ひげを剃る。そして記憶喪失の女子高生を拾う……。―Dark Side Traveler Story―   作:ぴこたんすたー

11 / 23
第11話 デキる先輩とポンコツな後輩

 ──何か、気持ちがすっきりしない曇り空が、窓に映る大手IT企業。

 12月も、あと数日で終わる現状にも関わらず、職場は人の群れでごった返していた。

 

吉田(よしだ)センパイ。今度、一緒に初詣に行きませんか?」

 

 昼休憩をおにぎりだけで終わらせ、パソコンで書類整理を製作中の俺に、脳天気な三島(みしま)が声をかけてくる。

 俺はオフィスチェアの背もたれに体重を倒し、こちらにニコッと微笑んでくる相手にブチギレた。

 

「三島あああー!!」

 

 周りの従業員が、キーボードを動かす手を止め、俺の怒鳴り声に、少なからず動揺している。

 気のせいか、後藤(ごとう)さんの視線も()()()を見てるような気が……って、自意識過剰かよ。

 

「行きませんか、じゃねえよ。何だ、このミスしまくりのデータは!」

 

 俺はクリップでとめた書類を三島に突きつけて、地獄から引っ越してきた鬼のように叱る。

 

「提出前にちゃんと見直せって言っただろ!? ここや、あれ、この尊敬語も改行も、何もかも不自然だろ。今からやり直せ!」

 

「えー? きちんと見直しましたけど?」

 

 人がミスを指摘してるのに、三島は軽い感じで、すみませんねーと謝るどころか、私は何も間違ってないと、自分の言い分を強調させるんだよな……マジで厄介な女だぜ。

 

「だから、できてないだろ……! 納期は大晦日までなんだから、残業してでも直せ」

 

「えー、今日中は無茶ですよ。年末くらい、早く帰らせて下さいよぉー」

 

 頬に指を当てて、ぶりっ子モードで駄々をこねる三島。

 誰のせいで、作業が遅れてるんだと思うんだ。

 男に色目を遣い、恋の生地をこねる暇があったら、正しい記事を入力する手を動かせ。

 

 俺は三島に椅子ごと急接近し、自分に置かれた立場を、三分足らずの総集編として、分かりやすく教える。

 

「はぁー……俺はお前の教育担当なんだぞ。いざという時に納品できないと、こっちも困るんだよ……」

 

「顔が近いですよぉ、センパイ。だから私は、いざという時に頼りになるという後輩を目指してですね……はっ!?」

 

「何だよ?」

 

 三島の動きが、中世ヨーロッパで作られた蝋人形のように固まる。

 

「まさかセンパイ、この案件が上手く通らなかったら、クビになったりしますか……?」

 

「いや、この国の労働基準法はしっかりしてるから、雇用側から切られることはまずねえよ……」

 

「でも俺はこの業務から外され、お前の担当係は変わるだろうな。俗に言う左遷ってヤツだ」

 

「はっ?」

 

 ア○リカなどでは高時給、高月給で雇うケースがあるが、その分、仕事ができないとなると、雇用主によって即座にお払い箱だ。

 それに反し、日本はコツコツと人員を育成して、人件費は関係なく、より良く伸ばそうという点がある。

 日本の給料が少ないのは、そこからだったりするのだ。

 

「それじゃあ、今すぐ直してきます。サーセンでした……」

 

「あっ、ちょっと待て」

 

「失礼いたします」

 

 三島が俺が持っていた書類を奪い取り、丁寧に謝罪して、早足で自分のデスクに戻る。

 

「はあ……ホント、何考えてんのか、よく分からん女だな……」

 

「なになに、今日はどんなミスしたの?」

 

 そこへ椅子の車輪を軽快に滑らせて、俺の隣に寄ってくる、同僚の橋本(はしもと)

 何度注意しても、同じような()()()()()馬鹿みたいに使えない後輩を思うと、大きな溜め息が漏れてくる⋯⋯。

 

「俺が作った顧客管理のデータが、始末書に書き換えられてだな……」

 

「アハハ。そりゃ、別の意味で凄い才能だね。三島ちゃんマジックだね」

 

 橋本が俺のブルーな気持ちをよそに、一人で面白そうに笑う。

 

「あんなポンコツの指導なんかしたくねえよ。お前、引き受けてくんね……?」

 

「お気持ちだけで結構だよ。僕も別のプロジェクトで忙しい日々だからね」

 

 気がどうにかなりそうで押しつけたくなるが、すでに橋本も別のバトンを握らされているし……。

 学生という年齢じゃねえし、与えられた仕事から逃げても、何も解決しないしな……。

 

「はあ……今日はもう年末の28日だぜ。入社したての新人だからって、笑って許してニコッ、じゃすまねえんだぞ」

 

「だけど急にやる気出したみたいだよ。あのペースだと、夜には終わるかもよ」

 

「そだな……」

 

 急に真剣になってモニターを睨み、指を滑らすように文字入力する三島が、別人のように思えてきた……。

 

****

 

 ──数時間後。

 俺は()()ポンコツ女と、老舗のラーメン店にいた。

 

「えへへ、お疲れ様でーす」

 

「どうも」

 

 三島が世間話をしながらだと、ラーメンはのびますからねー……とおでんをチョイスしたのだが、これがまた、水割りの焼酎と合って、実に美味い。

 

「いやー、無事に納品できて、一安心ですね」

 

「おう……ありがとな」

 

 残業にもならずに数時間後、綺麗に整ったデータを見せられ、頭使いすぎてラーメン食べたい気分ですねー♪ と誘われたのが、ここのお店だったのだ。

 

「お前なあ、日頃から、あの調子で作業をこなしてくれよな……はー……」

 

「ふぁいふぁへん、よひたへぇんはぁい」

 

「あー、お前、行儀悪いぞ。ちゃんと飲みこんでから話せって」

 

「ごくん」

 

 おでんを喉に通らせた三島が、俺の顔に指を突きつける。

 

「吉田センパイ、最近ヒゲも剃ってますし、見た目も小綺麗にして出勤してきて、もしかして彼女でもできたんですか?」

 

「何だ、お前そんなに俺の身なりを見てたのか。妙にストーカー気質あるよな」

 

 俺の言葉に何をどう捉えたのか、三島の顔がみるみる赤くなっていく。

 

「ちっ、違いますっ! いつも間近で怒鳴るから、ちょっとした変化にも気付いたんですよ!」

 

「何だよ、隠れストーカーかよ」

 

 俺はさほど気にしてない素振りで、煮卵にかじりつく。 

 

「彼女なんていねえし。ずっと好きだった後藤(ごとう)さんにもフラれたし……」

 

「ごっ、後藤さんですかあああー!?」

 

 味がよく染みた煮卵を堪能する中、突然、動転した三島が大声を出して立ち上がる。

 

「でもフラれたんですよね。失恋記念におでんのはんぺんあげます」

 

「そんな記念なんていらねえよ。安易な同情もな」

 

 コホンと咳払いをして、素に戻る三島。

 それから自分の体をジロジロと見て……後藤さんのダイナマイトバディとは程遠いけどな。

 

「いえいえ! それはそれでラッキーですよ。女は星の数ほどいますからね!」

 

「は? そこ()()()喜ぶところか?」

 

 三島が酒の入ったグラス片手に、心の底から笑ってみせる。

 

 じぃぃー。

 俺はそんな三島を、野鳥のように観察していた。

 

「何ですか、さっきから、人のことガン見して」

 

 見られて意識したのか、三島の落ち着きがなくなり、髪先を指で回しながら、そわそわとした態度となる。

 

「いんや、お前……もっと仕事がやりくりできたら、男にモテるだろうなって思ってさ」

 

「いえいえ。私思うんですよ」

 

 俺の率直な感想を、思いっきり否定したな。

 何の原動力が、コイツのやる気を突き動かしてるんだよ?

 

「吉田さんは仕事を頑張りすぎなんですよ。そんな風だと、いつか倒れてしまいます。下手すれば、過労で死んじゃいますってば」

 

「あのなあ、会社から給料を貰ってる以上、頑張るしか選択肢はないだろ」

 

 俺は対価を頂いて、会社に貢献するために働いてるんだ。

 金を貰う以上、アマチュアじゃ済ませられないし、求められるのはプロとしての成果。  

 そこに面倒だから、無駄なことは頑張らないという甘えは捨ててるしな。

 

「そうでしょうか? 吉田さんがいなくても、仕事って、円滑に回っていくんだと思うんです」

 

「な、何だって……?」

 

「だから、頑張ってる吉田さんをフォローするために、私みたいに、いつでもスタンバイできる人材が必要だと思うんです」

 

「あー……」

 

 不意の返しに言葉を詰まらせた俺の前に、再び指先を向ける三島。

 

「……確かに上司からの目線じゃ、ミスは多い反面、お前はよく頑張ってくれてるけどな」

 

「でしょ。今日は出来てたでしょ?」

 

「ははは……全くだ」

 

 ピースサインをして、牛すじの串をくわえたニッコリ笑顔の三島相手に、俺は無気力に笑う。

 

「それに、わっ……私は……」

 

「……吉田センパイが教育してくれないと、やる気出ないタイプなので」

 

 グラスを置いた三島は頬を赤らめながら、テーブル下に目線をやる。

 そこで、何で照れるのかは謎だが……。

 

「それと、まあー、マジになって怒ってくれるのは、吉田センパイだけですからね!」

 

「お前の覚えが極端に遅すぎるからな」

 

「覚えが遅くてもです!」

 

「自分の行いを理解してるのかよ……」

 

 やれやれ、悪気がない分だけマシな方か。

 仕事ができない分は、やる気でカバーしてるようだしな……。

 

「そういうことなのでセンパイ」

 

「これからも三島をよろしくお願いしますね」

 

 自己アピールが終わったのか、いよいよメインディッシュと言いながら、メニュー表を片手に色々と目を輝かす三島。

 

「大将、大盛りチャーシューメン、全部具のせ、チャーシューはマシマシで!」

 

「……お前、あんだけ食って、まだ食えるのかよ……」

 

「はいっ。ラーメンは別腹ですので」

 

「……そうか。俺は普通の味噌ラーメンで」

 

 ああ、最近忙しいせいか、外食続きだよな。

 家で留守番をしてる沙優《さゆ》は、今日の晩飯、何を食ってんだろうな──。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。