ひげを剃る。そして記憶喪失の女子高生を拾う……。―Dark Side Traveler Story― 作:ぴこたんすたー
「──
「そうなん? じゃあ、今日は親いないし、ウチの家で朝まで女子会やな。ちょいと
「うん、下手に弄らないならいいよ」
あれから
吉田さんは優しいけど、異常なほどに心配性だ。
だからあれこれ悩んでLINAを送るより、同性で知り合いでもある、第三者の意見でなら、納得するかなと……。
「
「スマホくらいで、そんなに泣かないでよ。はい」
白い布のハンカチを目尻につけて、大袈裟な反応をするあさみ。
私が慰めるように手を取り、スマホを手渡すと、彼女は落ち着いたかのように大人しくなった。
「うむ。分かればよろしい」
「女子高生なのに、中身はオッサンかよ」
「沙優チャソの同居人もオッサンじゃん」
「むう、言ってはいけないNGワードを……」
あさみの無責任な発言に、イラッときた。
私は頬を膨らませながら睨むが、あさみには、ただの演技だと思っていたのだろう。
「アハハッ。冗談だってば。沙優チャソもクソ真面目やな」
「どれどれ……」
何かの笑いのツボを受けたのか、豪快に笑うあさみ。
そして私のスマホ画面を見た瞬間、おぞましい顔でLINAのメッセージを呼びさす。
「……恐ろしいほど絵文字多用で、立派なオッサン言葉やな」
「そうそう。吉田さんらしいよね」
「実はロリコン気質じゃね?」
「違うよ。吉田さん、年上が好みみたい」
「ふーん。そういうことにしとくわ」
大人で成熟したお姉さんじゃないと、興味がない吉田さん。
でも年下にも魅力があって、それに
星の数ほど女がいるというけど、その中で愛として、巡り合う確率は1%未満とも言う。
そこから吉田さんときたら、新たな趣向を強調させ、さらに見えないフィルターをかけたようなものだ。
これじゃ、
──はっきり言って、吉田さんは誠実で優しい。
周りに異性が学生しかいない、高校生の私から見ても、素敵で大人な男の人だ。
少し視野を広げれば、すぐ目の前に春があるというのに……。
「まあいいか。連絡もとったし、後は返事待ちだね」
「ありがとうね。あさみ」
「当然や。ウチら、マブダチやからね」
「……うん」
あさみがLINAのメッセージを、吉田さんに送る。
今晩はウチの家で一泊するから、何も心配しないでと……。
『ピロン♪』
すると、即座に既読がつき、吉田さんからの返信が届く。
『すまない、頼めるなら、お願いするよ。
ありがとう』と──。
「アハハッ。クソのように、お堅い返信メールやな」
「吉田さんって、そんな風に見える?」
「いかにも沙優チャソの父親って感じやな」
「父親ねえ……」
あさみが、にまーと幸せそうに笑顔になり、その笑いに私も伝染する。
ニコニコの連鎖反応、今日は一晩中一緒だから、ヤバめだって。
「じゃあ、行こうか」
──いつもとは逆方向の道を歩きながら、あさみに色々と話をした。
──この東京から遠く離れた、北海道から家出したこと、
実は中卒じゃなく、現役の女子高生だということ、
この場所に来る前のディープな過去に、
吉田さんと出会い、
それから、あさみという大切な友達ができたこと。
あさみはいつものように、明るい口調で、私の話を聞いてくれた。
私は心から話せる友達ができたことに、嬉しさを感じていた──。
****
「──ここがウチの家やで」
「えっ、凄い大豪邸だね」
出入り口の門構えにカードキーを通すと、扉は自動で開き、二世帯の高級住宅が建っていた。
地面にも赤レンガが、隙間なく敷き詰められていて、おまけに雑草も生えてなく、地面も綺麗で手入れが行き届いている。
「お父さんが政治家で、お母さんが弁護士だからさ、お金には不自由してないん」
玄関に入り、赤いカーペットを歩いた先に家族団らんの象徴、何畳かも分からない、広すぎるリビングルームが見えてきた。
「だけどさ、両親とも仕事が忙しいせいか、小さい頃から、一人で暮らすことが多くてさ」
あさみが先に私を椅子に座らせ、黒い電気ケトルで、お湯を沸かす。
「そんでちょっとした反発心で、こんな風にギャル系になってみたんよ。お父さんからは、怒鳴られ、お母さんは泣いてさ」
袋に入った粉末コーヒーを、白いマグカップに入れながら、隣接したキッチンの戸棚にあった付け合わせのお菓子を、テーブルの上に並べるあさみ。
「どんなに冷たく見える親でも、ウチのことで涙を流す姿に呆れてさ。もうウザいからほっといて、って言ったらさ、
どんなに我が子に冷たい親でも、人の子である限り、涙を見せることもある。
おぼろげな私の過去の記憶が、そうだったように……。
「私たちの子供が、こんなことをするはずがない。これは何かの間違いかと」
親バカだなと呟きながら、時に愚痴をこぼし、話を続けるあさみ。
「元々はお母さんはウチを弁護士にしたかったらしくて、法学部を推薦してたんだけど、ウチは文学部志望でさ」
「文学部? 何か意味深な志望だね」
「うん……」
あさみが文学とか言い出したので、何かの呪いでもかけられたのかと感じた。
心の声とはいえ、失礼な物言いだよね。
「こっからは笑わんで、聞いてくれる?」
「なに、急に真面目ぶって?」
いつになく真剣な顔からして、名声や笑いが欲しいわけじゃないらしい。
私は黙って言うことに従って、次の言葉を待った。
「ウチね、小説家になりたいと思っとん」
「へえー、それは立派な夢だね。この前の読書感想文も分かりやすくて良かったよ。あさみに向いてる職業だと思うよ」
「ハズいから、そんなべた褒めせんでくれん」
小説家への夢を、気兼ねなく喋ってきたあさみ。
ただ自堕落に毎日を生きるより、夢を持つことはいいことだと思う。
「そのことをお母さんに話したら、大喧嘩になってさ。お互いに口もきかんくなって」
「……だよね」
小説家とは登竜門をくぐるのが難しく、ギャンブル性の高い職業。
売れるまでは文無しだし、とてもじゃないけどバイトをしながらじゃないと、生活ができない。
あさみの家は、お金持ちで不自由そうに思えても、親からの資金援助がないと、結局は食えない職業では何もできない。
お母さんとしては、あさみの身を案じて、安定した職についてもらいたいんだ。
「そしたらお父さんが、見晴らしのいい小さな丘に連れて行ってくれたん」
丘の上の夜空には無数の星が輝いていて、お父さんとその丘に寝転んだと、あさみが笑う。
そして、お父さんが星空に手を伸ばし、この星空のように、お前の悩んでることなんて、ちっぽけなものだと……。
「あのヅラジジイも柄にもなく、似合わないことすんなって、思ったわw」
「あははっ。確かに、それは困るね」
宇宙と比較されても、自分たちは小さなアリのようなもの。
この地球を通じて、他の星から見たら、小さすぎる存在なのかも知れない。
「だけどウチらには、これまで生きてきた歴史があって、未来に繋ぐ光があって、みんな精一杯、頑張って生きてんだって」
「一人一人の個性や、考え方が違うように?」
「そ。そう考えるとな。ウチの境遇と沙優チャソの今の状況って、そんな変わんなくない?」
「私があさみと?」
自分語りをするあさみが冷めないうちにと、マグカップに入った温かいコーヒーを差し出してくる。
「沙優チャソのしんどい歴史もやけど、どんなに辛いことでも、それは沙優チャソしか得れんかった、きちんとした歴史なんだよ」
「だからさ、意味のない人生とか、人生終わったとか、悲観的に思うことないよ。人間として生まれて生きてるうちが、その人の人生なんだと思うし。ウチが保証する」
「……うぅっ。こんな私でも?」
私は、こみ上げてくる切ない感情に耐えれなくなり、大粒の涙を流す。
あさみの温かい言葉に、自分も意味のある人間なんだと自覚して……。
「そ。沙優チャソは真面目にコツコツ生きて、着々とレールを進んでいたけどさ、そんじゃあ、疲れるだけやん。たまにはさ、息抜きのつもりで別のルートに寄り道して、緩やかに進んでもいいと思うさかい」
「うん……、うん……」
何度、手の甲で拭っても、一向に収まらない気持ち。
でも悲しいとかじゃなく、信頼できる相手と心を通い合わせたという、幸せの感情に満ちていた。
「どの道、終点に行っても、翌朝は始発に戻るんだからさ、そんなに悩むこともないよ。今までが駄目でもさ、頑張って自分で変えれる未来があるんだからさ」
「うんっ!」
「だから泣かんでよ、ウチも泣いちゃうやん」
「うん、うんっ!」
心も体も温もりがある、あさみの家で、私とあさみは涙が枯れるまで泣いた。
──あさみ。
私のこれまでの生き方を否定しないどころか、逆にそっと私の背中を押してくれた。
今さらだけど、あなたと友達になれて、本当に良かった。
いつもこんな私を励ましてくれて、ありがとう。