仮面ライダー 帰れない子どもたち   作:青信号

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第五話 足止め

 

 金がない、とビートは言った。

 

「逃げた奴に、まず無いのはそれだ」

 

 椅子に背を預けたまま、掠れた声が続く。隠す気も語る熱もない平らさだった。

 

「俺もそうだった。この世界に着いたとき、何も持っていなかった。金も、ここがどこかも。教えられたのは言葉くらいだ」

 

 一拍おいて、ビートは付け足した。

 

「あいつらが何をやったのかは、知らない。盗みか、殺しか、それぞれ別なんだろ。渡されたのは、犯罪者ってことだけだ。……追うのに、罪状は要らないからな」

 

 本郷は黙って聞いていた。結城が机の端でメモを取り、風見が壁際に立ち、一文字は窓の方で腕を組んでいる。FWC4だけが部屋の隅で背筋を伸ばし、まっすぐ前を見ていた。聞いていないのではない。聞いて、撥ねている。

 

「奴らはまず目立たないようにする。素性を訊かれない場所へ行く。働くにしても、来歴を訊かない仕事を選ぶ。金の要らない隠れ方を選ぶ」

 

 ビートはそこで窓のない壁をぼんやり見る。

 

「俺は街で眠っているところを拾われた。拾われなけりゃ、ああやって人の隙間に潜って——いや、この見た目じゃ難しいか。まあでも、逃げてる奴らなら紛れ込めるだろ」

 

 ビートは十歳にもならないような小さい自分の体を見下ろし、ため息混じりにそう言った。

 本郷の頭が、その証言の上で動き始める。

 今ビートが渡したのは地図ではない。金を持たない逃亡者が、どう身を隠すか。人間の側の論理だ。それならば、本郷の射程に入る。

 

 来歴を訊かれない場所。誰でもない顔で紛れられる場所。人の数が多いほど、一人は紛れやすい。素性を問わず日銭を払う仕事のある場所。あるいは――人を避けることだけを優先するなら、人のいない場所。山に入る。

 

 本郷は、その考えを横に置いた。土地勘のない山で人を探すのは現実的ではない。山は後回しだ。追える線から潰していく。

 

「人混みだな」

 

 本郷はそう声に出した。

 

「金のない逃亡者が、誰でもない顔で紛れられる場所。そこから当たっていこう」

「だな。それが一番現実的だ」

 

 一文字が腕をほどく。風見も小さく頷いた。

 候補をひとつに絞ることはできなかった。人の隙間など、この国にだっていくつもある。三人で思いつく限りを挙げ、分散して探すことにした。一文字が一つ、風見が一つ、本郷が一つ。結城はこの部屋に残る。ビートとFWC4を見ている者が要る。

 散る算段がつくまで、FWC4は一度も口を挟まなかった。

 どこに何人が向かうという話は、この子どもの中で像を結ばないらしい。本郷はそう見て取り、上着を取った。今は、まだ動く時ではないのだろう。

 

***

 

 本郷が選んだ場所は、河に近い区画だった。

 古い倉庫と取り壊しかけの建物が並ぶ一帯。昼でも人通りは少ない。日銭で人を使う仕事がこの辺りにあると来る途中で聞いた。誰でもない顔で紛れるなら、こういう場所だ。

 だが本郷は、自分の読みを過信しなかった。風見の区画かもしれない。一文字の区画かもしれない。三人で網を張ったうちの、どれが掛かるかは分からない。すべて外れる可能性もある。本郷の現場に何もなければ、網が一つ空振っただけのことだ。

 

 日が傾きかけた頃、本郷はそれを見た。

 

 倉庫の裏手、河に面した暗がり。

 黒い装束の影が三つ、痩せた男を引きずっていた。男はぐったりとしていて、抗う力もない。引きずる側にためらいはなかった。人ではなく荷を運ぶ動きだった。助けるのでも、捕らえるのでもない。決まった場所へ、決まった物を移すだけ動き。

 引きずられる男の襟がずれて、首の後ろに円い金属の縁が覗く。

 

 気付いた時には、本郷の足が地を蹴っていた。

 

 しかしそれを邪魔するように、暗がりから影が一つ立ち上がる。

 それは人の形を半分失っていた。頭部に獣の意匠が、肉と機械の境もなく溶け込んでいる。肩から胸に金属の板が打ち込まれ、継ぎ目から油じみた管が這い出していた。片腕は人の長さを超えて伸び、先端が刃に潰されている。生き物を兵器に作り変えた跡が、全身に剥き出しだった。

 

 人を人の形ごと作り変える組織が、動いている。

 

(また現れたか……)

 

 刃の腕が唸りを上げて振られた瞬間、本郷は跳んだ。

 

「変身ッ」

 

 風が巻く。ベルトが応え、本郷の身体が装甲に包まれた。着地と同時に刃を腕で弾き飛ばす。硬質な音が響き、怪人がたたらを踏んだ。

 

 奇妙なほどに、軽い刃だった。

 

 力自体は強い。普通の人間の力とは比べ物にならない。だが――打ち込みが、まっすぐすぎる。本郷が変身するその一瞬を、この怪人は待っていた。待ってなお、変身後の本郷にどう対するかを知らない動きだった。刃をただ振り下ろし、外れれば引き、また振り下ろす。同じ軌道。同じ高さ。本郷がかわすたび、怪人は同じ場所をもう一度斬りにくる。

 

 本郷の身体は、ショッカーが暗躍していた頃から仮面ライダーとして戦ってきた。改造人間と斬り結ぶ呼吸は、骨に染みている。その骨が、違和を訴えていた。

 

 この相手は――戦いの呼吸を、知らない。

 

 考えるのは後だ。本郷は懐に入った。

 継ぎ目の浅い場所へ拳を入れると、怪人がよろめく。本郷の動きを読めていない。先を取られたことに、対応が追いつかない。本郷はもう一打、同じ場所へ重ねた。管が裂け、油じみた液が噴く。怪人の体勢が大きく崩れた。

 

 倒せる。本郷にはもう分かっていた。この一体は、長くもたない。

 

 だが、怪人は退かなかった。

 本郷の進路だけを塞ぐように刃を振るい、距離を開ければまた一歩踏み込む。勝とうとしている動きではない。時間だけを削るための、捨て石の立ち回り。

 

 ――視界の端で黒装束の男達が動いている。

 荷を運ぶ三つの影が、痩せた男を抱えて暗がりへと消えていく。誰一人として振り返らない。怪人が勝つとは、最初から思っていない動きだった。本郷の目は、それを捉えていた。

 すぐにでも行きたかった。

 だが怪人を放置して人を追うことはできない。ライダーが目の前の怪人から目を離した瞬間、その刃は誰かへ向く。倒すしかない。倒している間に、荷は運ばれるだろう。本郷の身体は一つだ。ここで怪人を相手取る本郷と、奥を追う本郷を、同時に置くことはできない。

 

 本郷は怪人に意識を絞った。早く倒す。それだけが、奥へ追う唯一の道だった。崩れた体勢の喉元へ、本郷はライダーキックを叩き込んだ。

 獣の面が河の方へ吹き飛び、爆発音が上がる。

 本郷は着地してすぐに奥の暗がりへ走った。 

 

 ——誰もいなかった。

 

 黒い装束も、痩せた男も、もうどこにもいない。河の水が夕日を砕いて光っているだけだった。

 

(間に合わなかったか……!)

 

 本郷は変身を解き、息を整える。

 怪人は倒した。それでも、男が運ばれていくのを止めることはできなかった。男の首にあった円い縁。あれが運ばれた先を、本郷は見届けられなかった。せめて方向さえ分かればサイクロン号で追えたと言うのに。奴らは痕跡すら残さなかった。

 決して、強い怪人ではなかった。

 その事実が、本郷の中に妙な形で残った。

 

***

 

 拠点に戻ると、結城が顔を上げた。

 

「本郷さん」

「網には掛かった。だが、奪われた」

 

 本郷は経緯を説明した。河沿いの区画で荷を運ぶ黒い装束の男達を見たこと。引きずられていく、首に円い縁を持つ男。足止めに立った、獣の面の怪人。倒したが、その間に男が運び去られたこと。

 

 そして、最後に残った違和を、本郷は言葉にした。

 

「妙だった」

 

 部屋の全員が、本郷を見る。

 

「あの怪人は、強くはなかった。まるで戦い方を知らないようだ。俺が変身した後どう来るかを、何も想定していない動きだ。同じ軌道で斬りかかってくる。先を取られると、対応できない」

 

 本郷は、自分の骨が感じ取ったものを、ゆっくりと並べた。

 

「仮面ライダーと斬り結ぶ呼吸を、あれは知らなかった。俺たちと戦うために作られた相手じゃない。そういう相手と、初めて当たった気がする」

 

 風見が、壁際で動いた。

 

「……こちらは、空でした」

 

 本郷の言葉を聞いた後の、間があった。

 

「ただ、怪人がいた痕跡だけ残っていました。本体はもう、去った後で」

 

 風見はそこで言葉を選んだ。本郷が語った怪人の作り――その継ぎ接ぎの手つきに、風見は思い当たる節があるらしい。本郷には、それが分かった。だが風見は、口にしなかった。確かめてからでなければ言わない、という顔だ。彼は痕跡について、それ以上は語らなかった。

 結城もまた、本郷の語った怪人の作りに何か言いかけた。

 継ぎ目もなく溶け込んだ獣の面。打ち込まれた金属の板。生き物を兵器に作り変えた手つき。結城はそれを聞いて口を開きかけ――やめた。

 問えば答えられるのだろう。だが、答えさせる必要のあることではない。人の体を作り変える手つきに、結城がどんな見覚えを持っているか。本郷は問わなかった。

 

 彼らは知っているのかもしれないが、その二人が断定しないと決めた。ならばそれを今急いで繋ぐ必要はない。

 

「俺の方は、何もなかったぜ」

 

 一文字が肩をすくめた。それきりだった。三つのくじのうち、一つは外れる。当たり前のことだった。

 部屋の隅で、FWC4が本郷を見ていた。

 報告の間、この子どもは初めて、本郷の言葉を撥ねずに追っていた。荷を運ぶ黒い装束。奪われた、痩せた男。現に起きた出来事が、ようやくこの子どもの中で像を結んだらしい。

 

「奪われた、と言ったな」

 

 FWC4が口を開いた。

 

「その男は、犯罪者か。首に、端子があったのか」

「あった」

 

 本郷は答えた。

 FWC4は黙りこむ。何かを計算している目だった。本郷は、その計算の中身を読もうとして――読めなかった。

 予想では、この子どもは「敵が一つ増えた」と捉えるはずだった。自分の追う犯罪者を、見知らぬ第三者が横から奪っていった。任務の妨害だと、怒るか、警戒するか。だが、FWC4の目にあるのは、それではなかった。妨害された者の顔ではない。むしろ――追うべき的が、誰かの手で片付いた。そう処理したような、静けさだった。

 本郷は、その違和を読み切れなかった。読み切れないということだけを、頭の隅に伏せて置いた。

 

 本郷の現場で、男は奪われた。風見の現場には、痕跡だけが残っていた。一文字の現場には、何もなかった。三つのくじが、三つの結果を持ち帰り、そのどれもが、まだ何も解いていない。

 ただ、輪郭が一つ、増えた。

 四体の遺体を作った何者かとは別に、この世界には首に端子を持つ人間を荷物のように運び去る手がある。本郷たちが追う相手を、横から奪っていく手が。そしてその手は――仮面ライダーと戦うことを知らない。

 本郷もまた、その手の行く先を知らなかった。

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