ひげを剃る。そして記憶喪失の女子高生を拾う……。―Dark Side Traveler Story―   作:ぴこたんすたー

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第10話 回らない質問と回転する寿司

****

 

「──いらっしゃいませ。お一人様でしょうか?」

 

「いえ、予約していた先客がいまして。名前は吉田(よしだ)と言うんですが」

 

「はい、ご本人様からお話しは伺っております。一番奥のテーブルへどうぞ」

 

 皿にのった数々の寿司が、カウンターのコンベアで流れる光景を、()の辺りにしながら、笑顔の素敵な女の子から、丁寧な接客を受ける俺。

 店内も明るい雰囲気で、いかにも客足が途絶えないのも分かる気がする。

 

 バイトの女の子に通され、木製のテーブルが置かれた奥にある畳の席では、長い茶髪をサイドテールに束ね、肩にかけた美人の女性が、握り寿司相手に大格闘していた。

 どうやらこの席は、店員が持ってきた食べ物だけを受け取るという、回転寿司なのに()()()()寿司のシステムらしい。

 

「吉田君、遅いわよ。女の子をいつまで待たす気なのかしら」

 

「いえ、思った以上に仕事が捌けなくてですね……」

 

 その相手とは、会社の上司である後藤(ごとう)さんだ。  

 フラれた女に飯に誘われ、男がいるのに、他の男と接する考え自体がおかしすぎる。

 同僚の橋本(はしもと)は、俺とお喋りがしたくて、実は脈アリなんじゃないかとからかい、新品の結婚指輪を自慢していたが……。

 

 一度フラれたくらいで相手を諦めるな、フラれてから好きにさせるという、何度ものアタックが重要だと……あのなあ、これは俺の問題だ。

 既婚者がイチイチうるせぇよ、人のことより、結婚した目の前の女だけ見てればいいんだよ。

 

「ふふっ。実は緊張してたりする?」

 

「まあ、この前のクリスマスデートで、見事に玉砕された男でもありますから」

 

「あははっ、真面目な上に、結構ナイーブな性格なんだね」

 

 長い髪を片手で押さえ、小さな口で大きなマグロを食べようとするセクシーな絵面に、思わず目を逸らしてしまう。

 純情な俺にとっては、性的な雰囲気にも捉えられ、あれは直接的に見てはいけないものだ。

 

「じゃあ、迷惑かけたお礼として、私のこと、何でも訊いてきていいわよ」

 

 後藤さんが、胸がパツンパツンのYシャツをテーブルにのせて、テーブルにひじをつき、両手を組む。

 

「えっと、何で回転寿司なんですか?」

 

「もう年末だし、吉田君と二人だけで、プチ忘年会をしたかったから。会社では役柄上、仲良く会話もできないでしょ」

 

「それに……ゴクゴク……」

 

 後藤さんが腰に手を当てて、テーブルにあった、中ジョッキの生ビールを一気飲みする。

 泡のアルコールの液体がどんどん減っていくのを見て、俺は素直に尊敬に値するしかなかった。

 

「ぷはっ!」

 

「おおっ、相変わらず豪快な呑みっぷりですね」

 

 空になったジョッキをテーブルに置き、口元の泡を手の甲で拭う後藤さんを褒める。

 

「そうそう。吉田君のそういうところが好きなの。ありのままの私を受け入れてくれる部分とか。みんな私を堅苦しい高級フレンチで、お淑やかに食事みたいなイメージを持ってるから」

 

「分かります。女の人だって、ガツンといきたいですよね」

 

「そう。だから安くてリーズナブルな回転寿司なのよ」

 

 後藤さんが注文していた、炙りサーモンを口に頬張り、モグモグと美味しそうに味わう。

 その魚の脂で艶めいた唇が、俺の煩悩を刺激されて、またもや目線をずらす。

 

 駄目だ、まともに直視すらできない。

 好きな女の咀嚼(そしゃく)シーンは、丸裸にされた果実を見てるのと一緒だ。

 

「続いて、私から質問してもいいかしら」

 

「何なりと」

 

 俺は寿司を食べる手を休めて、口直しに熱い番茶をすする。

 

「吉田君、最近、彼女ができたでしょ」

 

「ブブゥッッー!?」

 

 後藤さんからの予想外な質問に、俺は壮大に番茶を吹き出した。

 

「ゴホッ、ゴホッ、い、いきなりですねっ!?」

 

「あら、その反応は図星なのかしら。相手は、やっぱり後輩の三島(みしま)さん?」

 

「あのですね、三島とはただの仕事仲間であって、決して恋人同士じゃないですよ」

 

 三島柚葉(みしまゆずは)

 入社して、一年にも満たない女性であり、最近、俺の担当係になった後輩だが、細かいミスも多く、てんで仕事ができない駄目な女でもある。

 

「でも、急に定時で帰り出したし、吉田君とも仲が良いし、たまに一緒に退社もするじゃない?」

 

「ちょっと後藤さん、落ち着いてください。三島とは別に何ともないんですよ」

 

 後藤さんがテーブルを挟んで、俺の目前まで詰め寄ってくる。

 

 髪から漂うフローラルないい香り、化粧の粉っぽい空気、そして物凄い存在感のある大きな胸。

 そんなに近寄ると、置かれた状況はどうあれ、彼女を意識してしまう。

 

「だって年増な私なんかより、若くて可愛い女の子の方が好みじゃないかと……」

 

「あのですね、後藤さん。俺は入社当時から五年間、ずっとあなただけが好きだったんです。他の女なんて、眼中の欠片もないですよ」

 

「……そう、ならいいけど」

 

 後藤さんが体勢を戻し、先ほど店員さんが置いたレタス巻きをムシャムシャと食べる。   

 

 後藤さんの気持ちは理解できる。

 誰だって、告白してきてフった相手が、早々と好きな人の対象を変えられると、私の存在って、おまけなのか、相手なら誰でもいいのか? と思ってしまう。

 

「では次で質問は最後よ。他に訊きたいことはある?」

 

「じゃあ、遠慮なく訊きますが、その胸のサイズがIカップなのは本当ですか?」

 

「あははははは。誠実そうに見えて、これは()()()胸フェチだわw」

 

 後藤さんがケラケラと笑いながら、テーブルをトントンとリズミカルに叩く。

 面白いかどうかより愚問だったが、どうやら本音がギャグとして伝わったようだ。

 

「……そうだよ、Iカップだよ。しっかりと、その目に焼き付けて帰ってね」

 

 手を口に添えて、小声で喋る照れ顔の後藤さんに、俺は湧き上がる感情を隠しきれなかった──。

 

****

 

「──あっ、おかえりなさい」

 

 暖かい空気が流れる自宅。

 布団に包まり、スマホゲームをしていた私は、冷たい空模様から帰ってきた吉田さんを温かく出迎える。

 

「どうだった、好きな後藤さんとの食事会は?」

 

「あんなん、食事会どころの騒ぎじゃねーよ」

 

 会話の繋げ方からして、吉田さんは若干不機嫌で、どことなく拗ねてるようだ。

 あんまり酔った様子でもないし、いつもの大人の余裕というものがないし……。

 

「はいはい。ウジウジと悩むくらいなら、さっさとお風呂に入る。嫌な悩みごとなんて、キレイさっぱり洗い流してさ」

 

 肌色のバスタオルを手渡し、吉田さんの大きな背中を軽く押す。

 

「……沙優(さゆ)も、すっかりこの家に溶け込んだな。何か、もう家族みたいだな」

 

「うん。吉田さんのお陰だよ」

 

 制服しか持ってなかった私に服や布団を買ってくれ、連絡先にとスマホ、さらに寝床や食事の提供まで……。 

 吉田さんには感謝の言葉しか浮かばない。

 

 だから彼が落ち込んでる時は、私が支えてあげたい。

 吉田さんを私だけのものにしたいという独占欲は、今は心に秘めたままで……。

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