仮面ライダー 帰れない子どもたち 作:青信号
研究室の作業台に、物が増えていた。
先夜から読んでいる残骸の脇に、新しい二点が並んでいる。一本のケーブルと、腕時計のような装置。倉庫から回ってきたものだ。ケーブルは片端が断たれて、切り口が新しい。装置のほうは文字盤の代わりに暗い面があるきりで、押しても叩いてもうんともすんとも言わなかった。
結城はそれを手に取って、しばらく眺める。
入口かもしれない、と思った。読み切れずに手を引いた、あの核。指が触れて、中身の入ってこなかったもの。その横手に、別の入口が開いているかもしれなかった。
「結城さん。こっちの焦げてんの、要るか」
ビートだった。残骸の山から、炭になった管を一本つまみ上げている。先刻から、結城の片づけを手伝っている。片道の体を遊ばせておくくらいなら、と本人が言った。
「置いておいてくれ。系統を辿るのに使うんだ」
「ふうん」
ビートは興味のなさそうな顔で管を山へ戻した。それとほぼ同時に扉が開く。
現れたのは本郷だ。手に紙の束を提げている。卓の二点へ目をやって、それから結城を見た。何か持って帰った顔だった。
結城は本郷の視線を受けて、ビートのほうを見やる。
「ビート、君はもう休んだほうが良い。あとは一人でやる」
ビートが物を選り分けている手を止めた。
「君の体は、保たせるべきだ」
「保たせてどうなるもんでもないが」
軽く答えてビートは箱を置いた。突っかかりもせず、縋りもしない。諦めの済んだ声だった。FWC4の張り詰めた頑なさとは温度が違う。
「ベッド借りるぞ」
ビートはそう言い残して部屋を出ていった。
結城はその背を見送る。なぜ今彼を外に出したのか、自分でもよく掴めなかった。しかし本郷が何か持ち帰った――その話をあの子の前で広げる気には、なぜかなれなかった。
***
扉が閉まると、本郷は紙の束を卓の端へ置く。
「分かりそうか。そっちの二点は」
「これからです」
結城はケーブルを手に取る。
「本郷さんの線は」
「いくつか、形になってきた」
本郷は確かめたことだけを確かめた順に並べる男だ。指を、ひとつずつ折っていく。
「最初の四体。同じ改造痕、首の後ろに三つの端子。そこへ昨日の一体が加わった。これで五体になる」
結城は聞きながら、ケーブルの切り口を指でなぞっていた。
「五体とも、同じ止まり方だ。暴れもせず、ただ尽きて止まる。電池が切れるように」
「電池、ですか」
結城の指が、切り口の奥を読んでいる。断たれた管の内側。撚られた導線と、その芯に通る細い流路。
「本郷さん。これは、繋いで動きを封じる類のものじゃない」
本郷の目が、わずかに動いた。
「拘束具に見えるが、違う。中に流路がある。何かを通すための管だ。出すか、入れるかの」
「どちらだ」
結城は、ケーブルの繋がっていた先を思い描いた。それから、断たれた端へ戻る。流れの向きを辿る。
「これは、抜く側です」
結城はそう言い切った。
「体のどこかから抜いて、計って、流す。そういう作りをしています」
本郷がゆっくりと頷いた。自分の線と結城の読みが、同じ場所で噛み合った顔だった。
「昨日の男が妙なことを言った」
本郷は続けた。
「奪われる、と」
奪われる。抜く側。首の後ろの端子。断たれた管。
別々に転がっていた断片が、結城の中で一つの形へ寄っていく。本郷は遺体から、結城は手元の物から、違う道で同じ場所へ近づいていた。
「……繋がれていたのは、人」
結城は、自分の読みをそのまま口にした。
「この管で、人から何かを抜いている。生かしたまま繋いで、抜き続ける。男はそれを断って逃げた。だが、断った体は保たなかった」
「私も、そう思う」
本郷は言った。
「断定はしない。だが、可能性は高いと見ている」
薄ら寒い話だ。
本郷は長居しなかった。線を渡し、結城の読みを受け取って、また自分の線へ戻っていく。
「もう少し調べます」
「頼む」
扉が、閉まった。
***
一人になってから、結城は装置を手に取った。
動かないのは、空だからだ。結城は自分の右腕から細い線を引き、装置の縁へ宛がった。少しだけ、力を流してやる。
暗い面に淡く数字が浮いた。
二つきりだった。残量0——出力、0。
それだけだ。名前すらない。これをつけていた男が誰で、何を思って逃げたのか。それはどこにも記録されていない。生きたまま繋がれて、それを断って尽きた一人が、二つの数字に圧し潰されてここに残っている。
検針票だ、と結城は思った。
人を電気のように計っている。
さっき本郷に渡した読みを、結城はもう一度なぞった。抜く側。計って、流す。だが、一人になって辿り直すと、その先が見えてくる。
エネルギーが、流せる。
ある場所から抜き、計り、別の場所へ送れる。この管がそれをやっている。つまり――移せるのだ。資源として。その体に閉じているのでも、湧いて出るのでもない。抜いて、移送できる。それがエネルギーの性質だ。
結城の中で、科学者としての自分が立ち上がった。
ならば。
兵士たちの片道は――あの、満たす手段のない死は、閉じた宿命ではない。供給の問題だ。この世界には、充電する設備がない。出荷時に詰めた分を使い切れば終わる、と本人たちは言う。だが、エネルギーが移送できる資源なら、詰め直せる。どこかにある供給を、この技術を読み解いて空になった器へ送ってやれば。
敵が握っているのは、まさにそのための知識だ。
延命は――できる。
結城は装置を見つめた。
あの子たちは保たない。本人がそう言っている。しかし詰め直す手段がこの世界のどこかにあるのなら。空になる前に、送ってやれるなら。
結城の右腕が、装置のほうへ動いた。
無意識だった。自作のこの腕を、敵の技術へあてがおうと――もっと読もうと、伸ばしかけていた。見たくない、と結城の中の何かが言った。糸が切れるように止まるビートとFWC4を、見たくない。
指が装置に触れる寸前で止まった。
供給は、どこから来る。
移せる、と分かった。計れる、流せる、送れる。だが――どこから抜く。資源は湧いて出ない。恐らく単なる電力で代替可能なものではない。もしただの電気が使えるのなら、ビートはあんな言い方をしないだろう。
エネルギーを誰かの器から抜いて、別の器へ移す。空になった兵士を満たすために、何を空にする。
技術は本物だ。だが、これは――
結城は、伸ばしかけた手を引いた。
立ち上がりかけた物を、最後まで形にしなかった。供給の出どころを読み切るまでは。
読まずに飛びつけば、飛びついた分だけ間違う。科学者として、それをよく知っている。読めないものは、まだ読まない。
だが、伏せるものの中身が、変わっていた。
怪物の残骸を手にした時は、組み上がらない推理だった。今、伏せるのは――手を伸ばせば届きそうな扉だ。あの子たちを生かす道が、本物としてすぐそこにある。読み切れないのを承知で、伸ばしてしまいそうな手を結城は引いた。
誰にも、言わない。
本郷にも、風見にも。何より、あの子達には。
まだ何も確かめていない。供給の正体も、代償も。半分で結ぶのは、結城の流儀ではなかった。それに――確かめた先で、これが差し出せるものでなかったら。希望を見せて、奪うことになる。それくらいなら、知らせないほうがいい。
結城は、装置を卓へ置いた。
暗い面に、淡い数字がまだ二つ浮いている。誰のものでもなくなった数字。
この腕をどこへ伸ばすかは、自分で決められる。
今は、伸ばさない。
結城は、装置を伏せるように下へ向けた。
扉の在処は、分かった。
開けるかどうかは――その先だ。