仮面ライダー 帰れない子どもたち 作:青信号
卓上に地図が広げられていた。
本郷の手が、ペンで線を引いていく。追跡の経路。接触の地点。的が消えた座標。引かれるたびに、FWC4は自分の記録と照合した。一本ずつ、全部合っていた。
「並べると」
本郷は手を止めずに言った。
「俺たちが追うたびに、奴らは同じ側へ逃げている。地形のせいでも、偶然でもない。逃げ道が、いつも同じ方角にだけ空いていた」
ペンの先が、線の束の行き着く先を一度だけ叩いた。埠頭。倉庫の並び。その、さらに奥。
「追い立てた先で、回収されている。……我々は、追い込んでいた。回収を、手伝わされていたことになる」
湯呑みの置かれる音がした。一文字だ。音は、普段より少しだけ大きかった。風見は腕を組んだまま、動かない。
FWC4は思考を回す。
追い方が誤っていた。誤った運用は、修正される。それだけのことだ。攫われた一体は稼働中で、搬入の線の先にいる可能性が最も高い。線の先を叩くのは、回収対象への最短の経路になる。任務と、合う。
計算が合うまでに、普段より一拍かかった。FWC4は一拍の方を数えず、結論だけを収めた。
「搬入の線も、同じ場所で止まる」
結城が地図の一点を指した。
「埠頭の先の、廃棄された精製施設だ。運び込まれた物の線は全部そこまでで途切れている。出ていった形跡がない」
「一体ずつ追うのは、今日で終わりにする」
本郷が言った。
「全員で、そこを叩く」
一文字がすかさず口を開く。
「待て。全員ってのは」
視線が端にいるFWC4へ動いた。
「的の回収は、私の任務だ」
FWC4は先に置いた。許可を求める筋の話ではない。事実の確認だ。
「行く」
「駄目だ」
一文字の声は、低かった。
「総力戦だぞ。ガキの出る幕じゃねえ」
「戦力の勘定に合わない。出力を読める個体を外すのは、運用の誤りだ」
誤りは指摘した。それで済む話のはずだった。一文字は何か言いかけ――
本郷のペン先が、地図の上で止まった。作戦上の空白としては、長い停止だった。それからようやく、口を開く。
「……止めても、行くんだろう」
「そうだ」
「なら、単独で行かせるより、持ち場を決めて組み込む方がいい」
本郷はそこで、一度だけ言葉を切った。
「許可じゃない。俺たちの手が届く場所に置く。それだけだ」
本郷は地図へ目を戻す。一文字は席を立った。湯呑みは、卓に残った。
「正面は俺と一文字で開ける。結城は内部だ。残された物を読む手が要る。……風見、結城と組んでくれ」
「ああ」
風見は短く答えた。それから付け加えた。
「ビートには俺から伝える。……前には出さない」
「フォウは高所だ」
本郷の目が、こちらへ向いた。
「降りるな。読みと、銃の仕事だけでいい」
FWC4は配置を記録した。持ち場。射線。距離。降りるな、の指定。全部、自分を正しく使うための数字として収めた。
一つだけ、欠けている物があった。銃は、預かられたままだ。請う勘定は、前に終えている。FWC4は代替の算段を立て始めた。射程の短い物でも、高さと角度があれば――
算段は途中で要らなくなった。
***
拠点を出るところに、見慣れた形の包みを抱えた一文字が立っていた。
黙ったまま包みが差し出される。FWC4は受け取ろうとしたが、一文字が離さない。何がしたいのか確かめるように視線を向けると、一文字は口元を歪めてようやく手を離した。
その場で中身を開く。銃身。機関部。照準器。狂いは無い。油は新しく、機関部の動きは預けた日より軽かった。差分は、手入れの分だけ、良くなっている。
「落とすなよ」
それだけ言って、先に外へ出ていった。
FWC4は記録した。預かりの解除。解除の条件は、提示されていない。請うてもいない。返る予定の無い勘定から、銃は返ってきた。
解除の理由は、分からなかった。FWC4はそれを読めないものとして置き、銃を背負う。重さは、記録と同じだった。
一文字のバイクに乗る前、拠点から出てきたBTG2と視線が合った。戦力の加算として収め、それ以上は載せなかった。
言葉は、どちらからも出なかった。
***
バイクの列が夜明け前の道を走る。精製施設は、埠頭の先の暗がりに沈んでいた。
四人が配置につく中、FWC4は隣接する倉庫の屋上に伏せ、銃を組みながら出力を読む。
内部と前庭。数にして十四。待機する怪人達が並んでいる。うち一つだけ、待機の段階でも数字が頭一つ抜けている。
「十四。うち一つ、桁が違う」
「充分だ。あとは俺たちがやる」
返答は短かった。
ビートの座標は、前庭の左手前。資材の陰。前線の外。配置の通りだった。
塀の内側で、四つの声が短く重なった。
次に、風を巻く音が来た。
四つの出力が、一斉に跳ね上がる。人間の形が、FWC4の読みの中で別の数字へ置き換わった。既知の——味方の数字だ。
FWC4はそれを照合の枠に加え、引き金に指を据えた。
正面の扉が内側へ折れた。錆びた蝶番が弾け、鉄板が床を滑る音が屋上まで届く。
精製施設はすぐに戦場となった。
一文字は力強かった。
数字より先に、踏み込みの音が来た。二体を同時に間合いへ巻き込み、腰の回転だけでまとめて投げる。背中が床へ落ちた音は二つ、ほとんど一つに重なった。
三体目が背後へ回った。振りかぶる。出力が打点へ集まっていく。――FWC4は迷いなくトリガーを引いた。
発砲音が一つ。薬莢が屋上の鉄板を跳ねる。
弾は一文字の横を抜け、三体目の膝を撃ち抜いた。崩れるより早く一文字の足が入る。蹴り倒したのではない。投げの流れに、もう一つ打点を足しただけだった。
「よく見えたな!」
振り向かずに、声だけ寄越した。
一射。消費、記録。
前庭の左奥で、膨れ始めた出力があった。力をためている。放てば広い範囲を焼くだろう。
「本郷、左の奥だ。三秒で膨れる」
「分かった」
本郷は二秒で跳んだ。
最短距離ではなかった。膨れた出力が逃げる先を塞ぐ角度だ。足先が核の外縁を打つ。
鈍い破裂音。
広がりかけた数字だけが潰れ、個体は放つ前に落ちた。
「いい読みだ」
指示の中に、自分の読みが組み込まれている。FWC4はそれを配置の事実として記録した。
三射。四射。消費は増えていく。記録は、全部合っている。
本郷の死角へ三つの数字が回り込んだ。前の二つが盾の形に固まり、後ろの一つが溜め始める。
射線が塞がっている。FWC4は出力を上げて撃った。一射、二射。盾の外装に弾かれる。角度を変える時間は――無い。
盾の片方が、沈んだ。
ビートだ。資材の陰から出もしない。盾の左足の、着地の一点にだけ重力が置かれた。それだけで隊形が崩れ、回廊が一拍だけ開いた。
FWC4の射撃が通る。弾は溜めの核を撃ち崩し、膨らみかけていた出力が霧散する。
よろめいた個体の戻る先に、本郷はもう足を置いていた。
蹴りは短く、音だけが重い。個体はその場で折れ、落ちた。
FWC4は照合する。弾かれた二射は、力で線を作ろうとした分だ。ビートは、ほとんど出力を使っていない。置き所の一点で、同じ線を作った。
数字と結果が、合っていない。
合わない分を、FWC4は読めないものとして置いた。
内部のエネルギーが指向性を持って動く。
三つの出力が、一点へ収束していく。収束先の座標――結城。
打点の形が読めた。潰す形ではない。極める形。絡め取る形。殺す打点が、一つも無い。
結城は下がらなかった。右腕の先が床を走る音だけがする。
三つのうち一つの進路が、そこでわずかにズレた。
「結城――」
符丁ではなく、声が出た。出し切るより先に、内部で一番速い男が動いた。風見だ。
壁の向こうで、床を蹴る音が一つだけ高く鳴った。
風見の鋭い一撃が収束しかけた三つの間へ突き刺さる。最初の一体を弾き飛ばした勢いのまま二体目を壁へ叩きつけ、返す足で最後の一体を蹴り抜く。
「続けろ。ここは塞いだ」
短い声だけが、壁の向こうから届いた。
FWC4は声を収めた。配置の通りだ。そう記録した。殺さない打ち方の方は、記録の別枠に置いた。
桁の違う出力が、動いた。
向かう先は一文字。一文字は別の一体と組み合っていて、手が塞がっている。
射線――無い。間に崩れた壁が立っている。ビート——別の地点にいる。回り込む弧を取る時間も、無い。強化個体の出力が一点に集まっていく。集まりきるまで、三秒。
FWC4は屋上を蹴った。
高さを出力で殺し、二歩で間合いを潰す。一気に減っていく残量は数えなかった。
肩で一文字を押しのけ、振り下ろされた一撃を左腕で受けて外へ流す。
衝撃が腕の内側で鳴った。足元のコンクリートが蜘蛛の巣に割れ、遅れて破片が転がる。体が滑った。
押しのけられた一文字は、組んでいた一体を投げ捨てて敵に向き直っていた。
「このっ!」
立ち位置の入れ替わりは一拍で済んだ。
二撃目を潜り込んで躱した一文字が、懐で肘を打つ。装甲の奥で、鈍い音がした。離れ際に跳ぶ。
二段の蹴りが胴を抜いた。桁の違う一体が二度波打ち、床を鳴らして落ちた。
一文字が振り返り、FWC4の腕を掴んで引き起こす。掴んだ手に、力が入っていた。
「バカ野郎!!」
姿は違っても、声の形も温度も同じだった。
「上にいろっつっただろうが!」
「射線が無かった」
「だったら呼べ! 一人で突っ込むんじゃねえ!」
呼ぶ時間は勘定に合わなかった。そう返すより先に、一文字は手を離し、次の戦場へ走っていた。
FWC4は結論を保留した。判断は合っている。射線が無く、時間も無かった。合っているのに、怒られた。合わない分を置く先は、後で決める。
持ち場へ戻った。左腕の外装、機能に支障なし。減った残量の数字を記録して、閉じた。
前庭の数が残り少なくなった頃、新しい数字が外から来た。
六つ。側面の搬入口へ、まっすぐに。先頭の一つは――強い。
FWC4は符丁を送り、読んだ。本郷と一文字は正面の残りに妨害されている。風見と結城は内部にいる。現れた敵に届く手が、数拍のあいだ、一本も無い。
届く位置にいるのは、二つだけだった。
FWC4は搬入口へ銃口を向ける。ビートが、資材の陰から半歩だけ出た。
先頭の個体が死角へ潜る。その右膝の落ち際に、重力が置かれた。膝が沈む。沈んだ膝の継ぎ目を、FWC4は撃った。個体はつんのめり、後続がつかえる。二体目が乗り越えようとした足元が、また沈む。晒された肩の継ぎ目に、一射。
崩す点と釘付ける点が、交互に噛んだ。手順を合わせた覚えは無い。読み合わせも、符丁も無い。なのに噛む。
危険は去っていなかった。桁違いは膝を潰されたまま、それでも前へ出ようとしている。保たせているだけだ。倒せてはいない。FWC4は残弾と残量を数えながら、敵を見ていた。視界の下端で、ビートも同じ場所を見ていた。
しかしその数拍で、十分だった。
正面が空く。
「一文字」
「おう!」
先に、一文字の踏み込みが来た。床が音を立てて割れ、本郷の影が上から落ちる。
強力と読んだ個体は一文字の蹴りで前へ折れ、本郷の蹴りで逃げ場を失った。二つの打撃音が一つに重なり、敵が沈む。
後続は、空いた波ごと砕かれた。
FWC4は記録した。保った時間、十一秒。撃破、零。
***
前庭の出力が、全て止まった。
内部の掃討も終わっていた。FWC4は屋上を降り、施設に入った。的の反応を探す。
無い。
一番奥の区画に、跡だけがあった。太いボルトの穴が床に並び、重量物を据えていた形に擦れている。引きずりの線が、搬出口まで伸びていた。切り口も、擦過も、全部新しい。
結城が膝をついて、床を読んでいた。指先が擦過の縁をなぞり、次にボルト穴の熱の残りを確かめる。
長く読んで、短く言った。
「……昨日今日だ。運び出したのは」
立ち上がった結城の目が、FWC4の左腕で一拍、留まった。
FWC4は損傷の査定として分類した。外装のへこみが一箇所。機能に支障なし。査定の答えは、それで足りる。
撤収の痕には、誤差が無かった。読みやすく、迷う余地が最初から削られている。FWC4はこの精度に覚えがあった。用意された線と、同じ手触りだ。
的は移送済み。稼働継続。追跡続行。FWC4はそう記録した。
「線は残っている」
本郷が、搬出口の轍を見下ろして言った。
「ここまで読めたんだ。この先も読める」
そのまま搬出口の脇を歩いていると、ビートが横に並んだ。視線は、前を向いたままだった。
「……そんなに急ぐな。まだ取っておけ」
それだけ言うと、歩調を変えて、離れていった。
FWC4は照合した。何を急ぐのか。何を取っておくのか。主語が無い。目的語も欠けている。文として、不完全だ。
意味の取れない音として、FWC4は記録した。返す言葉は、探さなかった。
***
拠点に戻ってから、FWC4は残量を照合した。
今日の消費。移動。読みが、継続で数時間。射撃、十三。降下と割り込みが、一回ずつ。左腕の外装の修復。どの数字も、記録と合う。減り幅は、この世界に来てから一番大きい。
勘定は、合っている。
照合のついでに、今日の記録が並んだ。
戻ってきた銃の、油の新しさ。一文字の横を抜けた弾道と、振り向かない背中。「いい読みだ」の短さ。一拍だけ開いた回廊と、通った一射。同じ死角を見ていた、十一秒。掴まれた腕に入っていた、力。どれも任務の記録だ。消す理由が勘定に無い。FWC4はそのまま収めた。
読めないものは、今日は数が多かった。銃を返された理由。合っているのに怒られた分。置き所の一点で線を作る、数字に合わない閉じ方。合わせていないのに噛んだ手順。文として不完全な音。FWC4はそれを一つずつ、いつもの山に積んだ。
載った。今日の分は、全部載った。
積んだ分だけ、山は高くなった。弾かれた形のまま転がっていたものは、積まれた今日の下になった。音は――今日は、届かなかった。
残量は、減っている。
FWC4は照合を終えて、休止に入った。