仮面ライダー 帰れない子どもたち 作:青信号
何度目かの朝が来た。FWC4はいつものように、まず残量を照合する。
起動以来の習慣だ。休止から立ち上がると、体の各所から数字が返ってくる。先日までの消費を引いた、残り。FWC4はそれを把握し、棚へ収めた。
収める途中で、考えないよう隅に寄せたものの山をふと意識する。
高くなっている。いつからこの高さなのか、把握していない。把握する算段も立てない。迎えが来れば、山ごと用済みになる。数える必要のないものを数えるのは、出力の無駄だ。
FWC4は前を向いた。
的は残っている。攫われた一体。あの夜、別の手に持ち去られた個体だ。逃げた者を追うのが任務なら、持ち去られた者を追うのも任務の内だった。的が生きて動いている限り、任務は終わらない。
行方の手掛かりは結城が出した。残骸を読み続けていた男が、持ち去った手の帰る方角を割り出した。埠頭の外れ。使われなくなった倉庫の並び。そこへ、何かが繰り返し運び込まれている、と。
「銃を」
拠点を出る時、FWC4は一文字に言った。一文字は湯呑みを持ったまま、こちらを見た。
「私の銃だ。返せ」
「前も言ったろ」
声は軽かった。
「ありゃ預かりだ。返せねえよ」
「的の傍には怪人がいる。強化された個体も出た。素手では任務に支障が出る」
「支障が出ねえように、結城がついてく。それで足りるだろ」
足りるかどうかの算段は、FWC4の側にもある。だが銃は向こうの手の中にあり、請うても返らない。前と同じだ。請い続けるコストに、見合う戻りがない。
FWC4はそれきりで引いた。
***
結城の操るバイクは、埠頭へ向かう道を静かに走った。
二人になるのは初めてだった。FWC4はそれを目が二つ増えたと照合している。それ以上の意味は載せていない。
「読めなかったものがある」
バイクに乗る前に、結城がそう言っていた。
「残骸の芯に、知らない仕組みが回っていた。俺の触ってきたどの図面にもない。……その先を、自分の目で見に行く」
同行の理由を、問われてもいないのに置いた。FWC4は返さなかった。理由はどうでもいい。目が増えれば、的を見つける確率は上がる。勘定はそれで閉じている。
右腕の駆動音が近い。
***
倉庫の並びは、静かだった。
FWC4は痕を読みながら歩いた。重量物を引きずった線。継ぎ接ぎの個体が踏んだ床の凹み。搬入の跡。どれも新しく、どれも読みやすかった。
読みやすすぎた。
分岐のたびに、痕は一本しか残っていない。迷う余地が最初から削ってある。読める者が読めば、一本道になるように。誤差が――無い。
用意された線だ。
FWC4が足を止めたのと、倉庫の奥から声が来たのは、ほとんど同時だった。
「やあ。思ったより早かったね」
男が立っていた。
金の髪に緑の目。風見の報告と照合が一致する。傍らに継ぎ接ぎの個体が一体。怪人の出力は読めた。高くも低くもない、待機の数字。
男の方は、読めなかった。
出力が無い。敵性の数字がどこからも返ってこない。生身だ。生身の、ただの男。なのにこの線の先に立っている。笑っている。FWC4の照合の中で、その二つが噛み合わずに軋んだ。
「EX-7741-D」
FWC4は、任務の指定で男を呼んだ。
「番号で呼ぶなよ」
EX-7741-Dはにこやかに笑う。
「ヨハンでいい」
FWC4は返事もせずに踏み込んだ。
「私の任務は、お前の回収だ」
距離を潰す。素手のまま、最短で。出力が脚に走り――
影に遮られた。
怪人だ。継ぎ接ぎの腕が振り上がる。出力が跳ねるのが読めた。エネルギーが一息に膨れ、打点へ集まっていく。FWC4は受けの算段を立てかけた。素手であの質量を――
「やめなさい」
柔らかな声が、割って入る。
鋭くもないその一言を受け、怪人の腕が宙で止まった。
「この子は、僕の仕事を手伝ってくれてるんだ」
ヨハンは笑ったまま言った。
怪人は動かない。だが出力は下がらなかった。打点へと集めたエネルギーが、行き場を失ったまま、高いところに留まっている。FWC4はそれを読んだ。抑えられた個体の数字だ。抑えたのはEX-7741-D。生身の、何の力もなさそうな男。
手伝ってくれてる。
その言葉が、FWC4の中に落ちた。照合できない。手伝った覚えはない。自分が追うのは犯罪者で、それは――突き返そうとして、FWC4は理屈の形に気づいた。
FWC4はそれを捨てる。的の言うことに意味はない。理屈をつける必要はない。任務だから回収する、それだけでいい。
「回収、か」
なのにヨハンは、FWC4の言葉を拾い直した。
「いい言葉だね。僕も同じ仕事をしてるんだよ」
FWC4は問いをぶつけた。任務のための照合だ。
「攫った個体は、どこだ」
「彼なら元気だよ」
間を置かずに返ってくる。
「よく働いてる」
稼働中。FWC4はそう記録した。回収対象は生存し、稼働状態にある。任務情報として、過不足のない答えだった。
隣で、駆動音が変わった。
結城の右腕だ。一瞬、高く鳴って、戻った。握りしめた手の形が変わったのが、視界の端で読めた。意味は分からない。人間の内側は、出力では読めない。FWC4はその一拍を、読めないものとして置いた。
「君が、結城丈二だね」
ヨハンの目が結城へ動く。
「会いたかったんだ。……うん。やっぱり、いい手だ」
結城は答えなかった。
「君、僕の作ったものを読んだだろう」
ヨハンは世間話の速さで言葉を続ける。
「途中で止まったんじゃないか? 読めないところがあって。――先が、知りたいだろう」
一拍、沈黙が落ちた。
「逃げた者を集めて」
ややあって結城の口が開き、険しい声で問いかける。
「何をしている」
「おや」
ヨハンの声が、少し上がった。
「質問に質問で返すのか。いいね」
「怪人に手を入れているのはお前だな。何のためだ。奴らに、何をさせる気だ」
「うん。それもいい質問だ」
答えは一つも返らなかった。だが、弾いてもいない。問いが重なるたび、ヨハンの受ける調子が上がっていく。FWC4にはその応酬の意味が取れなかった。取れたのは音の形だけだ。結城の問いは硬く、速くなっていく。ヨハンの受けは緩んでいく。楽しんでいる音、とFWC4は処理した。問い詰められて楽しむ個体を、FWC4は知らない。
「答える気がないなら」
「あるよ」
ヨハンは遮った。遮り方まで、柔らかい。
「全部教えてあげる。君の止まったところの先も、逃げた彼らの使い道も。――知りたければ、こちらに来るといい」
結城の右腕が鳴る。
「僕のところには全部ある。図面も、設備も、材料も。君の読みたいものは、全部だ。惜しいと思わないかい。あんな手を持っていて、半分で止まっているのは」
「断る」
結城は短く切り捨てた。
「デストロンの悲願とやらに、二度尽くす気はない」
「デストロンの悲願?」
ヨハンは、きょとんとした。それから、本当におかしそうに笑った。
「ああ、それは僕のじゃない。僕は君が欲しいだけだ」
その言葉を受けて怪人の出力が跳ね上がる。
FWC4はそれを読んだ。打点も構えもないまま、数字だけが膨れて、また行き場を失って留まる。さっきより高いところに。抑えられた個体の数字が、もう一段、積み上がった。
ヨハンは怪人の方を見もせずに続ける。
「君だって、ただの人間の体を完成品だとは思わないだろう? その手があれば、もっと先に行ける」
「……俺の手は俺のために使う。誰にも渡さない」
言い切った結城の右手の駆動音が、低く一定に戻っていた。それきり、彼は口を閉じた。
「そうか。残念だ」
ヨハンはあっさり引き下がる。言葉とは裏腹に残念そうな色はどこにも無かった。それから、緑の目がFWC4へ戻ってくる。
「さっきの言葉だけどね。回収」
FWC4は答えなかった。
「僕はあの言葉、好きだよ。正確だから。物が余ったり、壊れたり、外に出たりしたら――持ち主が回収する。君のやってることも、僕のやってることも、それだ。同じ仕事だ」
的の分類に、意味はない。FWC4はそう処理した。
「じゃあ」
ヨハンの声は変わらなかった。世間話と同じ速さ、同じ軽さのまま。
「君を回収するのは、誰なんだろうね」
照合は、一瞬で終わった。
組織だ。組織が迎えに来る。据わった一行の上に問いはそのまま落ちて、弾かれた。答えは出ている。合っている。音にする必要も、的に渡す理由もない。
FWC4は答えなかった。
何かがせり上がりかけた。上がりきらず、喉より下のどこかで留まって、降りない。熱ではない。熱なら、知っている。これは音だ。落ちて弾かれたはずの問いが、弾かれた形のまま、消えずに残っている。
「うん」
ヨハンはそれ以上押さなかった。
「今日はこのくらいにしておくよ。会えてよかった」
悠々と背を向ける。
「またおいで。二人とも」
怪人がそれに続いた。発散されなかった出力は一切下がっていない。高い数字を抱えたまま、男の後ろを一歩遅れてついていく。FWC4はその背中を読んだ。抑えられたものが、抑えられた場所へ帰っていく。
追う算段を、FWC4は一度だけ立てた。
立たなかった。距離。地形。怪人の遮蔽。そして、残量。届かない的に費やす数字が、FWC4には無い。
的は笑って、歩いて、消えた。
***
拠点に戻ると、全員が卓に揃った。
結城とFWC4が報告を始める。接触の事実。人相の一致。怪人一体の随伴。線が用意されていたこと。交戦の不成立。
「怪人を制止するときに」
FWC4はあったことをそのまま置いた。
「『僕の仕事を手伝ってくれている』と言った」
卓が、静かになった。
あの問いは、報告しなかった。君を回収するのは誰か。あれは任務情報ではない。的の雑音だ。分類は済んでいる。報告の枠に入らないものを、FWC4は報告しない。それだけのことだった。
結城が、口を開いた。
「攫われた一体の消息を訊いた。……『元気だ、よく働いてる』と。それだけだ」
結城はそこで言葉を切った。切ったあとに、何かが続きそうな間が一拍あって、続かなかった。FWC4はその間を、読めないものとして記録した。この男は今日、二度も読めない一拍を置いている。
本郷は手帳に何かを書きつけていた。
「……手伝って、くれている」
低い声で一度だけ反芻し、それきり黙った。
長い沈黙だった。一文字が何か言いかけて、本郷の顔を見て、やめた。風見は腕を組んだまま動かない。書きつけた文字の上に本郷の目が留まったまま、降りてこない。処理の音だ、とFWC4は把握した。何を処理しているのかは、分からなかった。
***
夜、FWC4は残量を照合した。
今日の消費。移動。読み。踏み込みが、一回。どれも記録と合う。勘定は、合っている。
照合を閉じようとして、閉じなかった。
『君を回収するのは、誰なんだろうね』
答えは出ている。迷う余地もない。組織だ。迎えが来る。据わった一行は揺らいでいない。問いは弾いた。弾き方も、間違っていない。
FWC4は、それを心の片隅に寄せた。
滑り落ちてきた。
もう一度、寄せた。山の上に置いた。載らなかった。皿のことも、笑いのことも、名前のことも、みんな載った山だ。
棘なら知っている。寄せた場所から戻ってくるものなら前にもあった。なのに、これは違う。まだ寄せる場所に届いてもいない。
弾いたはずの問いが、弾かれた形のままで転がっている。
FWC4は照合を止め、休止に入った。
音は、消えてくれなかった。