仮面ライダー 帰れない子どもたち   作:青信号

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第十三話 回収

 

 何度目かの朝が来た。FWC4はいつものように、まず残量を照合する。

 

 起動以来の習慣だ。休止から立ち上がると、体の各所から数字が返ってくる。先日までの消費を引いた、残り。FWC4はそれを把握し、棚へ収めた。

 

 収める途中で、考えないよう隅に寄せたものの山をふと意識する。

 

 高くなっている。いつからこの高さなのか、把握していない。把握する算段も立てない。迎えが来れば、山ごと用済みになる。数える必要のないものを数えるのは、出力の無駄だ。

 

 FWC4は前を向いた。

 

 的は残っている。攫われた一体。あの夜、別の手に持ち去られた個体だ。逃げた者を追うのが任務なら、持ち去られた者を追うのも任務の内だった。的が生きて動いている限り、任務は終わらない。

 

 行方の手掛かりは結城が出した。残骸を読み続けていた男が、持ち去った手の帰る方角を割り出した。埠頭の外れ。使われなくなった倉庫の並び。そこへ、何かが繰り返し運び込まれている、と。

 

「銃を」

 

 拠点を出る時、FWC4は一文字に言った。一文字は湯呑みを持ったまま、こちらを見た。

 

「私の銃だ。返せ」

「前も言ったろ」

 

 声は軽かった。

 

「ありゃ預かりだ。返せねえよ」

「的の傍には怪人がいる。強化された個体も出た。素手では任務に支障が出る」

「支障が出ねえように、結城がついてく。それで足りるだろ」

 

 足りるかどうかの算段は、FWC4の側にもある。だが銃は向こうの手の中にあり、請うても返らない。前と同じだ。請い続けるコストに、見合う戻りがない。

 

 FWC4はそれきりで引いた。

 

***

 

 結城の操るバイクは、埠頭へ向かう道を静かに走った。

 

 二人になるのは初めてだった。FWC4はそれを目が二つ増えたと照合している。それ以上の意味は載せていない。

 

「読めなかったものがある」

 

 バイクに乗る前に、結城がそう言っていた。

 

「残骸の芯に、知らない仕組みが回っていた。俺の触ってきたどの図面にもない。……その先を、自分の目で見に行く」

 

 同行の理由を、問われてもいないのに置いた。FWC4は返さなかった。理由はどうでもいい。目が増えれば、的を見つける確率は上がる。勘定はそれで閉じている。

 

 右腕の駆動音が近い。

 

***

 

 倉庫の並びは、静かだった。

 

 FWC4は痕を読みながら歩いた。重量物を引きずった線。継ぎ接ぎの個体が踏んだ床の凹み。搬入の跡。どれも新しく、どれも読みやすかった。

 

 読みやすすぎた。

 

 分岐のたびに、痕は一本しか残っていない。迷う余地が最初から削ってある。読める者が読めば、一本道になるように。誤差が――無い。

 

 用意された線だ。

 

 FWC4が足を止めたのと、倉庫の奥から声が来たのは、ほとんど同時だった。

 

「やあ。思ったより早かったね」

 

 男が立っていた。

 

 金の髪に緑の目。風見の報告と照合が一致する。傍らに継ぎ接ぎの個体が一体。怪人の出力は読めた。高くも低くもない、待機の数字。

 

 男の方は、読めなかった。

 

 出力が無い。敵性の数字がどこからも返ってこない。生身だ。生身の、ただの男。なのにこの線の先に立っている。笑っている。FWC4の照合の中で、その二つが噛み合わずに軋んだ。

 

「EX-7741-D」

 

 FWC4は、任務の指定で男を呼んだ。

 

「番号で呼ぶなよ」

 

 EX-7741-Dはにこやかに笑う。

 

「ヨハンでいい」

 

 FWC4は返事もせずに踏み込んだ。

 

「私の任務は、お前の回収だ」

 

 距離を潰す。素手のまま、最短で。出力が脚に走り――

 

 影に遮られた。

 

 怪人だ。継ぎ接ぎの腕が振り上がる。出力が跳ねるのが読めた。エネルギーが一息に膨れ、打点へ集まっていく。FWC4は受けの算段を立てかけた。素手であの質量を――

 

「やめなさい」

 

 柔らかな声が、割って入る。

 

 鋭くもないその一言を受け、怪人の腕が宙で止まった。

 

「この子は、僕の仕事を手伝ってくれてるんだ」

 

 ヨハンは笑ったまま言った。

 

 怪人は動かない。だが出力は下がらなかった。打点へと集めたエネルギーが、行き場を失ったまま、高いところに留まっている。FWC4はそれを読んだ。抑えられた個体の数字だ。抑えたのはEX-7741-D。生身の、何の力もなさそうな男。

 

 手伝ってくれてる。

 

 その言葉が、FWC4の中に落ちた。照合できない。手伝った覚えはない。自分が追うのは犯罪者で、それは――突き返そうとして、FWC4は理屈の形に気づいた。

 

 FWC4はそれを捨てる。的の言うことに意味はない。理屈をつける必要はない。任務だから回収する、それだけでいい。

 

「回収、か」

 

 なのにヨハンは、FWC4の言葉を拾い直した。

 

「いい言葉だね。僕も同じ仕事をしてるんだよ」

 

 FWC4は問いをぶつけた。任務のための照合だ。

 

「攫った個体は、どこだ」

「彼なら元気だよ」

 

 間を置かずに返ってくる。

 

「よく働いてる」

 

 稼働中。FWC4はそう記録した。回収対象は生存し、稼働状態にある。任務情報として、過不足のない答えだった。

 

 隣で、駆動音が変わった。

 

 結城の右腕だ。一瞬、高く鳴って、戻った。握りしめた手の形が変わったのが、視界の端で読めた。意味は分からない。人間の内側は、出力では読めない。FWC4はその一拍を、読めないものとして置いた。

 

「君が、結城丈二だね」

 

 ヨハンの目が結城へ動く。

 

「会いたかったんだ。……うん。やっぱり、いい手だ」

 

 結城は答えなかった。

 

「君、僕の作ったものを読んだだろう」

 

 ヨハンは世間話の速さで言葉を続ける。

 

「途中で止まったんじゃないか? 読めないところがあって。――先が、知りたいだろう」

 

 一拍、沈黙が落ちた。

 

「逃げた者を集めて」

 

 ややあって結城の口が開き、険しい声で問いかける。

 

「何をしている」

「おや」

 

 ヨハンの声が、少し上がった。

 

「質問に質問で返すのか。いいね」

「怪人に手を入れているのはお前だな。何のためだ。奴らに、何をさせる気だ」

「うん。それもいい質問だ」

 

 答えは一つも返らなかった。だが、弾いてもいない。問いが重なるたび、ヨハンの受ける調子が上がっていく。FWC4にはその応酬の意味が取れなかった。取れたのは音の形だけだ。結城の問いは硬く、速くなっていく。ヨハンの受けは緩んでいく。楽しんでいる音、とFWC4は処理した。問い詰められて楽しむ個体を、FWC4は知らない。

 

「答える気がないなら」

「あるよ」

 

 ヨハンは遮った。遮り方まで、柔らかい。

 

「全部教えてあげる。君の止まったところの先も、逃げた彼らの使い道も。――知りたければ、こちらに来るといい」

 

 結城の右腕が鳴る。

 

「僕のところには全部ある。図面も、設備も、材料も。君の読みたいものは、全部だ。惜しいと思わないかい。あんな手を持っていて、半分で止まっているのは」

「断る」

 

 結城は短く切り捨てた。

 

「デストロンの悲願とやらに、二度尽くす気はない」

「デストロンの悲願?」

 

 ヨハンは、きょとんとした。それから、本当におかしそうに笑った。

 

「ああ、それは僕のじゃない。僕は君が欲しいだけだ」

 

 その言葉を受けて怪人の出力が跳ね上がる。

 

 FWC4はそれを読んだ。打点も構えもないまま、数字だけが膨れて、また行き場を失って留まる。さっきより高いところに。抑えられた個体の数字が、もう一段、積み上がった。

 

 ヨハンは怪人の方を見もせずに続ける。

 

「君だって、ただの人間の体を完成品だとは思わないだろう? その手があれば、もっと先に行ける」

「……俺の手は俺のために使う。誰にも渡さない」

 

 言い切った結城の右手の駆動音が、低く一定に戻っていた。それきり、彼は口を閉じた。

 

「そうか。残念だ」

 

 ヨハンはあっさり引き下がる。言葉とは裏腹に残念そうな色はどこにも無かった。それから、緑の目がFWC4へ戻ってくる。

 

「さっきの言葉だけどね。回収」

 

 FWC4は答えなかった。

 

「僕はあの言葉、好きだよ。正確だから。物が余ったり、壊れたり、外に出たりしたら――持ち主が回収する。君のやってることも、僕のやってることも、それだ。同じ仕事だ」

 

 的の分類に、意味はない。FWC4はそう処理した。

 

「じゃあ」

 

 ヨハンの声は変わらなかった。世間話と同じ速さ、同じ軽さのまま。

 

「君を回収するのは、誰なんだろうね」

 

 照合は、一瞬で終わった。

 

 組織だ。組織が迎えに来る。据わった一行の上に問いはそのまま落ちて、弾かれた。答えは出ている。合っている。音にする必要も、的に渡す理由もない。

 

 FWC4は答えなかった。

 

 何かがせり上がりかけた。上がりきらず、喉より下のどこかで留まって、降りない。熱ではない。熱なら、知っている。これは音だ。落ちて弾かれたはずの問いが、弾かれた形のまま、消えずに残っている。

 

「うん」

 

 ヨハンはそれ以上押さなかった。

 

「今日はこのくらいにしておくよ。会えてよかった」

 

 悠々と背を向ける。

 

「またおいで。二人とも」

 

 怪人がそれに続いた。発散されなかった出力は一切下がっていない。高い数字を抱えたまま、男の後ろを一歩遅れてついていく。FWC4はその背中を読んだ。抑えられたものが、抑えられた場所へ帰っていく。

 

 追う算段を、FWC4は一度だけ立てた。

 

 立たなかった。距離。地形。怪人の遮蔽。そして、残量。届かない的に費やす数字が、FWC4には無い。

 

 的は笑って、歩いて、消えた。

 

***

 

 拠点に戻ると、全員が卓に揃った。

 

 結城とFWC4が報告を始める。接触の事実。人相の一致。怪人一体の随伴。線が用意されていたこと。交戦の不成立。

 

「怪人を制止するときに」

 

 FWC4はあったことをそのまま置いた。

 

「『僕の仕事を手伝ってくれている』と言った」

 

 卓が、静かになった。

 

 あの問いは、報告しなかった。君を回収するのは誰か。あれは任務情報ではない。的の雑音だ。分類は済んでいる。報告の枠に入らないものを、FWC4は報告しない。それだけのことだった。

 

 結城が、口を開いた。

 

「攫われた一体の消息を訊いた。……『元気だ、よく働いてる』と。それだけだ」

 

 結城はそこで言葉を切った。切ったあとに、何かが続きそうな間が一拍あって、続かなかった。FWC4はその間を、読めないものとして記録した。この男は今日、二度も読めない一拍を置いている。

 

 本郷は手帳に何かを書きつけていた。

 

「……手伝って、くれている」

 

 低い声で一度だけ反芻し、それきり黙った。

 

 長い沈黙だった。一文字が何か言いかけて、本郷の顔を見て、やめた。風見は腕を組んだまま動かない。書きつけた文字の上に本郷の目が留まったまま、降りてこない。処理の音だ、とFWC4は把握した。何を処理しているのかは、分からなかった。

 

***

 

 夜、FWC4は残量を照合した。

 

 今日の消費。移動。読み。踏み込みが、一回。どれも記録と合う。勘定は、合っている。

 

 照合を閉じようとして、閉じなかった。

 

『君を回収するのは、誰なんだろうね』

 

 答えは出ている。迷う余地もない。組織だ。迎えが来る。据わった一行は揺らいでいない。問いは弾いた。弾き方も、間違っていない。

 

 FWC4は、それを心の片隅に寄せた。

 

 滑り落ちてきた。

 

 もう一度、寄せた。山の上に置いた。載らなかった。皿のことも、笑いのことも、名前のことも、みんな載った山だ。

 

 棘なら知っている。寄せた場所から戻ってくるものなら前にもあった。なのに、これは違う。まだ寄せる場所に届いてもいない。

 

 弾いたはずの問いが、弾かれた形のままで転がっている。

 

 FWC4は照合を止め、休止に入った。

 

 音は、消えてくれなかった。

 

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