仮面ライダー 帰れない子どもたち   作:青信号

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第十一話 扉

 

 研究室の作業台に、物が増えていた。

 先夜から読んでいる残骸の脇に、新しい二点が並んでいる。一本のケーブルと、腕時計のような装置。倉庫から回ってきたものだ。ケーブルは片端が断たれて、切り口が新しい。装置のほうは文字盤の代わりに暗い面があるきりで、押しても叩いてもうんともすんとも言わなかった。

 結城はそれを手に取って、しばらく眺める。

 入口かもしれない、と思った。読み切れずに手を引いた、あの核。指が触れて、中身の入ってこなかったもの。その横手に、別の入口が開いているかもしれなかった。

 

「結城さん。こっちの焦げてんの、要るか」

 

 ビートだった。残骸の山から、炭になった管を一本つまみ上げている。先刻から、結城の片づけを手伝っている。片道の体を遊ばせておくくらいなら、と本人が言った。

 

「置いておいてくれ。系統を辿るのに使うんだ」

「ふうん」

 

 ビートは興味のなさそうな顔で管を山へ戻した。それとほぼ同時に扉が開く。

 現れたのは本郷だ。手に紙の束を提げている。卓の二点へ目をやって、それから結城を見た。何か持って帰った顔だった。

 結城は本郷の視線を受けて、ビートのほうを見やる。

 

「ビート、君はもう休んだほうが良い。あとは一人でやる」

 

 ビートが物を選り分けている手を止めた。

 

「君の体は、保たせるべきだ」

「保たせてどうなるもんでもないが」

 

 軽く答えてビートは箱を置いた。突っかかりもせず、縋りもしない。諦めの済んだ声だった。FWC4の張り詰めた頑なさとは温度が違う。

 

「ベッド借りるぞ」

 

 ビートはそう言い残して部屋を出ていった。

 結城はその背を見送る。なぜ今彼を外に出したのか、自分でもよく掴めなかった。しかし本郷が何か持ち帰った――その話をあの子の前で広げる気には、なぜかなれなかった。

 

***

 

 扉が閉まると、本郷は紙の束を卓の端へ置く。

 

「分かりそうか。そっちの二点は」

「これからです」

 

 結城はケーブルを手に取る。

 

「本郷さんの線は」

「いくつか、形になってきた」

 

 本郷は確かめたことだけを確かめた順に並べる男だ。指を、ひとつずつ折っていく。

 

「最初の四体。同じ改造痕、首の後ろに三つの端子。そこへ昨日の一体が加わった。これで五体になる」

 

 結城は聞きながら、ケーブルの切り口を指でなぞっていた。

 

「五体とも、同じ止まり方だ。暴れもせず、ただ尽きて止まる。電池が切れるように」

「電池、ですか」

 

 結城の指が、切り口の奥を読んでいる。断たれた管の内側。撚られた導線と、その芯に通る細い流路。

 

「本郷さん。これは、繋いで動きを封じる類のものじゃない」

 

 本郷の目が、わずかに動いた。

 

「拘束具に見えるが、違う。中に流路がある。何かを通すための管だ。出すか、入れるかの」

「どちらだ」

 

 結城は、ケーブルの繋がっていた先を思い描いた。それから、断たれた端へ戻る。流れの向きを辿る。

 

「これは、抜く側です」

 

 結城はそう言い切った。

 

「体のどこかから抜いて、計って、流す。そういう作りをしています」

 

 本郷がゆっくりと頷いた。自分の線と結城の読みが、同じ場所で噛み合った顔だった。

 

「昨日の男が妙なことを言った」

 

 本郷は続けた。

 

「奪われる、と」

 

 奪われる。抜く側。首の後ろの端子。断たれた管。

 別々に転がっていた断片が、結城の中で一つの形へ寄っていく。本郷は遺体から、結城は手元の物から、違う道で同じ場所へ近づいていた。

 

「……繋がれていたのは、人」

 

 結城は、自分の読みをそのまま口にした。

 

「この管で、人から何かを抜いている。生かしたまま繋いで、抜き続ける。男はそれを断って逃げた。だが、断った体は保たなかった」

「私も、そう思う」

 

 本郷は言った。

 

「断定はしない。だが、可能性は高いと見ている」

 

 薄ら寒い話だ。

 本郷は長居しなかった。線を渡し、結城の読みを受け取って、また自分の線へ戻っていく。

 

「もう少し調べます」

「頼む」

 

 扉が、閉まった。

 

***

 

 一人になってから、結城は装置を手に取った。

 動かないのは、空だからだ。結城は自分の右腕から細い線を引き、装置の縁へ宛がった。少しだけ、力を流してやる。

 暗い面に淡く数字が浮いた。

 二つきりだった。残量0——出力、0。

 それだけだ。名前すらない。これをつけていた男が誰で、何を思って逃げたのか。それはどこにも記録されていない。生きたまま繋がれて、それを断って尽きた一人が、二つの数字に圧し潰されてここに残っている。

 検針票だ、と結城は思った。

 人を電気のように計っている。

 さっき本郷に渡した読みを、結城はもう一度なぞった。抜く側。計って、流す。だが、一人になって辿り直すと、その先が見えてくる。

 エネルギーが、流せる。

 ある場所から抜き、計り、別の場所へ送れる。この管がそれをやっている。つまり――移せるのだ。資源として。その体に閉じているのでも、湧いて出るのでもない。抜いて、移送できる。それがエネルギーの性質だ。

 結城の中で、科学者としての自分が立ち上がった。

 

 ならば。

 

 兵士たちの片道は――あの、満たす手段のない死は、閉じた宿命ではない。供給の問題だ。この世界には、充電する設備がない。出荷時に詰めた分を使い切れば終わる、と本人たちは言う。だが、エネルギーが移送できる資源なら、詰め直せる。どこかにある供給を、この技術を読み解いて空になった器へ送ってやれば。

 

 敵が握っているのは、まさにそのための知識だ。

 延命は――できる。

 

 結城は装置を見つめた。

 あの子たちは保たない。本人がそう言っている。しかし詰め直す手段がこの世界のどこかにあるのなら。空になる前に、送ってやれるなら。

 

 結城の右腕が、装置のほうへ動いた。

 

 無意識だった。自作のこの腕を、敵の技術へあてがおうと――もっと読もうと、伸ばしかけていた。見たくない、と結城の中の何かが言った。糸が切れるように止まるビートとFWC4を、見たくない。

 指が装置に触れる寸前で止まった。

 

 供給は、どこから来る。

 

 移せる、と分かった。計れる、流せる、送れる。だが――どこから抜く。資源は湧いて出ない。恐らく単なる電力で代替可能なものではない。もしただの電気が使えるのなら、ビートはあんな言い方をしないだろう。

 エネルギーを誰かの器から抜いて、別の器へ移す。空になった兵士を満たすために、何を空にする。

 

 技術は本物だ。だが、これは――

 

 結城は、伸ばしかけた手を引いた。

 立ち上がりかけた物を、最後まで形にしなかった。供給の出どころを読み切るまでは。

 読まずに飛びつけば、飛びついた分だけ間違う。科学者として、それをよく知っている。読めないものは、まだ読まない。

 

 だが、伏せるものの中身が、変わっていた。

 

 怪物の残骸を手にした時は、組み上がらない推理だった。今、伏せるのは――手を伸ばせば届きそうな扉だ。あの子たちを生かす道が、本物としてすぐそこにある。読み切れないのを承知で、伸ばしてしまいそうな手を結城は引いた。

 

 誰にも、言わない。

 

 本郷にも、風見にも。何より、あの子達には。

 まだ何も確かめていない。供給の正体も、代償も。半分で結ぶのは、結城の流儀ではなかった。それに――確かめた先で、これが差し出せるものでなかったら。希望を見せて、奪うことになる。それくらいなら、知らせないほうがいい。

 

 結城は、装置を卓へ置いた。

 

 暗い面に、淡い数字がまだ二つ浮いている。誰のものでもなくなった数字。

 この腕をどこへ伸ばすかは、自分で決められる。

 今は、伸ばさない。

 結城は、装置を伏せるように下へ向けた。

 扉の在処は、分かった。

 開けるかどうかは――その先だ。

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