ひげを剃る。そして記憶喪失の女子高生を拾う……。―Dark Side Traveler Story― 作:ぴこたんすたー
「──
年末29日、換気中で開けた窓から、雪雲がちらつく午後の会議室。
今年最後のプレゼンも無事に終わり、人もまばらになった頃、コンビニ弁当を食い終えた俺は、部屋の一角へと呼び出された。
「はい、何でしょう、
「明日から二週間なんだけど、正月休みを挟んで、岐阜の方に出張に行ってもらいたいんだけどいいかな?」
「へっ?」
休みの代わりに、二週間後には代休があり、正月にも関わらずバリバリ稼げる。
普段なら美味しい話だが、今の俺にはアイツがいるんだ。
つまり二週間、あの家で
「えっと、いや、何と言いますか……あはは……」
「吉田君にしては珍しいね。いつもなら喜んで、出張に行くイメージだったのに」
七三分けで、ブラウンのショートカットの課長が、不思議そうに尋ねてくる。
昨晩のLINAからのお誘いメッセージから、ずっとこの調子だ。
しつこいな、これで
前回あっさりと承諾して、出張に行ってたことがマズかったか。
「何か訳ありなのかい。話があるなら訊くけど?」
「ええっとお……」
まさか女子高生が家にいるからとは言えず、俺の方も困って、頭をかくしかない。
『ポン』
「小田切スワーン……出張なら、このイカした俺が行きますって」
小田切課長の背後から、整った爪を伸ばした男の手が肩に置かれる。
その慣れなれしさは、あの男しかない。
「
目の前に出てきた、栗色のショートボブの通称、会社イチの遊び人の男、遠藤。
黒いスーツのネクタイを外して、白いカッターシャツを見せ、同色のスラックスのズボンに空いた手を入れてと、だらしない格好だが、本人が言うからに、堅苦しいのは挨拶だけにしてほしいというスタイルらしい……。
「俺ってば、正月は超絶ウルトラ級に暇だし、女とのお泊りデートもないし、もろもろいいっしょ?」
何が、もろもろだよ。
そんなんだから、特定の女と身も固められないんだ。
まあ、俺も未婚だが……。
「上司に気安く、タメ口を利くんじゃない。そんな軽薄な物言いで、肝心の仕事はできるのかい?」
「なーに、仕事は、ちゃぁんとしますって」
「はぁ……まあいいか。猫の手も借りたいほどだしね。吉田君は、それでいいかね?」
「あっ、はっ、はい」
小田切課長が遠藤に注意したものの、本人は通過儀礼と思ってるように、軽々と受け流す。
それに対して俺は、課長の決断に律儀に頭を下げる。
全く遠藤よ、言葉が過ぎるぞ。
相手は、あの課長だぞ。
普通の平社員なら、黙って頭を下げるしかないよな。
「じゃ、それで結構ね、課長バイナラ〜」
「……って、吉田、ちといいか」
課長を友達感覚で手を振って帰した後、俺に親指を立てて、合図をする遠藤。
何か、俺とサシで話がしたいようだな。
二人じゃないと駄目な話となると……面倒な予感がするよな。
****
「なあ、吉田さぁ」
「お前、女がいるから、出張行くの嫌なんだろ?」
やっぱり、女絡みときたか。
コツコツと革靴の音が廊下に響く中、すかさずコイツの口から、それ関連の単語が出てきたな。
「うっ……いないって」
「嘘つけ、目が泳いでるぜ」
「あー、これは目にゴミが入ってだな……」
遠藤の言うことは正解だが、こんな女好きなチャラ男なんかに知れたら、後々厄介だな。
さて、どうやって言葉を選べばいいのやら……。
「吉田センパイ、彼女がいるって本当ですか……」
「うぉっ、どこから現れるんだよ、
遠藤と廊下の片隅で立ち止まった俺は、突然の来訪者にビビる。
パックの牛乳を飲んでいた三島が、俺と遠藤に気づかれぬまま、死角にあたる、異次元の方向から絡んできたのだ。
「彼女さんは、どんな人ですか?」
「どんなって言うか、フリーの身だし」
いつにもなく、三島が質問してくる。
何だよ、彼女って、目の色変えてさ。
あー、
「いやいや、いつも
「だから違うって……」
そこへ遠藤が、火に油を注いでくる。
だから、話をややこしくするなって。
「やっぱり、女の影ありですか……」
三島が拳を握り締め、俺に質問を繰り返す。
貴重な昼休みが、やたらと長く感じる。
『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……』
遠藤と三島の無双コンビに、一方的に責め立てられ、思わず、息を飲んでしまう。
その重苦しい緊迫感に、本音を言えない立場の俺は、ここで一つの仮説を述べることにした。
「……ねっ」
「ね、年末年始だからさ、ネット通販ポチポチ利用してさ、何回かに分けて荷物が届くんだ」
「はあ……? 何だぁ、口にも言えないほどの荷物かよ」
「ああ、ちょっと大人には過激な品物かなって……」
「もう十分、大人じゃんか……」
遠藤が疑うような目つきで、俺の顔色を覗う。
ちょっと、苦しい言い訳か。
だよな、俺、保護者の同意以前に、成年男性だもんな。
「うーん。これ以上、回答を求めてもアレだしな。吉田が、どうしても言いたくないなら、この件のことは聞かないでおいてやるよ」
「えっ、遠藤さん、そんなにあっさりとっ?」
三島が強気な態度で反論するが、興味が冷めた遠藤に何を言っても無駄だ。
「そう言うなよ三島、相手が彼女じゃないのなら、ここは彼を信じてやろうじゃんか」
「ぷーっ」
「アハハ。ふくれっ面ならぬ、怒ったフグ面だな」
大人の説得をする遠藤に、機嫌の悪い表情へと変わる三島。
遠藤も、頬を膨らませて睨む相手に愛嬌でもわいたか。
「じゃあ、俺は現場に戻るよ。サイナラ〜」
この場の深刻な空気に耐えきれず、すたこらと逃げ出す遠藤。
おい、自分から空気を汚して、ここで二人っきりにさせるのか。
「吉田セ、ン、パ、イ!」
強い口調となった三島が、逃げようとした俺の腕を、服ごとぎゅっと掴む。
この二人だけの甘いイベント、どう計画性を立てても、バッドルートしかしねえよ。
「彼女じゃないんなら、大晦日に私と初詣行けますよね」
「はあ……今年の正月休みも寝正月で」
「だ、か、ら、かっ、彼女じゃないんなら、一緒に初詣に行けますよねっ!」
「あっ……、はいっ……」
こうなったら誰も、三島の暴走は止められない。
半径1メートル以内のパーソナルスペースに入り込んできた相手に、俺は臆するしかなかった。
「よっし、フラグ回収」
「さっきから何なんだよ……」
俺は三島の強気な態度にビクつきながら、渋々、初詣の約束を交わしたのだった……。