ひげを剃る。そして記憶喪失の女子高生を拾う……。―Dark Side Traveler Story― 作:ぴこたんすたー
「
そんな中、
この流れは二人だけで、話したいことがあるということか。
「吉田さん、少し、お願いがあるんだけど」
「何だよ、ご丁寧にかしこまって?」
吉田さんが木のお盆に、三つのマグカップとお菓子を持ってくる。
どうやら客人が来ても、好きなお相手でも、お茶請けはインスタントコーヒーと、どら焼きというスタイルらしい。
いかにも、和菓子が好きな吉田さんらしい考えだけど……。
「あのさあ、明日の朝食の材料を切らしててさ。私はもう、この時間は出歩けないし、今から、コンビニで買い出しをお願いできないかな?」
「何だよ、会社もギリギリで納期終わって、正月休みに入ったばかりだし、朝食なんか無くても、これがあるから平気だって」
吉田さんが、自分用の銀の耐熱マグカップに入ったコーヒーを指さす。
「駄目だよ。朝ご飯は、毎日きちんと食べないと」
「分かったよ。しょうがないな」
面倒くさい対応をする、吉田さんに注意する。
本当、仕事はできても、生活面では、だらしなさが目立つんだから。
男の人の一人暮らしって、みんなこうなのかな。
「それで材料は?」
「卵と味噌、豆腐関連とかがいいんだけど」
「ああ、了解。ついでに煙草も吸ってきてもいいか? ここじゃ何だし」
「うん、ありがとう」
吉田さんが、年季物の古びた黒い長財布を手に取って、玄関口の扉を開く。
錆びた鉄が、悲鳴の音を奏でるのも気にせずに……。
****
「さてと吉田君はいなくなったし、私から質問してもいいかしら?」
「はい。答えられる範囲なら」
「あなた、私の知ってる沙優ちゃんなの?」
「えっ、いきなりなんですか?」
急に確信をついてきて、心臓が止まりそうになる。
寿司屋でも思ってたけど、どうも
吉田さんは何で、こんな女性がタイプなんだろう。
相手にしても疲れるだけなのに、実に不思議だ。
胸が抜群に大きいから惚れたとか言ってたな……所詮《しょせん》、性格より、外見重視かよ。
まあ、私もいつまでも子供じゃないんだ。
感情的にならず、ここは落ち着こう。
「これを見てもらえば、分かるかしら?」
「それは生徒手帳!?」
後藤さんが胸元のポケットから、薄汚れた手帳を取り出す。
それは私が無くしたと思っていた、持ち物の一つだった。
何で、後藤さんが持ってるの!?
「北海道の
「えっ、私、そんな遠い場所から……」
生徒手帳で知る自身の境遇。
色んな場所を転々とした記憶はあるけど、まさか、そんな北の国から来てたなんて。
「やっぱり、今のあなたには記憶がないのね」
「……どうしてそんなことまで?」
質問に質問を重ね、まるでこの人は私の全てを見透かしてるみたい。
これは下手な嘘はつけないね。
「ええ。この生徒手帳は、あなたが自害した時に拾ったものでね」
えっ、嘘どころか、私の最期に起こした行動まで筒抜けなの?
吉田さんと男の人以外に、他の人の気配なんてなかったはず……。
「沙優ちゃんだから打ち明けるけど、実は私はタイムリーパーなのよ」
「なっ!?」
一瞬、頭の中が真っ白になる。
この人は真面目な顔して、何の冗談を言ってるんだろう。
「今から二年後の春。未来での私は吉田君に添い遂げて、幸せな結婚生活を送る予定だった」
「ちょっと何を言って?」
「そこで私は北海道から戻ってきた成人を迎えた
後藤さんが神妙な面持ちで語り出す。
サクセスストーリーの割りには、実際にありそうなリアル過ぎる内容だった。
「結果的に吉田君はその件で、あなたが好きだった別の男性と言い争いになり、廃ビルの屋上から命を散らした」
「それで私も自害して?」
「そう捉えてもらったら、助かるわね」
いや、この人は冗談ではなく、私の未来を堂々と予測している。
他人にも、一番の身内の吉田さんにも喋ってないことを、口に出すんだから。
「あのね、よく聞いて。あなたが吉田君と、このような共同生活を長い間続けていなかったら、あんな最悪なケースは防げたの」
震える私の肩を掴みながら、必死に説得してくる。
ああ、この人は私のことを心配してくれてるんだ。
結婚したら、いい奥さんになりそう。
「あなたは、れっきとした現役の高校生なのよ。例え、吉田君が許してくれても、社会は許してくれないわ」
後藤さんが容赦なく浴びせてくる、社会の鉄の掟。
未成年が生きるためには、保護者の力が必要不可欠と。
「あなた、いつまで、ここに居座るつもり?」
ズバリと結論を突き立ててくる後藤さんに、何も言い返せない。
私が迫っても、抱かなかった吉田さんに続き、これが大人の発言力というものか。
「……その件に関しては、私も気付いていました」
「そう……。なら良かったわ」
後藤さんがコーヒーを飲みながら、お酒のおつまみ感覚で、一口チョコレートを頬張る。
これが二十歳すぎの余裕というものか。
だったら今ここで、全てを告白してもいいんじゃないの。
「わっ、私も時空移動を繰り返してるんです。前回は、男の人に暴漢に遭い、自ら命を絶って……」
「ええ、そんな感じはしてたわ」
寿司屋でほろ酔い気分だったのか、現実離れした話題でも、納得の意思疎通をする後藤さん。
「……後藤さんと同じくタイムリープしてるんですけど、前の人生に関してのほとんどの記憶が欠如していて……」
「私のきっかけは身元確認で、生徒手帳に何気なく触れた時からだったけど、あなたは命が消える直前にタイムループすると?」
「そんなとこです」
そうか、どうやって知り得たか謎だけど、私がこの世から消える度に、生徒手帳を奪っていたのか。
それなら今まで、手帳が無かった理屈も通る。
「確かに脳死してしまったら、記憶も残らないわよね」
「あの、私……」
「いいのよ。突然の話で、混乱するのも理解できるわ」
急に、体の体温が下がったような気がしたが、別にカーディガンを脱いだわけでも、暖房の温度が下がったわけでもない。
ただ時刻だけは正直に過ぎていき、12月30日の日付が、大晦日に変わろうとしている……。
「でもね、中学生にしろ、高校生にしろ、学生で居られる時間は貴重なの。あなたの無慈悲な行動が、結果的に周りの人々を傷付けてしまうの」
「あなたが吉田さんから離れて、北海道に帰り、親から自立した気持ちを持たないと、この未来はずっと悲劇のままなのよ」
そうだ、後藤さんの言ってることは正論だ。
曲がりくねったコーナーではなく、私のために最善を尽くし、ストレートに物事を語ってるんだ。
「沙優ちゃんは未来を変えるために、何度も生き死にを繰り返してきたのよね?」
「はい。吉田さんと人生をやり直すために」
「彼のことが好きなのなら、今は親元で暮らし、成人になってから、彼と同居してもいいでしょ?」
未成年ではなく、大人としてのお付き合い。
そんなまったくもっての、安全策を言い出す後藤さん。
これでどうして、あっちの方は未経験なんだろう。
吉田さんと同じく、エッチには慎重派なのかな。
「だから、あなたの個人的なワガママで、吉田君を振り回さないで」
「はい。時期が経てば、ここから出ていくつもりです」
「よし、よく言った。やっぱり修羅場を生き抜いた女の子は強いわよね」
後藤さんが笑顔になり、私の頭を撫でる。
だから髪が乱れるし、子供扱いもやめてよ。
「じゃあこれで、湿っぽい話はおしまいね。今度はそちらから質問どうぞ」
「えっと……」
何でも質問に答えるわよと、落ち着いた微笑みをする後藤さん。
これはまたとないチャンスだと私は、一番の思っていたことを彼女に問いかける。
「あの、吉田さんのこと、今でも好きなんですか?」