「こら松川ー。教科書で顔隠して寝てんの、バレてんぞー。」
今は数学の授業中だ。
先生は教科書を垂直に立てて顔を隠していた俺を指差した。
…残念ながら俺は寝ていない。
むしろ脳細胞はフル回転で、部活前の玄関で理瑚からどんなトーンで「付き合って」と言われるかのシミュレーションを100通りはこなしていた。
「あ、すみません。じっくり教科書を読み込んでいました。」
先生は「おお、そうか、熱心だな。すまん」と言って授業を再開した。
今日の授業はずっとこんな感じだ。
だって、理瑚のことを考えると勝手に口角が上がってニヤニヤが止まらなくなる
教科書から目を離すのがこんなに辛かった日は初めてだ。
ほら見ろ姉貴。
俺の新たなる美意識、早くも効果絶大じゃねぇか。
そして花巻、お前は最高の相棒だ。
恩人のお前には、今日部活終わりにシュークリームを好きなだけ買って帰ってやろう。
満面の笑みで美味そうに食うあいつの顔が目に浮かぶぜ。
「すまん。部活遅くなった。」
俺はわざと部員たちに聞こえるような声量で、すでに始まっていたサーブ練習に混じった。
「その顔…ぜったい『すまん』なんて思ってねーだろ。」
岩泉がそう言うってことは、俺はついにニヤついた顔を見られてしまったのだろうか。
でも。しょうがない。
さすがに部活に教科書は持ってこれねーからな。
「あ、バレた?まあ…部活終わったら話すわ。」
俺がそう言ってボールを持ったところで、後ろの方に居た花巻がなぜかホラーでも見たような顔をしていた。
俺の恩人…きっとワックス効果が早く出過ぎたことに驚いたんだろうな。
ありがとうよ、相棒。
「まっつん!ちょw何その頭w髪の毛カチカチでテカテカじゃん!今日はその手で絶対ボール触らないでよね、レシーブしたとき変な回転かかりそうだから!ww」
及川が俺の新たなる美意識をチャラチャラと茶化しているようだが…あれは先週フラれたばかりの男の遠吠えだ。
完全無視。
俺は初めて、チャラ男に勝ったんだ!
―部活終わりの帰り道。
「…で⁉なんでまっつんに彼女ができてんの⁉しかも向こうからの告白⁉」
「しかもあの南羽理瑚だろ?女バスエースの。松川お前、まさか裏から手を回したんじゃねぇだろうな?」
「ちげぇよ。俺は確実に、人生で初めて知らぬ間に誰かを惚れさせたんだ。」
部活終わりの帰り道。
俺は及川と岩泉にこれでもかともみくちゃにされていた。
いや、訂正。嬉しすぎて、もみくちゃに「していただいた」。
そう、俺は人生で初めて女子から告白された。
「で、何て言って告られたんだよ?」
俺が奢ってやったシュークリームを、カスタード味とチョコ味を贅沢にも交互に食べていた花巻が、口の周りに粉糖をつけながら尋ねてきた。
俺は顔のニヤつきが限界突破していくのを感じたが、もう隠す必要なんてどこにもない。
「ふふふ…『松川くんって、他の男子にはない貫禄があって…その…安心感もらえそうだなって思った。これから受験で大変になるからこそ、一緒に居たい。』って言われたんだよねぇ。これ、これ、チャラ男には逆立ちしても真似できない大人の魅力だろ?今週末、初デート行ってくるわ。」
俺は昨日買ったワックスのチューブを、水戸黄門の印籠みたいに見せびらかしながら告げた。
すると…俺の最高にハッピーな独白を聞いた3人が、一瞬、本当に憐れみの混ざった目でフリーズした。
花巻の口元で、迎え撃とうとしていたチョコ味がピタリと止まる。
そして数秒の後、夜道に大爆笑の渦が巻き起こった。
「ぷははっ…貫禄って!あーお腹痛いwww」
「松川wwお前ワックスのせいで貫禄どころかwww多忙を極めて3日くらい風呂入れてないサラリーマンにしか見えねぇよwww」
「デート行く前にせめてワックスの使い方勉強しろよ?w」
…お前ら、本当に俺の幸せな言動をすぐ笑うよな。
特に及川、見てろよ…?
俺はお前みたいに何人も取っ替え引っ替えしねぇ。
南羽理瑚という1人の女を、永遠に、一途に愛し抜いてみせるからな。
俺は3人に盛大に笑われながら、夜道の街灯の下で、こっそりと及川に絶対勝利の宣戦布告をした。