仮面ライダー 帰れない子どもたち   作:青信号

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第十七話 該当なし

 

 結城たちが発ったのは、二日目の朝だった。

 

 制御盤は前の晩のうちに車へ積まれていた。焼けた芯を抱えたまま、読める部分だけを読む。読めた数字が場所を指すなら、そこへ行く。行くのは結城と風見、それにビート。手配は本郷がやった。FWC4はその線の外に居る。任務対象は残存しない。線の外に居る個体に、割り当てるものは何もない。

 

 朝、本郷が出て行く日は一文字が残った。次の日は逆になった。二人のどちらかが、必ず拠点に居る。交代の理由は、聞いていない。聞く項目が、帳簿に無い。

 

 三日目。一文字が屋根に上がった。気になることがあったらしい。「家ってのはたまに使うだけだとガタが来やすいんだ」と言っていた。作業の音が午前中続いた。読む必要の無い音だったが、読む。他に、読むものが無かった。

 

 四日目。部屋の通信機が二度鳴った。風見の声が聞こえる。山、道が細い、予定より半日遅れる。単語は届いたが、宛先は本郷だった。任務対象は消滅している。あの通信は任務ではない。任務でないものを入れる棚はない。

 

 組織に定時の送信は続けている。応答はない。この世界に来てから、一度も。いつも通りだ。

 

 消費は、最小で流れた。移動、拠点内のみ。射撃、零。読み、周辺警戒――記録、無し。残量はほとんど減らない。それでいい。迎えまで、保てばいい。

 

 五日目の昼、一文字が強引にFWC4を食卓へ座らせた。湯気の立つ丼を目の前に置く。

 

「ほら、フォウ。動いてなくても飯はいるだろ」

「要求はしていない」

「してなくても食え」

 

 置かれた分は、受け取った。拒む理由の欄が、埋まらなかったからだ。薄味だった。一文字は向かいで自分の丼を空けてから、しばらくそこに居た。何も言わずに。言わないまま、丼を二つ下げていった。

 

 夕方には本郷が戻る。立花という名と、手続き、という語が一文字との間で交わされた。EX-7741-Dの勾留は固定されている。所在、変更なし。FWC4の帳簿で、その欄は動かない。迎えが来た時に、そのまま渡せる。

 

 夜は静かだった。前に記録した静けさが、そのまま続いている。

 

***

 

 六日目の夜、FWC4は帳簿を閉じにかかった。

 

 今日の消費。移動、拠点内。射撃、零。読み、周辺警戒――該当なし。記録は三行で終わった。

 

 立っている項目は、一つ。待機。

 

 待機の欄には、続きを書く場所がある。何を待つか。期限はいつか。埋めようとして、手が止まった。

 

 何を待つか――迎え。

 

 期限は――

 

 空欄だった。

 

 日付がない。条件がない。遅延の通知も、前倒しの通知も、ない。あるのは、迎えの二文字だけだ。

 

 FWC4は、その二文字を見た。

 

 照合したことが、無い。

 

 的は照合する。線は照合する。報告は、送るたびに照合する。迎えは、照合の側に載せたことが一度も無い。照合しなくても必ず来るものだからだ。

 

 今夜は、他にすることが無かった。

 

 FWC4は、迎えを台に載せた。

 

 受けた任務を復唱する。出撃時の命令――対象と、権限と、期限を読み直す。対象は、異なる世界へ逃亡した犯罪者。権限、抹消を含む。期限、完遂まで。回収の条項――ない。帰還の手順――ない。完遂の後、という欄そのものが、命令にない。

 

 派遣前に受けた研修の記録を遡る。組織は個体を管理する。管理の中身――配置、補給、上書き。回収、の語を探した。どこにも、ない。

 

 迎えに関わる情報がない。

 

 データにない項目を、こちらに来てからずっと、保持していた。

 

 送信の記録を開く。この世界に降りてからの定時送信、全件送達。応答、零件。回線の疎通――送りの帯域は生きている。戻りの帯域は、最初から音が無い。故障ではない。故障なら、送ることもできないはずだ。戻りだけが無いことには、意図がある。

 

 一方向の回線は、命令を運ばない。迎えの指示は、この回線を通れない。通れる回線は、他に無い。

 

 照合、完了。

 

 迎え――該当なし。

 

 遅れているのでも、忘れられているのでもない。迎えが来る、という項目が、どこにも立っていない。立っていないから、来ない。誤記ですらない。訂正すべき元の記載が無い。

 

 FWC4は、欄を順に修正した。

 

 EX-7741-D。迎えが来た時に渡せる――渡す先、該当なし。所在固定のまま、行き先の欄だけを消した。

 

 残量。迎えまで保てばいい――期限、該当なし。残量は、減るだけの数字になった。端子は襟足に三つ在る。ただ繋ぐ先はこの世界にない。それは知っていた。知っていて、欄の意味は迎えが埋めていた。今は、空欄だけが残っている。

 

 何の熱もわき上がらなかった。何も、つかえなかった。警報も鳴らない。異常の欄に、載せるものが無い。全部の欄が、正しく埋まっただけだ。

 

 帳簿が正確になった。

 

 戸口に、気配が立つ。

 

 本郷だ。眠っていなかったらしい。灯りを持たずそこに立ち、ただFWC4を見ていた。報告すべき項目はない。任務ではないからだ。FWC4は何も言わなかった。

 

「……まだ、起きていたのか」

「消費は、していない」

 

 本郷はそれ以上訊かなかった。しばらくそこにいて、戻っていく。扉は半分開いたままだった。閉め忘れではないと照合できる材料はあった。けれど、閉めなかった理由を入れる棚は無かった。

 

 待機、の二文字が、書きかけのまま残っている。続きの欄は、埋まらない。待つものの無い待機は、記録として成立しない。

 

 待つ項目は、零になった。

 

 拠点の夜は静かで、昨日と同じ音をしていた。変わったのは、帳簿の側だけだった。

 

***

 

 結城が戻ったのは、七日目の昼だった。

 

 単独だった。上着は泥で重く、右腕の駆動音は、来た時よりも間遠に鳴った。あの腕の音はどの棚にも入らない。読めないまま、記録だけが増えていく。

 

 一文字が戸口で迎え、本郷が卓の地図を畳んで場所を空けた。結城は座る前に水を一杯呑み、座ってから報告を始めた。

 

「場所は、山二つ向こう。廃止された水力の発電所跡です。……ヨハンの言った通りだ。静かで、広くて、邪魔が入らない」

「風見とビートは」

「残っています。後始末と引き渡しのために。……俺だけ先に戻りました。図面を読み続ける必要があったので」

 

 本郷が頷く。結城は数字から言った。

 

「十六人、生きていました」

 

 結城の袖口から、ぽたりと水滴が落ちる。

 

「繋がれたまま運ばれて、並べられていました。工場の台と、同じ台です。まず外すのに二日。手順を間違えると、脊髄ごと持っていかれる。先に、向こうの図面を全部読むしか」

「図面は、揃っていたのか」

「ヨハンが送った荷の中に、全部。人間の脊髄を炉に変える手順。繋ぐ手順。吸い出す手順。……外す手順以外は。作る側に、外す用は無い」

 

 一文字が拳を握り締める。

 

「私は、それを読みました」

「十六人は」

「生きています。……十人は口がきけて、名前も。残りの六人は」

 

 結城の声は、音も速さを変えなかった。最初から最後まで、一定に保たれていた。

 

「呼び掛けに目は開く。それだけです。医者は、戻るとは言わなかった」

 

 一文字が、短く息を吐いた。吐いた残りを、噛んで止めた音がした。本郷は手帳を開いたが、しばらく、何も書かなかった。

 

「身元は」

「警察が。ただ、日本人以外も混ざっていて……」

「図面は、どうする」

「手元に置きます。端子の除去にまだ必要です。六人の分が、残っていますし……外せるものなら、全部外したい」

 

 FWC4は、窓際でそれを聞いていた。

 

 聞く、という任務は無い。読む的も無い。ただ耳を塞ぐ手順が無く、照合は、材料が揃えば勝手に走る。

 

 エネルギーの型――生体。吸い出しの手順――存在する。結城の手元に。受け口――三端子。自分の襟足の端子――同型。接続――可能。補充――可能。

 

 残量の欄に、加算の経路が立った。経路の先には、炉が要る。生きた人間の、脊髄。

 

 在るものは、二つ。

 

 一つ。回収された十六人。既に炉にされ、既に減っている。六人は、目だけが開く。そこからさらに絞る。数字は――出る。照合はそれを隠さなかった。絞った分だけ彼らは減る。戻らないものが、もっと戻らなくなる。

 

 二つ。新しい炉。手順は在る。図面は読まれている。人間は、この世界にいくらでも居る。

 

 工場で足を止めずに通り過ぎた台の列が、帳簿の上に並んだ。拘束具。給餌の管。毛布。あの台は、この勘定のための台だった。

 

 一文字の目が、一度だけこちらへ動いて、戻った。読みの対象ではない。記録だけが、残った。

 

 照合は、止まらない。

 

 仮に――と、FWC4は初めて仮定の欄を使った。

 

 仮に迎えが来ていたとして。回収され、帰還し、端子を繋ぐ。繋いだ線の先に在るのは、発電所ではない。送電線でもない。複雑な設備は、要らない。人がひとり、生きていればいい。

 

 起動からこれまで、残量の欄を埋めてきた全ての数字は、あの台から来た。

 

 迎えとは、あの台に繋がり直すということだった。

 

 卓の方で、地図を畳む音がした。一文字が何か言い、結城が短く返す。報告の終わった昼の音に、拠点が戻っていく。

 

 FWC4は、動かなかった。

 

 帳簿には、経路が二つ、立っている。実行の欄は、どちらも空白のままだ。埋める手が、止まっている。止まっている場所を、特定できなかった。

 

 待つ項目は、零のままだった。

 

 代わりに立った項目が、二つ。

 

 窓の外で、陽が傾き始めていた。

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