ひげを剃る。そして記憶喪失の女子高生を拾う……。―Dark Side Traveler Story― 作:ぴこたんすたー
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「はあ……。大変なことになったねえ」
「だろ、おまけに過去の記憶も、自宅のある場所も分からないときたもんだ」
──JK家出騒動事件から、次の日。
大手IT企業に勤めている俺は、黒髪坊ちゃん刈りな同僚の
「しかも記憶喪失か。これはもう詰んだね」
「詰みゲーの方がまだマシだよ。どんなに難しくても、頑張れば攻略できるからな」
「はぁー……」
灰皿のついたテーブル横にある空気清浄機の音を耳にしながらも、大きく息を吐き、肺に充満したストレスさえも吐き出す。
橋本も厳しい現実を突きつけられたように、ずっと思い悩んでいた。
「まさか二日酔いで会社を休んだ理由が、高校生の女の子と朝までベッドインだったなんて……」
「いや、俺は保護者みたいなもんだから、そんな感情はない」
お前だって、年頃の野郎なんだ。
何でも女と聞いたら、襲ってるに過ぎない……と厨二病のようにツッコむ橋本。
そう考える幼稚な考えにうんざりするが、こんな男でも嫁さんはちゃんと居て……コイツのどこをどう見て、人生の伴侶になったのか、未だに不思議でならない。
「捜索願とか、ネットに上がってなかった?」
「ああ、色々と検索してみたんだが、出身地も分からないんじゃな」
「まさに八方塞がりか……」
「……ホント、売店で八宝菜が食いたい気分だよ」
「……」
俺の中華なシャレに黙り込んで、煙草の先端を赤くする橋本。
続いて
「あら、二人とも珍しいわね。今日は喫煙所でお昼なの?」
「ビクッ!」
聞き馴染んだ
『コツコツコツ……』
茶髪の髪を後ろに束ね、赤いハイヒールのかかとを鳴らし、内股歩きで茶系の長財布を片手に近寄ってくる。
こちらの気持ちも何も知らずに『にこっ』と、太陽のような笑みを崩さずに……。
「……」
こんな時、どんな対応をしたらいいんだ……。
俺は何も言えず、言葉を詰まらせる。
その沈黙を見かねた橋本が部屋から抜けて、自販機の前で飲み物を買う、後藤さんの隣に近付く。
「いやあ。吉田が、今日のコンビニ弁当は、雲がそびえる建物の中で食べると、運気アップだなんて言いまして」
「ふふっ。それで喫煙所なのね」
橋本のモヤがかかった冗談に、クスリと上品に笑う後藤さん。
「煙草の煙が体に優しい成分だったら、
「ははは。医薬品のは値が張りますからね。お気遣いありがとうございます」
「そう。じゃあね」
今からお昼なのか、後藤さんが手を振って、橋本と別れる。
俺は冷や汗を流しながら、自分に話題が振ってこなかったことに心底、安心した。
「……あのさあ、上司相手に一言も話さないのはNG行為でしょ」
「おいおい。フラれたばかりの女相手と気楽に話せたら、苦労しないぜ」
「でも挨拶くらいはしようよ。親しき仲にも礼儀ありと言うでしょ」
「くっ、当分、失恋の傷は癒えねよ……」
俺は煙草をもみ消しながら、嫌な感情を抑え込む。
橋本が俺の肩を叩いて同情してくると、苛立ちが込み上げてきそうになった。
あんの
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「あっ、旦那様、おかえり」
「やめろ
夜九時過ぎ、決して早くない帰宅に応じ、玄関で吉田さんを出迎える。
私流の男性が喜びそうなスタイルでやってみたけど、受けはいまいちだったみたい。
「ねえ、いつもこんな夜遅くまで仕事なの?」
「年末だからな。今がかき入れどきなんだよ」
「それブラック企業ってヤツじゃん」
「このご時世に逆にホワイトの方が珍しいぜ」
「社会人さんも大変だねえ」
私も将来はこうなるのかなと思いながら、吉田さんが着ていたジャケットを受け取る。
「それよりもごめん。卵切らしてて、ご飯しか炊いてないんだけど」
「いいんだ。どうせ冷蔵庫の中はエナドリと栄養ドリンクしかねえし」
「はあっ……。一体、私がいない間は、どんな食生活をおくってたんだろうね」
そう考えると、この人は今まで独り身で寂しい思いでもして、過ごしてきたのかな。
一人で食卓に座って、無言で箸を動かして、BGMのようにTVを眺めながら……。
「人の勝手だ。それよりもお前も弁当食え」
「うん、パパ」
「それもやめろ。援交みたいだろ」
吉田さんとなら、そんな関係でも構わないんだけどなと、言いかけて言葉を濁す。
この世界では、まだ私たちは知り合ったばかりなんだ。
過度な接触は、逆に避けられてしまうと……。
「それにしても、一丁前に綺麗にしたな。お前、家事も得意なんだな」
「えっへん。こう見えて私はデキる女なんだよ」
乾燥機で乾いた洗濯ものを丁寧に畳んで、部屋の隅に置き、フローリングの床は照明で光るほど、入念に拭き掃除もした。
吉田さんの喜ぶ顔が見たくて、頑張ったんだよ。
「ちなみに明日用の服にも、アイロンがけをしてるからね」
「おおっ、気が利くな」
「吉田さん、新品同様のアイロンちゃんを押し入れに眠らせたままだったもんね。宝の持ち腐れってヤツかな〜」
なぜか女子受けしそうなピンクのアイロンがあったんだけど、丁寧に箱の中に収まっていて、あまり使った形跡がなかった。
元カノさんからのプレゼントだったのかな。
「後藤さんをモノにしたいのなら、身だしなみから気を遣わないと駄目だよ。子供じゃないんだから」
「大きなお世話だ。それに今はその話はやめてくれ」
「あははw」
吉田さんが、暗くて陰湿な表情をするのが面白く、思わず笑ってしまう。
少々不機嫌な吉田さんが、ポケットから丸ボーロと書かれた赤い煙草の箱と、緑の100円ライターを取り出した。
「あれ、いつもの灰皿がないぞ?」
「あっ、ごめんね。テーブルを拭くついでに洗ったの」
「おっ、ありがとな」
「う、うん……」
「?」
煙草の箱を片手に、ベランダの窓を開ける吉田さんの意外な行動に、声を出すことすら忘れる。
「じゃあ、ちょいと行ってくる」
「えっ?」
「今度は何だよ。
「あっ、えっと……外寒いし、ここで吸えばいいじゃん」
私の思いに窓を閉めながら、乱暴に頭をかく吉田さん。
「あのなあ、煙にも害はあるし、未成年の女の子の前で吸うとかおかしいだろ?」
「えっ……優しいんだね」
「……何だそれ、俺が変なのか?」
「いや……あっ、そのね……」
必死に言葉を選んで、吉田さんが機嫌を損ねない会話をと思ってたんだけど、どう考えても無理か……。
「今までの人たちは、私が居ても普通に吸ってたから」
直球勝負で吉田さんに、私の本心を伝える。
吉田さんは頭をくしゃくしゃと掻きながら、深い溜め息をついてみせた。
「はあー、何なんだよ。記憶喪失の上に、そのダークな設定はー……」
「女子高生を食い漁り、未成年の前で平然と煙草を吸うとか、頭おかしいんじゃねーのか」
吉田さんが私の方に人さし指を指して、大きな口を開く。
「勘違いしてるようだから、ここではっきりと言っておく」
「俺は優しくなんかなく、当然のことをしてる。その野郎どもが最低だったんだ」
「えっ……」
「そんなんじゃ、これから人前で暮らしていけないぞ。もっと正しい基準で相手を見ろ」
私が正しかったのではなく、吉田さんの言うことが事実だったことを思い知る。
私が体験してきた、周りの現実がおかしかったのだ。
「それが分かったなら、唐揚げかハンバーグか、好きな弁当温めて食え」
「……うん」
──まだこの世界で吉田さんと出会って、数日。
私の記憶が不安定な中、どんな状況でも嫌なこともせず、正論をつく
いっそこのまま、記憶が戻らない方が幸せなのかな……。