俺は松川一静、高校3年生になったばかり。
バレー部でレギュラーを取り、今年こそ白鳥沢を倒して全国に行くために日々部活に打ち込んでいる。
弟に「兄ちゃん制服似合わなーいw」と笑われることを除けば、高校生活はそれなりに順調で、高校生らしい青春を送れていると思う。
でも、高校生活最後の1年間。
俺には決定的に足りないものがある。
そう、「恋愛経験」だ。
これがなきゃ、高校卒業なんかできない。
昨日、体育館が静寂に支配された後の帰り道。
俺は花巻に「なんでチャラチャラしたやつがモテるんだよ!俺はどうすりゃいいんだ!」としつこくせがんだ。
すると花巻は「じゃあワックスでもつけてみれば?そこのドラッグストアで買って帰れよ」と、めんどくさそうに、でもその奥の目は完全に俺を実験体として楽しむサディストのそれで言ってきた。
なんだか怪しいと思ったが……とりあえずやってみるのも大事だろな。
そうしてドラッグストアの棚でちょっと背伸びして買った、一番高くて一番キープ力が強そうなウルトラハードワックスを、今朝はこれでもかと頭に揉み込んだ。
鏡の前で念入りに、及川とは違う「大人の男のセクシーなウェット感」を演出した(つもりだった)。
「一静、あんた風呂入ってないの……?」
玄関で靴を履いていると、背後から起きてきた姉貴が本気で怪訝そうな声をかけてきた。
「そんなわけないだろ。これは……新たなる美意識だ。」
俺は冷静に自分の意識改革を姉貴に短く演説し、爽やかに玄関のドアを閉めた。
「松川くん」
教室の自分の席に座ると、去年同じクラスだった女子が話しかけてきた。
わざわざ別の教室から、何の用だ?
俺は根拠もなくちょっと期待している気持ちを懸命に隠しながら「何?」と努めて素っ気なく答えた。
話しかけてきたのは南羽理瑚。
女子バスケ部のエースで、とにかく気が強くて、それこそ男子でさえもひれ伏すレベルだ。
俺とは正反対の、やたらとにぎやかな字面の名前を持っているだけある。
「一静」の俺に対して、名前からして自己主張が激しすぎるだろ。
「ちょっと伝えたいことあるから、部活前。1人で玄関来てよね。」
それだけ言って、俺の返事も聞かずに去っていった。
…は?
これってつまり…そういうことだよな…?
…普通はこういうのって、靴箱とか机の中とかにメモかなんか置いて伝えるだろ。
でも理瑚は気が強いから直接言いに来た、でも普通に恥ずかしくてあれが精一杯だった…?
気が強い女だからこそこんな可愛い裏があったのかよ。
さっきまではただの元クラスメート(というかちょっと怖い女バスエース)だったのに、一瞬で頭の中が理瑚のことで支配されていく。
俺はすぐに及川に『部活遅れるわ。女子から呼び出された。わりぃなチャラ男』と、人生で初めて最大級のドヤ顔を決めながらLINEを送った。