ひげを剃る。そして記憶喪失の女子高生を拾う……。―Dark Side Traveler Story― 作:ぴこたんすたー
『──ピンポーンー♪』
「ちっ、こんな時間になんだよ」
──午前10時前。
今日は夕方から出勤の要請だから、昼過ぎまで、
『ピンポーンー♪』
「分かったよ。出ればいいんだろ」
俺が居ると分かってるだろうに、わざとか?
何度も鳴るインターホンに苛立ちながらも、黒いジャンパーを着て、玄関に向かう。
リビングのテーブルには、
トーストとコーヒーは冷めると美味しくないので、自分で作るというスタンスだ。
『ピンポーンー♪』
「ああ、そんなに鳴らすなよ。寝不足の頭に響く……」
昨日、中々寝付けなくて、結局、深夜まで寝れなかったんだよな。
やっぱり先に風呂入ってでも、晩飯は21時までに済ませとかないとな。
胃がもたれて寝れやしない。
『ピンポーン♪』
ぐっ、腹立つな。
どんだけチャイムを鳴らせば、気が済むんだ。
近所迷惑だし、ちょっと一言注意しとかないとな。
「おい、誰だよ。朝は忙しいんだから来るなら、電話してから来いって……」
「──うっ!?」
玄関のドアを開けると同時に、威圧感のある相手に尻込みする。
黒いスーツに、黒いウルフカットの若い男。
横にはサングラスをかけたスキンヘッドの男もいて、俺は一瞬動きが止まった。
体格の良いボディーガードに怯んだわけじゃない。
俺の目の前にいる、若い男の堂々とした立ち振る舞いにだ。
口は弧を描いて微笑んでいても、気が強そうなつり目の眼光で、そのまま飲まれてしまいそうだった。
しかも俺よりも少し背が高いせいか、立ってるだけでも迫力がある。
「……え、何か用で?」
まるで男が百獣の王のライオン、俺がウサギと亀のウサギになった気分で、俺は思わず出かかっていた言葉を詰まらす。
「こんな朝の時間帯に失礼いたします。この時間帯でないと、じっくりと会話もままならないと思い、こうして、私直々にやって来たのですが……」
ごく自然体を装う男が、背広の胸ポケットから名刺ケースを出し、ご丁寧に頭を下げて手渡してくる。
「ご紹介が遅れて申し訳ないです。
「はぁ……荻原ねえ……」
俺は何気なく名刺に目を通しながら、バイト中の彼女の姿が脳裏に浮かぶ。
「えっ!?」
「あなたのお察しの通り、
長いようで短かった、沙優との同居生活の終わり。
相手が親ではなく、兄だったことが意外だったが、ついにこの時がやって来たんだ。
「今日は沙優を引き取りに、お伺いいたしました」
「そうですか。でも沙優はバイトで外に出ていて」
「居候な上にバイトですか……」
「強制はしてません。彼女が自分で決めたことですから」
「なるほど。あなたは沙優の想いを尊重しているのですね」
お兄さんが、もう一度頭を下げながら、沙優が起こした非礼を詫びる。
人を動かす社長の座に就いてることだけあり、常に礼儀正しい人だ。
「あの、ここじゃなんですし、暖房の効いた家に上がって、じっくりと話しませんか」
「お気遣いありがとうございます」
こんな北風の吹く玄関先で、話せるような内容じゃないだろう。
平な会社員でもある俺は、エリートなお兄さんを家に上がらせた。
****
「さてと……」
「どこかに、ご連絡でもするのですか?」
俺が持ち前のスマホを手にすると、お兄さんが不思議そうに問いかけてくる。
突如現れて、インターホンを何度も押し、安眠妨害もしたんだ。
とりあえず逃げられない家に入れ、不審者扱いとして、警察に電話するのかと勘違いしたらしい。
「会社にお休みを取るんですよ。こんな状況下で、呑気に出勤するわけにはいかないですし……」
「それもそうですね。ご配慮が足りなくてすみません」
「お兄さんが謝ることじゃないですよ。これは俺の責任でもありますから」
家に招いておいて、立ち話もなんだろう。
俺はインスタントのコーヒーを淹れ、お兄さんをリビングの椅子に座らせた。
****
「
「いえ、いずれあのままだと、凍死になるところでした。人として、弱い人を助けるのは当たり前かと……」
「しかし、どんな男と生活してると思いきや、変な環境下でもなく、普通の家ですし、沙優を本当に大事にしてくれ、それにやましい関係もないと知って驚きました」
「いえいえ、どういたしまして。まあ、この歳にもなって、性犯罪で人生を棒に振りたくないですからね」
俺を人生の先輩と思い、頭が上がらないのか……常に敬意のある言葉遣いだ。
色々と
「ハァー……」
「これだけの期間、女子高生に家事だけをやらせて匿うなんて、逆に異常さを感じますが……私としても、何とお礼をしていいものか」
「別に普通ですよ。俺は弱い身分の彼女を救ってあげたかっただけですよ」
「世の中が吉田さんみたいな人ばかりだと、変に気苦労もしないのですが……」
お兄さんがコーヒーを口に含み、朗らかに笑いかける。
沙優が何ごともなく、無事だったことに気が緩んだのだろう。
『バアーン!』
「はあっ、はあっ、吉田さん! 一颯兄さん!」
『沙優!?』
俺とお兄さんの驚きの声が、綺麗に合わさる。
玄関のドアが乱暴に開き、血相の色を変えた沙優が、リビングに滑り込んできたからだ。
髪はボサボサで着衣は乱れ、紫のカーディガンの片側が、華奢な肩からずれ落ちている。
「どうした、そんなに急いで? お前、バイトはどうしたんだよ?」
「途中で抜けてきた」
沙優が息を整えながら、本来、許すべきじゃないことを呟く。
おい、これが原因で、バイトがクビになったらどうするんだ。
「おい? お前には協調性というものはないのか?」
「そんなことよりも、命の方が大事でしょ」
今度は何を言い出すんだ。
ちゃんと決まった休憩もあるし、そんなにハードな職場でもないだろ?
「兄さんも、お久しぶり」
「沙優、見知らぬ男の家に住み着いて。これはどういうことだ」
「兄さんごめん。積もる話があるだろうけど、時間がないの。これから言う作戦を黙って聞いて」
「作戦だって?」
「……うん」
作戦という内容からして、お兄さんにドッキリをするような冗談でもないらしい……。
沙優が至って、真面目な顔つきで、その作戦とやらを話し出す。
俺と沙優のお兄さんも、彼女の言葉に疑いもなく、素直に応対することにした……。