ひげを剃る。そして記憶喪失の女子高生を拾う……。―Dark Side Traveler Story―   作:ぴこたんすたー

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第31話 年上美人と年下美人

****

 

 ──いくら歳を重ねても、高校の頃に大好きだった神田(かんだ)先輩と、何ら変わらない。

 仕事の休憩時間でもデスクに座ったままで、神田先輩のことが頭から離れなかった。

 

 横隣のデスクにいた、同僚の橋本(はしもと)はニヤニヤしながら『もしや初恋の相手かい?』と訊かれ、俺は平静を保ちながらも、高校の頃、神田先輩と交際していたことを打ち明けた。

 

「そーか。あんな芸能人みたいなべっぴんさんと、吉田(よしだ)がね。彼女に声をかけられた時の挙動不審な態度から、一方的に好きでストーカーでもしてたかと思ったよ」

 

「その言い方は、ちょっと酷くないか?」

 

 悪ふざけな笑みをし、眼鏡を指で支えながら、(とげ)をさす橋本に、ちょっと腹を立ててしまう。

 例え、何でも話せる、仲の良い同僚だとしてもだ。

 

「喧嘩でもして、別れたのかい?」

 

「いや、彼女が卒業してから、交際どころか逢うことも連絡もなくなり、俺が高校三年を前にして、自然消滅さ」

 

「あー、高校生なら、よくあるパターンだなぁ」

 

「ムッ……」

 

 俺は不機嫌さを装いつつも、マグカップに淹れた熱いコーヒーをすする。

 高校を卒業しても、彼女と交際していく()()()で、セッ○スまでしたんだ。

 結局は本気の恋であるという想いは、彼女には届かなかったが……。

 

「……こんな苦々しい過去の失恋話とか訊いても、面白味もないだろ。そんなことより、橋本、この前の商談を纏めた書類、こっちに送れるか?」

 

「えっ? 今更(いまさら)、何言ってるの。いつもやってる業務じゃん」

 

 橋本が山のように積んでいた書類の束を、俺に手渡してくる。

 

「吉田も思いっきり話題を逸してさあ。この期に及んで、逃げの一手かい?」

 

「まあな。お前の恋する乙女(新婚)モードに、まともに相手をするのも疲れるからな」

 

「おいおい、僕は乙女じゃなくて、嫁専属の執事だよ」

 

「あー、はいはい。惚気(のろけ)はいいから」

 

 俺は橋本を適当にあしらい、再度、コーヒーを口に含んで、一息つく。

 さあ、気合を入れ直し、いざ()()向いて、仕事を再開しようとした時、背中に悪寒が走った。

 

 デスクトップPCのモニターから、ひょこっと顔を出した三島(みしま)が、鋭い目付きで俺を睨んでいるように見える。

 俺を通じて、幽霊か、守護霊か、何かを見透かしてるような気が……。

 

 そのまま俺から目を背け、顔を引っ込める三島。

 向こうから、こちらに話しかける様子もなく、何が気に入らないんだ。

 女って生き物は、よく分かんねえな。

 

 さらに奥のデスクでは、後藤(ごとう)さんが、俺に冷たい目線を突き刺してくる。

 俺を虫けら扱いするような感情のない表情は、俺と目が合った途端、パソコンのディスプレイにより、影へと隠れた。

 

 ガーン、後藤さんとの信頼度ダウンか。

 ショックが大きすぎた俺は、椅子の背もたれに体重を預ける。

 朝礼の際に、目立ちすぎたばかりに……。

 

 ──そう、ここに就職して、後藤さんと出会って、俺は二度目の本気の恋をした。

 就職して5年が経ち、お付き合いはしていないが、神田先輩より、長期間の恋でもある。

 一度だけの本気の恋というものに、見えない蓋をするように、俺は後藤さんだけに夢中だった。

 

 もし、今の人生に対して、一度きりの本気の恋だとしたら、俺はその本気のエネルギーとやらを、すでに使い切ってしまったのだろうか。

 高校生の時や、後藤さんとの恋愛によって───。

 

****

 

 ──これで、何度目だろう。

 食事中に、また動きが止まってる。

 

「ねえ、吉田さん」

 

「おう?」

 

 私は箸を止めて、ボーとしてる吉田さんに声をかける。

 

「豚キムチ、いい感じにできたんだけど、もしかしてキムチ苦手だった?」

 

「いや、普通に美味いよ。これ……」

 

 吉田さんが、何を考えてるのか分からないけど、食事中にまで、こんなに考え事をするとは、何か言えない悩みでもあるのだろうか……。

 

「ねえねえ、吉田さん」

 

「んあ?」

 

「今日、会社で何かあったの?」

 

「ええっ? お前、エスパーか!?」

 

 吉田さんが動揺して、ご飯茶碗をテーブルの上に滑らす。  

 エスパーだったら、もっと別なことを考えてるよ。

 

「……というか、帰って来てから、ずっと心あらずな表情なんだもん。私で良かったら相談に乗るよ?」

 

 私が軽く胸を叩くと、吉田さんが『それもそうだな』と、秘めていた想いを喋り出す。

 

「ああ……。実は今日、ウチの会社から、他の支社から異動してきた社員が来てな」

 

「その人って、女の人?」

 

「まあな。しかもその人が、高校時代に交際してた元カノだったんだよ」

 

「……そ、それって」

 

「神田先輩って、いう人なんだが……」

 

 顔を真っ赤にして言い出す、吉田さんのことだ。

 恋愛には不器用な吉田さんだけど、その表情からして、本当にその先輩が好きだったことがよく分かるね。

 

 あれ、一方通行の片想いじゃなく、

 元カノって?

 

「吉田さん、彼女さんがいた時期があったんだね」

 

「うるせえな。俺だって、好きな女の一人くらい……」

 

 吉田さんが、照れながら答えてくる。

 子供の無邪気な反応のような、その姿が何だか可愛く見えた。

 

「えっ、えっと……。押入れに可愛らしいアイロンとかあったし、やっぱそうなんだなと思っても、吉田さんから、元カノのこととか聞いたこともないし」

 

 そうだよ。

 吉田さんは真面目で誠実だし、過去に恋人がいない方が不自然なんだよ。

 でも心の奥から吉田さんには、そんな交際経験など一切ないと思い込んでいた……。

 私も嫌な性格してるよね。

 

「そうなんだ。偶然って、怖いね」

 

「だな。同じ会社に入社していたところもな」

 

 怖いどころか、運命の赤い糸だよと言いかけて、口を閉ざす。

 今の吉田さんにとっては、邪魔な感情だったから。

 

「……ねえ、その神田さんって、可愛いの?」

 

「うーん、可愛いとかより、どっちかと言えば、美人系だろうな」

 

 私の率直な質問に、吉田さんが腕を組んで、真剣に言葉を並べてくる。

 

「ふ、ふーん。ご、後藤さんもだけど、神田さんといい……、年上の美人さんがタイプなんだね」

 

 私は心の奥底にある、好きな気持ちを押し殺しながら、思ってもないことを呟いた。

 これ以上、吉田さんの恋のライバルが増えることに困りつつも……。

 

「……うっせえな。一言多いぞ」

 

「アハハッ。柄にもなく、照れちゃてさ」

 

「ガキが、なに悟ってんだよ」

 

「だね。ごめん」

 

 私はそのテーブルからスッと立ち上がると、吉田さんが不思議そうに私の顔色を伺う。

 

「ちょっと、お手洗い行ってくる」

 

「おう。大丈夫か?」

 

「うん、ありがと……。あのね、吉田さん。私もね……」

 

 私も()()見えて、色んな人から、美人系って()()言われるんだよ。

 ……と、言う度胸もないので、心の声で叫んでみる……。

 

「何だ?」

 

「いや、やっぱ何でもないよ」

 

「……自分から話しかけておいて、変なやつだな」

 

 私はトイレに駆け込んで、目の前の視界を遮る。

 相談に乗ると言って、逆に茶化されても反論もできないんだ。

 こんな私が、嫌になってくるよ……。

 

****

 

 ──何でこんなにも、心を乱されるのか。

 昔の恋人に、後藤さん。

 どんな人と巡り合いがあっても、私の好きという感情は変わらないままなのに……。

 だけどどうして、こんなにも彼を独占したいと思うんだろう。

 

 私はトイレに籠もりながらも、自分自身の考えてることが一番の謎だった……。

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