仮面ライダー 帰れない子どもたち   作:青信号

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第八話 重力

 

 扉が開いて、夜風と一緒に風見が入ってきた。手ぶらだった。荷も、捕えた者も、連れていない。ビートにはそれだけで分かる。掴めずに帰ってきた者の、軽すぎる手だ。

 

 風見は卓に着くなり、見てきたものを並べ始める。声を張らない男だった。だがその静けさの底に、何か冷えたものが沈んでいる。この男をここまで硬くさせる何かが、向こうにいた。

 

「裏で糸を引いてる男がいる」

 

 風見が言った。

 

「怪人じゃない。金の髪に、緑の目で——ヨハンと名乗った」

 

 ビートの中で、何かが噛み合う音がする。

 

「結城のことも、訊いてきた」

 

 風見の声が、そこだけ低くなった。

 

「元はデストロンの頭脳だろう、と。欲しいとまで」

 

 結城が、わずかに目を伏せた。誰も、その先を継がなかった。風見もそれ以上は言わない。部屋の中に見知らぬ男の外形だけが置かれて、しばらく転がっていた。

 

 ビートの、知っている顔だった。

 

「ヨハン、か」

 

 掠れた声が出た。隠す気はなかった。隠して得することなど、ビートにはもう何も残っていない。

 

「EX-7741-Dだろうな」

 

 部屋の全員がビートを見た。

 

「技術者だ。……時空間転移装置を作ったのも、あいつだよ。逃げた連中だって、自力で飛んだわけじゃない。あの男が逃げるとき、その穴に乗った。……乗せたのか、拾われたのか、そこは知らないが」

 

 本郷が静かに口を開く。

 

「転移装置の、開発者か」

 

 確かめるような音。理屈を立てて、抜けを潰しにくる声だ。

 

「なら――戻れるのか。君たちは」

 

 ビートは本郷を見やる。嘘をつく理由は、どこにもない。

 

「座標がいる」

 

 ビートは言った。

 

「行き先を指定してからでないと飛べない。俺達が来るとき、戻りの座標は指されていなかった」

「指定すればいいだろう」

「技術が要る。装置はあいつの手の中だ。そしてあいつは恐らく……戻る気がない」

 

 それで、終わりだ。本郷は何も足さなかった。足すべきものが無いと、その理知が即座に見て取った顔だった。

 

 部屋の隅で、FWC4が背筋を伸ばして座っていた。

 

 聞きながら、撥ねている。その目をビートは読んだ。

 

(組織は別だ)

 

 そう思っている。ヨハンの装置とは関係なく組織は迎えに来る。あの男の話と、組織の話は別だ。そう分けて、目の前のことを見ないようにしている。

 

 ビートは、それを止めなかった。

 

 どれだけ無視をしようとしても、いつか目を逸らせなくなる。ビートはその道を通ってきた。通った先に何があったかも知っている。だが言わない。言って崩せるものではないし、崩したところでFWC4が楽になるわけでもない。

 

「まだいるんだろう」

 

 一文字が立ち上がった。

 

「逃げてる奴が。ビート、来るか」

 

 ビートは頷いた。来いと言われれば、行く。それだけだ。元々じっとしているのはあまり好きではない。

 

 FWC4も立った。誰に言われたのでもなく、任務の方へ。本郷と風見と結城もそれぞれ立ち上がる。

 

 出ていく前に、ビートはもう一度FWC4を見た。

 

 番号で見ても何も痛まない。同じ作りだ。同じ番号の樹から生えた、同じ品。FWC4がビートを番号で呼んでも、ビートは怒らない。事実だからだ。

 

 ただ、FWC4はまだ待っている。

 

 それだけが、二人の違いだった。

 

***

 

 一文字は、歩きながらよく喋る男だった。

 ビートの歩幅に合わせて、時おり足を緩める。子どもの背丈に合わせる気遣いだった。ビートはその気遣いを受け取りも断りもしない。ただ、隣を歩く。

 

「冷えるな、今夜は」

 

 一文字が空を見上げて言った。

 

「お前、寒くないのか。その体で」

「寒さで止まる作りじゃない」

「そういうもんか」

 

 一文字は軽く笑った。何を答えても、この男はそれを面白がって受ける。会話というより、放っておけない、という手つきだった。

 

「飯はどうだ。口に合うか?」

「悪くない。あいつはどうだか知らないが」

 

 ビートはFWC4の方へ顎を向けた。ああ〜、と納得とも落胆ともつかない声を漏らし、一文字が頭をかく。それからFWC4に向かって声をかけた。

 

「悪かったよ、こないだは。いきなりピザなんか食わせて。びっくりしただろ」

 

 この男はビートとFWC4を幼い子どものように扱う。改造人間でも、製品でもなく。寒さに震えて食事に文句を言うような子ども――そういう物差しで、二人を測っている。

 ビートには、自分を子どもだと思う感覚がない。ビートの記憶している十年はすべて、兵士としての時間だ。だが一文字の中では、ビートはまだ子どもの枠に置かれている。

 

「お前らの所じゃ」

 

 一文字が声を軽くした。

 

「子どもに、何を食わせるんだ?」

「固形物だ。咀嚼と消化機能を維持するためだけの」

 

 ビートは淡々と答えた。

 

「味はほとんどない」

「……味が、ないのか」

 

 一文字の声から軽さがわずかに抜けた。しかしそれは一瞬で、すぐに戻る。明るさの蓋がまた被さってくる。

 

「それじゃ、慣れるまで大変だな」

 

 一文字は笑って言った。怒っていない声だった。怒りなどどこにも無い、と全身で言っている声だ。

 

 だから、分かった。

 

 ビートは、もう何も蓋をしていない。蓋をするものが、残っていないからだ。空っぽの目には、他人の蓋がよく見える。一文字は今、何かに怒っている。味の無いものを子どもに配る手に。子どもを兵士の形に作り変える手に。その怒りを、明るさの底へ押し込んで、笑っている。

 

 抑えるのが、うまい男だった。

 

 だから隣の子どもには気取られないと思っている。だが、優しくあろうとするほど、その底のものがビートには見えた。優しさは、怒りの蓋だった。この男は、目の前の二人に優しくするたび、二人をこうした手への怒りを、一つずつ底に溜めている。

 

「フォウ」

 

 一文字が、前を行く小さな背中に呼びかけた。

 

「腹が減ったら言え。我慢すんなよ」

 

 FWC4は、答えなかった。

 一文字の歩調にも、ビートの歩幅にも合わせない。前だけを見て、的の方へ向かっている。フォウという音も、気遣いの言葉も、この子どもの中では塊にならずに落ちる。巻き込まれる人間も、土地の様子も、何一つ目に入らない。任務の線の上だけを、まっすぐ歩いている。

 一文字は、それ以上は重ねなかった。

 答えない子どもを、それでも一度は呼ぶ。返らなければ、引く。押さない。だが、次もまた呼ぶのだろう。そういう男だった。

 ビートは、その横顔をしばらく見ていた。

 怒りを蓋して、子どもに優しくする男。優しくするたび、底に何かが溜まっていく。いつか、その蓋が保たなくなる時が来るのかもしれない。だがそれがいつかは、ビートには分からない。分からないものを、ビートはもう考えない。

 

 唐突に、匂いが変わった。

 

 ビートは足を止めた。一文字も止まる。

 

 暗がりの奥に、二つ。一つは、逃げ慣れた者の気配。もう一つは――肉と機械を継ぎ接ぎして作り変えられた気配だった。

 

 怪人が、先に動いた。

 

 鋏のような腕がジャキンと不吉な音を立てて迫る。狙いは一文字だった。

 

「変……身ッ!」

 

 力強い声とともに、一文字の体が装甲に包まれる。

 人の輪郭が、一瞬で戦う形へ切り替わった。見慣れない変化だが――一文字はもう動いていた。迫る鋏を躱し、一撃を叩き込む。

 

 その最初の応酬で、ビートは察した。

 

 敵は弱い。いや力はあるが、戦い方が雑だ。一文字が躱した先を読まない。獲物が動くことを初めから計算に入れていない作りだった。

 

 そう思った直後、怪人の腕が横へ流れた。

 

 狙いを変えたのではない。振り抜いた腕の行き先を、怪人自身が制御できていない。刃の先が、ビートたちのいる側へ逸れる。暗がりの奥で、逃亡者が誰かを掴んでいるのが見えた。その盾ごと、巻き込む軌道だった。

 

 一文字が、そこへ割って入った。

 

 鋏の腕を両手で受け止める。金属の擦れる音が、夜の中で大きく鳴った。怪人は力任せに押し込もうとする。装甲の下で一文字の足が地面を削った。だが、退かなかった。退けば、その後ろへ刃が届く。

 

「どこ見てやがる。……お前の相手は、こっちだ」

 

 一文字が腕ごと怪人を引き戻した。力で、無理やりに。怪人の体が半歩浮き、舗装の上へ叩きつけられる。衝撃で鋏の腕が跳ねた。すぐさま起き上がろうとする怪人の腹へ、一文字の拳が入る。重い音がした。怪人がよろめく。

 

 ビートはそれで十分だと判断した。

 

 あれは一文字が片付ける。だから、ビートの目はその後ろに向いていた。

 

 逃亡者だ。

 

 痩せた男だった。首の後ろに、見慣れた円い縁が三つ。ビートと同じで――そしてビートとは違う、犯罪者。追われる側の男。

 

 その男が、誰かを掴んでいた。

 

 通りすがりの青年だった。何も知らずにこの一帯へ踏み込んだのだろう。逃亡者はその首根を掴んで自分の前に引きずり出していた。盾だった。

 

「来るな!」

 

 逃亡者が叫んだ。

 

「近付くな、こいつごと潰すぞ!」

 

 声が裏返る。逃げて逃げて、もう逃げ場がなくなって、それでも怒りだけが残っている声だった。

 

 その目が、ビートとFWC4を捉えた。

 

「……お前ら」

 

 別の色が乗る。

 

「組織の、犬か」

 

 ビートは答えなかった。

 

「ろくでもない……作りものの、屑がっ! ガラクタのくせにまだ俺を追ってくるのか!」

 

 間違っていなかった。ビートはそれを否定する気にならない。逃亡犯をどこまでも追うのが任務であったし……この体がガラクタに近付いているのも事実だ。

 

 FWC4が、わずかに動く。

 

 ビートは、その揺れを見た。「作りものの屑」――その一言が、この子どもの中の何かに触れたらしい。だが、触れただけだった。FWC4はすぐにそれを脇へ寄せた。逃亡者は的だ。的の言うことに、意味はない。

 

 この子どもは、まだ撥ね返せる。受けてしまう前の段に、いる。

 

 逃亡者の腕に、力がこもった。盾にした男の首が、嫌な角度に絞まる。

 

 逃亡者が動くより早く、ビートは駆けた。

 

 トン、と軽く大地を蹴る。逃亡者の頭の上まで飛び上がり、その肩を押し込むと同時に重力を乗せた。世界が一点だけ歪む。逃亡者がたたらを踏み、掴んでいた腕が緩んだ。

 その隙間へビートは腕を差し込み、盾にされた青年を逃亡者の手から引き剥がした。地に転がった青年は悲鳴を上げながら這って逃げていく。

 

 ビートはそのまま逃亡者と青年の間に立ち塞がった。

 重さをいじるのは、力を食う。ビートの残りが、また少し減った。

 

 構わなかった。どうせ尽きる。尽きるまでに何へ使おうと、ビートの勝手だ。なら、目の前で絞まっている首を解くのに使う。それだけのことだった。

 

 FWC4は、動かない。

 

 盾にされた青年が苦しんでいる間も、引き剥がされる間も、一歩も動かなかった。冷たいのではない。FWC4にとってあの青年は、的の前を塞ぐ障害物でしかない。

 守る対象という枠が、そもそも無い。任務の線の上にいない者は、助けるも助けないも以前に、FWC4の算段に乗らない。それを責めるつもりも権利もビートにはない。

 

「ライダーキィィーック!!」

 

 背後で、爆発音が上がる。

 

 一文字が怪人を片付けたのだ。残骸が宙を舞い、火が上がる。

 

 一文字は一度ビートの方を見てから、逃亡者を睨んだ――ように見えた。仮面の下がどのような顔をしているのか、ビートに知る術はない。

 

「……お前」

 

 地を這うような声だった。

 

「作りものの屑、だと?」

 

 蓋が、少しずれている。明るさの底のものが覗いていた。この男にはきっと、屑と吐き捨てられた言葉が他人事ではないのだろう。

 

 逃亡者は、その激しい怒りによって生まれた隙を逃さなかった。

 

 盾を失い、怪人を失い、それでも逃げる足だけは残っていた。怒りで固まった者の、最後の速さだった。暗がりの奥へ、転がるように消える。

 

「待て!」

 

 一文字が追い、ビートもFWC4も続く。暗がりを抜けた先は、開けた空き地だった。

 

 逃亡者は、その真ん中で足を止めていた。

 

 止まったのではない。止められていた。

 

 空間の辻褄が、そこだけ合っていなかった。

 

 夜の奥に、縦の傷が一本入っている。黒い、細い裂け目だった。向こうに見えるのも夜だったが、同じ夜ではない。空気の温度が違う。匂いが違う。こちらの暗がりとは別の暗がりが、傷口の向こうに貼りついている。

 

 逃亡者が、その裂け目を見た。

 

 恐怖ではなかった。

 

 ほんの一瞬顔が緩んだ。助かった、という安堵。追われて、追い詰められて、すべて失って、それでもそこにだけ道が残っていたと信じた顔だ。

 

 裂け目の向こうから、手が伸びた。

 

 黒い手袋をした手だった。男を殴るでも、掴みにくるでもない。初めはただ、差し出されているだけに見えた。逃げ場を失った者へ、こちらへ来いと示す手。

 

 逃亡者がその手を取った。

 

 次の瞬間、その手の形が変わる。

 

 差し出されていたのは、捕まえる手だった。指が逃亡者の手首を締め、骨が鳴りそうな強さで引く。逃亡者の顔から安堵が剥がれ落ちた。叫びが出るより早く、体が裂け目の方へ引き込まれる。

 

 一文字が飛んだ。

 

 速かった。怪人を倒した直後とは思えない踏み込みだった。空き地の土が跳ね、赤いグローブの腕が逃亡者へ伸びる。ビートの目にも、その指先が男の上着へ届きかけたのが見えた。

 

 だが、裂け目の方が早かった。

 

 空間の傷が本を閉じるように細くなる。一文字の指が男の袖をかすめた。掴む前に、布が向こう側へ消える。黒い手袋の指も、逃亡者の歪んだ顔も、別の夜の匂いも、まとめて潰れるように消えた。

 

 ぱちん、と小さな音がした。

 

 それで終わりだった。

 

 空き地には、誰もいない。

 

 裂け目のあった場所には、何も残っていなかった。地面には逃亡者の足跡がいくつか。途中でふつりと切れている。その先が、無い。

 

 ビートは、その切れ目を見た。

 

 知っている消え方だった。座標を指して飛んだ者の跡だ。追える糸が、途中で切れる。あの装置を持つ者にしか、できない消し方だった。

 

 逃亡者は座標を指す術を持たない。誰かが連れていったのだ。盾を失い追い詰められた男を拾い上げて、座標の向こうへ。

 

 誰が拾ったかは、考えるまでもなかった。

 

 逃げた者を匿うように見せて、連れ戻す手がある。優しい顔をした手が。あの男が、追われる人間を本気で匿ってやるはずがない。ビートはそれを知っていた。

 

 FWC4は裂け目の消えた場所を見ていた。

 

 表情は変わらない。だが、見ていた。見て、処理している。ヨハンの装置だ。組織の迎えとは別だ。犯罪者は回収された。任務の的は、別の手に移った。それだけだ。そう分けて、まだ何も受け取らずに済ませようとしている。

 

 ビートは、それを止めなかった。

 

 どれだけ分けても、目の前で見たものは消えない。あの裂け目は、確かに開いた。迎えではない手が、逃亡者を連れて行った。FWC4が待っているものとは別の手が、この世界には先に届いている。

 

 しかし、そこまでだった。それ以上は、ビートも考えない。考えても考えても、行き着く先など見たくないものばかりだ。

 

 変身を解いた一文字が、空き地の真ん中で拳を握っていた。

 

「……届かなかったか」

 

 悔いのある声だった。あの逃亡者は、怒りで固まった、ただの怒れる男だった。生きるために逃げた男だった。

 

 一文字は裂け目の消えた場所を睨んでいる。怒りと、悔いと……それ以上は分からない。ただ、それだけではない顔。

 

 ビートには、もう作れない表情だった。

 

***

 

 帰り道は、来た時より静かだ。

 

 一文字は一歩前を歩いていた。何か考え込んでいる背中だった。ビートはそのすぐ後ろを自分の歩幅で歩く。

 

 FWC4が、隣に並んだ。

 

 珍しい。この子どもは、いつもビートから距離を取る。それが、今は並んでいる。何か言いたいことのある時の、近づき方だった。

 

「BTG2」

 

 番号で呼んだ。ビートとは呼ばない。記号で足りる、という呼び方だ。ビートは構わない。番号は、事実だ。

 

「あの時、お前は重力を使ったな。的でもないものに」

「ああ」

「残量を削ってまで。なぜだ」

 

 咎める声ではなかった。理解できない、という声だった。算段が合わない。照合できない。この子どもの中で、ビートの行いは、ただの誤作動として処理されている。

 

「どうせ尽きる」

 

 ビートは投げやりに言った。

 

「尽きるまでに何へ使おうと、俺の勝手だ」

「迎えが来れば、充電される。残しておけば」

「来ないさ」

 

 言ってしまってからビートは少し悔いた。FWC4の足が止まる。ビートも足を止めた。

 

「お前は」

 

 FWC4が口を開く。

 

「裏切り者だ」

 

 それは、この子どもにとって、最大の侮蔑だった。生き延びることを選んで、迎えを待つのをやめて、残りを勝手に使い切る。組織の命令から外れた個体。

 

「私は違う」

 

 声を出すたび、この子どもの残りは減る。それでも言った。減らしてでも言うだけの値打ちが、そこにあるのだ。ビートを突き放すことに。

 

「お前のようには、ならない」

 

 そして、ビートから一歩、離れた。

 

 それきりだった。

 

 FWC4は、ビートの隣を捨てて、また別の位置へ移った。ビートと並ばない位置。ビートと同じには見られない位置へ。

 

 お前のやり方は間違っている。

 

 言葉にはしなかった。だが、その一歩が、そう言っていた。

 

 ビートは離れていく背中をただ見ていた。

 

 FWC4は、まだ待っている。残りを一滴も無駄にせず、迎えの来る日を待っている。ビートが通ってきた道の、ずっと手前に立っている。

 

 いつか、FWC4も知るだろう。待っても迎えなど来ないことを。残しておいたものが、誰のためにもならなかったことを。その日、目を逸らしている間に積み上がった山は崩れるだろう。

 

 だが、それを今ビートが教えてやることはできない。教わって分かるものではないからだ。ビート自身、誰に教わったのでもない。ただある日分かってしまっただけだ。

 

 FWC4の背は、小さかった。

 

 ビートと同じ、子どもの背丈だった。同じ作りで、同じ樹から生えて、同じ場所へ送られて、同じ尽き方をする体だ。

 

 違うのは、待っているか、やめたか。それだけだった。

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