ひげを剃る。そして記憶喪失の女子高生を拾う……。―Dark Side Traveler Story―   作:ぴこたんすたー

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第30話 初めての彼女とわがままな彼女

****

 

「──はい。今日は朝礼の前に、我が社に異動してきた社員を紹介します」

 

「では、前にどうぞ」

 

「……はい」

 

 外は北風が吹き荒れる、一月半ば。

 会社での朝礼前、人事部である上司が、にこやかな顔で新人を紹介する。

 上司の隣には後藤(ごとう)さん、少し離れた場所に三島(みしま)もいる。

 後藤さんは、上司と同じく微笑みながらも、来たるべき新人を招き入れた。

 

 コツコツと、規則的に鳴るヒールの音。

 ショートボブのパーマで、黒い髪型。

 黒いセーターの上に、クリーム色の長袖のシャツを羽織り、ズボンは動きやすい黒のレギンズパンツ。

 どこか懐かしさを覚えた俺は、この女と初めて会った感じがしなかった。

 

「仙台支部より異動した、神田蒼(かんだあお)です」

 

「東京に出張に来るのは初めてで、分からないこともありますが、色々と教えてくれると、嬉しい限りです」

 

「皆さん、よろしくお願いしますねー」

 

 にこーっとフレンドリーな自己紹介に、その場の雰囲気が一気に明るくなる。

 

「ええっ!?」

 

「あっ……君って、まさか、吉田(よしだ)?」

 

 その雰囲気を壊すように、俺は橋本(はしもと)の隣で、思わず声を上げてしまう。

 橋本も驚いたように目を丸くして、俺を見ていた。

 

『ザワザワ……』

 

 周りの空気が騒がしくなる。

 こんな女っ気のない俺に美人の女友達がいたとか、何のヤラセだよとか、好き勝手言ってくれる。

 

「えっ? ……ってことは、神田さんの知り合い?」

 

「ええ。高校生の時の後輩ですよ」

 

 上司の質問に同じく笑いかけながら、俺にウィンクを送る。

 だが俺は、その仕草に軽く頭を下げるのみだ。

 

 ここの会社は、社内恋愛はご法度のこと、例え、恋人同士でも、会社では馴れ馴れしくしない。

 ここには遊びではなく、仕事で来ているからであって、プライベートな関係は持ち込まないのが原則だ。

 

 好きな相手同士を祝福して、二人の恋を応援するのもいいが、捉え方によっては、その二人の恋がウザい、イチャイチャするなら会社じゃなく、他所でやれと思う人もいる。

 

 そこから生まれる、ひがみや妬み……。

 いかに人間が、色恋という感情に揺さぶられる生き物ということがよく分かる。

 それゆえにトラブルを防ぐという意味で、会社では恋愛は禁止という規則ができたのだ。

 

「いやぁ、知り合いがいるなら、仕事もやりやすいよね」

 

「吉田くんベテランだから、分からないことは何でも訊くといいよ」

 

 お偉いさんの上司が、褒め称えてくれるのも悪くもないが、ベテランというだけで一括(ひとくくり)にし、責任の押しつけは止めてほしい。

 

「はーい。お言葉に甘えて、そうさせてもらいます」

 

「いえいえ。吉田君の雑用係として、こき使ってくださいなー」

 

『ワハハハハッ!』

 

 神田先輩と上司による、イタズラ的な即興芝居は大ウケのようだ。

 俺は何も言えず、ただ黙って俯くしかなかった──。

 

◇◆◇◆

 

 ──人生とは、一度きりの本気の恋というものがあるらしい。

 誰にだって訪れるこの想いに、人はその人を大切にしたいと、強く願うようになる。

 

 だが、俺はその考えに多少なりに違和感を感じていた。

 一度きりの本気ではなく、恋をした相手なら、いつでも本気じゃおかしいのかと……。

 

 そんな俺にとっての恋の転機は、高校二年の頃だった──。

 

「──吉田……今日はどうだった?」

 

「凄く、良かったです」

 

 当時、野球部員だった俺は、同じくマネージャーをしていた女の子に惚れて、この機会を逃したくないと、俺から告白したのだ。

 

 明朗快活でミステリアスな二つの顔を持つ彼女は、文句の付け所がない美しさも兼ね揃え、男性陣の注目の的だった。

 彼女は性にも興味津々で、週に一回は俺との性交渉を求めてきた。

 

「うそつかないで」

 

「いや、嘘じゃなくて、本心です」

 

 俺は、その行為に悪い気はしなかった。

 好きな人との心と身体を繋げるということに、心から幸せだと感じ、この人だけをずっと愛していきたいと思っていたからだ。

 

「でも気持ちよかったら、もっと早いでしょ」

 

「どうでしょうか。その時、その瞬間の気持ちの問題というか……」

 

 エアコンの冷房が効いた、ひんやりとした自室での空気。

 互いに求め合い、火照った体の俺たちには、ちょうどいいくらいの温度だった。

 

『ズズ……ズルル……』

 

「んんっ」

 

 俺は腰をずらして、愛の証でもあるものを、そっと引き抜く。

 彼女はその刺激にピクリと肩を震わせ、色っぽい吐息を漏らした。

 

「もう。付けないで、そのままでもいいのに」

 

「駄目ですよ。俺たち高校生だし、万が一、妊娠したら」

 

「だから、ピル飲んでるから問題ないってば」

 

「はぁ……」

 

 彼女のわがままさ加減に困ってしまい、俺は大きく息を吐く。

 毎度、同じようなことを言われ、こうやってゴムをするたびにこれだ。

 

「あたし、生理重たいし、周期も不安定だから、ピル飲んでるのに」

 

「……だけどピルを飲んでも、妊娠する確率もあって」

 

 俺の正直な答えに、反発する彼女。

 ピルは飲みすぎても体調を壊すと聞いたことがあるが、身体は大丈夫なのだろうか。

 

「あたしのこと、好きじゃないの?」

 

 相変わらず、直球で攻めてくる彼女。

 そんな恥ずかしいことを真顔で言われると、俺の方が面を喰らう。

 

「好きだからこそ、ちゃんと付けて避妊するんですよ」

 

「よく分かんないなあ。好きなら中にも出すでしょ」

 

「それって、子供を孕ませるということですよね。俺にはそんなこと早すぎます」

 

 俺たちは、まだ高校生。

 恋人同士とはいえ、親の支援がないと、何もできない子供だ。

 

「もー」

 

 彼女がベッドから静かに起き上がり、胸の谷間を腕で隠し、不満そうに唇を尖らす。

 

「何度言わせるのよ。ピル飲んでるんだから、子供はできないんだって」

 

「子供作らないのに、中に出す意味あります?」

 

「生の方が私も吉田も、もっと気持ちいいと思うよ」

 

「そんなリスクを犯してまで、気持ちよくなりたくないです」

 

 俺は本能のままに、気持ちいいことを求めてるんじゃない。

 彼女を守りたいために、この身を繋いでいるのだから。

 

「先輩と、こういう関係ができただけで、俺は幸せものです」

 

 そう、俺みたいなスポーツ刈りの野球少年が、こんなグラビアモデルのように素敵な先輩と付き合えただけでも、奇跡に近いのに……。

 それが今ではお互いに、こうして、心から抱ける機会も来るなんて……。

 

「そりゃ、いずれ、生でする時も訪れますよ」

 

「それって、いつの話?」

 

「俺が仕事で稼ぎ、神田先輩を養えるようになってからですよ」

 

 俺が将来の会社員な設計を説明すると、神田先輩は呆れ顔で、汗で濡れた艷やかな髪を乱暴に掻いた。

 

「はあ……毎度ながら、吉田の好きは重いよね」

 

「でも、そう言うところが可愛いんだけどね」

 

 男気一直線の野郎なのに、可愛いと言われ、複雑な心境になる。

 まあそれが、神田先輩の愛の形として受け止めると、満更(まんざら)でもない。

 

「俺の愛が重いですか」

 

「ううん、悪いって意味じゃないよ」

 

「その場の雰囲気に惑わされずに、己の意思を貫く。吉田のそんなメリハリの効いた部分は、学生の考えにしては凄いことだと思うし……」

 

 俺って、褒められてるのか。

 初めての恋人だけに、その答えは俺には理解不能だった。

 

「だけどさ……」

 

「あたしはそんなに大事にされたくもないし、好きだったら今のあたしを愛して欲しいな」

 

 そうやって呟いた先輩の寂しげな表情を、俺は今でも忘れられない──。

 

 

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