ひげを剃る。そして記憶喪失の女子高生を拾う……。―Dark Side Traveler Story― 作:ぴこたんすたー
「やっぱり、ここに居たか」
「さっさと持ち物を纏めろ。家に帰るぞ」
その反応にビクつきながらも、隣の
「何で……帰ったんじゃあ……」
「念の為、部下に張り込みをさせてたからな。あのスキンヘッドの男には見覚えあるだろう」
私の疑問に、淡々と応える兄さん。
あの時の停車の時に、ここでの動きを下調べしてたんだね。
抜け目がないというか、何ていうか、兄さんの行動力は侮れない。
「あの野郎、何もかも知っていて、カマをかけたのか」
「いかにも兄さんらしいよね……」
会計を終えた矢口さんが、悔しそうに拳を握りしめる。
自ら誇っていた砂山のプライドを、存分に崩された気分なのか。
受け答えも何もかも、兄さんの方が
「
「嫌だ。まだ家に帰りたい気分じゃない……」
「この期に及んで、まだそんな
「ちょっと、いくらお昼時でも、声が大きいよ……」
兄さんが怒鳴り、私は慌てて、周りを見渡すが、店内は兄さんと連れ揃った数人のサングラスをかけた黒服の男性以外、お客はいない。
駐車場にも、何人かの黒服が立っていて、コンビニの周囲をぐるりと取り囲んでいるみたい。
なるほど、自身の権力を利用して、ここを貸し切り状態にしたんだね。
「自分一人で生活もできないのに家出だと! 僕の連絡も全くしなくなって、さらに北海道から逃げて、こんな辺鄙な東京まで来て!」
一方的な兄さんによる、やるせない怒りは続く。
実の妹が相手でもあり、遠慮というものはないようだ。
「もし、ろくでもない相手に関わって、悪い道に進んでいたらどうするんだ。沙優はまだ高校生なんだぞ!」
「
「沙優、大人は子供とは違い、表面上では作り物のいい人を演じられるんだ。いくら表向きには優しくても、裏ではどんな悪どいことを考えてるか分からないんだっ!」
吉田さんの名を口に出しても、兄さんは、特に気にもせずに、冷たい言葉で言いくるめる。
大人というからには、少しくらい吉田さんに関して、質問してくれてもよくない?
これじゃ、吉田さんも私と同じく、悪者みたいじゃん。
「ああ、そのことなんですが、実は彼女のお腹には、すでに僕の子供がいて、彼女と
「はあっ? どういうつもりだ、沙優!」
「どうもこうも、お互いに愛し合ってたし、デキたもんはしょうがないですよ」
「ハァー。次から次へと問題を……」
突然の矢口さんの話に、兄さんは整った黒髪に手を当てて、深刻な顔をしている。
えっ?
この数日間、矢口さんには、何もされてないんだけど?
それなのに、赤ちゃんを授かったって、まさかのコウノトリが持ってきたとか?
「……矢口さん、それって……」
「……ただの
「……でも、誤解されたままでは……」
「……嘘も方便っていうじゃん。幸い、あの正義感の固まりのような男はいないんだから……」
私は矢口さんと小声で会話しながら、とりあえず妊娠の線で、話を進めることにした。
矢口さんの言う通り、ここに吉田さんが居なかったことが、唯一の救いだ。
彼は曲がったことが大嫌いで、おまけに正直者だし、こういう厄介ごとに絡むと面倒だし……正直者は馬鹿を見るという名言がしっくりくるよ。
「──おい、しょうがないどころじゃ、済まないだろ……」
「なっ、吉田さん!?」
「沙優のお兄さんが俺の家まで来て、詳しい詳細を話してくれたんだ。それで車の後部座に同乗したら、勤務してる時間帯なのに、お前が居なくてな」
突然、黒服が左右一列に並び、その開けた中央を、黒いジャンパーを着た吉田さんが歩いてくる。
まるでお城の舞踏会にて、王子様のように現れた吉田さんは、いつもより凛々しく見えた。
表情は凄く、不機嫌なんだけどね。
「それよりも矢口、同じ勤務先とはいい、見事にやってくれたな」
「ああ、お陰様で心は晴れやかさ」
私との関係を守り通し、矢口さんが嘘を貫こうと、必死に立ち向かう。
そこには、平和を愛する優男の姿はどこにもなかった。
「だったら、ちょっと場所を変えないか。他のお客の迷惑だし、沙優もいるし、ここじゃ分が悪い」
「はいはい。
「能書きはいいから、さっさと来い!」
「何だよ、そんなに怒らなくてもないじゃん」
吉田さんがコンビニの目の前にある廃ビルに向かって、親指を突き立てる。
あんなところに、ビルなんてあったかな。
私抜きの話し合いといっても、都合が良すぎない?
「あの、私は行かなくても?」
「平気だよ。あさみちゃんだけに店番頼めないでしょ。何とか、おっさんとの誤解を解くからさ」
「はい、すみません……」
矢口さんが私に軽く微笑みながら、吉田さんに対して、真剣なまなざしをする。
吉田さんは、私の方に少し複雑な目つきをし、矢口さんと一緒に外に出ていった⋯⋯。
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──それから10分くらい、兄さんと無言で店内に居て、呼吸をするだけの何ともない雰囲気を感じた。
「──沙優。君には厳しい現実というものを、突きつけないと分からないようだな」
「兄さん、それってつまり……」
「ああ。こういうことだよ」
しびれを切らしたのか、兄さんが誘ってきたので、私はあさみにすぐに戻るからと店番を頼んで、兄さんとコンビニの自動ドアを抜ける。
冷たい風が吹く外は、冷たい雨が降っていて、道端に巨大な黒い肉塊が転がっていた。
「えっ? いやあああー!?」
その正体が、例の廃ビルから転落死した吉田さんと知った時、私はショックで倒れ込み、目の前が真っ白になる。
何これ、胸が締めつけられて苦しいし、まともに息ができないよ──。