ひげを剃る。そして記憶喪失の女子高生を拾う……。―Dark Side Traveler Story―   作:ぴこたんすたー

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第39話 一つの想いと無数の花火

****

 

「──ねえ、荻原(おぎわら)さん。私の話、きちんと聞いてる?」

 

「……え、えっと、何でしょうか。三島(みしま)さん?」

 

「ほんと、(うわ)の空なんだから……」

 

 ──あれから2年後、季節は8月上旬。

 夏真っ盛りで冷房がガンガンに効いた、大手IT企業のオフィス内。

 ミスした書類のプリントを、当の本人に見せて注意するが、新人社員の荻原沙優(おぎわらさゆ)さんは、何か別の考え事をしているようだ。

 

 最近の新入りは、みんな()()()だらしないのか。

 私の考えがおかしいだけなのか、それともこれが当然なのか、新人育成担当の私自身も思い悩む日々でもあった。

 

「そう言うなよ、三島。荻原にも色々とあるんだから」

 

神田(かんだ)さんは甘やかせ過ぎですよ。入社した以上、仕事は()()()()やってもらわないと」

 

 私がガツンと言い放つと、その凄みに押された神田が一歩引く。

 あれだけ頼りないと言われてきた私が、こうまで逞しくなったことを誰が予想しただろうか。

 その急成長が凄まじいらしく、今では巨大プロジェクトの一環も、リーダーとして、任せられるくらいだ。

 

「まあまあ、三島さん、荻原さんも入社して、まだ二週間ですし、今でしか味わえない婚約関係でもあるし、これもまた一興でしょ」

 

「確かに、後藤さんの話も一理ありますね」

 

「少しは頼りになる上司という魅力が、十分に伝わったかしら」

 

 15分ほどの小休憩を終えた後藤さんが、私のデスクに、よく冷えた缶コーヒーを差し入れする。

 とりあえず、これでも飲んで、頭を冷やせと告げているのか。

 それとも考え自体をリフレッシュして、一から切り替えろという意味か。

 

「後藤さん、そのわりには、吉田センパイが沙優ちゃんと婚約したと聞いて、あっさりとセンパイから身を引きましたね」

 

「だって吉田君、今どき珍しいほど一途だし、若さにも敵わないでしょ。こんなおばさんは諦めて、別の恋を探すわよ」

 

 後藤さんがデスクチェアに座り、スマホをポケットから取り出すと、うっとりとした瞳で画面を見つめている。

 ああ、失恋した裏返しとはいえ、これは駄目なパターンのやつだと、思わず目を細める私。

 

「その恋がスマホゲームのガチャからですからね。誰がこんな美人を(じゃ)の道に引きずり込んだのか」

 

「はいはーい。それ、あたしですよ」

 

 神田さんが大きく手を振って、図々しくこちらに来る。

 

 神田さんは何も悪くない。

 彼女は恋に傷ついても、新しい恋はいくらでもできるという、きっかけを教えただけ。

 その原因は過去の恋を、ずっと引きずったままの後藤さんの心の中にあると……。

 

「もう神田さん、後藤さんがゲーム廃人になったりしたら、責任はとれるんですか?」

 

「平気だよ。後藤さんは()()見えて、強い女だから」

 

「壊れた前提で、話を進めないでもらえますか……」

 

「はいはい。先輩は手厳しいな」

 

 神田さんが、頭をくしゃくしゃと掻きながら、気難しい表情をする。

 楽観的な神田さんにとって、ひたむきで感情的な私とは、反りが合わないタイプでもあった。

 

「それに比べて、よい子な荻原沙優ちゃんは……あれ、どこに消えた?」

 

「ああ、荻原さんなら、定時だし、用事あるからって、早急で帰ったよ」

 

「ええっー!?」

 

 橋本がコピー機で書類をコピーしながら、自然体に接してくる。

 その無神経な反応に、私は心底、怒りを止められない。

 

「橋本さんも神田さんも、分かってたんなら止めてくださいよ。この膨大なプリントの量から察せるでしょ。ただでさえ、今日は他の作業も重なって、忙しいんですよ」

 

「まあ、書類整理だけだし、二人で作業を分担したら、できないことはないよ。橋本もヘルプで居残るって言ってるし」

 

「だからって、神田さん……」

 

 私と神田さんに、男手の橋本と少ないメンバー構成。

 できないこともないが、書類の量からして、夜遅くまで残業は確定だろう。

 

「大丈夫。三島はデキる子だから」

 

「もうしょうがないですね。神田さん、こっちの書類の最終チェックをお願いできますか?」

 

「ああ、お安い御用だよ」

 

 神田さんが事を丸く収めて、自分が訂正した数枚のプリントに、確認の判子を求めてくる。

 

「……ふふっ、この女、意外とチョロいな」

 

「神田さん、何か言いました?」

 

「気のせいじゃなーい?」

 

「そう? じゃあ、始めましょうか」

 

 後藤さんがPCのモニターを通し、いそいそと自身の仕事の続きに取り掛かる中、後藤さんと離れたデスクにいる三人の覇者たちも、手際よく書類作業を進めていった──。

 

****

 

『──カランカラン……』

 

 ──すっかり辺りは暗くなり、橙の明かりが照らす屋台が立ち並ぶ中、同系色でもある、オレンジの花柄の浴衣を着込んだ私。

 まるで私だけ切り取られて、別世界に来たようで、不慣れな下駄の音を鳴らしていた……。

 

 ──今日は地域では、ちょっと有名な夏祭りの日でもあり、出張先の岐阜(ぎふ)から帰ってくる、吉田さんとの待ち合わせ場所でもあった。

 

 だから今日の仕事を定時で終わらせ、浴衣をレンタルしたけど、正直、今の私に似合ってるか、どうかは分からない。

 短大を卒業し、20歳を過ぎたといえ、顔は童顔だし、私の心は乙女のままだし……。

 

「吉田さん、こんな私に気付いてくれるかな……」

 

 ポニーテールに結んだ髪型に、いつもより色気があるうなじ。

 首元がすうすうし、子供に大人、お年寄りと、様々な世代が集まったお祭りの熱気を、肌で感じ取れる。

 そんな感傷にふけった数分後、そこへ懐かしの相手と対面した。

 

「ああ、俺にははっきりと分かるぞ。沙優」

 

「よ、吉田さん!?」

 

「すまん。新幹線がちょっと事故で停まってな。お陰で昼到着の予定だったが、時間ギリギリになった」

 

 青いシャツに薄緑の作業ズボンという格好で、ムードの欠片もないけど、昨夜、電話で約束したように、急いでここに駆けつけたことは分かる。

 でも久々の再会にしては、待たせすぎだよね⋯⋯。

 

「だから、何ていうか……」

 

「これは、ほんのお詫びのつもりだ」

 

 吉田さんから、背中に隠し持っていた物を差し出され、私の尖っていた心が溶かされる。

 それはバラの花ではなく、白くてモコモコした、初めて手にする物だった。

 

「わー、わたあめだ。ありがとう。吉田さん」

 

 吉田さんから大きなわたあめを貰い、その場で私は子供のようにはしゃいでみせた。

 

「何か触ると、ベタベタしてるね」

 

「そりゃ、砂糖でできてるからな」

 

「吉田さんも食べてよ。はい、あーん」

 

「あ? あーん」

 

 指先で一口サイズに千切ったわたあめを、吉田さんの開いた口に当てる。

 すると、すぐさま()()()()が吸い込まれ、摘んでいた指先が少しくすぐったい感じがした。

 

「甘くて、美味しいね」

 

「そうだな。めちゃくちゃ甘い──」

 

 吉田さんと並んで、出店を見て回る。

 大勢の人からはぐれないように手を繋ぐと、何だか落ち着いた気分になってくる。

 しばらく無言で歩いていると、大空に大きな花火が次々と打ち上げられた。

 

「──ねえ、吉田さん。私の浴衣姿どうかな?」

 

「どうって……」

 

「ねえ、何でこっちを見てくれないの?」

 

「……ハズいだろ」

 

 ──俺は、まともに沙優を直視できなかった。

 彼女は見た目は幼く見えても、もう女子高生ではなく、成熟した一人の女性だったからだ。

 

「……でも、綺麗だ」

 

「それって後藤さんよりも、綺麗ってこと?」

 

 美しく夜空に模様が浮かぶ花火を背に、何でそこから後藤さんの名が出てくるのか、意味不明だった。

 まあ、俺の好意は変わらないし、ここは素直に気持ちを言葉に出すか。

 

「ああ、俺の中では、お前が一番綺麗だよ」

 

「うふふっ。ありがと」

 

 ──俺と沙優の初めて過ごした夏祭りは、とても新鮮で、あっという間に時間が流れていった。   

 いつか自分たちの子供と一緒に、この場所を巡ってみたい。

 そう言って、社会人でもあり、俺の結婚相手でもある沙優は、俺と同じく、心から笑っていたのだった……。

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