ひげを剃る。そして記憶喪失の女子高生を拾う……。―Dark Side Traveler Story― 作:ぴこたんすたー
「あー、
──俺、
分厚い雲と降り注ぐ雨の影響で、
だが、下はアスファルトの固い道路。
7階建ての屋上から飛び降りて、無事に助かったという例は聞いたことがない。
邪魔者が消えて、せいせいしたのか、俺は苦笑しながら、煙草を床にもみ消す。
「後は
俺はまさに、この国の王になったような気分だった。
空は冷え、所々に雪が混じる。
俺の心もみぞれのように冷え切っており、人を殺めることも何とも思わない。
「残念ですが、そう簡単に良い方向に向かうでしょうか」
「なっ? 俺とあれだけの共同作業をやって来て、今さら裏切るのか?」
「確かに
一緒に計画を練っていた沙優のお兄さんが、俺に向けて、皮肉な意見を口にする。
それに加えて、最高に良かった俺の機嫌が、みるみる悪くなっていく。
「それにバックアップしてくれるスポンサーは、
「何だって!?」
こんな急展開、誰が予測したか。
お兄さんに意表をつかれた俺は、駆けつけた相手に対して、真っ青な顔色になる。
「あははっ。遠藤のおじさん、だからもっと、セキュリティがしっかりした相手に頼めっていったじゃん」
親による金持ちの道楽で、好き勝手に生きている、
お兄さんだけではなく、彼女にもお願いし、特殊メイクなどの変装道具の手はずを整えていたのだ。
その裏切り者……いや、こんな幼稚な計画なんて、結局はバレるものだろう。
でもそこがウケ狙いと勘違いした、あさみが笑いながら、目元の涙を指で拭う。
ちなみに入れ違いで、
「あさみ、こうなることを読んでいたんっすか?」
「元より何も、沙優チャソのアニキは、最初から何もかも知ってたよ」
「えっ、マジ凹むっすね……」
地面にひざを下ろし、大きく頭を抱えたままで……。
「おーい、吉田っち、無事かあ?」
「ああ。いい感じに助かったよ。ありがとなー!!」
あさみが下に向かって呼びかけると、それに応えるように、大きな返事が返ってくる。
大きな感謝の言葉からして、吉田は元気そうで、沙優が事前に用意していた、折り畳みの黒いトランポリンの上で大きく跳ねていた。
不意に刺した傷口も浅いようで、非常に残念な気持ちになる。
「こんの通り、アンタの起こした問題は、全部白紙に戻したさかい。ざまあなさい」
「く、クソッ! この
面目丸潰れの俺は苛立ち、あさみに対して、暴言を吐く。
相手が女性だろうと、俺にとっては都合の良いコマだったが、こうまで茶化されて、黙ってるわけにもいかない。
「だったら計画は変更するっす。目の前のお前から片付けて」
「うおっ!?」
あさみに続き、後から来た沙優に手をかけようとした直後、片腕を掴まれ、俺の大きな体が軽々と宙を舞う。
「片付けて、どうするんだっけ?」
「イツツ……お前、か弱い小娘のクセして、護身術ができるんすか!?」
「吉田さん直伝だけどね」
綺麗なフォームで投げ飛ばされた俺は、腰に手を当てて、ゆっくりと立ち上がる。
固い床に直に投げられたせいか、腰を痛めたらしい。
「遠藤さん、今ならやり直しがききます。これに懲りたら、無闇に人を傷つけるのをやめて下さい」
「そうですよ。沙優の言う通り、君はまだ若いのですから」
沙優兄妹が揃って、思いを述べる。
同じ血筋だけあり、考えた結論は同じようだ。
「若い? この俺が?」
「きゃっ!?」
「笑わせてくれるっすよね。もう俺は20歳は過ぎているっつうにー!」
考えずとも、単純明快な話だ。
沙優が駄目なら、他の女を拉致すればいい。
「こうなったら、あさみは俺の人質だ。沙優が俺のものにならないなら、この女は刀の餌食だ!」
俺は確信していた。
この俺の策略はマニュアルと同時ではなく、何もかもが臨機応変で完璧だと……。
「ふがっ?」
そこへ俺の顔面に見事にぶち当たる、手の平サイズで陶器のツキノワグマの置き物。
突然の攻撃も理解できないまま、そのまま鼻血を吹いて視界が黒くなった……。
「──誰が餌食なのかしら?」
「うわっ、後藤さんもえげつないですね……」
──物を投げつけた後藤さんに対して、私(
そんな甘さがあるから、三島さんは仕事もこなせないのよと、後藤さんに小言で注意されながらも……。
「三島さん、正当防衛って、ご存知かしら?」
「あのですね、こっちから手を出して言う台詞ですか……」
後藤さんが転がっていた置き物を拾い上げ、つまらなそうに遠藤を見る中、私は彼を介抱する。
同じ会社での上司と部下の関係。
このことが原因でトラブルの元となり、何かあってからでは遅いのだ。
「あー、どうします? 遠藤、完全にのびちゃいましたよ……」
「全く、最近の男の子は根性がないわね」
「いや、顔面KOで根性とかいう問題じゃないですよ……」
私は遠藤を床に寝かせて、救急車に通話をする。
その雰囲気の中、後藤さんは缶ビールを飲みながら、
どうやら、酒に酔った勢いでの行動だったらしい……。
****
──翌日の朝、いつものように吉田さんの家で寝泊まりした私は、リビングで焼き立てのトーストをかじっていた。
昨日までのぐずついた天気が一変して晴れて、絶好のお出かけ日和だった。
「──さて、これで全て終わったな、沙優」
「うん」
「沙優を脅かす者はいなくなった。今度こそ、お前はもう生き死にに戸惑うことはないんだ」
「うん、ありがと」
吉田さんが目玉焼きの半熟な黄身の部分を、箸で摘んで一口で頬張った。
なぜだろう、私流の食べ方を真似る吉田さんが、本当の恋人のように思えてくるのは……。
「それに、北海道にも帰れるしな」
「吉田さん、私はまだ、そんな気分じゃ……」
正直、この家の居心地が良くて、吉田さんと、これからも暮らしたい。
頭の中では帰りたくない気持ちで一杯だ。
だけど吉田さんは
「沙優、親の好意を無駄にするな。お前は何とも思われていないって言っていたが、我が子を卑下にするような肉親なんていない」
「そうかな……」
「ああ、だから苦手だと、親を突き放して生きるな。親に甘えられるうちは、存分に甘えろ。お前は社会から見たら、まだ弱い立場の女子高生なんだから」
「うん……」
「だからここで、お別れだ」
吉田さんが、私の体を優しく抱き締める。
恋人同士ではなく、海外では当たり前の友達の印のハグを……。
「ありがとう。俺の大好きな沙優」
「えっ?」
「きちんと学業を卒業し、いいとこの会社に就職して、金を稼ぎ、とびっきりのいい女になったら、この場所に戻ってこい」
「それって……」
どこをどう捉えても、私に対するプロポーズだよね。
「オッサンは一足先に、ここで待ってるからさ……」
「うん……。待っててね……」
「泣くなよ。今生の別れじゃねーんだから」
「そういう吉田さんだって」
「ああ、俺のは寒暖差アレルギーだからな」
「何、その言い草w」
私は吉田さんにお礼をし、外で待っている兄さんの車に向かう。
そんな中、私と兄さんを見送ってくれる吉田さんは、泣き顔も見せず、始終笑顔だった──。
吉田さん、あの日、行き場のない私を拾ってくれて、本当にありがとう……。