ひげを剃る。そして記憶喪失の女子高生を拾う……。―Dark Side Traveler Story―   作:ぴこたんすたー

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第16話 逃げと攻め

沙優(さゆ)ちゃん、ちょっといい?」

 

 吉田(よしだ)さんの自宅に着いた時、スマホの時計は夜中の23時を指していた。

 そんな中、後藤(ごとう)さんが、コーヒーを淹れに台所に出た吉田さんを見計らって、私に小声で合図する。

 この流れは二人だけで、話したいことがあるということか。

 

「吉田さん、少し、お願いがあるんだけど」

 

「何だよ、ご丁寧にかしこまって?」

 

 吉田さんが木のお盆に、三つのマグカップとお菓子を持ってくる。

 どうやら客人が来ても、好きなお相手でも、お茶請けはインスタントコーヒーと、どら焼きというスタイルらしい。

 いかにも、和菓子が好きな吉田さんらしい考えだけど……。

 

「あのさあ、明日の朝食の材料を切らしててさ。私はもう、この時間は出歩けないし、今から、コンビニで買い出しをお願いできないかな?」

 

「何だよ、会社もギリギリで納期終わって、正月休みに入ったばかりだし、朝食なんか無くても、これがあるから平気だって」

 

 吉田さんが、自分用の銀の耐熱マグカップに入ったコーヒーを指さす。

 

「駄目だよ。朝ご飯は、毎日きちんと食べないと」

 

「分かったよ。しょうがないな」

 

 面倒くさい対応をする、吉田さんに注意する。

 本当、仕事はできても、生活面では、だらしなさが目立つんだから。

 男の人の一人暮らしって、みんなこうなのかな。

 

「それで材料は?」

 

「卵と味噌、豆腐関連とかがいいんだけど」

 

「ああ、了解。ついでに煙草も吸ってきてもいいか? ここじゃ何だし」

 

「うん、ありがとう」

 

 吉田さんが、年季物の古びた黒い長財布を手に取って、玄関口の扉を開く。

 錆びた鉄が、悲鳴の音を奏でるのも気にせずに……。

 

****

 

「さてと吉田君はいなくなったし、私から質問してもいいかしら?」

 

「はい。答えられる範囲なら」

 

「あなた、私の知ってる沙優ちゃんなの?」

 

「えっ、いきなりなんですか?」

 

 急に確信をついてきて、心臓が止まりそうになる。

 寿司屋でも思ってたけど、どうも()()人の心は読めない。

 

 吉田さんは何で、こんな女性がタイプなんだろう。 

 相手にしても疲れるだけなのに、実に不思議だ。

 胸が抜群に大きいから惚れたとか言ってたな……所詮《しょせん》、性格より、外見重視かよ。

 

 まあ、私もいつまでも子供じゃないんだ。

 感情的にならず、ここは落ち着こう。

 

「これを見てもらえば、分かるかしら?」

 

「それは生徒手帳!?」

 

 後藤さんが胸元のポケットから、薄汚れた手帳を取り出す。

 それは私が無くしたと思っていた、持ち物の一つだった。

 何で、後藤さんが持ってるの!?

 

「北海道の旭川(あさひかわ)市。あなた、実は家出少女なのよね?」

 

「えっ、私、そんな遠い場所から……」

 

 生徒手帳で知る自身の境遇。

 色んな場所を転々とした記憶はあるけど、まさか、そんな北の国から来てたなんて。

 

「やっぱり、今のあなたには記憶がないのね」

 

「……どうしてそんなことまで?」

 

 質問に質問を重ね、まるでこの人は私の全てを見透かしてるみたい。

 これは下手な嘘はつけないね。

 

「ええ。この生徒手帳は、あなたが自害した時に拾ったものでね」

 

 えっ、嘘どころか、私の最期に起こした行動まで筒抜けなの?

 吉田さんと男の人以外に、他の人の気配なんてなかったはず……。

 

「沙優ちゃんだから打ち明けるけど、実は私はタイムリーパーなのよ」

 

「なっ!?」

 

 一瞬、頭の中が真っ白になる。

 この人は真面目な顔して、何の冗談を言ってるんだろう。

 

「今から二年後の春。未来での私は吉田君に添い遂げて、幸せな結婚生活を送る予定だった」

 

「ちょっと何を言って?」

 

「そこで私は北海道から戻ってきた成人を迎えた()()()から、吉田君を奪われた……」

 

 後藤さんが神妙な面持ちで語り出す。

 サクセスストーリーの割りには、実際にありそうなリアル過ぎる内容だった。

 

「結果的に吉田君はその件で、あなたが好きだった別の男性と言い争いになり、廃ビルの屋上から命を散らした」

 

「それで私も自害して?」

 

「そう捉えてもらったら、助かるわね」

 

 いや、この人は冗談ではなく、私の未来を堂々と予測している。  

 他人にも、一番の身内の吉田さんにも喋ってないことを、口に出すんだから。

 

「あのね、よく聞いて。あなたが吉田君と、このような共同生活を長い間続けていなかったら、あんな最悪なケースは防げたの」

 

 震える私の肩を掴みながら、必死に説得してくる。

 ああ、この人は私のことを心配してくれてるんだ。

 結婚したら、いい奥さんになりそう。

 

「あなたは、れっきとした現役の高校生なのよ。例え、吉田君が許してくれても、社会は許してくれないわ」

 

 後藤さんが容赦なく浴びせてくる、社会の鉄の掟。

 未成年が生きるためには、保護者の力が必要不可欠と。

 

「あなた、いつまで、ここに居座るつもり?」

 

 ズバリと結論を突き立ててくる後藤さんに、何も言い返せない。

 私が迫っても、抱かなかった吉田さんに続き、これが大人の発言力というものか。

 

「……その件に関しては、私も気付いていました」

 

「そう……。なら良かったわ」

 

 後藤さんがコーヒーを飲みながら、お酒のおつまみ感覚で、一口チョコレートを頬張る。

 これが二十歳すぎの余裕というものか。

 だったら今ここで、全てを告白してもいいんじゃないの。

 

「わっ、私も時空移動を繰り返してるんです。前回は、男の人に暴漢に遭い、自ら命を絶って……」

 

「ええ、そんな感じはしてたわ」

 

 寿司屋でほろ酔い気分だったのか、現実離れした話題でも、納得の意思疎通をする後藤さん。

 

「……後藤さんと同じくタイムリープしてるんですけど、前の人生に関してのほとんどの記憶が欠如していて……」

 

「私のきっかけは身元確認で、生徒手帳に何気なく触れた時からだったけど、あなたは命が消える直前にタイムループすると?」

 

「そんなとこです」

 

 そうか、どうやって知り得たか謎だけど、私がこの世から消える度に、生徒手帳を奪っていたのか。

 それなら今まで、手帳が無かった理屈も通る。

 

「確かに脳死してしまったら、記憶も残らないわよね」

 

「あの、私……」

 

「いいのよ。突然の話で、混乱するのも理解できるわ」

 

 急に、体の体温が下がったような気がしたが、別にカーディガンを脱いだわけでも、暖房の温度が下がったわけでもない。

 ただ時刻だけは正直に過ぎていき、12月30日の日付が、大晦日に変わろうとしている……。

 

「でもね、中学生にしろ、高校生にしろ、学生で居られる時間は貴重なの。あなたの無慈悲な行動が、結果的に周りの人々を傷付けてしまうの」

 

「あなたが吉田さんから離れて、北海道に帰り、親から自立した気持ちを持たないと、この未来はずっと悲劇のままなのよ」

 

 そうだ、後藤さんの言ってることは正論だ。

 曲がりくねったコーナーではなく、私のために最善を尽くし、ストレートに物事を語ってるんだ。

 

「沙優ちゃんは未来を変えるために、何度も生き死にを繰り返してきたのよね?」

 

「はい。吉田さんと人生をやり直すために」

 

「彼のことが好きなのなら、今は親元で暮らし、成人になってから、彼と同居してもいいでしょ?」

 

 未成年ではなく、大人としてのお付き合い。

 そんなまったくもっての、安全策を言い出す後藤さん。

 これでどうして、あっちの方は未経験なんだろう。

 吉田さんと同じく、エッチには慎重派なのかな。

 

「だから、あなたの個人的なワガママで、吉田君を振り回さないで」

 

「はい。時期が経てば、ここから出ていくつもりです」

 

「よし、よく言った。やっぱり修羅場を生き抜いた女の子は強いわよね」

 

 後藤さんが笑顔になり、私の頭を撫でる。 

 だから髪が乱れるし、子供扱いもやめてよ。

 

「じゃあこれで、湿っぽい話はおしまいね。今度はそちらから質問どうぞ」

 

「えっと……」

 

 何でも質問に答えるわよと、落ち着いた微笑みをする後藤さん。

 これはまたとないチャンスだと私は、一番の思っていたことを彼女に問いかける。

 

「あの、吉田さんのこと、今でも好きなんですか?」

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