仮面ライダー 帰れない子どもたち 作:青信号
敵を追う線は、山で止まっていた。
正しくは山の中へ潜っていた。廃棄された採石場。切り出しの段が夜目にも白く浮かび、その根元に坑口が黒く開いている。轍と、錆の浮いたレールが、全部そこへ吸い込まれていた。
風見は斜面の陰で片膝をつき、坑口を見ていた。
風のない夜だった。油と、それより重い何かの匂いが薄く混じっている。稼働している場所の匂いだ。廃坑の匂いではない。
「的の反応。下だ」
FWC4が短く言った。
「深い。……動いている」
本郷が地形図から顔を上げる。
「入り口は二つ。正面の坑道と、風を抜くための横穴だ。……フォウ、反応はどちらの側だ」
「横穴の奥。正面からは遠い」
「なら二手だ。フォウの読みに俺と一文字がつく。風見、正面を頼む。結城と――ビートと、三人だ」
「ああ」
風見は短く答えた。結城は黙って頷く。ビートは資材の陰に腰を下ろしたまま動かなかった。風見が視線をやると、分かっているというように肩だけをすくめる。前には出ない。それでいい。
「おい」
一文字がFWC4の前に立った。軽くしゃがみ、まっすぐ目を合わせてくる。
「先に言っとくぞ。今日は撃たせねえ。俺と本郷の間にいろ」
「射撃が要る局面が来る」
「来させねえっつってんだ」
それだけ言って、先に坑口へ歩いていった。
FWC4は動かないまま、数拍、その背中を見ていた。それから何も言わずに続く。誰も口を挟まなかった。
入口の手前で、声が重なる。
「変身」
風見は腕を回し、夜気を裂いた。
「――V3ァッ!」
風が巻き、装甲が全身を包む。視界が変わる。左右で、本郷と一文字の姿が既に変わっていた。結城の顔にマスクが降りる。
四つの影が、二手に割れた。
***
正面の坑道は、廃坑の顔をしていなかった。
床は均され、レールは磨かれ、坑木の代わりに新しい鋼材が天井を支えている。奥へ進むほど、油の匂いが濃くなった。壁沿いに太い管が這い、微かに震えている。生きている道だ。
迎撃は、坑道が広間へ開けるところで来た。
レールが二筋に割れて広がる、中継ぎの広間だった。資材の山と、止まったままの台車が並んでいる。その陰から、十を超える怪人たちが湧いて出た。獣の面に、溶けた継ぎ目。這い出した管が灯を受けて濡れて見えた。
最初の三体が同時に掛かってきた。
風見は初速で懐へ入った。一体目の面が裏拳で割れる。二体目の管の薙ぎを潜り、返す蹴りで胴の継ぎ目を抜いた。手応えは知っている感触だ。荒れた台木に、粗い接ぎ木。倉庫のものと、同じ作り。
三体目が跳んだ。その着地の一点が、沈んだ。膝から床へめり込んだ怪人の腹を風見は迷いなく踏み抜いた。
敵の波が割れる。
半分は風見へ。残りが、弧を描いて結城へ回り込む。四体。管の束が四肢を絡め取るように伸びる。
結城は下がることなく、一歩前へ出た。
右腕が唸り、ワイヤーの先が頭上の鋼材を噛んだ。体が宙へ吊り上がる。四肢を極めるはずだった管は、空になった中心で互いに絡み合った。結城は振り子の勢いのまま輪の外へ抜け、着地際にワイヤーを引き戻す。戻る先端が一体の管を搦め取り、絡んだ隣の一体ごと引き倒した。
その背後から、別の一体が跳んだ。着地したばかりの、結城の死角。風見は正面の二体に塞がれて、届かない。
届く前に、沈んだ。
跳んだ個体の着地点にだけ、重力が置かれた。膝が床を割って沈み、伸ばした管が結城の背を逸れて台車を巻く。
「……沈めるだけだ」
資材の陰から、声だけが来た。半歩も動いていない。
「仕留めるのは、そっちなんだろう?」
「ああ」
風見は塞ぐ二体を続けて蹴り抜き、沈んだ個体の面を砕いた。残った捕獲の一団は管を引き、間合いを開ける。仕留めに来ていない。連れ去るという目的を果たせず退く動きだった。
退いた先の暗がりが、動く。
黒褐色の甲殻が、灯を鈍く返しながら歩み出てくる。両腕が、肘から先で緩く湾曲した刀身になっていた。鞘のない、生まれつきの刀。姿勢に、無駄がなかった。
その一体が右の刀身をわずかに上げた。
「下がれ、同志よ。この男は、我が獲物である」
残っていた怪人が一斉に止まった。掛かりかけていた足が、揃って引く。統率だ。倉庫にはなかったものが、ここにはある。
「V3」
声は低く、堂々としていた。
「デストロンの悲願を踏み荒らした男。……ようやく、この間合いに入った」
結城の声が、低く落ちた。
「……その作りは、デストロンの手だ」
風見は答えなかった。答えの代わりに、目の前の敵を量り直す。精緻、と結城は読んだ。ならば、これまでのどの個体とも違う。
「我はサソリサーベル。デストロンの――」
そこで一拍、間があった。
「――デストロンの、残された刃である」
アコナイト、とは言わない。自分はデストロンであるのだ、とその刃を研ぎ澄ませている。
倉庫の怪人は名乗った。我らはアコナイト、と。この男は言わない。デストロン。その名しか、口に載せない。その差の意味は、風見の中で巻き上がる炎に巻かれて消えた。
「貴様に問うことは何もない」
サソリサーベルは両腕を構えた。左右の刀身が、遠い灯を吸って沈む。
「あるのは、これだけである」
速い。
踏み込みに音がなく、右の刃が最短で首を狙ってくる。風見は初速で外へ流れ、返しの左を前腕で受けた。
一撃が重い。受けた腕の芯に痺れが通った。
風見は受けを捨て回避に切り替える。右、左、右。刃が交互に襲い、躱した先を読んでくる。読みの速さが、こちらの初速に喰らいついてくる。
風見は懐へ潜った。肘を胴へ。手応えより先に、拳の皮膚が読んだ。
結城の読みの通りだ。
装甲板の合わせに、狂いがない。肉と金属の馴染みに、無理がない。この体は、荒れる前に作られている。組織が生きていた頃の手。壊滅を、生き延びた体だ。
肘の一撃は装甲に殺され、返す刃を風見は跳んで逃れた。距離が開く。
「見事」
サソリサーベルは構えを解かずに言った。世辞の温度ではなかった。量った重さを、そのまま口にした音だった。
「貴様の速さは聞いていた通りだ。だが――」
言い終える前に、風見は踏み込んだ。言葉を待つ理由がない。刃と蹴りが交錯し、火花が二度、三度、床に散った。浅い。互いにまだ底を見せていない。
その時、唐突に床が揺れた。
深い場所から音が響く。破裂音が一つ。遅れて、崩落の重い連なり。壁を這う管が震え、天井の灯が明滅した。
横穴の側だ。フォウたちが降りた、奥の方角。
統制の取れた音ではなかった。風見の知っている爆破は、意図の形をしている。これは違う。枠の外で、何かが暴れている音だった。
揺れが収まるより先に、怪人たちが一斉に動き始める。
止まっていた輪が崩れ、揃った速度で奥へ向かう。――レールを辿るように吸い込まれていく、坑の奥へ流れていく。逃げる足ではなかった。呼ばれた足だ。だが、号令は聞こえなかった。目の前の怪人は何も言っていない。
この男のものではない手順で、この男の同志が動いている。
二つの命令系統がある。
風見はその可能性を頭に置いた。
サソリサーベルは流れていく背中を見ていた。刃は風見に向けたまま、面だけが同志たちを追う。刃の圧が、揺れた。
風見はその揺れを見た。見て、打ち込まなかった。揺れの出所が読めない打点は、罠と同じだ。
「……決着は預ける」
両腕が引かれた。退き際にも、音がなかった。
「逃げたと思うな、V3。この坑で、必ず貴様を斬る」
黒褐色の姿が、同志たちの消えた暗がりへ沈んだ。
風見は結城とビートを目で確かめ、奥へ踏み出した。預けられた決着と、揺れの出所。どちらも、この坑の底にある。
***
横穴側の坑道は、下るほど狭くなった。
先頭に本郷。殿に一文字。FWC4はその間で出力を読みながら進んでいた。壁沿いに搬送のレールが一筋、闇の奥へ伸びている。レールは微かに鳴っていた。動いている線の音だ。
的の反応はずっと下にある。まだ遠い距離。数字は安定していた。稼働中。一定の律動。記録と合っている。
最初の迎撃の前に、本郷が手を上げた。
FWC4が出力を読み取るのとほぼ同時。前方、三。右の横道に二つ、天井際に一つ。数字を渡す先は、もう動いていた。
本郷が横道の口を塞ぐ角度に立つ。飛び出した二体は狭さの中で重なり、重なったところへ打撃が続けて入った。天井際の一体が落ちてくる。落ち際を、後ろから追い越した一文字の蹴りが捉えた。壁にめり込む音が一つ。
三つの出力が、消えた。
FWC4は銃を構えたままだった。構えたまま、終わった。
二度目の迎撃も、同じだった。坑道の折れる手前、FWC4が三つの反応を数え終えるより早く、一文字が「三体だな」と言った。本郷が先へ跳び、一文字が殿から前へ出て挟む。挟まれた三体は、FWC4の届く間合いに一度も入らないまま、沈んだ。
射線は、一度も開かなかった。
本郷の立ち位置が先に塞ぎ、一文字の打点が先に終わる。撃つ勘定が、立つ前に消えていく。FWC4はそれを配置の精度として記録した。別の分類は、立てなかった。
迎撃の数字を数える。一度目と二度目の間隔は、進んだ距離と合っていた。波の数は、どちらも三。坑道は狭く、数を積めば道は塞がる地形だ。塞ぐ数は、来ていない。
FWC4は迎撃の間隔を移動の速度で割った。
割り切れた。端数は、出なかった。
迎撃、等間隔。規模、一定。的の律動の隣に、それを記録した。
「消費は」
「読みのみ。射撃、零」
本郷は短く頷き、先を促した。
坑道が開けた。
深部の、設備の集まる区画だった。天井は低いが、横に広い。搬送レールが束になって集まり、その中央に、見たことのない設備が並んでいる。制御の箱。導線の束。線は太く、床を這い、区画の奥の隔壁へ潜り込んでいた。
その設備が、壊されている最中だった。
大きな影が、制御の箱を殴り潰していた。
FWC4は出力を読んだ。見覚えのある数字だ。高い位置で抑えられたまま積み上がっていた、あの個体。ヨハンの後ろを一歩遅れてついていった背中。
抑えられていたものが、今は抑えられていなかった。
数字が全部、表に出ている。行き先の指定がない。打点の形もない。ただ膨れて、目の前の物へ落ちている。導線の束が引き千切られ、火花が壁を舐めた。制御の箱がもう一つ、床へ潰れる。
敵が、敵の設備を壊している。
FWC4は思考を回した。回して、止めた。意味は取れない。統制の欠落。それだけを記録した。
その先に、ヨハンが立っていた。
壊れていく設備から、数歩の距離。緑の目が、暴れる個体を眺めている。止める素振りはなかった。怒る素振りもなかった。ただ、値を読み終える目だった。
「……うん」
ヨハンは一人で頷いた。
「直すより、次を作る方が早いな」
それだけだった。
個体へ掛ける言葉は、なかった。設備へ向ける未練もない。ヨハンは背を向けかけ――その途中で、一度だけ、FWC4を見た。
一瞥だった。値踏みでも、挨拶でもない。物の位置を確かめる速さで、緑の目がFWC4の上を通ってから離れる。
言葉は落ちてこなかった。
金の髪が暗がりに沈む。搬送レールの一筋が、その暗がりの奥でまだ鳴っていた。ヨハンの消えた側だけ、線は生きている。
置き去りにされた個体が、こちらを向いた。
膨れた数字に、初めて向きがついた。行き場を失っていた出力が、目の前の敵へ――ライダーへ、集まり始める。溜めの速さが、これまでのどの個体とも違った。積み上がっていた分が、そのまま乗っている。
本郷と一文字が、前へ出た。FWC4の前を、二つの背中が塞ぐ。
FWC4は読んだ。溜めきるまで、四秒。打点、正面の広域。二人の位置は扇の内側。踏み込めば潰される前に届く――が、正面装甲が厚い。打撃の通る継ぎ目は、溜めの姿勢では全部、内へ折り込まれている。
崩せば、晒される。崩すには、注意を割る。割れるのは――右膝の継ぎ目だけが、こちらの角度に開いている。
この射線は、この位置にしかない。
勘定は、一拍で合った。
「一文字」
FWC4は先に呼んだ。
左へ、と続ける前に一文字が流れ、個体の注意が割れる。その一拍で右膝の継ぎ目が正面を切った。FWC4が撃つと一射で膝が沈む。溜めていた上体が前へ泳ぎ、首の付け根の継ぎ目が晒された。
一文字の手刀が、そこへ落ちた。
装甲の奥で鈍い音が鳴る。個体は膝をついたまま、それでも数字を落とさなかった。積んだ分が、まだ残っている。倒れながら、腕の一本が床を掴み、起き上がろうとする。
その戻る先に、本郷はもう跳んでいた。
「ライダーキィーーック!」
両足が胸の中心を貫いた。装甲が割れ、積み上がっていた数字が一気に散る。個体は後ろのレールへ叩きつけられ、鋼材を巻き込んで沈んだ。爆ぜる音が低い天井に二度反響し、上へ抜けていく。
出力、消失。FWC4は記録した。
射撃は一つだけ。呼んだのは、勘定に合ったからだ。それ以上の項目は、立てなかった。
一文字が振り返り、FWC4を一度見た。開いた口は、別の言葉になった。
「先へ行くぞ」
それに頷いて進んだ先、隔壁の向こうに、的の反応があった。
区画の奥だ。搬送レールの束が全部、そこへ潜り込んでいる。厚い隔壁だった。継ぎ目に爆破の跡も、こじ開けた傷もない。最初から、通す物と通さない物を選ぶために作られた壁だ。
FWC4は壁に手を触れずに、出力だけを読んだ。
的の数字。稼働中。律動は一定で、乱れがない。よく――
働いてる。
あの音の記憶が、積み上げた記録の横に並んだ。FWC4はそのままにした。わざわざ照合する項目ではない。
数字が、動いていた。
壁の向こうで、的の反応が横へ滑っていく。一定の速度。歩く速さではない。運ばれる速さだ。レールの鳴りと、同じ律動だった。
「壁の向こうを、移送中だ。……遠ざかっている」
本郷が隔壁を叩いた。音は詰まっていて、厚みだけが返ってきた。
「破るには時間が要るな。回り込む道は」
「一本。だが――」
FWC4は来た道を読み返した。先ほどの爆発が分岐の一つを潰している。残る一本は、搬送線の出口側へ大きく迂回する。的の速度と、道の長さ。勘定は合わなかった。
「間に合わない」
言い切る間にも、数字は遠ざかっていく。一定の速度のまま。慌ててもいない。追われている者の速度ではなかった。運び出す予定だった物を、予定の速度で運んでいる。
設備は壊れた。個体は暴れた。坑は崩れた。それでも、この線だけは、一度も乱れていない。
FWC4はそれを記録した。壊れる場所と壊れない場所が、最初から分けてある。
転移装置の裂け目が開いているのだろう。的の数字が、ふつりと消えた。
「精製施設と同じだな」
本郷が言った。隔壁でも、裂け目でもなく、来た道の方を見ていた。
「俺たちの足の速さまで、向こうの勘定に入っている」
***
風見たちが奥へ向かう道は、二度塞がれた。塞いだ怪人を沈めて抜けた先が、大きな空洞に開けていた。
切り出しの終わった、坑の心臓部だった。天井の高みに作業灯が並び、床には搬送のレールが幾筋も走っている。そこは、もう戦場ではなくなりかけていた。
レールの上をコンテナが列をなして動いている。設備が、固定具ごと台座から外され、レールへ移されていく。手順の音だけがする撤収だった。
残った怪人たちは、もう風見に掛かってこなかった。
半分は、レールの周りで積み込みを守っている。もう半分は――
風見は、それを見た。
倒れた怪人が、レールの上にいた。
風見が砕いた個体。結城を絡め取りに来て、果たせず沈められた個体。動かなくなった怪人たちが、コンテナの台へ載せられていく。設備と、同じ手つきで。設備と、同じ固定具で。管を折り畳まれ、寸法に合わせて留められ、荷の形にされていく。
弔いの動きではない。あれは回収だ。壊れた物と使える材料を、同じ列で運ぶ動きだった。
その列の前に、サソリサーベルが立っていた。
両腕の刀は、下がっていた。黒褐色の姿が、荷にされていく同志たちを見ている。積み込みの怪人たちは手を止めない。首魁が見ていても、止めない。彼らの手順の中に、この男の号令は入っていなかった。
「……同志を」
声は低いまま、別の温度になっていた。
「荷のように扱うか」
誰も答えなかった。レールだけが鳴っていた。
「デストロンの再興のために死んだ者を。悲願のために、この身を毒に浸した者たちを――」
サソリサーベルの刀身が、上がった。
「――貴様の実験の、材料と呼ぶかッ! ヨハンッ!!」
叫びは、空洞に反響して、どこへも届かなかった。金の髪の男は、この坑のどこにもいない。線と手配だけを残して、もういない。
風見は、動かずに見ていた。
倉庫で聞いた憎悪と、同じ温度だった。よくも我らがデストロンを、と吠えたあの声だ。
風見の中に、湧くものはなかった。
この怪人が同志と呼ぶのは、人を攫い、結城を狙い、街を罠にかけてきた存在だ。この男の悲願は、風見の家族が焼かれたあの技術の再来だ。どこで誰に裏切られていようと、それは何も変わらない。
風見は事実だけを認めた。目の前の敵は、今協力者を失った。それだけだ。
「V3……」
サソリサーベルが、向き直った。
刀身が構えに戻る。乱れているか、と風見は読んだ。否、静かだった。行き場を失った全部が一本に絞られている。
「悲願は汚された。同志は荷にされた。……ならば、せめて」
踏み込みが来た。
「貴様だけは、この手で!」
最初の一合から、重さが違った。
右の刃を躱した先に、左が待っている。左を潜れば、右が返ってくる。読み合いの間が消え、刃だけが連なった。風見は初速で外を回り、蹴りを二度、装甲に入れた。手応えは硬い。精緻な継ぎ目が、打点を割らせない。
三度、四度。火花が床に散り、レールの鳴りと混ざった。
風見は角度を変えた。刃の連なりには、折り返しの一点がある。右から左へ返る、その継ぎ目。五度目でそれを取った。返しかけた左の刃の内側へ、体ごと潜る。
肘が胴の同じ点へ二回入った。
装甲が鳴いた。精緻な継ぎ目がわずかに浮く。サソリサーベルの体が初めて泳いだ。
風見は追った。浮いた継ぎ目へ、蹴りを――
その時、皮膚が読んだ。
敵の駆動音が変わった。重心が泳ぎながら沈んでいる。腰の上あたりで、開くはずのない継ぎ目が動く音がした。
来る。
何かも、どこからかも、知らない。だが来る。風見は追撃を捨て、真上へ跳んだ。
跳んだ足の下を、それが薙いだ。
節のある尾だった。装甲の内に折り畳まれていた長さが一息に伸びて、風見のいた高さを刺し貫いていた。先端の針が、坑の灯を濡れたように返す。針の先から、糸を引いて何かが滴った。滴った床が、細く煙を上げた。
毒。
武人の装甲の下に、最初からこれが折り畳まれていた。
風見は宙で体を捻った。回転が乗る。落下が、そのまま武器になる。
尾は伸びきっていた。引き戻す一拍が、この男の全部の中で、唯一遅い。
「V3――」
浮いた継ぎ目。二度打った、あの点へ。
「――回転フルキック!!」
踵が、装甲を貫いた。
精緻な継ぎ目が内側から弾け、黒褐色の体が二つに折れてレールを越え、壁へ沈んだ。尾が一度、床を叩いた。それきり、動かなかった。
「……我らの……ひ、がん……」
声は、そこで途切れた。
爆ぜる音は、乾いていた。閃光が空洞を白く抜き、荷を積む怪人たちの影を一瞬だけ壁に焼いて、消えた。
積み込みは、止まらなかった。
首魁が果てても、レールは鳴り続けている。風見は変身を解かないまま、その音を聞いていた。討った、という手応えは腕にある。終わった、という音は、どこからもしなかった。
残った怪人の掃討は、長くかからなかった。
積み込みを守っていた個体は、荷が出ると同時に統制を失った。本郷と一文字が風見たちの反対側から現れ、挟まれた残りは数分で沈んだ。最後のコンテナは、その数分の間に別の口から消えていた。
空洞には、台座の跡だけが残った。
ボルトの穴。固定具の擦過。据えられていた物の輪郭が、床のあちこちに白く抜けている。読める跡だけが、几帳面に残されていた。
結城が、その一つ一つを読んで歩いていた。
風見は少し離れて、それを見ていた。結城の足が、空洞の隅で止まった。
通路が一本あった。
撤収は全てを引き上げていた。灯も、順に落とされていた。なのにその通路だけ、照明が生きている。扉が、開いたままになっている。奥に、台の輪郭が見えた。図面を広げる台。棚の並び。設備の影。持ち出された気配のない一室が、灯りの中に、綺麗に残されている。
忘れられた部屋の形では、なかった。
誤差のない撤収が、そこだけ誤差のない形で手を付けられずにいた。
結城は動かない。
右腕の駆動音が、一度だけ高く鳴って戻る。開いた扉と、灯りと、台の輪郭。結城の目がそれを読んでいる時間は長かった。床の跡を読んでいた時間の、どれよりも。
それから結城は、短く背を向けた。
「……何も残っていない。行こう」
通路の灯りは点いている。それでも、結城は振り返らなかった。
風見はその背中を見て、何も言わずに並んだ。読んだものを口にしない男の隣は、静かだった。静かだからこそ、右腕の駆動音がよく聞こえた。
***
外へ出ると、空が白み始めていた。
FWC4は残量を数えながら、レールの錆を見下ろしていた。読みが、継続で数時間。射撃、一。消費は記録と合っている。的は移送継続。稼働中。追跡続行。記録はそれで閉じた。
風見は、閉じなかった。
敵は討った。デストロンの正規の手で作られた刃。あの精緻な継ぎ目はもう残っていない。
風見はレールに背を向けて、歩き出す。終わったものは、後ろにある。終わっていないものが、全員の前に、まだ一本の線になって伸びていた。