仮面ライダー 帰れない子どもたち   作:青信号

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第九話 継ぎ手

 

 残骸は、研究用の作業台の上に広げてあった。

 

 一文字が持ち帰った断片だ。爆ぜたあとの、焼け残り。継ぎ目から這い出していた管は炭になり、肉だった部分は削げ落ちて、金属の芯だけが残っている。結城はそれを、ひとつずつ手に取って眺めた。

 

 誰に頼まれたわけでもない。本郷は本郷の線を、風見は風見の線を追っている。落ちた残骸を読むのは、結城の仕事だった。静かな部屋に、右腕の駆動音だけが低く響いている。

 

 拾い上げた金属片を、指の腹で撫でる。

 

 知っている、と思った。

 

 継ぎの入れ方。骨格に金属を打ち込む角度。肉と機械を馴染ませる、あの執拗な手つき。結城の指は、それを覚えていた。覚えているどころではない。かつてこれに近いものを、自分の手で組んでいた。

 

 デストロンだ。確かめるまでもない。風見が皮膚で知ったように、結城は指で知る。違う知り方で、同じ場所へ行き着く。

 

 だが――結城の指が、止まった。

 

 荒れている。

 

 結城の知る組織の手は、もっと精緻だった。一片の無駄もなく人を兵器に変える設計。理想を信じていた頃の結城は、兵器になるとも知らずに美しいとすら思っていた。間違っていたと理解した今でも、その正確さだけは指が覚えている。

 

 目の前のこれは、違う。

 

 骨組みは確かにあの設計だ。だが要所が欠けている。継ぐべき場所が継がれず、繋ぐべき神経が繋がれていない。図面の半分を失ったまま、残った半分だけで無理やり立たせたような作りだった。組織が壊れ、技術を持つ手が散り、残された者が記憶だけを頼りに組み直した――そういう荒れ方をしている。

 

(俺の組織は、もうこんな手しか残っていないのか)

 

 そう思ってから、結城は口の端を歪めた。俺の、ではない。とうに捨てた。捨てたはずのものを、まだどこかで「俺の」と呼ぶ指が、自分の手の先についている。

 

 欠落を、何かが補っていた。

 

 結城は、そこへ目を留める。失われた継ぎ目の上から、別の手が入っていた。デストロンの図面にはない接ぎ方だ。欠けた神経の代わりに、見覚えのない導線が這わせてある。土台の足りないところを、後から別の技術が埋めていた。

 

 指で辿って、すぐに分かる。

 

 粗い。

 

 台木がどれだけ荒れていても、それは結城の知る精緻さの劣化だった。だがこの接ぎ木は違う。劣化ではない。最初から、洗練されていないのだ。本来踏むべき工程を飛ばし、動けばいいという割り切りで繋いである。間に合わせの手つきだった。

 

 結城は、この接ぎを入れた者を知らない。

 

 知らないが、どこが足りないかは読める。この手は台木を知らないまま接いでいる。デストロンの設計が何を前提に組まれているかを知らずに、空いた穴へ別の技術を押し込んでいる。だから繋ぎ目がちぐはぐで、引き出せるはずの力の半分も出ていない。

 

 欠けた台木を補う知識と、接ぎの技術。その両方を解する手があれば、これは――

 

 そこまで読んで、結城は手を止めた。

 

 その手とは、自分のことだ。

 

 風見が持ち帰った言葉が耳の奥で鳴った。ヨハンと名乗ったというあの男は、結城の名を知っていた。来歴を知っていた。元はデストロンの頭脳だろう、と。作る側の手が欲しい、と。

 

 脅しではなかったという。欲しいものを欲しいと言う子どものようだった、と風見は言った。

 

 今、その声の中身が分かる。あの男が結城の何を欲しがっているのか。台木の言葉を知り、接ぎ木を馴染ませられる手。欠けた半分を別の技術で精緻に埋め直せる手。目の前のこの粗い接ぎを、洗練させられる手。

 

 結城丈二は、その手を持っている。

 

 読めば読むほど、その裏づけを自分の指で重ねている。

 

 体をいじる手だ。壊すための。人を兵器に変えるための。だが、と結城の中で何かが半分だけ立ち上がりかけた。同じ手は――

 

 結城は、それを伏せた。

 

 今は、いい。今考えることではない。

 

 指を、奥へ進めた。

 

 別系統の接ぎの、さらに芯。エネルギーを生んでいる核へ。そこで、結城の手が止まる。今度は読めたから止まったのではない。読めずに、止まった。

 

 結城の知るどの系統でもない。デストロンのどの怪人にも、ライダーマンとしての右腕にも、結城がこれまで触れてきたどの設計図にもない仕組みが、そこで回っていた。手触りだけがあって中身が入ってこない。

 

 知らないものだ。

 

 結城はそこで指を引いた。読めないものは読めない。無理に枠へ嵌めれば、嵌めた分だけ間違う。それを知っている程度には、結城は科学者だった。

 

 卓の上に、半分だけ読めた残骸が転がっている。

 

***

 

 扉の開く音がした。

 

 顔を上げると、風見が立っていた。調査から戻ったのだろう。わずかに土の匂いがする。手ぶらだった。だが連れ帰ったものが何もなかったわけではない。考え込んだ顔を、ひとつ持って帰っていた。

 

 風見は作業台の残骸に目をやり、それから結城を見た。何も言わずに、少し離れた場所で足を止める。近づきすぎない位置だった。

 

 この男は、押さない。結城が何を見ていたかを問い質しもせず、ただそこに立っている。仇を滅ぼした者の静けさ。結城の仇に尽くした苦さとは、同じ重さではない。あの日から、二人の間にある違いは消えていない。

 

「読めたか」

 

 風見が言った。

 

「途中までは」

 

 結城は残骸へ目を戻す。

 

「作りはデストロンだ。これは確かめるまでもない」

 

 風見は頷いた。それは、もう分かっている、という頷きだった。

 

「だが、デストロンじゃない手が入ってる。欠けたところを、別の技術が埋めてる。大元を知らない手が、空いた穴に無理やり押し込んだような荒い接ぎだ」

 

 風見の目が、わずかに動いた。

 

 言いかけて、結城は止めた。なぜデストロンの手で作られたものが、デストロンの戦い方を知らないのか――風見がこの間引き取った、あの問い。その答えの端を、結城は今、指で触っている。台木と接ぎ木が別の手だから、と。だが、そこまでだった。繋げて口にするには、結城の読みはまだ半分しか進んでいない。芯は読めずに止まっている。半分で結ぶのは、結城の流儀ではなかった。

 

 風見も、急かさなかった。引き取った問いを、引き取ったまま抱えている顔だった。確かめてからでなければ言わない男だ。それは、結城も同じだった。二人とも、同じことをした。

 

「もう少し、読んでみる」

 

 結城は言って、残骸へ手を伸ばした。

 

 これを読めるのは、この場では自分だけだ。読めば読むほど、自分があの男の欲しがる手だと裏づけることになる。それは分かっていた。分かった上で、結城は指を残骸へ落とした。

 

 知らずにいることはできない。目を逸らして安全な場所にいるより、読んで敵の手の中身を知るほうがいい。風見が確かめずにいられないのと、同じだった。風見が止まれないように、結城も止まらない。

 

「そうか」

 

 止めても無駄だと知っている顔だった。代わりに、風見はその場を動かなかった。結城が残骸に向かう間、ただ同じ部屋に立っている。

 

 何も言わずに、そこにいた。

 

 結城はそれを、背中で受け取った。受け取って、もたれはしなかった。もたれれば、守られる側になる。結城は守られるためにいるのではない。自分の手で敵の手を読みに来た。

 

 右腕の駆動音が、低く鳴っている。

 

 俺の手だ、と結城は思った。

 

 硫酸で焼かれ、自分で組み直した右腕。かつてこの手は、もっと精緻なものを組んでいた。人を兵器に変える設計を。だが今、結城の腕についているのはそれではない。デストロンが作った手でも、あの男が欲しがる手でもない。

 

(俺が、俺のために組んだ手だ)

 

 この手で、もう少し読む。

 

 結城は、もう一度残骸へと向き合った。

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