仮面ライダー 帰れない子どもたち   作:青信号

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第六話 食卓

 

 三人が戻り、それから全員で卓を囲んだ。

 持ち帰られたものは何もなかった。犯罪者は連れて来られず、報告だけが置かれて消えた。それきりだ。

 

「そろそろ飯にするか」

「用意してますよ。簡単なものですが」

 

 一文字の唐突な発言に応えて結城が立ち上がる。少し経つと、湯気の立つ皿がいくつか運ばれてきた。

 

 FWC4の前には、粥が置かれた。

 

 白い椀からゆるく湯気が上がっている。脇に小皿がいくつか。煮た野菜と、白身の魚と、味の薄そうなものばかりだった。塩の角も、油の匂いもない。病人に出すような皿だ、とFWC4は査定した。

 他の卓上は、違った。

 大人たちの前には、同じ皿が並んでいる。焼いた肉と、濃い色の汁物と、湯気の濃いもの。BTG2の前にも、それがあった。大人と同じ皿だ。BTG2は箸を取り、皆と同じものを口に運んでいた。少し疲れた顔のまま、当たり前のように。

 FWC4は、自分の前の粥を見た。

 照合できなかった。

 なぜ自分の前にだけ、別のものが出るのか。BTG2には大人と同じ皿が出て、自分には病人の皿が出る。同じ作りの個体だ。なのに、出されるものが違う。算段が合わない。FWC4は、その差を脇へ寄せた。

 

 箸は取らなかった。

 

 手をつける算段が、無かった。捕らえた個体に燃料をくれてやる理由が、いまだ照合できていない。粥の湯気が、椀の縁でほどけていく。FWC4はそれを、観察対象として見ていた。温度はただそこにある情報だった。

 大人たちは、食べながら何か喋っていた。

 聞き取れる単語が、知らない言語の合間に浮かんでは沈む。意味のある塊にはならない。声の高さが時おり上がり、また下がる。くつろいでいる音だ、とFWC4は処理した。緩んだ場の音。任務の音ではない。

 

「しかし、あれだな」

 

 一文字が、汁物の椀を置いて言った。

 

「俺達、いきなりこいつにピザ食わせちまったよ」

 

 FWC4のことだった。一文字がこちらを指す。

 

「こういう、病人みてえな飯から始めりゃ良かったのにな。よりにもよって一番脂っこいやつだ」

 

 結城が小さく笑った。風見の口元もわずかに緩む。本郷は何も言わなかったが、咎める気配もない。場の空気が柔らかく解けた。

 

 FWC4は、その温度の外にいた。

 

 笑いが、卓の上で回っている。だが、その輪はFWC4の手前で途切れていた。締め出されたのではない。一文字はこちらを指したし、誰もFWC4を輪から押しのけてはいない。それでも、FWC4はその外にいた。笑いという音が、自分のところまで来て、入らずに、引き返していく。

 なぜ笑うのかが、理解できなかった。脂っこいものを食べさせた。それの何が可笑しいのか。FWC4の中で、それは意味の塊にならずに落ちた。

 BTG2が、汁物をすすった。

 大人と同じ皿を、当たり前に食べる。名で呼ばれ、笑いの輪の内側にいる。縛られず、見張られず。捕らえられた個体のはずだった。FWC4と同じ立場のはずだった。なのにあの個体は、輪の内側に座っている。

 

「……お前も食えよ」

 

 BTG2が、FWC4の方を見もせずに言った。

 

「ぬるいだろうが、その方が体に入る。最初はな」

 

 それだけ言って、また箸を動かす。経験をただ置いただけの声だった。馴れた者が、まだ馴れない者に渡す、決まりきった事実。

 FWC4は、答えなかった。

 粥には手をつけない。BTG2の言う通りにすることは、BTG2の側へ一歩寄ることだ。同じ皿を食べ、名で呼ばれ、笑いの内側に座る、あちら側へ。FWC4は寄らなかった。椀の湯気は、細くなり始めている。

 その時だった。

 

「フォウ」

 

 一文字が言った。

 FWC4は、照合した。

 フォウ。その音は、FWC4の中のどこにも無かった。指す先が無い。誤記ですらない。ただ宙に浮いた音だった。

 

「お前のことだよ」

 

 一文字がFWC4を見ている。

 

「FWC4だから、フォウだ。長えからな、呼ぶのに」

 

 軽い言い方だった。ビートを長いからと縮めたのと、同じやり方だ。記号から一部を掬って、別の音にする。その音を、FWC4に差し出している。

 いつもなら、寄せれば済む。引っかからない音は、拾わずに脇へやる。名前という異物はこれまで全部そうしてきた。BTG2に乗った音も、大人たちが呼び合う音も、落ちるそばから寄せてきた。

 だが、これは寄せられなかった。

 

『フォウ』という言葉は、紛れもなく自分に向いていた。

 

 他人に乗る音は、脇へやれる。他人事だからだ。自分に向いた音は、他人事にできない。FWC4=自分。揺らがず据わっていたその一行の上に、フォウ、という別の音が乗ろうとしている。上書きだ。BTG2に起きたのと、同じ操作。

 受け取れば、輪の内側へ一歩入ることになる。

 

(私は、あれではない)

 

 せり上がったものが、喉のところでつかえた。寄せ場のない熱だった。

 

「フォウ、君も何か食べたほうがいい」

 

 本郷がそう言った。

 声を張ったのではない。確かめたのでも、問うたのでもない。一文字の置いた音を、そのまま拾って、当たり前のように使った。それだけだった。だが、それだけで、その音は卓のものになった。一文字が差し出し、本郷が採った。風見も、結城も、訂正しなかった。BTG2が訂正されないのと、同じように。

 部屋中が、フォウという誤記でFWC4を上書きしようとしていた。

 寄せられない。四人分の音は、脇へやるには大きすぎた。

 FWC4は口を開いた。

 開けば減る。声を出すのも、出力だ。動かずに保たせると決めた残量を、今、使う。普段なら使わない。だが――

 

「私はFWC4だ」

 

 乾いた声が出た。

 

「フォウではない」

 

 突き返した。『フォウ』という音を、卓へ。

 訂正したのではない。FWC4は、訂正する必要を認めていない。FWC4はFWC4だ。それで足りている。過不足なく自分を指している。突き返したのは上書きの方だった。乗ろうとした音を、乗る前に押し戻した。

 エネルギー残量がいくらか減った。減らしてでも押し戻すだけの値打ちが、そこにはあった。自分はFWC4だ。その一行が崩れることは、待つのをやめることと同じだ。あの個体のように箸を取り、名に振り向くことと、同じだ。FWC4は、まだ振り向いていない。まだ待っている。だから――迎えは来る。

 

 フォウという誤記を受け入れることは、FWC4にとって迎えから遠ざかる行為だった。

 

 受け取られなかったフォウという音が、卓に落ちたまま残る。

 誰も、もう一度それを言わなかった。一文字も、本郷も。落ちた音は拾われずに、卓のあたりに残っている。

 いつかも、こうだった。ビートという音が落ちて、FWC4はそれを拾えなかった。あのときは拾えなかった。指す先のない音をどう扱えばいいか、分からなかったからだ。

 今は、違う。

 扱い方は分かっている。フォウが何を指そうとしているかも分かっている。分かったうえで、拾わない。拾えないのではなく、拾わない。落ちた音を、落ちたままにしておく。それだけのことだった。

 目の前には手つかずの粥が残されている。湯気は、もう上がっていない。

 

 皿のこと。笑いのこと。今しがたの、フォウという呼び名のこと。全部全部、脇へ寄せる。

 

 まっすぐ前を見て、迎えを待つ。

 そうしていると、嫌でも視界の隅に、BTG2が入る。大人と同じ皿を当たり前に食べる、あの馴れ。名に振り向く、あの弛緩。

 寄せたはずの場所から、細い棘が一本、戻ってくる。

 

『迎えは来ないぞ』

 

 痛みではない。違和ですらない。ただ、抜けない。

 FWC4は、抜くのをやめた。いずれ消える。迎えが来れば、こんなものは消える。

 そう処理して、前を向き直した。

 フォウという音が、まだ卓の上に残っていた

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