ひげを剃る。そして記憶喪失の女子高生を拾う……。―Dark Side Traveler Story― 作:ぴこたんすたー
第7話 疑惑と本性
──私は満月の月明かりの下、駅前にある近所の公園で、体育座りをしていた。
服はいつもの制服ではなく、ねずみ色のジャージの上下に、男物の黒いジャンパーを羽織っている。
なぜか瞳からは涙が零れ落ち、一向に止まる予感がしない。
私は確かにあの時、途中で意識が途絶えて……モヤがかかったかのように、そのことが霞んで思い出せない。
激しいお腹の痛みは消えていて、
「ねえ、君、高校生だよね。こんな時間に何をしてるの?」
突如吹いた北風に寒さに身を震わし、身を縮めていると、大人の女の人が澄ました表情を崩さずに声をかけてきた。
でも『家に帰れ』と威圧的な態度ではなく、ごく自然に気にかけてくれたのだろう。
茶系のオフィススーツに、灰色のスラックス、ちょっとくすんだ栗色のショートカット、黒いトートバッグを肩にかけている。
年齢は二十代に見えるが、耳に付けた銀色の猫の顔のピアスに、
「あっ、えっと……」
「一人なの? もう22時過ぎてるし、早く帰らないと補導されるよ」
月夜の下に映った女の人は、薄化粧な美人で、同性ながらも思わず息を飲むほどの美しさだった。
どことなく冷めた口調に少し驚いたけど、女の人は怒ってるようではなかった。
冷たいのは、私の偏見の方だったようだ。
「はい。でも帰る家なんてなくて……」
「なるほど。家出ということか」
そう言って、隣にある木製のベンチに体重を預け、腰を下ろすお姉さん。
「……まあ、保護者同伴なら言い訳が利くし、私が終電まで居てあげるから、ゆっくりと頭を冷やせばいいよ。家出の大半は、お互いの心のすれ違いだからね」
「……お気遣いありがとうございます」
「いえいえ」
話が分かる人で助かった。
するとお姉さんが、バッグから四角形の補給食を取り出して、包装紙を破き、小さな口に運ぶ。
「あーん〜」
『ぐー……きゅるきゅるる……』
ああっ、何でこんな時に限って、お腹の虫が鳴くんだろう。
安心した途端に
「プッ……人間って不思議よね。どんな状況でも、一歩も動かなくても、なぜかお腹が空く生き物なんだから」
「良かったら、もう一個あるんだけど食べる?」
「……はい」
私の恥ずかしい反応に含み笑いをするお姉さんが、バッグから補給食をそっと差し出す。
物乞いに見られてないかと、周囲を見渡しながら、私はその食べ物を受け取った。
「私の名前は
「
「沙優ちゃんかぁ。素敵な名前だね」
柚葉さんが、屈託もない笑顔を私に向けて、封を開けたビスケットをモグモグと頬張る。
「私も学生時代は親と喧嘩して、しょっちゅう家出してたなあ。何か自分の聖域を侵されたような感じかな」
「そういうもんなんですか」
「うんうん。四六時中、顔を合わせて、何もない方が逆におかしいよ」
柚葉さんがそうそうと首を縦に振り、同意の姿勢を見せた。
「沙優ちゃんの家出のきっかけは?」
どうやら家出とは、誰もが通る道らしい。
ばつが悪くて、柚葉さんの真っ向からの質問に顔を背ける。
「……あー、無神経でごめんね……。親と喧嘩とか、家が幸せ過ぎて退屈とか、色んな理由があるよねぇ」
「親とは普段は仲良しなの? 優しいタイプなの?」
この問いは、同居してる
柚葉さんは保護者のような成り行きで、ここにいる理由を訊いているのだから。
「関係は良好ですし、とても優しい存在です」
「うーん……だけど家出したのかぁ」
食べ終えた包み紙を、丁寧に
こうして見ると、
吉田さんの言ってた通り、私には人を見る目がないなあ……。
「家で凄く優しくしてくれる人がいるんですけど、その人が理由もないのに優しくしてくれるのがずっと疑問で……それでよく分からないまま、ここで時を迎えて……」
「ふーん、それが、ここにいた理由か……」
柚葉さんが誠実な面持ちになって、私との話し相手になってくれる。
「私の勤務先でも、そんな感じで優しくしてくれる人がいるんだよね」
「何でこんなにも優しくしてくれるんだろうと、考えても考え抜いても無限ループでさ、どうも分からなくて、いつも答えが出なくて」
「いつの間にか、その人のことで頭がいっぱいで、夢中になっちゃってさ」
ああ、この人は、その勤務先の人のことが本気で好きなんだ。
今の頬を赤らめた表情は、王子様に恋をしてる、乙女そのものだったから……。
「ねえ、とある映画で知ったんだけど、恐怖って、人間を動かしたり、立ち止まることもできる厄介な存在なんだよ」
「だから沙優ちゃんは、その恐怖のせいで、ここで時を過ごしてる」
風がベンチの上の街路樹を揺らす。
心の中にある、
「でも怖くても動かないと、自分の置かれてる怖い状況は変わらないよ」
「まあ、動いても無意味な時もあるけどね……ハハッ……」
耳元の髪をかき上げながら、照れくさそうに笑う柚葉さん。
「それって、その勤務先の人の話ですか?」
「そうそう。いつも好き好きアピールしてるけど、向こうは全く興味なしって感じかな。アハハ」
好きだからと、相手が気付くのを、じっと待っていたわけじゃない。
この人はきっと、好きな想いを行動に移したんだ。
だからこそ、私に対して、面と向かって言えるのだろう。
「でも何もしないより、無駄だと思えることでもやった方が、自分のためだと私は思う」
「全然、無駄なことなんてないです!」
私は感情的になり、
小声から、打って変わった大声に驚いたのか、柚葉さんはきょとんと目を丸くしていた。
「柚葉さんのまっすぐな気持ちは、その人の心をどこかしら変えていってると思います」
「ありがとね……逆に励まされちゃったな……」
まっすぐで、私とは正反対の強い人だ。
結局、私は怖いことから逃げ続けてる、弱いだけの人間だ……。
「……沙優ちゃんが、その人とずっと一緒に関わって行きたいなら、本性を見せることも大切だよ」
「本性ですか……?」
「そうだよ。自分はこういう人間でもあり、こんな一面も持っているけど、それでも受け入れてくれますか? って気持ちが重要なの」
柚葉さんが私を指さして、真面目に話を振ってくる。
「その人は沙優ちゃんを心から受け入れてるから、そんな風に優しくしてくれてるんだよ。沙優ちゃんも、その人のこと、ちょっとは信じる気持ちを持ってみたらどうかな」
今まで私は吉田さんと関わるのが怖くて、一定の距離を保ったまま、時を過ごしてきた。
自分の本性も、吉田さんの本音も知らない、臆病なままで。
でもこれからの私は、吉田さんを信じて、一緒に時を歩んでいきたい。
柚葉さんと熱い拳を交わし合い、強い勇気をもらう。
「ありがとうございます。私……」
「そう、一人で帰れる?」
「はい。ちゃんと相手と向き合います」
私は柚葉さんに別れを告げて、歩き出す。
吉田さんと、新たな未来を進むために──。