕だけに向けられている。
「母なる星……帰ってきた……」
「え……?」
「ようやく、ようやく見つけた……!」
何を言っているんだ。僕はその言葉の意味が分からず、その場で立ち尽くす。
「リヴィス、下がって」
レティスが僕の前に出た。その細い体で僕を庇う様に立ち、懐から何かを取り出す。ちらりと見えたそれは、銃の様に見えた。個別課程で貰ったのだろうか。
「で、でも」
「早く」
いつもの静かな声だったが、その中には僅かな緊張が混じっていた。
──────
オルディナは男をじっと見つめている。
その瞳の奥では高速で情報照合が行われていた。
《氏名不明》
《国籍不明……種族:推定スマーシャン人》
《正式入国記録無し》
《精神状態:異常》
《ヒューズム未接続》
《未知の情報波を検知》
「未知……?」
その表示に、オルディナの演算が一瞬止まる。
ヒューズムを持たない人間などは珍しくはない。密入国などしようとする者などは後ろ暗い背景を持つか、貧困からかしかなく、後者であればヒューズムの購入は不可能だ。シュグラームでは配布されるが……そもそもシュグラームに貧富の差は存在しない。
だが、この情報波は違う。
ヒューズムでも、生体信号でもない。どこか遠くから流れ込んでくるような、不規則な情報。
そして、その発信源は──
《発信源特定:対象……リヴィスリール・ディア=モンディスティート》
「え?」
初めて、オルディナは……否、マザーブレインは自らの解析結果を疑った。
リヴィスから未知の情報波が放射され、それがあの男に何かしらの影響を及ぼしている。
マザーのデータベースには存在しない現象だった。
「あなたが!!」
男が突然叫ぶ。
「あなたが母なる星なんだ!!」
「──ッ!?」
その瞬間、リヴィスの頭へ激しい痛みが走る。
視界が白く染まる。展望デッキ、宇宙船、人々、それら全てが一瞬だけ歪む。
──どこまでも続く青い空。白い雲。暖かな風。知らない筈だけれど、夢で見た温泉と同じ匂いがする。代わりに見えたのは、そんな景色。
『見つけた……』
誰かの声がする。性別の判別すらつかない。
もっと遠く、もっと深い場所から響いてくる声。
『我が……』
「リヴィス!!」
そこで景色が砕け散る。肩を揺さぶられ、我に返ったのだ。目の前には珍しく焦った様子のレティスがいた。
「大丈夫?」
「う、うん……」
額には冷や汗が滲み、心臓は激しく鼓動する。
今、僕は何を見た? 彼女は思い出そうとするが、脳内には青空しか残っていない。他は霧の様に消えていた。
「う……が……」
気付けば、男は床に倒れ伏していた。話を聞くと、どうやらリヴィスに向かって飛び掛かってきた男をレティスが撃ったのだ。実弾ではなくテーザー弾であり、彼も負傷しているのではなく白目をむいているだけである。
そうして男は呻きながら警備員に連れていかれる──その直前。
「ちきゅう、は……」
「え?」
その呟きを最後に、男は完全に意識を失った。
展望デッキには静寂が戻ったが、彼女らはもうこれ以上観光を続ける気にはなれなかった。
そして、リヴィスの脳内には。
「ちきゅう……?」
その単語が深々と刻まれていた。
──────
───
─
帰りのオートモービル。リヴィスは疲れたのだろう、静かに寝息を立てている。
レティスはその寝顔を見つめ、小さく呟く。
「今日は、変だった」
「はい……」
オルディナは窓の外を見つめたまま答える。
その声は、珍しく僅かに揺れていた。
《本件に関する解析を最優先事項へ変更》
《リヴィスリール・ディア=モンディスティートの監視レベルを一段階上昇》
彼女の脳内で声が響き、オルディナは静かに目を閉じる。
その夜、天井都市の廃区画にて監視員102は宇宙港での一部始終を報告していた。
「義体が明らかに動揺していました」
『理由は』
「詳細は不明。ただ、ターゲットの少女へ密入国者が異常な反応を見せていました」
『ほう』
「発狂したように意味不明な言葉を叫び、その後拘束されています」
『ふむ……』
通信の向こうの男がしばし沈黙する。
まるで何か、心当たりがあるかの様に。
『監視を続けろ。盤面が大きく動くかもしれん』
「りょ、了解いたしました」
通信が切れる。
暗闇の中、監視員はリヴィスの写真を見つめた。
「お前は、一体……」
この話が面白いなと思った方は高評価低評価チャンネル登録ブックマーク手洗いうがいお願いします。