仮面ライダー 帰れない子どもたち   作:青信号

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第四話 片道

 

 最初に口を開いたのは、結城だった。

 

「首の後ろに、三つ」

 

 結城はそう言って、自分の首の付け根を生身の左手で軽く叩いてみせた。

 

「ここに、端子が三つ並んでいます。この子も——この子達が追っている相手も」

 

 本郷は頷いた。確かめるまでもなかった。地下の台の上で、布をめくられて俯せに寝かされていた男。首の付け根の、金属で縁取られた三つの円。皮膚が縁を覆おうとして覆いきれず、引き攣れていた。あれと同じものが、この部屋にいる二人の子どもの首にもある。同じ位置に、同じ数だけ。

 

「調べた遺体と同じだ」

 

 本郷が言うと、結城は短く頷いた。

 

「ビートに聞きました。ここから、入れるんだそうです」

 

 入れる。本郷はその言い方を頭の隅に置いた。注ぐでも、繋ぐでもなく、入れる。

 

「何を」

「エネルギーを、でしょう」

 

 結城は一度言葉を切って、椅子のビートを見た。本人に確かめる間だった。ビートは否定も肯定もせず、ただ背を椅子に預けたまま結城の好きにさせている。自分の体の話を他人事のように聞いていた。

 

「正確なところは、私にもまだ全部は分かりませんが」

 

 俺、ではなかった。

 本郷は、その一語に気づいた。ついさっき風見と段取りを詰めていたときには、彼は自分のことを俺と言っていた。端子の話を始めてからは私に変わり、言葉の置き方が硬くなった。何かを読み解く者の口調だ。

 一文字も、それに気づいたようだった。壁に預けていた肩を、わずかに起こす。

 本郷は、結城がなぜそういう喋り方に変わるのかを知っている。一文字も知っている。この男は、かつて人間の体に手を入れる側にいた。組織(デストロン)の理想を信じて、その技術を扱っていた。今、結城がしているのは、初めて見るものを手探りで読むことではない。見覚えのあるものを、見覚えがあると分かりながら読むことだ。だからこそ、結城の語りには、本郷たちには立ち入れない種類の重さがあった。

 

「端子の作り自体は、そう複雑ではありません」

 

 結城は続けた。その声に、わずかに苦いものが混じる。

 

「むしろよく出来ていて、無駄がない。……こういうものを迷わずに人の体に付けられる手が、どこかにある」

 

 そこで、結城は口を閉じた。

 言うのをやめた、という閉じ方だ。本郷はそれ以上を結城に問わなかった。問えば、結城は答えるだろう。だが、答えさせる必要のあることではない。よく出来ていると人体改造の技術を評する声が、どんな味がするのか――それは、結城の中だけのことだ。

 

 一文字が、組んでいた腕をほどく。

 何か言おうとして、言わなかった。結城の横顔を見て、口を噤む。一文字には一文字の受け取り方がある。改造された側の人間として、結城の語る端子の話は他人事ではない。だが今一文字が黙ったのは、結城の声の苦さの方に気づいたからだった。その苦さを軽口には、できない。

 

 部屋の隅で、もう一人が、その全部を見ていた。

 FWC4は背筋を伸ばして座っている。その視線は結城の口と、ビートの首と、本郷たちの顔を順に追っていた。

 

 本郷には、その視線の意味が少しだけ読める。 

 この子どもの中では、組織の体の作りは語るものではないのだろう。隠す、守る以前に……口にするという発想がない。なのにここでは、ビートが自分の首を読ませ、結城がそれを声に出して並べ皆がそれを当たり前に受け取っている。その光景が、この子どものどこにも収まらないでいる。読めないものを見せつけられて、ただ座っている。

 

 ビートがふと顔を上げた。

 

 FWC4の方を見たのではない。結城の方でもない。どこでもない一点を見つめ、掠れた声で言った。

 

「全部話すさ。別に隠すことじゃない」

 

 その一言がポツリと落ちる。ビートは、椅子に背を預けたまま語り始めた。

 

「首の端子に、ケーブルを繋ぐんだ」

 

 誰に向けるでもない、平らな声だった。説明する熱もなければ、隠す警戒もない。決まりきったことを、決まりきった順に読み上げる声だった。

 

「組織にいる間は、それで充電できる。エネルギーが減ったら繋いで、また動く。簡単な話だ」

 

 充電。本郷はその言葉を、頭の中で端子の三つの円に重ねた。空になったら、入れて、また満たす。電池と同じだ。二日前、地下の遺体を前にして浮かんで、口には出さなかった比喩。電池が切れるみたいに、と検死官が言わなかった言葉。それが今、当の本人の口からこうも無造作に出てくる。

 

「だけど、ここには」

 

 ビートが、わずかに首を巡らせた。窓のない壁を、ぐるりと示すような動きだ。

 

「繋ぐ先がない」

 

 部屋全体を静寂が包み込む。

 

「この世界には充電する設備がない。俺たちは、出てくるときに詰めてきた分だけで動いてる。それを使い切ったら――」

「BTG2」

 

 声が、鋭く飛んだ。

 FWC4だった。立ち上がって一歩を踏み出している。

 

「余計なことを、話すな」

 

 短かった。理由も、続きもない。ただ話すな、と。本郷は、その制止の質を読んだ。ビートが何を喋ったか――その中身に怒っているのではない。喋るという行為そのものを止めにきている。部外者の前で自分達のことを口にする、それ自体が、この子どもの中では起きてはならないことなのだ。

 

 ビートは、FWC4を見た。

 

 見ただけだった。やめもせず、言い返しもしない。FWC4の制止に反発することもなく、また口を開いた。

 

「使い切ったら、終わりだ」

 

 結城が、そこへ体の側から言葉を添えた。

 

「仕組みは、よく出来ています」

 

 さっきと同じ、苦いものの混じる声だった。

 

「電源に繋げば回復する。何度でも。……そういう作りになっているのに」

 

 結城は、自分の右腕の継ぎ目に、左手を添えた。生身と機械の境目。低い駆動音が、そこで鳴っている。

 

「繋ぐ先のない場所に、この子たちを放り出した」

 

 本郷の中で、何かが静かに据わった。

 希望の形をしている、と思う。端子は繋げば回復する。何度でも生き返れるという約束の形をしている。その約束の形だけを持たせて、送り出した。

 

「片道だ」

 

 ビートが、締めくくった。

 

「帰り道はなかった。詰めてきた分が尽きるまでの、片道切符だ」

 

 その声には恨みも嘆きもなかった。とうに済ませた計算をもう一度口に出しただけ、という平らさだった。その平らさが、本郷にはどんな叫びよりも重く聞こえる。叫ぶのは、まだ何かを期待している者だ。ビートの声には、期待の残りかすもない。

 FWC4は、踏み出した位置に立ったまま動かなかった。

 

 その静けさに、風見が口を開いた。

 

「この子を保護したのは、一週間ほど前です」

 

 本郷に向けた言葉だ。経緯を知らない者へ、順を追って渡す声だった。

 風見が語ったことはそう多くはない。ある夜、街外れで眠っているところを見つけた。具合でも悪いのかと確認した時に、改造人間であることに気づいて保護をしたと。

 本郷は、その情景を頭の中に描いた。日本のどこか、夜の街外れ。痩せた子どもが一人、消耗を防ぐために眠っている。風見と結城が、それを見つける。逃げる者を追う捕り物でも、暴れる者を取り押さえる格闘でもない。拾う、というのが、いちばん近い入り方だったのだろう。地下の台で本郷が見た四体は、誰にも拾われなかった側だ。拾われたか、拾われなかったか。それだけの差で、片方はこの椅子に座り、片方は冷たい台に寝かされた。

 

「名乗りませんでした」

 

 風見は続けた。

 

「BTG2、とだけ。それが名前だと」

 

 本郷は、二日前のもう一人を思い出す。FWC4、と同じ抑揚で繰り返した子ども。それが私だ、と言った子ども。同じだった。こちらの子どもも、番号を名前として差し出した。

 

「長かったので」

 

 風見が言った。淡々とした声だった。そこに憐れみはない。ただ長い記号を短く言い直しただけ、というように。

 

「ビートと呼ぶことにしました」

 

 ビートはその由来を否定も肯定もしなかった。一週間そう呼ばれてきた、という顔で座っている。

 部屋の隅で、FWC4がその名をもう一度聞いていた。

 ビート。拾えなかった音が、また部屋に置かれる。FWC4の目が、わずかに動いた。それだけだった。

 

 本郷は、黙って端子のことを考えていた。

 繋げば回復する。組織にいる間は、減ったら繋いで、また満たす。ビートはそう言った。では、その満たすものは――充電される、その電気は、どこから来るのか。

 本郷の頭が、いつものように、仮定を一つずつ積み始める。

 組織には、充電する設備がある。ここにはない。設備がある、ということは、エネルギーを作る何かがある、ということだ。エネルギーを生み出す何か。本郷は、冷たい台の上に寝かされた四人をもう一度思い出していた。背骨に沿った、まっすぐな線。切って、また閉じた跡。首の後ろの、三つの円。

 

 あの四人にも、同じ三つの端子があった。

 

 本郷は、そこで一度、立ち止まる。あの遺体たちは、子どもたちと同じ端子を持っていた。同じ口を、首に空けられていた。だとすれば、あの男たちも――充電される側だったのか。子どもたちと同じように、減って、繋いで、満たされる側。

 いや、と本郷は思い直す。

 同じ端子を持ちながら、子どもたちとは、立っている場所が違う。追う側と、追われる側。同じ口を空けられた者の中に、満たされる側と――満たす側が、いるのではないか。

 満たす側。

 その言葉が頭をかすめた瞬間、本郷の中で、何かがぞわりと持ち上がりかけた。充電するエネルギーは、どこから来るのか。設備が作るのではないとしたら。エネルギーを生むものが、別にあるのだとしたら。それが、もし――

 本郷は、そこで考えるのをやめた。

 像が、まだ結ばない。材料がない。端子が同じだという一致と、子どもたちと遺体との差異。手元にあるのは、その二つだけだ。そこから先へ伸ばした仮定は、組み立てすぎた推論だ。本郷は伸ばしかけた手を引いた。引いて、その不穏だけを頭の隅に伏せて置いた。いずれ材料が揃うだろう。その時に、また組む。

 そう決めた直後だった。

 

「迎えは、来る」

 

 声が、落ちる。

 FWC4だ。踏み出した位置に立ったまま、まっすぐ前を見て、そう言った。

 

「BTG2は、待つのをやめた」

 

 FWC4は続けた。ビートを見もせずに。

 

「だから来ないと思っている。それだけだ。私は、やめていない」

 

 来ないのは、待つのをやめた者の世界の話。自分は待っている、だから来る。そこに証拠も根拠もいらない。

 結城が何かを言いかけてやめた。ビートも、もう何も言わなかった。

 ビートの語った片道に、結城の説明した体の裏づけが乗る。繋ぐ先のない世界だということは、もう、この部屋の全員に行き渡っていた。行き渡ってなお、FWC4一人だけが、来ると言った。乗せられた証拠の上を、その一言が通り過ぎていく。

 本郷は、部屋を見渡した。

 結城は苦い顔で黙っている。一文字は拳の行き場を探すように片手を軽く握っていた。風見が静かにFWC4を見ている。この部屋にいる大人は全員、この子どもの切符が片道だと、もう分かっていた。分かったうえで、それを、当の子どもにどう伝えるかを、誰も持っていなかった。

 FWC4だけが、来ると言っていた。

 本郷は、口を開かなかった。今、何を言っても、この子どもには届かない。どれだけ証拠を積んでも、一度固まったものは動かない。そういう風に、出来ている。

 

 窓のない壁が、部屋を閉じていた。

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