ひげを剃る。そして記憶喪失の女子高生を拾う……。―Dark Side Traveler Story― 作:ぴこたんすたー
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「──ねえ、
「……え、えっと、何でしょうか。
「ほんと、
──あれから2年後、季節は8月上旬。
夏真っ盛りで冷房がガンガンに効いた、大手IT企業のオフィス内。
ミスした書類のプリントを、当の本人に見せて注意するが、新人社員の
最近の新入りは、みんな
私の考えがおかしいだけなのか、それともこれが当然なのか、新人育成担当の私自身も思い悩む日々でもあった。
「そう言うなよ、三島。荻原にも色々とあるんだから」
「
私がガツンと言い放つと、その凄みに押された神田が一歩引く。
あれだけ頼りないと言われてきた私が、こうまで逞しくなったことを誰が予想しただろうか。
その急成長が凄まじいらしく、今では巨大プロジェクトの一環も、リーダーとして、任せられるくらいだ。
「まあまあ、三島さん、荻原さんも入社して、まだ二週間ですし、今でしか味わえない婚約関係でもあるし、これもまた一興でしょ」
「確かに、後藤さんの話も一理ありますね」
「少しは頼りになる上司という魅力が、十分に伝わったかしら」
15分ほどの小休憩を終えた後藤さんが、私のデスクに、よく冷えた缶コーヒーを差し入れする。
とりあえず、これでも飲んで、頭を冷やせと告げているのか。
それとも考え自体をリフレッシュして、一から切り替えろという意味か。
「後藤さん、そのわりには、吉田センパイが沙優ちゃんと婚約したと聞いて、あっさりとセンパイから身を引きましたね」
「だって吉田君、今どき珍しいほど一途だし、若さにも敵わないでしょ。こんなおばさんは諦めて、別の恋を探すわよ」
後藤さんがデスクチェアに座り、スマホをポケットから取り出すと、うっとりとした瞳で画面を見つめている。
ああ、失恋した裏返しとはいえ、これは駄目なパターンのやつだと、思わず目を細める私。
「その恋がスマホゲームのガチャからですからね。誰がこんな美人を
「はいはーい。それ、あたしですよ」
神田さんが大きく手を振って、図々しくこちらに来る。
神田さんは何も悪くない。
彼女は恋に傷ついても、新しい恋はいくらでもできるという、きっかけを教えただけ。
その原因は過去の恋を、ずっと引きずったままの後藤さんの心の中にあると……。
「もう神田さん、後藤さんがゲーム廃人になったりしたら、責任はとれるんですか?」
「平気だよ。後藤さんは
「壊れた前提で、話を進めないでもらえますか……」
「はいはい。先輩は手厳しいな」
神田さんが、頭をくしゃくしゃと掻きながら、気難しい表情をする。
楽観的な神田さんにとって、ひたむきで感情的な私とは、反りが合わないタイプでもあった。
「それに比べて、よい子な荻原沙優ちゃんは……あれ、どこに消えた?」
「ああ、荻原さんなら、定時だし、用事あるからって、早急で帰ったよ」
「ええっー!?」
橋本がコピー機で書類をコピーしながら、自然体に接してくる。
その無神経な反応に、私は心底、怒りを止められない。
「橋本さんも神田さんも、分かってたんなら止めてくださいよ。この膨大なプリントの量から察せるでしょ。ただでさえ、今日は他の作業も重なって、忙しいんですよ」
「まあ、書類整理だけだし、二人で作業を分担したら、できないことはないよ。橋本もヘルプで居残るって言ってるし」
「だからって、神田さん……」
私と神田さんに、男手の橋本と少ないメンバー構成。
できないこともないが、書類の量からして、夜遅くまで残業は確定だろう。
「大丈夫。三島はデキる子だから」
「もうしょうがないですね。神田さん、こっちの書類の最終チェックをお願いできますか?」
「ああ、お安い御用だよ」
神田さんが事を丸く収めて、自分が訂正した数枚のプリントに、確認の判子を求めてくる。
「……ふふっ、この女、意外とチョロいな」
「神田さん、何か言いました?」
「気のせいじゃなーい?」
「そう? じゃあ、始めましょうか」
後藤さんがPCのモニターを通し、いそいそと自身の仕事の続きに取り掛かる中、後藤さんと離れたデスクにいる三人の覇者たちも、手際よく書類作業を進めていった──。
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『──カランカラン……』
──すっかり辺りは暗くなり、橙の明かりが照らす屋台が立ち並ぶ中、同系色でもある、オレンジの花柄の浴衣を着込んだ私。
まるで私だけ切り取られて、別世界に来たようで、不慣れな下駄の音を鳴らしていた……。
──今日は地域では、ちょっと有名な夏祭りの日でもあり、出張先の
だから今日の仕事を定時で終わらせ、浴衣をレンタルしたけど、正直、今の私に似合ってるか、どうかは分からない。
短大を卒業し、20歳を過ぎたといえ、顔は童顔だし、私の心は乙女のままだし……。
「吉田さん、こんな私に気付いてくれるかな……」
ポニーテールに結んだ髪型に、いつもより色気があるうなじ。
首元がすうすうし、子供に大人、お年寄りと、様々な世代が集まったお祭りの熱気を、肌で感じ取れる。
そんな感傷にふけった数分後、そこへ懐かしの相手と対面した。
「ああ、俺にははっきりと分かるぞ。沙優」
「よ、吉田さん!?」
「すまん。新幹線がちょっと事故で停まってな。お陰で昼到着の予定だったが、時間ギリギリになった」
青いシャツに薄緑の作業ズボンという格好で、ムードの欠片もないけど、昨夜、電話で約束したように、急いでここに駆けつけたことは分かる。
でも久々の再会にしては、待たせすぎだよね⋯⋯。
「だから、何ていうか……」
「これは、ほんのお詫びのつもりだ」
吉田さんから、背中に隠し持っていた物を差し出され、私の尖っていた心が溶かされる。
それはバラの花ではなく、白くてモコモコした、初めて手にする物だった。
「わー、わたあめだ。ありがとう。吉田さん」
吉田さんから大きなわたあめを貰い、その場で私は子供のようにはしゃいでみせた。
「何か触ると、ベタベタしてるね」
「そりゃ、砂糖でできてるからな」
「吉田さんも食べてよ。はい、あーん」
「あ? あーん」
指先で一口サイズに千切ったわたあめを、吉田さんの開いた口に当てる。
すると、すぐさま
「甘くて、美味しいね」
「そうだな。めちゃくちゃ甘い──」
吉田さんと並んで、出店を見て回る。
大勢の人からはぐれないように手を繋ぐと、何だか落ち着いた気分になってくる。
しばらく無言で歩いていると、大空に大きな花火が次々と打ち上げられた。
「──ねえ、吉田さん。私の浴衣姿どうかな?」
「どうって……」
「ねえ、何でこっちを見てくれないの?」
「……ハズいだろ」
──俺は、まともに沙優を直視できなかった。
彼女は見た目は幼く見えても、もう女子高生ではなく、成熟した一人の女性だったからだ。
「……でも、綺麗だ」
「それって後藤さんよりも、綺麗ってこと?」
美しく夜空に模様が浮かぶ花火を背に、何でそこから後藤さんの名が出てくるのか、意味不明だった。
まあ、俺の好意は変わらないし、ここは素直に気持ちを言葉に出すか。
「ああ、俺の中では、お前が一番綺麗だよ」
「うふふっ。ありがと」
──俺と沙優の初めて過ごした夏祭りは、とても新鮮で、あっという間に時間が流れていった。
いつか自分たちの子供と一緒に、この場所を巡ってみたい。
そう言って、社会人でもあり、俺の結婚相手でもある沙優は、俺と同じく、心から笑っていたのだった……。