ひげを剃る。そして記憶喪失の女子高生を拾う……。―Dark Side Traveler Story―   作:ぴこたんすたー

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第13話 闇に染まった過去と光ある未来

****

 

「──ごめん、沙優(さゆ)。大晦日の夜、後輩から誘われ、初詣に行くことになった」

 

「別にいいよ。約束したんでしょ」

 

 そうやって何度も謝る吉田(よしだ)さんは、何か猫のように可愛くて、思わず頭を撫でたくなった。

 

 その照れ隠しな笑顔。

 後輩って、女の人だよね。

 初詣で一緒に年を越すということは、向こうは吉田さんに気が合って、誘ったんだよね。

 

 吉田さんも、その後輩のことが好きなのかな。

 そしたら吉田さんは、彼女を抱くのだろうか──。

 

『──本当にいいのか』

 

『うん、いいよ……』

 

『そうか』

 

 ──ふと、蘇る、禍々しい記憶。

 暗がりの部屋で下着姿の私に手を添える、知らない男の人の手。

 怖いと思いながらも、宿泊のためならとカタカタと怯えながら、その男の人に身を委ねる私。

 

「──うぅっ……、おええぇぇぇー!」

 

 ──大晦日の静かな夜。

 吉田さんが出かけ、今は私しかいない広すぎる部屋。

 思わず過去の映像がフラッシュバックし、私は猛烈な吐き気に襲われる。

 

『──気持ちいい』

 

 ──痛みに堪えながらも、相手を満足させるために、偽りの感情を作っていた私。

 どうせ本当のことを言っても、相手はすぐに気持ち良くなるからなどと、優しい声をかけ、その発言とは裏腹に、欲望のなすがままだろう。

 

 だったら嘘を吐いて、好きなだけ玩具のように抱けばいい。

 私は馬鹿だし、何の取り柄もない、家出少女なのだから──。

 

「ううっ……吉田さん」

 

 トイレで()しゃ物を吐きながらも、今は、そばにいない相手の名を涙声に呟く。

 

 今まで私と知り合った男の人は、みんな私に触れた。

 私もそれが、当たり前と思っていた。

 でも吉田さんは、そんなことはしなかった。

 

 吉田さんは私を欲望の対象にせず、一人の女の子として、真面目に接してくれた。

 闇に染まっていた私に、生きる希望の光をくれた。

 

 吉田さんがいないと、嫌でも過去のことが過ぎってしまう。

 いつから私は、こんなに弱い人間になったのだろう……。

 

『ピンポーンー♪』

 

 ──時刻は21時半。

 こんな時間帯に、チャイムを鳴らすのも不自然だ。

 

 宅配便だろうか。

 でもあまりにも遅すぎる。

 それとも仕事の都合上、時間帯指定なのかな?

 ドライバーさんもだけど、それを受け取る吉田さんも色々と大変だね。

 

 私は涙を服の袖で拭いて、気持ちを切り替える。

 赤の他人の宅配業者に、こんな表情を見せるわけにはいかない。

 今は、しんみりするのはよそう。

 

 玄関まで駆けて、出入り口のドアのロックを外そうとしたが、鍵は開いたままだった。

 不用心だな、私は年頃の女の子なんだから、もっと危機感を抱《いだ》かないと……。

 

「はい、ドアなら開いていますよ」

 

「……」

 

「だから、鍵はかかってないですよ」

 

「……」

 

「あれ……?」

 

 扉越しに話しても、応答がない。

 私はじれったい気分になり、玄関のドアを思い切り開けた。

 しかし、玄関先には誰もいなかった。

 

「こんな時間にイタズラするなんて、親の顔が見てみたいね」

 

「見たいのなら、あの世でどうぞぉー」

 

 背後から人の気配を感じた瞬間、後頭部に何かの当たる音がした。

 

『パリイィィィーン!』

 

「うぐっ!?」

 

 鈍い衝撃と同時に、床に赤に染まった白い破片が飛び、それと同時に水をかぶる。

 これは水が入ってた花瓶か……私は誰かに頭を殴られたのか?

 

「あの鈍感な吉田が、どんな女と暮らしてんだぁーと様子を見に来たら、これだもんなぁ」

 

「ホント、アイツには、勿体(もったい)ないくらいの美少女だよ。頭くんなあ」

 

 床にうつ伏せに倒れ、顔だけを上げると、スーツを着崩したショートボブの男の人が笑っていて……。

 

 迂闊(うかつ)だった。

 いつの間にか、鍵が開いてる隙を狙い、部屋に忍び込んでいたようだ。

 

「あ、あなたは……?」

 

「ああ、俺? 吉田の同僚の遠藤(えんどう)っすよ。以後、お見知りおきを……と言いたいけど」

 

「まあ、俺、正月過ぎには岐阜に転勤だし、君はここで死んじまう運命だから、関係ないっすよね」

 

 遠藤と名乗った男の人が、私を抱っこする。

 そのまま浴室につれていかれ、着ていたジャージを強引に引き裂かれた。

 そして体中に鋭い痛みが走り、大きな叫び声を上げようとしたけど、肝心な声が出ない。

 

 そう、警察が来て、事件性になり、この部屋に女子高生を匿っていたことがバレると、遠藤ではなく、真っ先に吉田さんが逮捕されるからだ。

 第三者の遠藤は守りに入り、遠方に出張して雲隠れし、吉田さんのせいにすれば、自分は罪に問われない。

 中々、ずる賢い男の人だ。

 

「ああ、ヤりたいくらいにいい女なのに、吉田絡みとなると残念だなあ」

 

「アイツ、女の交友関係うるさそうだし」

 

 吉田さん、寒いよ。

 お願いだから、早く帰ってきてよ……。

 

「無駄っすよ。今日、吉田は他の女と正月デートだもん。死んでも帰って来ないぜ」

 

 遠藤が私の腕を乱暴に掴んで、耳元で囁く。

 あなたに、吉田さんの何が分かるのよ。

 

「はあ……。こんないい女が家にいるのにさあ、本人は他の女と遊んで。やっぱ彼には俺による、怒りの裁きというものが必要だな。大事なものは失わないと分かんねーもんさ」

 

「違う。吉田さんは宿のない私に気を遣って!」

 

「あのなあ、彼のこと美化しすぎじゃねえの。吉田だって、男なんだぜ」

 

「いいえ、吉田さんは、色々と私を守ってくれて……」

 

「いやいや、その発想はないだろ。お前ら、脳みそどうかしてんの?」 

 

 やっぱり遠藤は私に好き放題の扱いをし、家に戻った吉田さんに、全ての罪をなすりつける気だ。

 

 こんな場所で、恥を晒すくらいならいっそ……。

 私は、思いっきりの行動に出た。

 

「だったら……はぐっ!」

 

「なっ、この女、舌を噛み切りやがった!?」

 

 唇から大量に吹き出す、生きているという証。

 生ぬるい痛みで、感覚さえも麻痺していき、喉に舌が引っかかったせいか、呼吸もままならない。

 

「おいおい、嘘だろー。どんだけ頭おかしいんだ、この娘《こ》!?」

 

 その問いかけはどうだろうか。

 中卒で、高校もろくに通ってない私だが、今まで生きてきて、判断を見誤ったつもりはないんだから⋯⋯。

 

 そのまま、私の意識は薄れていった──。

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